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閑話11 とある受付嬢の悲哀

アニタ視点です。

トモリがフィルリアの街を出て数日後の話です。


※全体的に暗い展開になっていますので、苦手な方は読み飛ばしても問題ありません。


「これで依頼の受注は完了となります。くれぐれも、無理だけはしないように行ってきてくださいね」

「はーい!」


 まだDランクに上がりたての冒険者の少年少女たちが、手を振ってギルドを出ていきます。

 私は笑顔で見送り、彼らの姿が見えなくなると、そっと溜息をつきました。


「はあ………」

「あら、アニタ。どうしたの?元気がないみたいだけれど」


 いきなり背後から声を掛けられ、思わず声を上げてしまいます。 


「わっ!ギ、ギルマス!これは、その、何でもありません」

「暗い顔で溜息をついていたのに何でもないってことはないと思うわ。何かあったの?」

「い、いえ。本当に、何でもない、です……」


 ギルマスが私をじっと見つめてきます。

 ギルマスはよく人をじっと見ることがありますが、そういうときは、決まって何か見透かされてるような気がします。

 なんとなくそんな気がするだけですし、気のせいだとは思いますが、あまりいい気分ではありません。

 つい、目を逸らしてしまいました。


「目を逸らすってことは、何かあるのね?ねぇ、アニタ。よかったら私に話してくれないかしら?あ、別に無理にってわけじゃないわ。あなたが嫌なら話さなくてもいい。でもね、最近あなたは溜息ばかりついているでしょう?だから少し心配なのよ」


 私が、溜息ばかりついている?

 ギルマスの言葉に、私は最近の自分の行動を振り返ります。

 言われてみれば確かに、以前より溜息をつくことが多くなったように思います。

 自分でも意識していなかったことを指摘されたせいか、さらに嫌な気分になります。

 ギルマスが純粋な好意で言っているだけだとわかっているので、なおさら。

 黙り込んでしまった私を見て、ギルマスも溜息をつきました。


「…………わかったわ。あなたが話したがらないことを無理に聞き出したりはしない。でも、自分ひとりで抱えきれなくなったら、誰かに話すのよ?友人とか、家族とか、私じゃなくても構わないから」

「はい、そういたします。お気遣いありがとうございます」


 ギルマスの言った「家族」という言葉に、さらに気分が沈みます。

 ですが、これ以上ギルマスが心配するような言動をしてはいけないと思い、表情を取り繕って答えました。

 ギルマスは軽く頷くと、激励の言葉を残して去っていきました。

 ギルマスがいなくなると、私は同僚に断って、休憩室に向かいました。




 休憩室には誰もいませんでした。

 私は椅子を引いて腰掛けると、そのまま机に突っ伏しました。

 お行儀が悪いのはわかっていますが、誰もいないときくらい構わないでしょう。

 頬を机に付けて、深く息を吐きます。

 吐き終わると、今度は深く息を吸います。

 そうやって、息と一緒に、憂鬱な気分も吐き出すのです。


 それにしても、嫌なことはどうしてなかなか忘れられないのでしょう。

 こんなにも忘れたいと願っているのに、意識すればするほど、記憶は強く定着していきます。

 ああ、早く忘れてしまえればいいのに……。





「……タ、起きて、アニタ」


 体を揺すられて目が覚めます。

 窓から差し込む光で、休憩室は赤く染まっていました。

 休憩室に来たのは午前中だったはずですので、かなりの時間眠ってしまったようです。勤務中に、こんなところで寝てしまうなんて。どうして誰も起こしてくれなかったのでしょうか。

 しかも、不自然な姿勢で寝ていたせいか、体のあちこちが痛みます。

 顔にも痕が残っているかもしれません。どうしましょう。

 私は思わず自分の顔をペタペタと触ります。触った限りでは、大丈夫なようです。


「大丈夫?アニタ」


 私を起こした同僚が心配そうに尋ねます。


「大丈夫です。少し寝てしまっただけですから」

「そう?なら良いんだ。あ、そうそう、アニタに伝えないといけないことがあって来たんだった」

「何かあったのですか?」

「うん。実はね……」


 いつもは明るい同僚が、暗い顔で話しているのを見て、嫌な予感がしました。


「アニタが担当してた冒険者のひとりが、迷宮で亡くなったみたいなの」


 その言葉に、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けました。

 目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなります。


「同じパーティーの子たちが知らせに来てくれたの。みんな傷だらけだったから、今教会で治療を受けてるんだけど、その子たちの話だと、無理して迷宮の奥まで進んじゃったんだって。ギルドであんなに注意してるのに、どうしてそんなことするのかな……」


