111.ぼっち少女と領主一家3
転移先は階段になっていた。
扉が隠されていたし、ここで人に遭遇する確率は低いだろうけど、ゼロじゃない。「隠形」と「飛翔」は維持したまま、私は先へ進んだ。
階段の先には、扉があった。鉄でできた、分厚くて重そうな扉だ。それに頑丈そう。
『ディーネ、お願い』
『はーい』
ディーネを霊体モードで喚び出し、中を見てきてもらう。
契約悪魔は、普段は契約者の中にいる。宝石などを媒介として話をしたり、簡単な力を使うことができるけど、姿を現すことはない。
でも、契約者が望めば、この世界に顕現することができる。
ただ、契約悪魔を実体で顕現させるのはかなり力を使うらしく、今の私だとほんの数秒顕現させただけで、丸一日は寝込むだろうとディーネが言っていた。
その代わり、霊体モードなら実体がない分、力の消耗を抑えられる。といっても、1分でそれなりの威力の「爆発」1回分くらいの魔力を消費するので、長時間は無理だ。
まあ、部屋の中を見てきてもらうくらいなら、そんなに時間もかからないしいいかな、と思って協力してもらっている。
「きゃあっ!せ、精霊!?」
「えっ!私が見えるの!?」
ディーネが中に入って数秒後、驚く声が聞こえてきた。
あの声は、ディーネとアレナリアだね。ということは、ここにアレナリアがいるのか。
『ディーネ。転移するから、サポートをお願い』
『あ、うん』
私はディーネに転移先の情報を教えてもらって、部屋の中に転移する。すると、こちらを見て驚いた顔をしているアレナリアと目があった。
「えっ?トモリさん?えっ?なんで?えっ?」
マンガだったら、頭の上にハテナがたくさん浮かんでいるんだろうなぁ、と思えるくらい動揺しているアレナリアを見て、思わずクスッと笑ってしまう。
「ちょっと、なんで笑うんですか」
私が笑ったのが気に障ったのか、アレナリアが口を尖らせて言う。
やっぱり、アレナリアには私たちが見えているようだ。
『ねえ、ディーネ。「隠形」は切れてないよね?』
『うん。問題ないよ。その子に私たちの姿が見えるのは、そういう能力を持ってるからじゃないかな?』
『へえ。そんなのがあるんだ。でも、私の「隠形」って、簡単には暴けないはずなんだよね。文字化けしててはっきりとはわかんないんだけど、「暴けるのは○○だけ」って書いてあるの』
『その○○の部分が文字化けしてるとこなんだね?その表現だと、人なのか物なのか異能なのかわかんないね。その子が見えてるんなら、異能かギフト名が入るのかもよ?道具を使っているようには見えないしさ』
「あの、トモリさん?」
ディーネと念話で話し込んでいると、アレナリアが恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
私はディーネとの話をやめて、アレナリアを見る。ディーネには、一旦戻ってもらった。霊体モードとはいえ、ずっと出ていられると魔力がなくなってしまう。
アレナリアはディーネが消えたことに驚いていたけど、すぐに私を見て口を開いた。
「あ、その、どうしてここにトモリさんがいるんですか?それに、さっきのは精霊ですか?」
私はアレナリアの質問に、魔法で文字を作って答えようとして、部屋が真っ暗なことに今更ながら気がついた。「夜目」のおかげで真っ暗でも見えるので、特に気にしていなかったのだ。
アレナリアも気にしていないようだし、ってあれ?アレナリアも見えてる?
よく考えると、アレナリアの言動は、暗闇でも見えているとしか思えないものだ。
私は試しに、魔法で文字を作ってみた。
”見えてる?”
