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恋愛御法度どす。最終話

都をどりが終わると五日ほどのまとまったお休みがもらえる。

月に二日しかない私達にとっては滅多にない連休。



ゆっくり実家に帰って休んだり、羽を伸ばして旅行を楽しんだりしたいものなのだが……



「なんでどこ探してもないんやっ?」

「華乃姉さん散らかし過ぎですっ!後片付けのことも考えて下さいっ。」


私達は置屋中をひっくり返して、べっ甲の簪と花櫛を探していた。


連休が開ければいよいよ私の見世出しが始まる。

見世出しの時の舞妓の衣装は独特で、黒紋付きの着物を着て、半分の長さの半だらと呼ばれる帯をしめ、頭にはべっ甲の簪と花櫛をさす。

なのでべっ甲の簪と花櫛がなければ格好がつかないのである。

置屋で代々受け継がれる財産というべきもので、簡単に買い換えれる品物ではない。



「仕方ない。千夜、ちょっと今から宗一郎のとこいっておねだりしてきい。」

「華乃姉さん何言ってるんですか?」


「ぶちゅっとしたら一番高いの買うてくれるわ。」

「何言ってるんですかっ!」



お母さんは入院してからすっかりボケてしまって、聞く度に違う場所を答えた。

どこを探しても見つからず、貴重な休みは一日、また一日と減っていき、置屋の中は足の踏み場さえなくなった。


どうすんだこの状態……



そんな中、玄関の呼び鈴が鳴った。


「あ、そう言えば今日やったか。」

華乃姉さんが思い出したかのようにつぶやいた。


「なにがですか?」

「新しい仕込みさんが来るんが。」



…………はい?

なにそれ?!聞いてないっ!

てかこの置屋の惨劇!!

はっ…もしかして私、今日からお姉さんて呼ばれちゃう?


ワクワクしながら玄関まで行き、どんな子だろうと扉を開けたら、そこには見知った顔がいた。




「…………弥生ちゃん?」


あれっ……なんで?

唐突すぎて頭がついていかない。



「弥生ちゃんお帰り。今度こそ頑張るんやで。」

呆然とする私の後ろから華乃姉さんが声をかけた。


「新しい仕込みって弥生ちゃんなの?!」

「お父さんの具合がだいぶ良くなったから、華乃姉さんが戻っておいでって…言ってくれたの。」


「きゃ──っ!弥生ちゃ───んっ!」




弥生ちゃんがお母さんは大事なものは押し入れの天井裏に隠しているんじゃなかったっけ?と言ったので探してみると、無事、べっ甲の簪と花櫛は発見された。


こうして私の見世出しは、無事ことなきを得たのである。




~めでたし、めでたし〜

















私は祇園の街を、次のお座敷がある御茶屋へと向かって足早に歩いていた。


舞妓デビューして早三ヶ月。

私は華乃姉さんから一文字名前をもらい、芸名を千乃と名乗っていた。



今日は親しくしている御茶屋の女将にお願いしてこっそりセッティングしてもらった。


お座敷は普通、舞を踊る芸妓、唄を奏でる地方、そして舞妓の三人セットで呼ばれることが多く、舞妓だけで呼ばれることは滅多にない。


よほど信頼できる人物でないと、舞妓と二人っきりでお座敷遊びなど出来るはずがないのだが……

そこはさすが月夜の君である。

御茶屋の女将も月夜の君のファンらしく、華乃姉さんには内緒で喜んで協力してくれた。




やっと月夜の君に私の舞妓姿を見てもらえる。

舞妓は祇園でも数が少ないので、毎日お座敷にたくさん呼ばれてとても忙しい。

こんな機会でも作らないと、ゆっくり月夜の君と会うことさえ出来ないのだ。




月夜の君が待つ座敷の襖を持つ手が震える。

私が舞妓になるのを心から楽しみにしてくれていた。

私のこの姿を見て、なんと声をかけてくれるだろう……

恥ずかしくて顔が赤らむ。



「こんばんはぁ。舞妓の千乃どす。」


襖を開けて、深々と頭を下げた。




「違うっ。挨拶する前にまず客の目を見るんやっ。なんべんも教えたやろ?」


………まさかこの声は……


引きつりながら顔を上げると、月夜の君の横に華乃姉さんが座っていた。


なぜっ?!


