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develop/Explorer 探索者 [6 ahead]

□Notification! [in Forest]

 木漏れ日の森。

 日本人が忘れてしまった美しいこの景色はしかし、人に牙を向く自然の化身。心地よい静けさの中に、五感では知覚することのできない脅威が眠っている。

 羅姫のテリトリーである「森」。

 千葉県、かつては東部アーバンパークラインの駅の一つであった地域「清水公園」周辺森林である。かつては桜・紅葉の名所として県外からも人が訪れるほどの人気スポットであった。

 森林歴の現在では誰も訪れないようなこの場所に、今は一組の男女が訪れていた。


 薄緑色のブーツパンツに、頑丈なアサルトブーツで足元を固めるエクスプローラー風のボトムパーツに対して、大正学生シャツに和装用の羽織で文字通りの和洋折衷。トレードマークである狐の半面(口元が見えるタイプのことである)を首元から提げる。

 最も気合の入る、自分の決めた探索用衣装である。

 今日は行きなれた森ではない森の探索行になる。普段より気合を入れておいても損はない。


 「そういえば狐さん、探索の時はそんな恰好してるのですね」

 「普段会う時は学校帰りか、バイト帰りだからね。いつも似たような服の菜子(なこ)とは違いますよ」


 隣歩くドルイド。本名を菜乃(なの)というのだが、本人はあまり本名が好きではないらしく(なんでも可愛すぎるのだという)、仕方なくあだ名で呼んでいる。

 彼女が昔から好んで着るのは、白いワンピースに軽めのカーディガンなどの羽織もの。この組み合わせは譲れないものがあるらしく、ほぼ年中通してそのスタイルを貫いている。森ガール系ファッションに近いようで、微妙に違う。自分は密かにドルイド系ファッションと呼んでいた。


 「ちゃんと違う服ですしっ」

 「これは失礼。そのフードの上着可愛いね」


 そんなことないですよ? とフードを手で掴んでぱたぱたと揺らしてみせる。フードを褒めただけなのに、若干の照れが見える。


 「これはおばあちゃんがくれたものです」

 「相変わらずセンスの良いことで」


 今でこそ大分改善されたが、元引き籠り。服装に関しては祖母や母、あるいはネットショッピングに頼っているそうだ。そんな彼女も、今では立派な森林引き籠りになっているのだから悪化している感すらある。


 「そういえば、今日は日傘は?」

 「森の中にいる分は大丈夫なのでっ。それに、ちょっと荷物も……ですし」


 彼女は日の光に長い時間当たっていると溶けてしまう生き物なので、普段は必ず日傘を持ち歩いている。しかし今日は代わりに細長い袋のようなものを持っていた。どう見ても剣道の竹刀袋。言外に「その不自然なのは何?」と聞いたつもりであったが、さすがに伝わらなかったらしい。


 「その不自然なのは何?」


 口にしてみた。


 「これは竹刀袋です」

 「……うん。中は何が入ってるの?」


 ふふり、と笑って中からやや大振りな木の棒を取り出す彼女。「これですよ」と自慢げに言ってみせる。その棒が何かは分からない。


 「護身用バット?」

 「違いますっ。これは"パナケーア"です」


 やっぱり分からなかった。


 「そのギリシア神話の女神みたいな名前の木の棒は何に使うんでしょうか」

 「パナケーアは、私の領域の宿り木……あの校舎に刺さってる一番大きな樹の一部です。私は基本的に自分の領域の外だとほとんど力は使えませんが、これを持ってればある程度は使えるんです」


 ドルイドは羅姫と同じく、自らの領域を作る。彼女の場合は、あの森の校舎がそれにあたる。領域に生えている宿り木に大地の力を吸わせ、そこから呪に使用するエネルギーを取り出すのだ。


 「なるほど、携帯宿り木ですね」

 「そうですけどその言い方はなんか……っ!」


 確かに神秘的な感じがなくて今一つありがたみがない。

 それによくよく見てみると、ただ無造作に切り取られた木の棒というわけではないようだ。ところどころに小さく紋様のようなものが描かれていた。


 「そういえば、どうして今日はこの森に? 特に見頃という季節でもないですが」


 この旧清水公園には、森に侵食される前彼女と桜や紅葉を見に来ていた。それなりに慣れ親しんだ場所であるが、森に侵食されて以降訪れるのは初めてだ。


 「狐さんに見てもらいたいものがあってですね」

 「へぇ、なんだろう。楽しみにしておきましょう」

 「うーん……。あまり楽しみにできるものではないですが」


 何か特別な自然現象や景色が見れるのかと思ったが、どうやら違うようだった。


 ふと、脳裏をよぎるのは昨晩の会議での話。

 もしかすると、彼女はネガの痕跡を見つけたのかもしれない。


 「菜子。例えばなんだけれど、ドルイドの技術で生物を作るのは可能?」

 「厳密な意味での生物を作るのは無理です。でも、動く物は作れますよ。木の人形とか」


 動くもの? と、少し気になりはしたが、それより先に生物を作れないという回答に安堵を覚えた。ドルイドでは、ネガを作ることはできないということになる。


 「でも、なんでですか?」

 「いえ、少し気になったもので。でも、動く人形? なんてものも作れるんですか」


 言うと、彼女はバッグの中から小さな木偶人形を取り出した。白くて肌触りの良さそうな材質で、丸みを帯びた手のひらサイズ。目と口だけ顔文字のように刻まれたそれには愛嬌を感じる。

 彼女はその人形を地面に置くと、パナケーアで背中をちょんと押し、「歩いて」と静かに語りかける。

 すると、その人形はまるで意志があるかのようにひとりでに歩きだした。

 自分が驚いて目を丸くしていると、彼女は「ふふり」と自慢げに笑っていた。


 「動いてる……。これも呪で動いてるの?」

 「です。木人と言います」


 彼女はなんのことか分からないようで、「?」と首を傾げていた。当然か。

 木人はそのまま自分達と同じペースで先導するように歩いていく。


 「羅生の気配がない、菜子、何かしてくれてる?」


 ドルイドとその周辺数メートル圏内には羅生は近寄らないが、広範囲に力を及ぼす能力ではない。


 「いえ、私はなにも。この森には、ほとんど羅生がいないんです」


 一瞬納得しかけたが、そんなはずはないと思い直す。ここ、旧清水公園は半島側でない千葉県北部の中でも危険度の高い森であったはずだ。羅生は繁殖力も高いので、武闘派による戦闘があったとしても、殲滅に近い状態まで追い込まなければすぐに数が回復する。この森は非常に広範囲に及ぶため、殲滅など到底無理であるはずなのだが……。

 自分の疑問を感じ取ったか、彼女が補足した。


 「ここには強力な羅生? わからないですけど、そんなようなのがいるんですよ」

 「強力な羅生……。何の動物が元になっているかはわかる?」


 彼女は何か言いたそうな顔をしていたが、口を閉じて早足に道をゆき、振り返って言った。


 「見てくれたほうが早いと思いますっ。こっちですよ」


 木人と一緒に、彼女を追いかけるように歩き始めた。

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