9.ぼっち少女のウルフ売却
アニタさんはそのままギルドを出て、すぐ横の建物に入っていった。
「こちらが素材の買取所になります。魔物の素材を売るだけでなく、購入することもできますよ」
中は、冒険者ギルドと瓜二つだった。違うのは、依頼ボードがないことと、カウンターテーブルがギルドのものの倍くらい大きいことだ。
「解体はお済みですか?」
解体はしていないので、首を横に振る。
すると、アニタさんは、カウンター横にあるドアに向かって歩いていった。
私も後を追う。
私が追いつくと、アニタさんはドアを開ける。
それと同時に、血生臭い匂いが舞い込んできて、思わず顔をしかめた。
アニタさんは、そんな私を見て苦笑いしたけど、すぐに真面目な顔に戻って部屋の中に入っていった。
私も表情を戻して後に続く。
さっきのアニタさんの様子がおじさんと同じで、やっぱり親子なんだなぁと、どうでもいいことを思った。
この部屋は、解体部屋のようだった。血が染み込んだ六人用の長机がいくつも置いてあり、数人の男性が解体作業をしていた。解体作業中の机と周囲の床は、血塗れになっている。
グロ耐性のない私は、それを見て気分が悪くなった。アニタさんは大丈夫なのかな?
気になって横を見ると、アニタさんは平然としていた。ギルド職員だし、慣れてるのかな?逞しいなぁ。
そんなことを思っていると、一番手前の机にいた人が私たちに気が付いて、近寄ってきた。
「よう!アニタがこんなとこに来るなんて、珍しいな。どうしたんだ?」
「あ、親方。お久しぶりです。今日はこの人の付き添いで来たんです」
ザ・親方という風貌の中年男性だった。スキンヘッドに、日に焼けた褐色の肌。筋肉のついた逞しい体。
他の作業員?と比べると、年上に見えるし、この人がここの責任者なのかな?
親方は、アニタさんに言われて私を見た。そのままじっと観察すると、再び視線をアニタさんに向けた。……何か品定めされているようで怖かった。
「で、こいつは何の用でここに来たんだ?」
「ウルフを売りたいみたいです」
何で私じゃなくてアニタさんに聞くんだろう?疑問に思ったけど、私に聞かれても答えられなくて困るだけなので、スルーすることにした。
一方、親方はウルフの種類をアニタさんに尋ねた。
「ウルフの種類は?見たところ新参者みたいだから迷宮のじゃねぇな。この辺りのだと、アースウルフかプラントウルフだが、どっちだ?」
「えっと、私も種類までは知らなくて。説明が面倒なので、出してもらっちゃっていいですか?」
プラントウルフという魔物もいるのか。名前からして植物系のウルフ?うーん、ちょっと想像しづらいなぁ。
私がそんなことを考えていると、親方が私にウルフを出すように言った。
私は、空いている一番近い机に、アースウルフAとBの死骸を並べて出した。
無限収納から直接出したので、何もないところからいきなり出てきたように見えて、さすがファンタジーだとちょっと感動した。
「アースウルフ2匹か。しかも状態が良い」
親方は、私の出したアースウルフを持ち上げたり、置き方を変えたりして見ている。
その様子を眺めながら、私は、親方もアニタさんも、アースウルフがいきなり現れても驚かなかったことに気が付いた。もしかして、この世界では収納魔法は一般的なのかな?
そんなことを考えている内に、査定が終わったらしい。親方が買取額を言った。
「これなら、1匹銅貨50枚だな。未解体のアースウルフの買取額銅貨48枚に、状態が良いから銅貨2枚おまけして、銅貨50枚。それでいいか?」
相場がわからないので、これでいいのか確認するためにアニタさんを見る。
アニタさんは、私の意図を察して、説明してくれた。
「えっと、アースウルフの素材買取額は、1匹あたり、魔石が銅貨10枚、毛皮が最大で銅貨20枚、肉が最大で銅貨30枚の計銅貨60枚です。未解体の場合は、解体手数料として2割引かれて、銅貨48枚となります。あ、最大というのは、通常は討伐の過程で傷がついて売れなくなる部分があるので、理論上、売れる最大の量という意味です」
へぇ。ということは、1匹銅貨50枚って、かなり良い額ってことだよね。
私は、了承の意味を込めて頷く。
親方には伝わらなかったようだが、アニタさんはわかってくれたようで、親方に伝えてくれる。
「それでいいそうです」
「そうか。じゃあ、持ってくるからちょっと待ってろ」
そう言って親方は私たちが入ってきたのとは違うドアから出ていった。
2、3分して戻ってきたときには、手に小さな布袋を持っていた。
「はい。銅貨100枚だ。今ちっと銀貨が少なくてな、銅貨で勘弁してくれ」
布袋を受け取って、中身を確認する。確かに、銅貨が100枚あった。
銅貨100枚で銀貨1枚か。覚えておこう。
私は、大丈夫だといういう意味を込めて頷いた。
今度も、アニタさんが通訳してくれた。
「大丈夫だそうです」
「おお。そうか。……というか、何で嬢ちゃんは喋らねえんだ?」
さすがに疑問に思ったのか、親方が聞いてきた。
まあ、ここまできて一言も話してないから、疑問思って当然だよね。
私がどう答えようか迷っていると、アニタさんが答えてくれた。
「トモリさんは、話せないそうなんです」
「そうか。それは大変だな」
親方は、少し気まずそうに言った。私が話せないことに気を遣ってくれたようだ。
この人も良い人だなぁ。
「俺は、冒険者ギルド解体部部長のハンスだ。よろしくな」
親方は自己紹介をすると、右手の手袋を取って私に差し出す。私は、軽く頭を下げながらその手を握って握手した。
「よろしくお願いします、だそうです」
……アニタさんが、私の通訳として意外と優秀だということがわかった。