97.ぼっち少女のお迎え1
調査を開始して、一週間が経った。
迷宮の調査は、オーク迷宮の第5層までで止まっている。
マンドラゴラ迷宮は、普段から人の出入りが多いため除外され、ミニマムアント迷宮は、そもそもハティさんたちが存在を知らないため、調査対象ですらない。
まあ、私が攻略したのは調査を始めてからだし、攻略のとき、特に異常はなかったから、改めて調査をする必要はないだろう。またアリの巣に行くなんて嫌だしね。
一週間経ったら、強いパーティーが来るという話だったから、オーク迷宮の調査は彼らに任せることにして、私たちはそれまで情報収集と警戒に当たった。
ついでに、迷宮の外にいる普通はいないはずの魔物を討伐した。
調査はうまくいかなかったけど、これで少しでも被害が減ればいいと思った。
並行して、ステータスアップも行っている。
オーク迷宮の第6層のオークをひたすら倒しまくるという方法だ。
この階層なら、基本的に他の人は来ないから、魔法も黒魔術も使い放題。敵もそれなりに強いから、経験値もたくさん入るし、魔法や黒魔術のいい練習になるのだ。
まだ手こずることも多いけど、もう少しステータスが上がって、ラクに倒すことができるようになったら、次の階層に行こうと思う。
あ、ちなみに、血玉は傷つけなくても血を取り出す術をディーネが考えてくれたので、痛い思いをしなくても作れるようになった。
やっぱり痛いのは嫌だもんね。
そうしているうちに日が過ぎて、やっと今日――例のパーティーが来る日になった。
到着次第、引継ぎをすることになっているので、私は朝から冒険者ギルドに向かった。
この世界には電話というものがない。通信機はあるみたいだけど、とても高価な魔法道具で、国のお偉いさんでも入手は難しい代物らしい。
だから、リアルタイムの連絡というのは難しく、詳しい到着予定時刻はわからない。
そのため、いつ到着してもいいように、朝から待機することになったのだ。
正直、面倒くさいことこの上ないけど、早く調査を終わらせなければ被害が出る。できるだけ時間のロスは避けたいというのが、ギルマスの意向だ。
私も、自分のせいで被害が出たなんてことになったら嫌なので、ギルマスに従うことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
朝9時ごろにギルマスの部屋に集合してから、約2時間。
いまだ、パーティー到着の知らせはない。
さすがに待ちくたびれてきた。いつになったら着くのかな?というか、そもそも、本当に今日着くの?
私は心配になって、ギルマスに尋ねた。
「ああ、今日到着というのは、確かだろう。彼らがいた街からここまでは、馬車で3日。道中は危険な魔物もいない。今は多少強い魔物がいるかもしれないが、彼らはオーク迷宮を攻略できるほどの実力者だ。問題はないだろう」
……あ、なんかフラグが立った気がする。
こういうときに、問題ないって発言はよくない。こんなときは、決まって何か問題が起こるのだ。
ただ、私がそれを言うことで問題が起こることが確定する、なんてこともあるかもしれないので、余計なことは言わずに黙って待っていた。
ちなみに、ハティさんとアニタさんは、街中で情報収集に当たっている。引継ぎはギルマスと私がいればなんとかなるからだそうだ。
私的には、ギルマスひとりだけでも十分だと思うんだけど、ギルマスが、当事者である私が同席しないと引継ぎにならないと言って、私の同席を断固として譲らなかったので、私もここにいることになったのだ。
ああ、面倒……。
◇◆◇◆◇◆◇
それからさらに2時間が経った。
お昼を買って戻ってきたハティさんたちと一緒に、お昼を食べ、それからまた待っている。
ハティさんたちは、午後には到着するだろうということで、ギルマスの部屋で今後の方針を話し合っている。
ちなみに、私は不参加だ。
こっちの世界のことは詳しくないし、専門的な話になっているので、話についていけないのだ。わからないことがあっても聞きづらい。だから、初めから参加していない。
やることもなくて暇だし、待ち疲れてだんだん眠くなってきたので、ギルマスに断って一眠りすることにした。
例のパーティーが来たら起こしてもらえるようにお願いして、私は二人掛けのソファを独り占めして昼寝を始めた。
