114.ぼっち少女と領主一家6
――ジリリリリリリ。
目覚ましの音がする。
まだ眠いよ。もう少しだけ……
『起きて、トモリ。トモリ!』
ディーネの声がする。
『うーん……あとちょっと……』
『もう!今日は絶対早起きするんだって言ってたじゃん!起きてってば!』
ディーネの言葉で、私は一気に目が覚めた。
そうだった。今日はやることがあるんだった。
『起こしてくれてありがとう、ディーネ』
『ん。どういたしまして』
私はベッドから下りると、急いで準備を始めた。
窓の外は、まだ薄暗かった。
◇◆◇◆◇◆◇
『ねぇ、ディーネ』
『何?トモリ』
『暇だね』
『そうだね』
『…………』
『…………』
時刻はお昼になろうとしているけど、私たちは退屈な時間を過ごしていた。
夜明け前から、領主邸に張り込むこと数時間。
さっきのディーネとの会話も、もう何回繰り返されたことかわからない。
それだけ長い時間が経っても、アドリアナは領主邸から出てこなかった。
『今日は出かける用事はないのかなぁ』
『でもまだお昼だよ?もう少し待ったら?』
『でも、疲れた……』
『……そうだね』
夜明け前から、「隠形」で姿を隠したまま、領主邸の門の前に陣取っている。
もちろん、うっかり人がぶつかったりしない、屋根の上を選んでいるけど、ずっと魔法を維持し続けるのは結構疲れる。
魔力消費が少ない魔法でも、何時間も発動しっぱなしでは疲れるのである。
あとは、暇なのが疲れる。
精神的に、結構くるものがある。
最初の頃は、本を読んでいたんだけど、それも飽きてしまった。
ディーネとの話も、話題が尽きてしまった。
ここから離れるわけにもいかず、私はぼんやりと領主邸を眺めていた。
……結局、この日、アドリアナは領主邸の外には出なかった。
◇◆◇◆◇◆◇
次の日も、私は領主邸の前でアドリアナを待った。
直接会って済むことなら、そうするんだけど、今回はそれはできない。
今日は、昨日帰りに本屋で買った新しい本を読んで、暇を潰した。
ちなみに、私がずっと見ていなくても、アドリアナが出てきたらディーネが知らせてくれることになっているので、私は安心して本を読むことができた。
……この日も、アドリアナは出てこなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
張り込みを始めてから3日目。
夜明け前から張り込みをして、お昼が過ぎ、そろそろおやつの時間になる頃、私はクッキーを食べながら、ディーネと話をしていた。
『なかなか出てこないね。どうしよう。もしかして、気づかれてるのかな?』
『んー、それはないんじゃない?見張りの人たち、ずっと宿を見てるみたいだから』
『私が宿にいるって思ってるんだね。それなら、大丈夫かな』
私はホッと胸を撫でおろした。
3日もやってて、無駄骨だったなんてことになったらどうしようかと思ったよ。
『あ、そういえばさー、思いついたことがあるんだけど』
『何?』
ホッとしたのも束の間、ディーネの一言で私の気分は180度反転した。
『目的のニンゲンを手紙で呼び出せば、確実に出てくるんじゃない?足止めを誰かに頼めば、私たちはその間に目的を果たせるよ?』
『!!』
頭を鈍器で殴られたかのような強い衝撃を受けた。
そう。確かに、呼び出されたら普通は行く。それも、ギルマスのような権力のある人からの呼び出しなら尚更。
『盲点だった……』
私はその有効性をすぐに理解した。と同時に、ひどく落ち込んだ。
これじゃあ、本当にこの3日間は骨折り損のくたびれ儲けってやつだわ……
私は深い深い溜め息をついた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
私は日が昇ってから起床し、朝ごはんをしっかりと食べ、少し宿でゆっくりして、10時頃に領主邸の前に辿り着いた。
いつもは転移で一瞬で領主邸前に行くけど、今日はアドリアナがすでに外に出ていないか確かめるために「飛翔」で飛んできた。
飛びながら「索敵」でアドリアナを探したけど、反応はなかった。