 同僚が経緯を話しているのをぼんやりと聞きます。

 聞いてはいるのですが、内容は頭に入ってきません。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、考えがまとまらないのです。

 冒険者ギルドの受付嬢である以上、担当の冒険者が亡くなることは決して珍しいことではありません。

 特に、この街は初心者ばかりなので、分不相応な敵に挑んで亡くなる者は後を絶ちません。

 私も何回かあります。

 ですが、だからといって、それに慣れることはありません。

 誰かが亡くなるのは、いつだって悲しいことなのです。

 そう、いつだって……。






 翌日の昼下り、私は少し暇をもらって、街の外れにある共同墓地にやってきました。

 緑に囲まれた静かな墓地で、穏やかな初夏の日差しを浴びていると、だんだん心が落ち着いていきます。

 暗い気分も晴れていく気がするので、不思議です。



 ――亡くなった子の葬儀は、その日のうちに行われました。

 私もギルマスに誘われ、まだぼんやりとしたまま参加しました。

 葬儀のとき、ギルマスが遺族の人たちと捜索について話しているのを聞いて、今朝ギルマスが私のところに来たのはこのことだったのかと思い至りました。

 教えてくれれば良かったのにとも思いましたが、優しいギルマスのことです。いつもと違う私に気を遣って、黙っていたのでしょう。

 あとでギルマスにお礼を言わなければなりませんね。






 冒険者の子の墓参りが終わると、私はそのまま別の墓に向かいます。

 誰の墓かというと、私の実の母親の墓です。


 私がそれなりに大きくなった頃、実の母が私に会いに来ました。

 この辺りでは私のような赤い髪は珍しいので、同じ色の髪をした人を見て、すぐに母だとわかりました。

 事情があって私を捨てたけど、ずっと心配していたと言っていました。

 その時の声や表情から、なんとなく、それが本心でないとわかりましたが、血の繋がった親子だからなのでしょう。結局私は、母の望みに応え、時折会うようにしたのです。


 街の外の小さな村に住んでいた母と会うのは、月に数回程度でしたが、それでも私は楽しかったです。

 母も、だんだん私に心を開いていき、母親として、心からの愛情を注いでくれました。

 そうして母と再会してから3年が過ぎようとしていた頃、唐突に終わりはやってきました。


 母が亡くなったのです。

 村から街に来る途中、ウルフの群れに襲われ、そのまま亡くなってしまいました。

 母の訃報を聞いて、私は大泣きしました。いつの間にか、母はかけがえのない存在になっていたのです。


 その後しばらく落ち込んでいましたが、家族のおかげでなんとか立ち直ることができました。

 しかし、毎年命日が近くなると、あの日のことを思い出して気分が沈みます。

 もう何年も経つのに、未だに忘れられません。

 いつか穏やかな気持ちで命日を迎えられる日が来るのでしょうか。



 墓に着くと、私は黙々と掃除を始めます。

 墓石を洗い、雑草を抜き、花を供えます。

 そして、キレイになった墓に黙祷をすると、その場を離れました。






 墓参りを終え、荷物を持ってギルドに戻ると、ギルマスが用意を済ませて待っていました。


「もういいの?」

「はい。ご心配をお掛けしました」

「そう。あなたがいいなら私は構わないけれど、何かあったらすぐに言うのよ。我慢は良くないんだからね」

「はい」

「じゃあ、出発するわ。時間がないから、早く乗ってくれるかしら?」

「あ、はい!」


 本当は、まだ本調子に戻ったわけではありません。さすがに昨日の今日で元に戻れるはずがありません。

 ですが、これから仕事です。これ以上迷惑を掛けるわけには行きません。

 だから、もう大丈夫だと答えました。

 ギルマスの返答から、おそらくウソだと見抜かれているようですが、ギルマスは深く追及してきませんでした。

 時間がないのは本当なので、私は急いで馬車に乗り込みます。

 あとで聞かれるかもしれませんが、その時は今よりもマシになっていることでしょう。



 そうして私は、暗く沈んだ気分のまま、ギルマスとともにカージアの街に向けて出発しました。

 カージアの街の冒険者ギルドマスターからの緊急の呼び出しです。

 できるだけ急いで行かなければなりません。

 道中は大変でしょうが、カージアの街にいるはずのトモリさんに会えるかもしれないと思うと、少しワクワクします。

 トモリさんの前で失態を晒さないように、カージアの街に着くまでに頑張らないといけません。

 頑張っテ、イつもノ私ニなラナいと。

 



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