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develop/Explorer 探索者 [4 ahead]

 大宮に着いたときにはもう、終電も近い時間だった。

 すぐにでも家に帰ってベッドに飛び込みたかったが、その誘惑を振り払い自分は駅の東口を出た。

 大宮駅は、埼玉県の中でも特に大きな駅である。また、埼玉県の主要な市街でもあるため、夜遅い時間になっても街が寝静まった様子はない。


 「大いなる宮居」の意を冠する大宮の街には、その名の由来となる氷川の宮、氷川神社が存在する。氷川神社は日本各地に点在する神社であるが、大宮氷川はその本社といって差し支えない。千年近い歴史を持つ古刹なのだ。

 氷川神社のほうへと進むにつれ、まだ営業している飲み屋などの喧騒から遠ざかってゆく。大宮は栄えた街であるが、少しでも離れると森に侵食された土地に出てしまう。市街地の他は畑や果樹園といった田園地帯がほとんどなのだ。関東に住んでいてかつ、埼玉県にあまり縁がない者は、大宮といえば埼玉の代表都市といった認識があるが、近郊住民からすれば、実際は田舎であるという意見も多々ある。

 東口から出て繁華街を抜けるとすぐに、氷川の参道を跨ぐような道に着く。氷川の参道は自動車が二台走っても問題がないほどに広い。しかし大変に知名度の高い神社であるため、年末年始にはこの広大な参道に人が溢れかえるほどだ。

 少しだけ参道を歩くと、未練を感じながらその道を後にする。

 

 森が近い。

 氷川神社が持つ鎮守の森を外れると、すぐに羅姫の領域が広がっている。──鎮守の森とは、神社などの社寺と共に保護された森林、ないし自然のことである。これらは比較的羅姫の森に侵食されにくいとされている。理由は不明だが、そういった性質を持つがゆえ、羅姫の領域内での鎮守の森は、エクスプローラーにとっての休息所となりうる。

 氷川の鎮守の森と参道、どちらとも離れる方向へと進む。大宮の町外れに、目的の場所があった。

 こんな夜遅くであるにかかわらず、人々の喧騒が感じられる建物が一つ。外見はダーツバーのようにも見えるそれは、エクスプローラー達が情報交換のために利用する、民営の施設である。こうした施設を、俗に「探索会議」と呼ぶ。

 控えめな看板に、派手な店名。この探索会議は「ブルーハーツ」という。かつて大宮にあった有名なライブハウスの名前をそのまま拝借したらしい。この会議の議長(店長と同義である)とは、ライブハウスで知り合った仲なので意外にも長い。

 

 店のドアを開けると、店内から一瞬だけ視線が集まる。金曜の夜は20時頃から人が集まり、以降延々と飲み続けるのが基本であるため、この時間から来店するものは少ない。

 「こんばんは。お疲れ様です」

 宴もたけなわといったところであまり騒がしくはない。空いていたカウンター席に腰を下ろすと、店の奥から議長がやってきて、カウンターにどっさりと腰を下ろした。

 筋骨粒々、背丈も高い男である。しかしなんとも言えず童顔であり、年部相応に可愛げのある、アンバランスな雰囲気を持っている。


 「おうお疲れさん! 狐ェ、聞いてくれやしないかね!」


 きんきんと高い、議長の声。声だけ聞けば少年のそれであるが、これでも三十路過ぎである。もともと東大宮に住んでいた彼だが、森の浸蝕で家を失い、以降探索者を支援するためにこの探索会議の議長を務めている。彼は森が嫌いだが、探索者は好きという独特な人間だ。

 無言で会話を促すと、彼はよく通るその声で話し出した。


 「実は今日な、西の会議に飛び切りスゲー探索者が来たんだとよ」

 「西の会議、エリアスケールでしたか」


 ここでいう西の会議というのは、文字通り大宮西口にある探索会議のことを指す。


 「そう、そいつがスゲーのなんの、あの大宮第二公園の羅生を一網打尽にした超武闘派探索者、志賀直人だ」


 大宮第二公園というのは、氷川神社の先から広く展開される大宮公園の一部である。自然豊か、というよりは自然しかない場所であるので、森の浸蝕が強く、羅生も数多く存在する危険極まりない地帯である。その大宮第二公園の羅生を一網打尽に駆逐し尽した有名なエクスプローラー、それが志賀直人だった。


 志賀は、陸上自衛隊から探索者になった根っからの武闘派探索者であった。

 探索者は数多くいるが、その中でも探索の方向性は二分されると言ってもよい。羅生と正面から戦いあい、それを探索のメインとする武闘派探索者。彼らは主に、森に浸蝕された地域に住居などを持っていた者から依頼され、物品や金銭などを回収する任務を請け負うことで生計を立てていることが多い、いわば現代の傭兵である。反対に、羅生達の知覚を回避し、あるいは戦闘を避け逃走を図ることで比較的安全に森を探索することに特化した探索者が、隠密探索者である。自分はこちらに該当する。


