95.ぼっち少女のオーク迷宮攻略・再1
ディーネと契約した翌日。
私は、予定通り、ハティさんとオーク迷宮の第3階層までを念入りに調べた。
この程度の魔物相手なら、魔法で十分なので、契約した力は使わなかった。
途中何度か試してみたい衝動に駆られたけど、ハティさんの前で使ったら、絶対に問い詰められそうだったので自重した。
朝から昼過ぎまで調査をすると、街に戻り、ギルマスたちに報告をしてお開きとなった。今日は何の成果も得られなかったので、明日続きをやることになった。
◇◆◇◆◇◆◇
皆と別れた私は、オーク迷宮の第6層に来ていた。
前回同様、いつでも安全地帯に避難できるよう、階段の前で敵を待つ。
今回の目的は、黒魔術の練習だ。
昨日は、ディーネにいろいろと説明してもらったあと、日が暮れ始めてきたこともあって宿に帰った。
夕食とお風呂を済ませると、部屋でできる黒魔術の勉強や準備をした。
ディーネがサポートしてくれたので、ひとりのときよりもずっと効率が良くできた。
そして、今日は、昨夜の成果の確認も兼ねて、迷宮に来ているというわけだ。
準備をしながらしばらく待っていると、通路の角から、オークアーマーAが姿を現した。
現れたのは1体だけで、他はいない。
オークアーマーは近接戦闘タイプで、遠距離からの攻撃が無いのは、前回確認済み。しかも、Aなのでステータスは前回より低く、倒しやすい。
練習には一番良い相手だ。ラッキー!
「……喜んでないで、早く始めたら?」
『はーい……』
ディーネの言葉で喜びが一気に冷めた私は、淡々と練習を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
契約して新たな力を得たのだから、一撃で!と行きたかったのだけど、力の性質上すぐには無理だ。
勉強も昨日一晩しかしてないし、覚えられる術も限られている。
でも、チマチマ魔法で倒すよりは、遥かに早いだろう。
私は、左手に「召喚」の魔術書を、右手に血玉持ち、呪文を唱える。
ちなみに、血玉とは、文字通り血を固めた玉のことだ。大きさは小さなビーズからゴルフボールくらいまでと様々で、用途によって使い分ける。
予め血玉を用意しておくことで、術の使用による貧血を回避できるそうで、昨日はディーネに言われるがまま、倒れるギリギリまで血を抜いて血玉を作った。
ハッキリ言って悪夢だった……。
まあ、それは置いといて。
今回は、直径1センチほどの血玉を使うことにした。
"Teliar-nwu, Jackdelis nua Meth Hand or Dan'des'e."
(水よ、魔界よりこの手に現れよ)
前に使った炎の召喚術の水バージョンだ。
ディーネと契約すると、水系統の術の威力が増すということなので、炎ではなく水にしてみた。
召喚された水は、私が魔法で作る水と然程変わらないように見える。
……何か違いがあるのかな?当ててみればわかるかな?
私は水を球にして、オークアーマーに放った。
続いて、比較のために「水球」の魔法を放つ。
あまり違いはないように見えた。
『ねぇ、ディーネ』
「何?」
『黒魔術も魔法とあまり変わらないように思うんだけど』
「水球程度の術じゃ、変わらなくて当然だよ!もっと大きな術じゃないと!」
『そうなの?』
もっと大きな…………。
私は、さっきより一回り大きな血玉を取り出し、呪文を唱える。
さっきと同じ呪文だけど、使った血の量が多かったせいか、召喚された水の量は大幅に増した。
さっきはサッカーボールくらいだったのに、今回はバランスボールくらいだ。
私はそれをオークアーマーに向かって放つ。
大きな水球は、その大きさゆえか歩くような速度でオークアーマーに向かっていき、その顔を覆った。
水球に顔を覆われ、息ができなくなったオークアーマーは水球から逃れようと激しく暴れる。
私は水球の位置を維持したまま、オークアーマーを鑑定し、ステータスを見る。
オークアーマーの体力は少しずつ減っていく。
ゆっくり、ゆっくり、減っていく。
それとともに、オークアーマーの抵抗もだんだん弱くなっていくけど、このままだとオークアーマーが力尽きるより先に、水球の術が切れそうだ。
黒魔術は魔法と違って、発動し続けられる時間が限られているのだ。
