96.ぼっち少女のオーク迷宮攻略・再2
『それで、黒魔術の本質って何?』
私が聞くと、ディーネは待ってましたと言わんばかりの様子で答えた。
「一言で言うとねー、前払いと、限界突破だよ!」
……なぜだろう。単語そのものの意味はわかるのに、ディーネの言いたいことがよくわからない。いや、わかるような気もするんだけど、説明しろって言われたらできない自信がある。
カッコつけて言おうとしたみたいだけど、失敗してるよ、ディーネ。
『えっと、前払いって何?』
曖昧な状態なので、ちゃんと理解するために聞いてみた。
ディーネは、今度は真面目に答えてくれた。
「昨日言ったじゃん!血玉を作っておくと、術を使うときに貧血にならなくて済むって」
『ああ!あれね。確かに、術で使う血を予め用意しておくってことは、前払いと言えなくもないね』
「でしょー?」
ディーネがドヤ顔ならぬドヤ声で返す。
なんかちょっと気に入らないけど、いちいち反応してたらキリがないし、次行こう。次。
『それで、限界突破って?』
「文字通りの意味だよ?黒魔術はね、自分の限界を超えた力を使うことができるの!」
いや、そこまではなんとなくわかる。私が知りたいのはその理由だよ。
ここまでの流れから、ディーネに聞くときは具体的に聞かないと知りたい答えに辿り着けないとわかってきたので、具体的に聞くことにする。
『どうやって使うの?何か副作用とかあるの?』
「使い方は簡単だよ。たくさん血を用意して、それを一気に消費するくらいの大きな術を使うの!事前に用意しておけば、自分の体の中にあるよりももっとたくさんの血を使えるんだよ!体の中の血を直接使うわけじゃないから、副作用とかもないし。ね?すごいでしょ?」
確かにすごい。血玉を用意しないといけないのは嫌だけど、それを除けばとても魅力的だ。
魔力はストックしておけないから、自分の限界を超えた魔法を使うことはできないけど、黒魔術はそれができるということだ。
その点では副作用はないと言えるけど、ひとつ気になることがある。
『ねぇ、ディーネ』
「ん?」
『その大きな術って、失敗したりしないの?』
「え?」
気になるのはそこだ。
私が最初に黒魔術を使ったとき、なかなか術が発動しなかった。
あのときは発動しないだけで、他には何も起こらなかったけど、すべての術がそうだとは限らない。
もし、大規模な術を失敗して、爆発したりしたら無事では済まないかもしれない。
『術を失敗したらどうなるの?』
「んーとね、基本的には失敗すると発動しないよ。血は消費されちゃうけど、それ以外は何もない。でも、たまに、違うことが起こったりするみたい」
『違うことって何?』
「う……ごめん、トモリ。私も詳しいことは知らないの。ニンゲンと契約すること自体初めてだし。黒魔術のことだって、実はこないだあの方に教わったばっかりなんだ……」
ディーネのしょんぼりとした気持ちが伝わってきて、それ以上追及する気は失せてしまった。
私は溜息をつくと、話題を変えた。本当はもう少し聞きたいことがあったんだけど、しょうがない。
『はぁ……。わかった。それじゃあ、しばらくは魔法でなんとかすることにするよ』
「うん……。あんまり力になれなくてごめん」
ディーネがまた謝った。なんか、ディーネがしょんぼりしていると、まるで私がいじめたみたいでいたたまれない気持ちになる。
『いいよ。私だって黒魔術のことよく知らないし、これから一緒に学んでいけばいいでしょう?』
私がそう言うと、ディーネから嬉しい気持ちが伝わってきた。
「うん!」
顔が見えていたら、きっと満面の笑顔に違いないと思うような声だった。
◇◆◇◆◇◆◇
再び第6層に戻った私は、魔法で敵を殲滅しながら迷路を進んでいた。
