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develop/Explorer 探索者 [5 ahead]

 注文したドリンクが、缶のままカウンター・テーブルに置かれた。


 「おら、持ってきたぞ。で、話ってのは何だい」

 

 隣に座る海崎を見て、不思議そうに言った。


 「狐に取り入ろうったって無駄だぜぇ海崎よぉ」

 「そんなんじゃありませんって。ちょっとお話していただけですから」


 マウンテンデューの缶を開ける。自分は鼻が弱いのでその香りは分からなかったが、きっと甘い香りがするのだろう。自分がこの飲み物を好んで飲むのは、単純に「山の雫」という意味を持っているから気に入っている、というだけであった。


 「自分と仲良くしてくださっても、リターンはありませんよ」

 「とんでもない。名前を覚えてもらえるだけでも意義のあることだよ」


 などと言ってみせる海崎。

 自分はメディア進出しているような超有名エクスプローラーではないが、森の侵食前からドルイドであった彼女のように、森の侵食前からエクスプローラーであった。廃墟探索の写真や記録をWebにアップしていた為、数いるエクスプローラーの始祖のように思われているふしがある。エクスプローラーという語は、そういった廃墟探索者が由来となっている。


 「それで、議長。海崎さんも、お時間あれば聞いてください」


 二人に無言で促される。


 「最近、武闘派のエクスプローラーの方が多く亡くなっている、あるいは重大な負傷を負ったと訊きますが、この会議でもそういった方はいますか?」


 近頃、関東で活動しているエクスプローラーの多くが命を落としている。メディアには取り上げられていないが、ネット上のエクスプローラーコミュニティでは話題にあがってきている。

 自分の問いかけに「いる」「いるね」と、二人して頷く。


 「よくうちでライフル銃の手入れをしてた長身の若いにーちゃんがいただろ? うちで今分かってる限りだと、あのにーちゃん一人だな。西のほうは武闘派も多いからか、10人くれぇやられてるみてぇだ」


 想定していた範囲内ではあるが、それでも動揺してしまう数字だ。エクスプローラーというのは、そもそも総人口からして少ない。一つの街で10人以上の死者が出ているというのは異常なことなのだ。


 「先日、"省"の依頼で警察に代わってエクスプローラーの死体回収の任にあたりました。場所は東京の多摩地域、亡くなったエクスプローラーの多くが、切れ味の悪い大きな切断傷を負っています」

 「多摩地域なら熊、か? 珍しい話じゃあないぜ」


 羅生と化した熊型羅生は、日本で遭遇する羅生の中でもトップクラスの危険度を誇る最凶の生物である。時速90kmをくだらないとされる走行速度、刃を通さない硬い外皮、装甲車をへし折るパワーを兼ね備えている。熊型羅生との遭遇は、死を意味すると言っても過言ではない。


 「"省"の依頼と言え、多摩地域に行ける度胸が羨ましいよ。あそこは木材の宝庫じゃないか」


 多摩地域のような自然豊かな場所は総じて、侵食された後は非常に危険な地域となる。海崎も冗談半分で言ったことだろう。反応に困ったので苦笑いで返した。


 「確かに自分も熊型羅生かと思ったのですが、どうにも傷口が熊の爪のそれではないんです。もっと大振りで、爪そのものに重量があるように思える、砕いて裂いたような不気味な傷です。

 そして何より、見たこともない動物の足跡がありました。体重が重いのか、かなり地面に沈みこむ形で蹄状。恐らくはこの生物によるものと考えていますが、どんな動物が羅生になったらそうなるのか、想像もつきません」


 海崎が何か思い当たるふしがあったようで、口を開く。


 「足跡は見たことないけど、似たような巨大な爪痕なら一度、さいたまの見沼地区で見たことがある。羅植の檜に凄まじく深い爪痕が残ってたんだ。羅植の樹類は特別な手法でないと切断するにも骨が折れるんだけど、その爪痕はそんなの関係ないとでも言うように、ざっくりとその樹に残ってたよ」