「はい。一応は。ただ、文字は少し読みにくいですね。明かりをつけましょうか?」
そう言って、アレナリアはベッドから降りようとした。
私は慌ててアレナリアを引き止める。
『待って』
念話で話しかけると、アレナリアはビクッと体を震わせた。また驚かせてしまったみたいだ。
でも、今明かりをつけるのはまずい。
見たところ、アレナリアはさっきまで寝ていたようだ。ディーネか私の気配で目が覚めたんだろう。
その後、驚いて悲鳴を上げている。邸の人たちが全員寝ていて、この部屋が他の人の部屋から離れているとは言っても、万が一、ということもある。
それに、盗聴器とか、監視カメラとか……は流石にないかもしれないけど、同じ機能の魔法とかはありそうだ。
客人である私が、こんな時間に、こんなところにいることがバレたら、面倒なことになる。
幸い、今ならアレナリアが夢を見て悲鳴を上げた、ということにできるだろう。
私の姿は、普通なら見えないし、念話なら他人に会話を聞かれることもない。
そういうわけで、私は念話でアレナリアと話をすることにした。
……本当は、念話が使えることは黙っておきたかったんだけど、状況が状況だし、仕方ない。
『念話は、わかる?』
『は、はい』
『…………。えっと……寝たフリ、して?』
ああ。人と話すのは慣れない。ディーネとは最初から念話だったこともあって、馴染むの早かったけど、アレナリアとはずっと筆談だったからなぁ。念話なのに、筆談のときよりも片言ってどうなのよ。
私が内心葛藤しているうちに、アレナリアは私の意図を察して、布団に潜り込んだ。顔をこちらに向けて横になっているのは、私を見るためだろう。目がぱっちりと開いている。
まあ、この暗闇だし、目が開いているくらいならいいか。もし誰か来て、何か言われたら、目が冴えて眠れない、みたいなことにすればいいんだし。
……人が来るかは疑わしいところだけど、要心に越したことはない。
『あの、トモリさん。いくつか質問してもいいですか?』
『うん』
『では、その、トモリさんはどうしてここに?それに、先程の精霊は何なのですか?』
『…………』
いきなり答えづらい質問が来てしまった。
念話もバレたし、ここまで来たら本当のことを話してもいいかなって思うけど、問題はどうやって説明するかだよね。どうしよう。
『その、無理にとは言いませんから』
悩んでいると、アレナリアからそんな念話が来た。気を遣わせてしまったようだ。そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。
『ううん。少し、考え、てただけ。私は、なんとなく、さっきのは、契約悪魔』
あー!どうしてもっとうまく話せないんだろう。リリスやディーネ相手なら普通に話せてるのに。何が違うんだろう?人間と悪魔の違い……なわけじゃないよね。
まあ、慣れればマシになるでしょ。
私はひとまず、うまく喋れない問題を棚上げすることにした。
私の超がつくほど言葉足らずな説明は、当然アレナリアには意味不明なものだったはず。
私は補足説明をしようとした。
でもその前に、アレナリアの念話が来た。
『え?えっと、どういうことですか?なんとなくで、私を探してここまで来てくださったんですか?』
『うん。そう』
『本当に?本当なんですか……?』
『?そう、だよ?』
なんか、思っていたのと反応が少し違う。
不思議に思いつつ、アレナリアの質問に頷くと、アレナリアは目に涙を浮かべ始めた。
予想外の出来事にぎょっとしていると、アレナリアから念話が来た。
『ありがとうございます、ありがとうございます』
いきなりどうしたのか理由を聞きたかったけど、今は興奮していて聞けそうにない。
私は落ち着くのを待った。
◇◆◇◆◇◆◇
数分後。
落ち着いたアレナリアから、再び念話が来た。
『ごめんなさい、トモリさん。急に泣き出してしまって』
『大丈夫』
『そうですか。トモリさんは本当に優しいんですね』
『そう?』
『はい。だって、私のためにこんなところまで来てくださったのは、トモリさんだけですから』
ちょうど良さそうなので、アレナリアにここにいる理由を聞くことにした。
入り口が隠された、鍵のかかった地下室に閉じ込められているなんて、監禁されているみたいだ。
この部屋には机も椅子もベッドも明かりもあるし、部屋の奥にはパーテーションで仕切られたスペースがある。水の気を感じるし、トイレと洗面台だろう。
つまり、この部屋には生活に必要なものが一通り揃っているというわけだ。
部屋の様子からして、普段からこの部屋で生活しているのは見て取れる。
どうしてアレナリアは、こんな監禁みたいなことをされているんだろう?
『どうして、ここに?』
私が聞くと、アレナリアは少し迷う素振りを見せたあと、話し始めた。