ちょっといいことを思いついたので試して見たら、予想以上にうまく行ったので、そのまま進むことにしたのだ。
まあ、前に進めることと、納得のいく攻略ができることは別問題なんだけどね……。
私は、この方法を使い始めてから今まで、一回も後ろを振り向かなかった。
振り向かないだけじゃない。
顔は前を向いていても、目を開けることさえしていない。
敵はすべて、「探索」で発見し、脳内展開できるようにした「地図」に反映させる。
そして、進行方向にいるオークのうち、射程圏内にものは、強めの「爆発」の魔法で爆殺する。
このとき、爆発の衝撃とか、考えたくないイロイロなモノとかが飛んでくるけど、それらはすべて、黒魔術の防御結界で防いでいる。
黒魔術で魔物を倒すのは、すぐには無理そうだけど、倒すこと以外ならなんとかなりそうな気がして、試しに「防御」の中で一番簡単な防御結界の術を使ってみたのだ。
そうしたら、あっさり発動できた上に、防御力も高い。
固形物や魔法以外に、液体やミストなんかも防いでくれるので、超便利だった。
空気までは防げないのが玉に瑕だけど、一回の血玉の量も、最小のビーズ玉で済むから、コスパもいいし、使うことにした。
黒魔術の防御結界の良いところは、魔力を消費しないところだ。魔法だと、爆発の衝撃を防ぐには。その分魔力を込めないといけなかったけど、黒魔術だと血玉で済む。
だから、私は魔力を爆発魔法にだけ使うことができて、スムーズに敵を倒すことができているのだ。
早速、黒魔術の特長が現れているよね。
あれ?さっきディーネが説明したことって、本質というより特長のような気がするけど…………まあ、いっか!細かいことは気にしないでおこう。
『黒魔術って、便利だね』
「そうでしょ、そうでしょ!黒魔術って便利でしょ!」
ディーネに感想を言ったら、ものすごく喜ばれた。
目の前にいたら、きっと跳ねまわっていたと思う。
◇◆◇◆◇◆◇
私は一時間ほどかけて、第7層へ続く階段へと辿り着いた。
途中で魔力が尽きそうになったので、オークのいない通路にしばらく避難して魔力を回復させた。
階段じゃなくても魔力は回復するようで、魔力が少なくなる度に隠れて回復させた。
そのせいでかなり時間がかかってしまったけど、なんとか第6層を突破できた。
ディーネに聞いた話では、迷宮の攻略は、第1層から順番に、すべての階層を通ってボスを倒さないといけない。
転移で途中から入って、ボスだけ倒す、というのはダメなのだそうだ。
だから、今回ボスを倒したとしても、迷宮を攻略したとはみなされない。
でも、私は先に進む。
経験値稼ぎと、ステータスアップのために。
小休憩を取り、第7層へ行こうとすると、ディーネが止めた。
「待って、トモリ!次に行くなら、血玉を補充しておいた方がいいよ!」
『…………』
確かに、血玉は当初の半分以下になっていた。
いくらコスパがいいとはいっても、一時間ずっと使い続ければ減る。
でも……
『またあれをやるなんて絶対に嫌!』
血玉を作るには、自分を傷つけて血を採取しなければならない。
いくら傷がすぐに治るとはいえ、痛いものは痛いのだ。
「でも、そうしないと血玉は作れないよ?血玉がないと血を使い過ぎたとき危ないし。大丈夫。トモリならできるよ!」
『無理だよ!私にはできない!』
「大丈夫。痛いのは少しだけだから」
『嫌!ディーネが何て言ったって、嫌なものは嫌!絶ッ対、嫌〜っ!』
◇◆◇◆◇◆◇
そうして、しばらく嫌だ嫌だと駄々をこねまくった私に、とうとうディーネが折れた。
「わかった……。痛くない血玉を作る方法を探してみるね……」
『本当?やったー!これで地獄から解放される!ありがとう、ディーネ!』
疲れ果てたディーネの声とは対照的に、私の声は弾んでいた。