106.ぼっち少女のカージアの街迷宮攻略3
「あ、起きた?」
目を開けると、私を覗き込んでいるグレイスさんの顔が見えた。頭の下には柔らかい感触がある。どうやらグレイスさんに膝枕をされているようだ。
膝枕って、してる方は結構つらいんだよね。
私は申し訳なく思って、すぐに体を起こした。
体を起こすと、頭がズキンと痛んだ。それに、何だか気持ち悪い。なんでだろう?
頭を押さえて痛みに耐えていると、グレイスさんが紫色の液体の入った小瓶を渡してきた。ぶどうジュースみたいだな。
「はい、これ飲んで。少しは楽になるから」
グレイスさんを信じていないわけじゃないけど、念のため鑑定すると、中級魔力回復薬EXだった。
ふと気になってステータスを見ると、魔力は最大値の2割強ほどしかなかった。気を失う前よりは回復しているけど、全快には程遠い。
魔力が回復すれば、不調も治るのかな?
私はグレイスさんに言われたとおり、回復薬を飲んだ。味は想像していたのと同じ、ぶどうジュースそのものだった。回復薬って変な味というイメージがあったけど、意外とおいしいんだなぁ。
「どう?魔力は回復した?」
グレイスさんに言われて再度ステータスを見る。魔力は3割弱くらいになっていた。さっきの回復薬1本で、約1割回復したことになる。
グレイスさんに頷いて答える。
「そう。でも、まだ具合が悪そうね。魔力回復薬はまだあるから、残りの魔力が5割以上になるまで飲みなさい」
そう言ってグレイスさんはカバンから小瓶を3本取り出した。
特に断る理由もないので、私は素直に回復薬を飲んだ。2本飲んだところで5割以上になり、不調も治まったので、1本はグレイスさんに返した。
「3本で5割以上になったということは、起きたときは2割くらいだったのね。失神前は1割以下だったはずなのに、たった数分で1割以上回復するなんて、すごい回復速度ね」
回復薬をカバンにしまいながら、グレイスさんが感心したように言った。
あれ?私、魔力の残量なんて言ったっけ?
記憶を辿ってみたけど、そんな覚えはない。どうしてわかったんだろう?
聞くために魔法で文字を作ろうと思ったけど、また魔法の使いすぎで倒れたら困る。それに、よく見るとここは階段で安全地帯だったので、紙とペンを取り出して書くことにした。
書いて見せると、グレイスさんは不思議そうな顔をした。
「え?どうしてって、これくらい常識でしょう?」
常識?何が?
私がこの世界に来てからまだ1ヶ月ちょっとしか経っていない。わからないことの方が多いから、常識なんて言われても困る。
私が首を傾げていると、グレイスさんが呆れながらも説明してくれた。
「あなたさっき、ミラの炎を消そうと大量に魔法で水を出したでしょう?あの量なら、相当魔力を消費したはずよ。違う?」
頷く。
確かに、かなり魔力を使ったと思う。ずっとステータスを見ていたわけじゃないから正確な数値はわからないけど、半分以上使ったんじゃないかな?
「それで、急激に大量の魔力を使うと、頭が痛くなったり、気分が悪くなったり、ひどいときには気を失ったりすることがあるのよ。急性魔力欠乏症というのだけど、あなたが倒れたのはそのせいね」
急性魔力欠乏症。そんなものがあるなんて、さすが異世界、なのかな?
グレイスさんの説明は続く。
「急性魔力欠乏症は、魔力が5割以上ある状態で、5分以内に1割以下になるまで魔力を使ったときに起きる症状よ。だから、魔力が1割以下だったってわかったの。魔力が5割以上まで回復すると症状は和らぐから、急性魔力欠乏症になったときは魔力回復薬で魔力を回復させるのが良いのよ」
症状が出る条件があるんだね。ということは、この条件に当てはまらないようにすれば、大丈夫ってことかな。
私が具合が悪くなったのと、グレイスさんが魔力の残量を知っていた理由はわかった。
あとは、回復薬に『EX』ってついたのは何だろう?