「ごめんね。華乃さんに待ち伏せされて…私も行くって聞かなくて……」

月夜の君が申し訳なさそうに謝ってきた。

「千乃が朝からソワソワしてたからバレバレや。全く、ええ度胸しとるわ。」


華乃姉さんが熱燗をグビっと飲んだ。

すっかり出来上がっている。

怖い、私きっと殺される……



「千乃さんとても可愛いらしい。色気も出てきたね。惚れなおしたよ。」

「そんな……」

月夜の君に千乃と初めて呼ばれて褒められて、思わず照れてしまった。



「客の言うことを間に受けるんやなく、上手く焦らして気を引くんや。宗一郎も、舞妓に気安く触るんやない。別料金頂くで。」


華乃姉さんが監視していたら月夜の君のそばにも寄れない……



「別料金とはいくらかな?」

月夜の君が冗談混じりに華乃姉さんに聞いた。


「金で千乃を買う気か?宗一郎、あんたゲスいな。」

「人聞き悪いな。華乃さんが言い出したんだろ?」


「一回につき一本やな。」

「ふ〜ん。ではちゃんと数えていてね。千乃さん、お酌をしてもらえるかな?」



月夜の君の持つお猪口にお酒をつぎ終わると、そっと手を重ねてきた。


「千乃さん、前に約束していた甘味処にはいつ行こうか?」

「そ、そうですね……」


私の耳元でささやくように聞いてくるもんだから戸惑ってしまった。

華乃姉さんの顔がピクピクしているのだけど大丈夫なのだろうか?



「華乃さん、千乃さんの今度のお休み、一日貸し切りたいんだけどいいかな?」

「はぁあ?宗一郎っあんた調子に乗るんも……」


「いくらでも出すよ?」



月夜の君の余裕の笑みに対して華乃姉さんはヤンキーみたいな顔になっている。


この二人の会話……心臓に悪い。










今でも祇園では夜になると、舞妓がお座敷からお座敷へと忙しく飛び回っている。


彼女達が着ている着物の総重量は10kgにも及び、最初は歩くのさえしんどいのだという。

その重さを感じさせることなく、お座敷では華麗に舞を披露するのだから素晴らしい。


地毛で作っている髪型は、約1週間ほど結ったままなので洗うことも出来ず、あの時代劇で出てくるような高枕でくずさないように寝ている。



知れば知るほど、彼女達の苦労には驚愕せざるを得ないのだ。











「宗一郎っ!何回千乃に触ってんのや!もう注意するんも数えんのもアホらしゅうなってきたわっ。」



「今回は私の勝ちだ。」


月夜の君は私にだけ聞こえるように言い、ペロッと舌を出した。




華乃姉さんはしばらく何かを考えたあと、月夜の君に質問した。


「宗一郎って千乃と水揚げ出来るとしたらなんぼ出す?」

「随分下世話な質問だね。」


「あんたの千乃への気持ちがどれほどのもんか知るには一番わかりやすいやろ?」

「う〜ん。そうだなあ……」




水揚げってなに?

私は各座敷を見回りに来ていた御茶屋の女将に聞いてみた。


「いややわぁ昔はこの祇園でもありましたけど。旦那さんになる人と情を交わすことやでぇ。」

「じょうをかわす?」

ますますわからない。


「今の若い人の言葉で言うなら…Hやな。」



…………はぁああ?!




月夜の君は扇を広げ、口元を隠しながらコソッと華乃姉さんに耳打ちした。

華乃姉さんがぱあっと晴れやかな顔になった。



「千乃、置屋のためや。今すぐ宗一郎と水揚げしぃ。」

「華乃姉さん何言ってるんですか!!」


「良かったね千乃さん。これからは華乃さん公認で付き合えるよ。」

月夜の君まで悪ノリしている。


「ちょっと今から布団敷いてくれる?」

華乃姉さんが御茶屋の女将に言うと、女将まで、へぇちょっとお待ちをとノリ出した。

ちょっと待て。誰か止める人はいないの?!




「千乃は男を知らんから、優しくしたってな。」

華乃姉さんはそそくさとお座敷を出ていってしまった。



「参ったな…冗談のつもりだったのに。華乃さん本気だ。」

奥の部屋に敷かれた布団を見つめ、月夜の君が困ったようにつぶやいた。






「……どうする千乃さん?」



ど、どうするって……

どうするもなにも───────






「舞妓は、恋愛御法度ですから────!!」










「今回は私の勝ちや。」


華乃姉さんがペロッと舌を出した。
















昔から今へ、上の者から下の者へ……


何百年もの長き間、祇園の女達はひとつひとつの伝統を大切に守りつつ、新しい時代へと受け継いできた。




それは祇園に生きる女だけに許された


うつやかな命の舞なのかもしれない──────











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