109.ぼっち少女と領主一家1
「あっ!トモリさん!待っていてくださったんですね!」
加護を確認していると、礼拝が終わったアレナリアが私を見つけてやってきた。
アドリアナはいない。アレナリアひとりのようだ。
そういえば、アドリアナが並んでいた列は、アレナリアの列より人数は少なかったけど、進みがかなり遅かった気がする。ということは、アドリアナはまだ終わってないのか。
加護をもらったこと、アレナリアになら言ってもいいかな。アドリアナにはなんとなく言いたくないけど、アレナリアなら信用できる。
…………ああ、そうか。
私、アドリアナのこと信用できないと思ってたんだ。
だから一緒にいたくないと思ったし、言動にも違和感や不快感
を感じてた。
理由なんてわからない。
でも、わかる。私のカンが言っている。
アドリアナは信用できない人だってこと……
「トモリさん?」
アレナリアの声ではっとする。少し考え込んでしまっていたみたいだ。
「大丈夫ですか?」
私を気遣うアレナリアに、頷いて答える。
それから、さっきの礼拝で加護をもらったことを打ち明けた。人目もあるから、魔法で文字を作るんじゃなくて、紙に書いた。
「えっ!か………加護を受けたんですか?どの神の?」
驚いて大きな声を出したアレナリアだけど、途中で慌てて声を潜めた。大声で話すことではないと気がついたみたいだ。
うん。やっぱりアレナリアはいい子だよ。
フェムテ神であることを教えると、アレナリアは納得顔をした。
「ああ。なるほど。それなら、特に申告することはありませんね。後ほど司祭様から紋章を受け取っておけば問題ないと思います」
紋章って、教会に入るときに見せてたバッジか。確かに、あれはあった方がいいな。
あとは、申告ってなんだろう?
「申告というのは、神から強い加護や祝福を受けた際、教会にその内容を報告することです。これは有事に備えて、教会が戦力を把握しておくためにすることです。申告は基本的に義務ではありませんが、強力なものの場合、神託を通して神から教会に伝わることがあり、申告していないといろいろと面倒なことになるそうなんです。具体的なことは私もわからないんですが、過去にはそれで罰を受けた人もいるとか。神の中には、申告を義務付けている神もいますが、フェムテ様なら大丈夫ですよ」
あー、やっぱり、宗教は面倒そうだな。うん。
トラブルに巻き込まれないように、あとでルールをよく勉強しておこう。
「詳しいことは、パンフレットを読めばわかりますよ。布教用の簡潔なものから、聖職者用の細かいものまで揃っています。紋章と一緒にいただいておけばいいと思いますよ」
パンフレット?そういえば、前にもらったなあ。
ショッピングモールの施設案内のような薄いやつ。
簡潔すぎてイマイチピンと来なかったのを覚えてる。
あれはきっと、布教用のだな。表面的なところだけ書いて、信者を増やそうということだ。
正直、あれで増やせるとは思わないけど、もともとほとんどの人が信者なのだから、無理に増やす必要もないんだろうな。
あとでもらうのは、あれよりも詳しいやつにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせしましたー。すいません。思ったより時間がかかってしまって」
ちょうど話が一段落着いた頃、アドリアナが出てきた。
謝ってはいるけど、表面的なものに見える。
双子なのに、アレナリアとアドリアナではかなり違うな、と思った。
「では、行きましょうか」
そう言ってアドリアナはスタスタと歩き始めてしまった。
行くって、どこに行くのよ?私はバッジをもらいに行きたいんだけど。
そう思っていたら、アレナリアが引き止めてくれた。
「ま、待って、アナ」
アレナリアがアドリアナの手を掴んで引き止める。アドリアナはその手を勢いよく振払おうとして、途中で何かに気づいて優しく振り解いた。
「何?」
「あ、と、トモリさんが、紋章をもらいたいんだって、さっき話、してて」
「そうなんですか?」
アドリアナは、私に尋ねてきた。頷くと、嘘くさい笑顔を浮かべて言った。
「では、私が案内しましょう。教会の中はよく知っていますから」
特に断る理由もなかったので、頷いた。
それを見たアドリアナは、私が追いつくのを待ってから歩き出した。
待っている間も、歩き出すときも、アレナリアには一瞥もくれなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
無事紋章をもらって、教会を出たときには、すでに日が暮れかけていた。
随分遅くなっちゃったな。
それもこれも全部、悪いのはあの司祭のせいだ。
紋章をもらいに行ったら、担当の司祭がものすごく熱心な人で、聖職者用の分厚い本――いや、あの厚さは最早辞書だと思う――を開きながら、ゼフェラルト教の戒律を延々と説明し続けたのだ。
おかげで、パンフレットを読むまでもなく、理解することはできたんだけど、途中でアレナリアが家の名前を出して止めてくれなければ、あと一時間は話が続いていたかもしれない。
「あの、トモリさん」
暗くなり始めた空を眺めていると、アドリアナが遠慮がちに呼びかけてきた。
「今日はもう遅いですし、よかったら、我が家で夕食でもいかがですか?」
一応質問という形をとってはいるけど、呼びかけのときとは違って、アドリアナの口調は否やを言わせない強いものだった。
おそらく、これが今日私を待っていた理由なんだろう。
これは二人からのお誘い、というより、領主からの出頭命令に近いものだ。
断ってもいいけど、あとは知らないよ?という類のもの。
先日の件で、私のことは領主にも知られているだろうし、断って変に目をつけられても困る。
まあ、もう目をつけられているかもしれないけど、今はまだ興味があるって感じだ。
断ったら、たぶん、いや間違いなく、気に食わないやつとして認定されてしまうだろう。
権力者なんてそんなものだと本で読んだし。
私は思わずつきかけた溜息を飲み込んで、アドリアナに了承の意を示した。
◇◆◇◆◇◆◇
双子に連れられてやってきた領主邸は、想像通りの大邸宅だった。
私の身長の倍くらいある大きな門に、手入れされた庭。
邸宅の中は、天井も壁も床も、明らかに高そうな調度品が置かれている。
まさにお金持ちの豪邸といった感じだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お客様もようこそいらっしゃいました。ただいまご案内をいたしますので、少々お待ちください」
中に入ると、使用人らしき格好の男性が出迎えた。
男性はまず、アドリアナに向かって挨拶をし、次に私に向かって挨拶をすると、奥へ引っ込んでいった。
私の後ろにいたアレナリアのことはチラッと見ただけで、何もしなかった。
少しして戻ってきた男性に案内されて、私は領主の待つ部屋へとやってきた。
アドリアナとアレナリアは、準備があるからと言って途中で別れた。
部屋に入ると、十人は座れそうな長テーブルがあり、正面に領主っぽい初老の男性が座っていた。
「冒険者のトモリ様をお連れしました」
「ご苦労。下がれ」
「かしこまりました。失礼いたします」
使用人の男性が下がると、部屋には私と領主の二人だけになった。
妙な沈黙が流れる。
領主とは初めて会うけど、この状況でこの人が領主じゃないとは考えづらいし、領主でいいんだよね?
解説してくれる人がいないとわからないよ!
さすがに本人に聞くわけにもいかないし。
あ、というか、まずは自己紹介をすべきじゃない?
でも、この距離じゃ紙に字を書いても遠すぎて読めないよね?
魔法の文字も、あまり大きいのは難しくて作れない。
ああっ!早く誰か来て、助けてよー!