私はまた紙に書いて見せた。
「あなたは魔力が多そうだったから、1本で1割回復できる中級魔力回復薬EXをあげたのよ。普通の中級魔力回復薬だと100しか回復できないから、たくさん必要になりそうだったもの」
へぇ。そんなに性能が違うのか。それじゃあ、今度用意するときは、EXの方にしよう。多分、普通のより多少高いだろうけど、お金はたくさんあるし、大丈夫だよね。
「それにしても、まさかあんな方法でインフェルノの炎を消すとは思わなかったわ」
「あ、それは俺も思った。すごい力技だったな」
グレイスさんの呟きに、ダニーさんが同意する。
力技……?確かに、あのときはとにかく水を!って感じだったから力技と言えなくもないけど、使った魔法は水を出すか、凍らせる系だったし、そんなにすごいかな?
「普通、上級魔法のインフェルノの炎を消すには、同じ上級の水魔法でなければならないのだ。それでも術者の力量によって成否は変わる。それを、中級以下の魔法のみで消してしまったのだから、すごいと言わざるを得ないだろう」
思ったことが顔に出ていたのか、説明するギルマスの顔は苦笑いを浮かべていた。
……人の顔を見て苦笑いをするのはやめてほしい。でも、説明してくれるのはありがたいので、文句は言えなかった。
そのあと、しばらく他愛のない話をしていると、ミラさんが近くにやってきて、謝ってきた。
「トモリちゃん、迷惑かけてごめんなさい」
深々と頭を下げられた。確かに大変だったけど、何とかなったんだし、私はそれほど気にしていない。むしろ急性魔力欠乏症というのがあることを知れて、いい機会だったと思う。
だから私はすぐに謝罪を受け入れた。
ミラさんは、次からは気をつけると言ってたけど、知り合ってからこれまでのことを思うと、あまり信用はできない。
ミラさんは良い人だけど、ちょっと残念なところがあるからなぁ。
高所恐怖症だし、飛んだら酔うし、蟻が嫌だと言って魔法を乱発するし。
今回も、無駄に強い魔法を使った。それに、初めて会ったとき、火魔法を使って森に火が付いてしまってたんだよね。私が消火していなかったら危なかったのを覚えてる。
うん。ミラさんの行動には気をつけよう。
私は密かにそう決めた。
◇◆◇◆◇◆◇
私の魔力が全快すると、次の階層に向かった。
幸いにも、魔法で飛んでいける階層が続き、私たちは特に苦労することなく最下層に辿り着いた。
「いよいよボスか。まさかこんなに早く着けるとは。飛行魔法とは便利なものだな」
ボス部屋の前で休憩を取っていると、ギルマスが言った。
確かに、飛行魔法は便利だ。敵の上空を通過していけるから、無理に戦わなくて済む。
まあ、時々、地上から魔法とか矢とか飛んできたけど、グレイスさんが防いでくれた。
そのおかげで、道中は問題なく進むことができた。
「次はボスだが、作戦はどうするつもりだ?」
「今回は、トモリさんに一発いれてもらってからにしよう。トモリさん、最初にボスを凍らせてくれる?足元と手だけでいいから」
相手の動きを封じるんだね。確かに、その方が安全に戦闘ができるだろう。
ダニーさんの作戦に、私は頷いた。
「それから、ミラ。トモリさんがボスを凍らせたら、すぐに攻撃して。ある程度体力が削れればいいから、威力はそんなに強くなくてもいい」
「はーい」
「ザック、グレイスはいつもどおりだ」
「わかったわ」
「……うん」
「ギルマスは、ザックと一緒に前衛で」
「了解した」
ダニーさんは、役割分担の確認が終わると、全員を見回した。
「このメンバーで初のパーティー戦がボス戦になってしまったが、このメンバーなら問題ないと信じている。よろしく頼む」
そう言って軽く頭を下げた。
他のみんなは口々によろしくと言い、私は頷いて答えた。
ボス部屋に入ると、恒例の発光現象の後、オークキングが現れた。
私は作戦どおり魔法を撃つ。
『凍結』
どうせなら全身凍らせてしまおうと思って撃った魔法で、オークキングは全身が凍った。
それはもう綺麗に凍っていた。微動だにしないほど完璧に、凍っていた。
「…………ねえ、あのオークキング、死んでない?」
魔法を準備していたミラさんが、ポツリと言った。
ステータスを確認すると、「オークキングの死体」になっていた。
…………。
………………。
……………………?
そうして、ボス戦は、呆気なく終わった。