しばらく眠ると、ハティさんに起こされた。
窓から外を見ると、日が傾いて、空が赤く染まってきているのが見えた。
もう夕暮れ時のようだ。
私はだいぶ長い間眠っていたらしい。
部屋を見回しても、例のパーティーの人たちの姿はない。まだ到着していないのかな。
ハティさんに聞いてみた。
「そのことでちょっとトモリちゃんにお願いがあるの」
確認のつもりで聞いたら、予想外の答えが返ってきた。
これは嫌な予感しかしない。続きを聞きたくないけど、私が拒否する前にハティさんは話し始めた。
「もう夕方なのに、まだ到着していないみたいなの。それで、ちょっと調べてみたら、今日到着予定の他の人たち――商人とかも、まだ来ていないみたいなのよ。数人ならまだしも、誰も来ていないとなると、何か問題が起きているとしか考えられないわ。だから、悪いんだけど、トモリちゃん、ちょっと様子を見てきてくれないかしら」
ハティさんの真剣なお願いに、私も真剣な顔で頷いた。
ここは異世界。街道は元の世界とは比べ物にならないくらい危険だ。一歩間違えば、最悪の事態になる可能性だってある。
面倒だからとか、嫌だからとか、そういう理由で断っていいものじゃないとわかっている。
私は、手早く顔を洗って眠気を覚まして乱れた髪を整えると、転移魔法で街の外に行き、そこから飛行魔法で街道上の人を探していった。
ギルマスとアニタさんに何も言わずに出てきてしまったけど、ハティさんが説明してくれているだろうから大丈夫だよね。
◇◆◇◆◇◆◇
フィルリアの街と反対方向に向かって伸びる街道の上を飛んでいく。
目視でも探しているけど、基本的には「探索」を使う。これなら、視界の悪い森の中にいても見つけられる。
そうやって30分ほど飛んでいると、街道からだいぶ外れたところに、人が密集している反応があった。その周囲には魔物の反応はなかったので、差し迫った危険はないと判断した私は、もう少しだけ街道を調べてからそこに向かうことにした。
さらに数分街道を進むと、大破した数台の馬車と荷物、それから大量のオークの死体があった。よく見ると、オークに混ざって馬の死体もあった。
オークの中には武器を持っているのもいて、第2層以下のオークだと思われた。
オークが倒れているということは、誰かが倒したのだろう。
状況的に見て、例のパーティーかな。街に向かう途中にオークに襲われ、馬車に乗っていた人たちと森の中に避難した、ということだろう。
おおよその状況を把握した私は、わかる範囲内の馬車の残骸や荷物、オークの死体を無限収納に回収し、街道を綺麗にすると、人々の居場所に向かった。
そこは、洞窟だった。
入ってすぐに大きくカーブしているため、入り口から奥まで見ることはできない。雨風も凌げるし、身を隠すには絶好の場所だ。
私は地面に降りると、絶対に聞かれるであろう質問の答えを書いて用意してから、洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟の入り口には、地面の近くに糸が張ってあった。侵入者を察知する仕掛けのようだ。
避けて通ることもできたけど、この仕掛け作動させたほうが向こうから来てくれるし早そうなので、わざと踏んだ。
すると洞窟の奥から微かにカラカラと音がして、しばらくすると武器を持った人たちが出てきた。
剣を持った男性と、杖を持った女性の二人だ。
二人は私を見つけると、警戒して武器を構えた。
「誰だ!?」
男性が尋ねた。
私と彼らの距離は、10メートル以上離れている。この距離だと紙に書いた字は読めないだろう。
私は代替手段として、ギルドカードを取り出して見せた。
「冒険者か。俺たちを探しに来てくれたのか?」
私が頷くと、ほっとした二人は武器を下ろした。
そして、二人が私に向けて一歩を踏み出したとき、突然大きく地面が揺れた。
「な、なんだ?」
「何があったの?」
混乱する二人をよそに、私は再び「探索」で周囲を探る。
すると、どこから現れたのか、洞窟のすぐ近くにゴブリンキングとオークキングの反応があった。
慌てて外に出て確認すると、確かにゴブリンキングとオークキングの姿があった。
どうやらこの揺れの原因は、ゴブリンキングが金棒を地面に打ち付けながら歩いているからのようだ。なんて迷惑なやつだ。
それにしても、キング2体か。
同時に相手して倒せるかな?