93.ぼっち少女の悪魔契約1
出来上がったペンダントのうち、色合いの気に入ったアクアマリンのペンダントを首にかけた私は、お昼を食べた後、ウキウキ気分でハティさんと一緒に冒険者ギルドに戻った。
4人で今後のことを相談している間も、ペンダントが気になって弄っていたら、3人に呆れ顔で見られてしまった。
しかも、ペンダントに夢中になり過ぎて、話の内容がほとんど頭に入っていなかったので、さすがに怒られてしまった。
これは私が悪いので、素直に謝った。それから、一旦ペンダントを仕舞って、もう一度話してもらった。
話を要約すると、今後、私とハティさんは、オーク迷宮をできるところまで調査するということになった。
ギルマスとアニタさんは引き続き情報収集だ。
それと並行して、ギルマスが他の街に行っている高レベル冒険者を呼び戻せるよう掛け合って、オーク迷宮の調査に加わってもらえるようにするそうだ。
ただ、それがいつになるかはわからないと言っていたから、期待しないでおこう。その冒険者が戻ってくるまでにカタが付いてるかもしれないからね。
◇◆◇◆◇◆◇
話し合いが終わると、解散となった。
明日に備えてゆっくり休むように言われたけど、私はそれを無視して、ガーゴイル迷宮のボス部屋に来た。
そして、ボス部屋をクリアすると、その場でウンディーネを喚び出した。
"Teliar to Millkis Undine-nwu, Jackdelis nua Le ne Tegole sa des'ei, Le or Weth Deacher ce Dan'kaim'ei-tamaw'e."
(水の精霊ウンディーネよ、魔界より我が元へ現れ、我にその力を示し給え)
魔法陣からウンディーネが現れた。
ウンディーネは開口一番、こう言った。
『契約、シテくれるノ?』
その言葉で、ウンディーネが前に召喚した個体と同一だとわかった。
ウンディーネはキラキラした目で私を見ている。どう見ても期待している目だ。
まあ、今回はその契約のために喚んだので、ウンディーネの言葉に頷いた。
それを見たウンディーネは、大喜びした。
『ホントウ!?ヤッタ、ヤッタ!契約!契約!』
ウンディーネはしばらくその場を跳ね回ると、私の前にやってきた。
そして、少し不安そうな顔で言った。
『ホントウ、だよネ?』
『うん。私はあなたと契約したい。いいかな?』
答えは聞かなくてもわかるけど、一応聞いておく。やっぱり嫌だってなったら困るからね。
『うん!アリガトウ、トモリ!』
予想通り、ウンディーネは満面の笑みで頷いた。
そうして、私はウンディーネと契約することにした。
契約の方法は簡単だ。
特別な道具も術もいらない。
必要なのは、お互いの同意と、契約の言葉のみ。
"Le f'o Undine to Lorder, Dine. Le, Me――Tomori ol to Vertrag ce thwiham'e."
『我はウンディーネの長、ディーネ。我、汝――トモリとの契約を望む』
ウンディーネか直接発声している悪魔語に被さるように、翻訳された言葉が念話として頭に響いた。
召喚したウンディーネは、どうやらディーネという名前らしい。ウンディーネのディーネ……。安直だけど、覚えやすくはあるよね。
そんなことを考えていると、ウンディーネ改めディーネが、続きを急かすように目で訴えてきた。
契約の途中でも、召喚の限界時間になればディーネは送還されてしまう。
その前に契約を終わらせる必要があった。
幸い、契約の言葉はちゃんと覚えてきていた。気持ちさえ伝われば、悪魔語でなくても問題ないと、リリスからもらった本に書いてあったので楽だった。
『私、雪原燈里は、ディーネとの契約を認めます』
言い終わると、私とディーネの足元に魔法陣が現れ、身体を薄紫色の光が覆う。
私は特に何ともないけど、光に包まれたディーネの姿は、少しずつ透けていく。
ディーネが透けていくとともに、薄紫色の光の線がディーネから私に向かって伸びてきた。
その光の線は、私のところまで辿り着くと、ゆっくりと私の中に入ってきた。
光なので、入ってきた感じがした、と言ったほうが正しいかもしれない。
入ってきた光は、私の中で融けて、私と混ざり合っていく。
そうして、光に変わったディーネが私と完全に融け合うと、光が収まっていった。
光が消えると、突然、全身に激痛が走り、私は意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇
気が付くと、私は家の前に立っていた。
茶色い外壁の、どこにでもある普通の一軒家。
ベランダには洗濯物があり、風に吹かれてはためいている。
庭の観葉植物の葉は青々と繁り、家庭菜園のプランターには、真っ赤なトマトが実っている。
元の世界にある実家だった。
なぜここにいるんだろう?
私は確か、異世界にいたはず。いつの間に戻ってきたんだろう?
記憶を手繰ってみても、ここにいる理由がわからない。
それに、家庭菜園は父さんの趣味で、母さんも私もやっていなかった。
どう見てもおかしい。
だって、父さんは……
「今日はいい天気だ。絶好のお出かけ日和だな」
困惑している私の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
「うん!いいおてんきー!」
玄関の扉を開けて、親子が出てきた。二人とも、半袖半ズボンで、麦わら帽子をかぶっている。
父親の手には、三段重ねのお弁当。
小学校一年生くらいの女の子は、子ども用の小さなリュックをしょっている。
「さあ、乗って乗って。早くしないと遊ぶ時間がなくなっちゃうぞー」
「わー!のるー!のるからたくさんあそぶのー!」
親子は車で遊びに行くらしい。
父親は、女の子を運転席の後ろの席に乗せ、しっかりとシートベルトを締めた。
女の子はリュックを膝の上に載せ、両手で抱えるように持って、シートに座っている。
一方、女の子のシートベルトを確認した父親は、運転席に座った。
その後、父親の運転する車は、女の子を乗せてゆっくりと車庫から出て、道路を走り去っていった。
窓から見えた二人は、幸せそうに笑っていた。
私はそれを、呆然と見つめていた。
遠い彼方に追いやったはずの、あの日の記憶。
忘れようとして、忘れられなくて、最近になってようやく薄れてきたあの日の記憶。
この1年近く思い出したことはなかったのに、どうして今になって思い出すんだろう。
私は再び薄れていく意識の中で、どうして、と繰り返した。
答えの返ってこない問いを、ぼんやりとした頭で続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……リ、起きて、トモリ!トモリ!」
私を呼ぶ声に、ハッと目を開ける。
驚いて辺りを見回したけど、誰もいなかった。
どこから声がしたの?
「ここだよ、トモリ」
もう一度声がした。
ディーネの声が、首から下げたアクアマリンのペンダントからしている。
『……ペンダントの中にいるの?』
念話で話し掛けると、ディーネが答えた。
「うん。ちょうどいいから使わせてもらったの。宝石を媒介にして、話をしたり、力を使ったりできるんだよ」
なるほど。アクアマリンは青い石。水の精霊のディーネにはぴったりな気がする。
……あれ?そういえば、話し方が随分と流暢になった気がするけど、気のせいかな?