 不思議なもので、日本にはこれら二種類のエクスプローラーがほぼ均等の割合で存在しているという。羅生を狩ることに生き甲斐のようなものを感じ探索を行う者も少なくないので、必ずしもエクスプローラーが森やノスタルジックな空間を愛しているというわけではないようだ。


 「会議には所属も何もないのだから、有名人が来たと言って取り立て騒ぐこともないかと思いますが」

 「んー、まぁな。でもよぉ狐、やっぱり有名人が来たとなればこう、グッと会議の知名度も上がるんじゃねーか? 例えば"江ノ島の美姫"とか、"森帝"とか」


 確かにその通りかもしれない。エクスプローラーの中には、メディア進出を果たしている、いわゆる「人気者」が存在する。彼らはその容姿や、独特な探索手法などから一般人からも強い支持を受けているというわけだ。一般人からすればエクスプローラーとは、彼らのような人気者を指す言葉なのだ。


 「おっと、うちにも有名じゃねーが変な探索者なら一人いたなァ。防衛相森林対策局局長のお気に入りが、な?」

 「そんな人、いましたかね。議長、自分からも少しお話があるのですが、その前にアルコールの入っていない飲み物をいただけませんか」

 「おっとすまねぇ。何がいい?」

 「マウンテンデューがあれば、お願いします」


 会議ではノンアルコールのドリンクを注文する者は非常に少ないので、一部常連が注文するドリンクだけ、奥のバックヤードにしまってあるようだった。 

 あいよ、と答え、彼はバックヤードに戻っていった。

 

 「狐さん、志賀のことはどう思ってる?」


 隣席に腰を下ろし、話しかけてくる男性。数個年上だろう彼は、週末になるとよく会議にいる、見知った顔であった。よく「海崎」と呼ばれているのを耳にする。確か、木製細工を趣味としているクラフター寄りの探索者で、森には木材を集めに行くことが主だったはずだ。どちらかと言えば隠密派であり、同じ派閥の探索者と言える。


 「志賀さんですか。純粋に凄い方だと思っていますよ。銃器の扱いもそうですが、何より体術に秀でています」


 そう答えると海崎は、おや、と意外そうな顔をした。


 「意外だね。狐さんはただ五月蠅いだけの武闘派はあまり好ましく思っていないのかと感じていたんだけど。志賀とは会ったことが?」

 「ええ。以前、秩父の宝登山周辺を探索していた際に。山頂の動物園で会ったのですが、その日だけペアで探索をしました」

 「へ、へぇ動物園……。よく森の動物園に突入するもんだね……」


 ひきつった笑いの海崎。実際、森の中の動物園は非常に危険な場所である。通常の森には存在しえないような動物が現れる魔境といって差し支えない。実際、その日は志賀がいたからこそスムーズに探索ができたと言える。


 「廃墟になった動物園や遊園地は美しいので」

 「うーん。僕みたいな収集メインには到底わかりそうもない境地だよ」


 海崎は手に持ったタブレット端末を操作し、一枚の写真を開いた。


 「話変わるけど狐さん、この木は見たことないかい?」

 幹が細めの、あまり大きくない木であった。自分は植物の類に明るくないので、これが何の木であるのかは分からない。

 「見たことはあるかもしれませんが、場所などについては分かりません。何の木ですか?」

 「これはクルミだね。木材でいうと、ウォールナットにあたるんだ。この通りあまり大きくない木だから、必要な量が集まりきらなくてね。もしこの木を見つけたら、場所なんかを教えてくれればありがたい」

 「分かりました。見つけた際には場所を控えておきます」


 森の中の木、つまり羅植は羅生とはまた違うが、特殊な生である。

 通常の木よりも強靭で耐久性が高く、生半可な刃は通さず、打たれてもそうそう折れない。またその一番の特徴は「耐火性」にある。森に火を放っても、燃えることはないのだ。逆に、そのことから羅植を材料にした木造建築や家具は防火に繋がるとして、高い評価を得ている。しかし入手が極めて困難であるため、その単価はいまだ高い。


 森林歴以降の日本では、木材の単価が天井知らずに高騰を続けている。木材を集めて儲けるためにエクスプローラーとなるものも決して少なくはないのだが、海崎のような根底からしてクラフターの人間でなければ、すぐにやめていってしまう。何故なら、森の中での採集・伐採行為は大変に危険だからだ。無防備な上に、帰り道は採った分だけ荷物が増える。木材バイヤーを夢見た者の多くが、森で死んでいったのだ。

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