ついでに領主邸にも「索敵」を使ってみたけど、やっぱり妨害されてしまった。
……あれは厄介だな。どこかで壊し方とか調べておこう。
私はすっかり定位置になった場所に座ると、アドリアナが出てくるのを待った。
ギルマスとの約束の時間は11時。どんなに長くてもあと一時間以内には出てくる。
私はディーネとこのあとの段取りを確認しながら、アドリアナを待った。
アドリアナに先に気づいたのは、ディーネだった。
『あっ!あのニンゲンじゃない?』
ディーネに言われて、門に目を向けると、確かにアドリアナがいた。門番に門を開けるように言っているところみたいだ。
アドリアナのそばにアレナリアはいない。アドリアナは指示どおりひとりで行くようだ。
アドリアナがフードを被って門を出る。私は「飛翔」を使って、空からアドリアナを追いかけた。
そして、アドリアナが人通りの多い場所に入ったところで、ステータスを鑑定した。
『どう?』
『うん。予想通りだったよ』
ディーネの問い掛けにそう答えると、急いで領主邸に引き返した。
そして、領主邸の周囲をぐるりと回って警備状況を確認すると、私は再び門の前に降りた。
『それじゃあディーネ、フォローはよろしくね』
『りょーかい!』
ディーネの返事と同時に、私は転移した。
◇◆◇◆◇◆◇
「えっ!?トモリさん?」
『しーっ!静かに!』
アレナリアの部屋に転移すると、いきなり現れた私に驚いたアレナリアが声を上げた。
意外と大きい声だったので、慌てて注意する。
ついでに念話で話しかけ、念話での会話を促した。
『あ、あの、今日はどうしてここに……?』
『えっと、その、ここから、出たくない?』
やっぱり、アレナリア相手だとうまく言えない。
ディーネ相手だと普通に話せるんだけどなぁ。
でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。
『自由に、してあげる』
『え?自由……ですか?』
いきなり本題に入ったら、説明不足でうまく伝わらなかったみたいだ。気を取り直して、今度はちゃんと説明する。
『うん。こないだ来たとき、出たがってるように見えた。だから来た』
ちゃんとと言っても、私のコミュニケーションスキルだとこれが精一杯だった。
でも、アレナリアには伝わったようだ。
『確かに、ここから出たいとは思っています。私も、もう少し自由に暮らしたいとは思います。でも、私はひとりじゃ何もうまくできないんです。ここから出たところで、行く宛もありませんし……』
アレナリアは迷っているようで、目を逸らして答えた。
アレナリアは自分のことを、何もできないダメな子だと思っている。ステーテスも低いし、自分の力だけで生きていくのは難しいだろう。
でもそれは、アレナリアひとりだけだった場合だ。
私は、助けるだけ助けておいて、あとは勝手にして、なんて薄情な真似をするつもりはない。
少なくとも、アレナリアが自立できる力をつけるまでは、責任を持って面倒を見るつもりだ。
だから、私はアレナリアに手を差し出した。
『一緒に、行こう』
アレナリアは私の手を見るだけで、何もしない。
まだ迷ってるみたいだ。
『大丈夫。アレナリアなら、大丈夫』
『でも……!』
なおも言い募ろうとするアレナリアを遮るように、私は言った。
『アレナリアは、勘違いしてる』
『勘違い?』
『そう。だから、一緒に来て。本当のことを教えてあげる』
アレナリアは今度はまっすぐに私を見た。私の目を見て、一度目を逸らしたあと、躊躇いながらも、手を取った。
『私、トモリさんを信じてもいいですか?あとになって、見捨てたりとか……しませんよね?』
『うん。見捨てるなんて、無責任なこと、しないよ』
アレナリアの質問にそう答えると、アレナリアはまた私をまっすぐに見た。
そして、微笑むと、私の手をしっかり握って立ち上がった。
『私、トモリさんを信じます。その、失礼かと思ったんですが、嘘をついてないか確かめさせてもらいました。すいません』
『ううん。たぶんそうじゃないかなって、思ってた。それじゃあ、行こうか』
「はい」
私はアレナリアの手を引いて、部屋の出口に向かった。