 これには驚かされた。羅植の強度というのは想像を絶するものだ。生物である分、ただ単純に硬度を獲得した場合、下手な金属よりもよほど傷をつけるのが困難なのだ。羅生の攻撃能力も確かに物理限界に迫るものがあるが、元となっている樹が頑丈である檜の羅植にはっきりとした爪痕を残す羅生とは、一体どれほど強靭な生命なのだろうか。


 「半年くらい前のほら、なんつったか? 羅生の変種みたいなやつがいたじゃねェか。あれと似たような感じじゃないのか?」

 「そうかもしれません。鳥類種の可能性も考えたのですが、羅生は形態変化ではなく、純粋な筋力と運動性能、それに伴う体内外器官や作りの強化に留まります。あれほど巨大な爪を持つ生物、日本にはいませんからね」


 半年前。神奈川県に現れた大型羅生、通称「ネガA」。粘膜質の体に、皮膚下に無数の刺を備えた恐るべき生物だ。節足動物のような多量の足を持ち、移動は早い。粘膜に触れた人間は即座に火傷するなど、通常の生物では考えられないような特性とつくりをしていた。

 ネガAはエクスプローラーと政府の協力で駆除されたが、何名かの死者を残した。今でもこの業界では記憶に新しい話となっている。


 「またネガAみたいな化け物が現れた、っていうことでいいのかな。今度はネガB?」

 「その結論に至りますよね。自分も同感、ですが一つ考えていることがあるんです」


 マウンテンデューを一気にあおる。微炭酸が心地よく喉を駆け抜けていった。


 「ネガAと今回の、ネガB(仮)について、自分は羅生ではないと考えています。確かに森では日々不可思議なものが生まれつつあり、人間の理解からどんどんと遠ざかっていますが、ネガA・Bについてはそもそも羅生の定義から外れます。羅生とは、羅姫の影響を受けた動物が凶暴化し、その体組成を強力なものに組み替えられた生です。しかしネガA・Bはそもそも元となる動物が存在していない。そのはずです」

 「するってーとアレか。そもそもネガっつーのは自然発生の生物とは違ぇってことか。しかしそうなると、一体どこから湧いてきたんだって話になるんじゃねーのか?」

 「人界……ってことか?」


 海崎は畑は違えどクラフター、一つの着想に至ったようだ。


 「確かにネガAは、ムカデとでんでん虫とハリネズミをくっつけた、おもちゃみたいなつくりをした生き物だ。もし、羅生の生物研究をしている機関ないし個人が"羅生のような改造生物"を生み出す試みをしているのなら、ネガのような生物が出来上がるのかもしれない」


 議長も海崎も、揃って苦い顔をした。確かに、万が一その推測が正しいのであればゾッとしない話だ。

 しかし、どうにも自分にはそれが真理である気がしてならないのだ。

 科学を超越した、呪のクリエイター。ドルイドの魔術的な工作技術を目の当たりにした自分は、どうしてもその説を頭から捨て去ることができなかった。

 他人の口から同じ発想が出てくるところを見て、少しだけ考えがまとまったような気がした。

 自分自身で「あり得ない」と一蹴していた考えだったが、存外、ありそうな話だ。

 ──問題は、誰が作ったのか。

 

 席を立つ。


 「万が一のことを考えて、自分たちは、今関東には"羅生ではない謎の生物ネガB"が徘徊しているものと考えて行動するべきだと考えます。

 羅生ではないということは、森の外で活動できる(、、、、、、、、、)ということですから」


 普通であれば根拠もないヨタ話だと言われて終いの話であるが、議長と海崎は真剣に耳を傾けてくれた。


 「それでは二人とも、ありがとうございました。おやすみなさい」


 自分は代金を置いて、ブルーハーツを出た。

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