表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

develop/Explorer 探索者 [1 ahead]

□ドルイド・ノーティフィケーション!



 西暦2016年。

 森林歴元年。

 自然保護という言葉が、世界中から消えた年。




□──Druid Notification!


 東部アーバンパークライン。

 西暦2014年に新名称へと変わったその路線は、埼玉県中央部から千葉県を繋ぐ路線である。

 「都市公園線」の意を持つその路線。真新しげな印象を受ける車内から外を見渡して目に映るのは、多くが川、森、林である。特に埼玉県を出てから千葉県に移った辺りで顕著だ。良く言えば自然豊かな路線である。

 どこまでも続く緑と、瑞々しい土の色。ともすれば、車内にいるというのに濃厚な森の香りを感じるほどに。この地域は自然豊かではあるが、観光客が訪れるほど美しい土地ではない。やや緑が濃い地域といった程度のものだが、自分は存外にこの場所が好きであった。


 (東部森林線でよかったのではないか)


 自分は、特に感慨なさげに心の中で呟く。

 二年前に名称が変わったのは確かだが、その当時の名称はもう忘れてしまっていた。

 とはいえ、このご時世だ。東部森林線などという不謹慎極まりない(、、、、、、、、)名称であったなら、早くも二度目の名称変更があったことは明白だ。


 人界が森林に侵されてからもう二年の時が経とうとしている。


 車窓から外の景色を見やる。

 朽ち果てた駅のホームを、車両が無慈悲に通過し、視界から風になって消えた。

 二年前までは通常通り運用されていた駅だが、今では使用されていない。二年前までは三十の駅を持っていたこの路線も、今となっては主要都市である大宮・春日部・おおたかの森・柏の4駅のみとなっている。他の駅は、先ほどの駅と同じように廃駅になっている。

 森に侵されたのだ。


 今でも、あの日のことは鮮明に思い出す。

 全世界でほぼ同時に、合計八本の巨樹が生えたあの日。

 「不運」なことに、日本はアジアの中で唯一、巨樹が生えた国であった。

 東京湾の真っただ中に屹立したそれは、国際的には「ユグドラシル」、日本に生えたその一本は、マスコミ各社によって「イザナミ」と名づけられた。

 ユグドラシルは、樹立(妙な言い回しではあるが、マスコミは好んでこの表現を使う)した直後数時間は物珍しさから、なぜか好意的に受け入れられていた。現代人はこうした不気味な現象を面白がる傾向にあるからだろう。ただし、それはユグドラシルの性質が知れるまでの、その時限りのリアクションであった。


 ほどなくして、日本、イザナミの生えた東京湾から、一匹残らず海生生物が死滅した。

 水中の養分が増えすぎたことでも、その逆でもなく、理由は不明。イザナミが何らかの毒素を発生させているとの説もあるが、それは現在になっても分かっていない。

 緊急の国際会議が開かれるという話が出始めた頃、事態は次のステージへ進行した。

 死滅して海中に漂っていた魚類の死体などが、徐々に動き出したのである。

 体はほとんど朽ちているが、確かに動くのだ。また、凶悪性を持ち人を襲う。調査に派遣されたダイバーの大多数が行方不明となる惨事が引き起こされた。


 樹立から一週間、イザナミの影響力が徐々に強まっていき、日本の海産事情に深刻なダメージを与えた辺りで、この国では異例となるほどのスピードでとある対応が行われた。

 米軍合同での、イザナミの完全焼却作戦である。

 既に死の海と化していたからという理由もあるが、国際会議で世界中8本あるユグドラシルを全て焼却処分する決定がなされたのだ。

 結果から言うと、イザナミはあっけなく焼却された。また、時を同じくして残る7本のユグドラシルも全て焼却された。各国軍によるミサイルの飽和攻撃が主だった。

 ユグドラシルが樹立した各国の被害は甚大なものとなったが、それでも世界中に一旦の平穏が訪れた、ように思えた。

 この日が、西暦を塗り替える「森林歴」の始まりとなる(勿論国家公認の暦ではないが)。


 燃え、砕け散り大気中に舞ったユグドラシルの破片は地上に降り立ち、地面に根付き、再生した。

 この時地上に降り立ったユグドラシルの破片は、日本では「羅姫(ラキ)」と呼ばれる。ネーミングの由来は、女王蜂や女王蟻から来ている。

 羅姫は一度地上に芽吹くと、凄まじい速度で成長し、一晩と経たずに大樹となる。そして地面に広く根を張り、周辺一帯に植物の楽園を作り出す。こうして芽生えた羅姫の眷属、配下にある植物は「羅植(ラショク)」と呼ばれた。

 これだけであるなら、そう深刻な事態ではないのだが、各国合同作戦から生き延びた悪夢の種子はそこまで甘くはなかった。

 東京湾で多くの魚類をゾンビ化した時とはまた違うが、羅姫のテリトリー内に存在する野生動物をも配下にし、凶暴化させたのだ。この状態となった動物は「羅生(ラショウ)」と呼ばれ、人を襲う。強大な運動能力を得た化け物となるが、その代償として、羅姫のテリトリーの外では生きることができなくなる。

 羅生の脅威に晒された現地民は羅姫のテリトリーから逃げざるを得なくなり、そうして、人間が暮らすことのできる土地は着実に少なくなっていった。



 

 「春日部に到着しました。お降りの際は御忘れ物のないようご注意ください。本日も東部アーバンパークラインをご利用いただき、誠にありがとうございます」


 定型的なアナウンス・メッセージの電子音。

 春日部は、埼玉県と千葉県の、事実上の境目の駅となっている。

 大宮から春日部駅に移動した自分は、早足に駅を出て、駅前に停めておいた赤いバイクにキーを差し込んだ。ホンダの旧世代型CBR。

 この駅から先、おおたかの森駅までの間は羅姫のテリトリー、人の住まう場所ではない。電車も途中では止まらない為、そのテリトリー内に用があるのなら、交通機関に頼ることはできないのだ。最も、羅姫のテリトリーに足を踏み入れる者は、現在二種の人間しか存在しない。


 一つに、「エクスプローラー」と呼ばれる人間である。

 彼らは、朽ちた物を愛する変わり者。自然に侵された、廃墟となった街を歩くために生きている、稀有な人種だ。


 デフォルメされた狐柄が付いた不思議なデザインのゴーグルヘルメットを着用すると、自分は春日部駅から街外れ、羅姫のテリトリーへと一本道で繋がる旧国道へと向け、走り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