さて、どうしようかな。
オークアーマーの体力が残り半分を切ったところで、私は水球の術を解除する。
息ができるようになったオークアーマーは、その場に膝をつき、兜を外して激しく咳き込んでいる。
そんなオークアーマーに、私は容赦なく「氷槍」を浴びせた。
狙うのは何にも守られていない頭。
正直、頭に氷の槍を生やしたオークの死体なんて見たくないけど、全身鎧のオークアーマーには、そこしか弱点がないから仕方ない。
そうして、頭に十数本の氷の槍を生やして、オークアーマーは絶命した。
◇◆◇◆◇◆◇
オークアーマーの死体を回収した私は、安全地帯である階段に座っていた。
『水の召喚術って、大したことないんだね』
念話でディーネに言うと、怒った様子の返答が来た。
「それはトモリが悪いんだよ!あんな術の使い方、間違ってる!」
『そうなの?』
「うん!あ、そういえば、トモリは黒魔術と魔法の違いって何かわかってる?」
『黒魔術と魔法の違い?それくらいわかってるよ?』
「じゃあ、言ってみて!」
私を試すようなディーネの言い方に少しムッとする。まるで、私が何も知らないみたいじゃない。
そんなことを思ったせいか、答える声は少し冷たくなってしまった。
『まず、黒魔術は魔術書がないと使えないけど、魔法は適性があれば誰でも使える。それから、黒魔術には血が必要な代わりに、魔力は要らない。反対に、魔法は血が要らない代わりに、魔力を使う』
「うん、うん。合ってるよ!他には?」
『他?えーっと、黒魔術は詠唱が必要だけど、魔法は必要ないところ?』
「んー。他には?」
『他は………あっ!黒魔術は発動時間に制限があるけど、魔法なら魔力の続く限り発動し続けられるよ』
「あー、うん。他には?」
『えっ?えーと……』
答えるたびにディーネが「他には?」と聞いてくる。
頑張って考えたけど思いつかなかったので、諦めて首を横に振った。
すると、ディーネが溜息混じりに、諭すように言った。
「はぁ……。まあ、トモリが言ったことも間違いじゃないんだけどね。でも、やっぱりトモリは黒魔術の本質をわかってない!それに、魔法のこともちょっと誤解してるよ!」
黒魔術の本質……?
そんなの知ってるわけないでしょう!
私はつい一月前にこの世界に来たばかりなんだから!
魔法だって独学だ。誰かに教わったわけじゃない。
だから、誤解してたってしょうがないじゃない!
それなのに、何でそんなふうに言われなきゃいけないのよ!
ディーネの無遠慮な言葉に、私はカチンと来てしまった。
もともと人付き合いがほとんどなかった私には、こういったことへの耐性というものがない。
だから些細な言葉で傷付いたり、怒ったりするのだ。
私は感情の赴くままに口を開いた。
「……「あ……!ごめんなさい……」
私が言葉を紡ぐより早く、ディーネが謝った。
「ごめんなさい。私、言い過ぎちゃった、かも、しれないの。トモリを怒らせるつもりはなかったんだけど、でも、トモリを嫌な気持ちにさせちゃったから、ごめんなさい」
さっきまでの元気の良さはどこかへ行き、すっかり落ち込んでしまったディーネ。
バツの悪そうな声で謝罪の言葉を口にする。
その言葉に、私の中の怒りは、スッと消えていった。
代わりに、私の中にディーネの感情が流れ込んで来るのを感じた。
「ん?どしたの?トモリ」
『もしかして、私とディーネって、心が繋がってる?』
この場合の心が繋がるというのは、比喩的な表現ではない。もっと確かな感覚だ。
困惑して聞くと、ディーネはいくらか落ち着いた口調で答えた。
「あ、うん。契約して、お互いの一部が融け合っている状態になってるの。だから、精神的にもちょっとは繋がってる。あ、でも安心して!望んだとき以外は、さっきみたいに、強い感情しか伝わらないようになってるから」
『じゃあ、勝手に心の中を覗かれることはないんだね?』
「うん」
それなら良かった。
私はほっとして胸を撫でおろした。
ことわざにもあるように、いくら親しくても、すべてを許容できるわけじゃない。
強い感情は伝わってしまうみたいだけど、そもそも強い感情って、傍から見ててもわかったりするものだし、あまり気にしなくてもいいよね。
それから私は、ズレてしまった話を戻した。
『それで、黒魔術の本質って何?』