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異世界侍  作者: 黒銘菓
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切腹した筈が異世界に

それなりに無茶苦茶な剣術を使いますが、そこは目をつぶっていただけると有難いです。

むかーしむかし、雨月宗衛門というお侍がおりました。

 彼は、その昔、この国のお殿様に仕えていて、それはそれは強くて優しいお侍さんだったそうです。

 しかし、彼は実は悪いお侍さんだったのです。

 牢の悪い人をこっそりと逃がしていたのです。

 お殿様はそれを聞いて怒り、切腹をお命じになりました。

 お侍は切腹の瞬間に、なんと皆の目の前で消えてしまったのです。

 それから彼を見たものはおりませんでした。

 めでたしめでたし



『今昔摩訶不思議説話集』より




黒く、暗く、暑く、寒い。

そんな場所を、歩いているようで歩いていないような、不思議な感覚で前に進もうと拙者はあがいていた。

「黄泉への道とはかくも妙なものだ。」

そう。拙者はあの時腹を切ったのだ。身に覚えのない罪を問われ、殿の命で拙者は腹を切った。

 つまり、今、拙者は死出の道を歩いている。

 しかし、後悔は無い。今はただ、閻魔大王と対峙できる喜びがあるのみ。

幸い、死後も拙者の魂たる愛刀は腰にある。閻魔が如何に強かろうと一太刀浴びせるくらいは出来ようぞ!

 そんなことを考えているうちに暗い黒い中に一筋の光が見えてきた。

 さぁ、死後初めての死合いにして人生最高?の相手にあいまみえる時ぞ。








「こんにちは、あなたが雨月さんですよね?」

絵巻で見たことのある、赤ら顔に、見る者に畏怖と威圧感を与える閻魔とは違い、そこに居たのは年端もいかぬ少女だった。

 真っ白で妙な服に雪のように白い肌。髪迄真っ白。閻魔というより雪女というのが相応しかろう。

 「貴殿が地獄の閻魔か。拙者は雨月宗衛門。生きている頃は侍をやっていた者。是非一度手合わせ願おう。」

 相手は少女。しかし、見かけが騙せるのは目のみ。

先程から目の前の少女は刀に手を掛けた拙者に一切恐れる様子が無い。中身は決して少女のそれでは無い。

口上は済ませた。いざ、参ろう。

「あぁ、大丈夫。私はエンマじゃないわ。ヨウカイ?とかモモノケ?でもないの。そんなに怖がらないで。」

目の前の少女は手を前に出しヒラヒラと振る。あどけない少女のようではあるが、油断出来ん。

「何だと?」

警戒を緩めず、柄を触れた手に力が入る。

目の前の少女はそれを知ってか知らずか無防備に歩いてくる。

「貴方にお願いがあって御呼びしました。………、お願いします。私を助けてください。」

少女は頭を下げてそう言った。





「…どういうことか?」

目の前の少女の動作。帯刀した男に後頭部を晒す行為がどのような意味を成すか、如何に武道の造詣が無くとも解らぬ訳では無い筈だ。

「はい、ご説明いたします。先ず、私は閻魔ではありません。私はとある世界の神の一人。エリエンと申します。故あって、あなたをここに呼ばせて頂きました。」

「………閻魔では無く神?呼ばれた?どういうことか説明を願って宜しいか?」

「勿論です。実は…」

彼女の説明は次のようなものであった。

 彼女が神として祀られている場所が今、訳あって災難が続いているらしい。理由は、邪悪な物の怪がそこで悪さをしているそうだ。そこで、目の前の神はそれを阻止しようとしたのだが、残念ながら彼女にはそのような力が無いらしい。

 「アナタの居たニホンには『ヤオヨロズのカミ』という概念が在るのでしょう?私は神の一人。豊穣を司る神なの。だから邪悪を払うことを出来ないの。」

 ならば邪悪を払う神に頼めば良いだろう。と言ったのだが…。

「それが出来たら頼んでいるわ。今、その世界では別のイザコザもあって、他の地域から呼び出せないの。」

 「で、私にどうしろと?死んだ幽霊に何をせよというのだ?」

 「実は、アナタはまだ死んでいません。死ぬ前にここに呼び出させて頂きました。友達の道祖神さんに頼んでここに来るようにさせて貰いました。アナタに私を祀ってくれている皆さんを救ってもらうために…。」

「?死んでない?何故?あのまま死ぬのが私のあるべき理では無かったのか?それに、何故私が選ばれた?悪を祓いたくば陰陽師なり山伏なり坊主を連れてくればよいだろう。」

「理由は3つ。先ず、アナタは死ぬべきではないのです。アナタがハラキリすることになった経緯って、牢に入れられた無実の子どもを逃がしたからですよね?なら罰されるのは変です。神が保証します。彼方は無実です。次に、彼方は強い。邪悪なモノにも剣術は通用します。下手なエクソシスト、祓魔屋さんや拝み屋さんを呼ぶより確実です。最後に、彼方はそんなに強いのに、いえ、強いから誰も殺したことが無い。だからです。」

「………」

 どうやら拙者を知らぬわけではないようだ。

「私は誰にも死んで欲しくないのです。豊穣の神とか云々以前に死人は嫌です。」


誰にも死んで欲しくない…か。彼女が私を選んだ理由。つまりそういう事でもあるのだろう。まぁ良い。

 気圧された。見かけこそ少女ではあるが、その死んで欲しくないと願う気持ちは徳の高い僧が平伏するほどの気高く美しく、神々しいものであった。

「エリ殿、一つ良いか?聞きたいことがある。」

「はい、なんですか?」

彼女は私の顔をじぃっと見つめる。栗色の、輝く双眸である。実に美しい。がそこには哀しみが見える。仕方が無い。

「これから拙者が行く世界には、猛者が居るか?」

「え?」

「聞いておろう。猛者、猛き者。強き者。(つわもの)がいるのか?」

笑ってそう訊き返す。少し彼女の顔が晴れた気がした。

「ぇぇ、ええ!勿論。私の世界には彼方と同郷の、反則級の力を他の神から与えられた人。彼方の見たことの無い剣術や摩訶不思議なヨージュツ、魔法というものを使う人。色々様々いるわ。無論モノノケ退治もラクじゃないわ。」

楽ではない。その言葉に心が、刀が震える。

「良い。望むところである。」

ここに、御伽噺から消えた侍の、語られることの無かった物語が始まった。





「着いたか…。」

「えぇ、ここがさっき説明した、私の居る世界。私はジューバって呼んでるわ。」

あの後、拙者はエリ殿の力でジュウバなる場所に降り立った。エリ殿も一緒に。だ。


広大な平野、その先に見える麦畑。見慣れぬ鳥谷獣も見える。

拙者の国とは似ても似つかぬが、良い場所だ。が、

「拙者一人の方が良かったのではないか?神社に神不在では不味かろう。」

私はそう言って心配する。このような場所を造り出したのが豊穣の神たるエリ殿のなせる業ならば、神が下界に降りるは危機だろう。

しかし、当のエリ殿曰く。

「チッチッチ、そこは心配無いのよ。何故なら、神不在でも一ヶ月くらいは神の加護は残るから。カンナヅキなるものがあるでしょう。あれと同じなのよ。神無しでも崩壊はしないわ。それに、勝手に連れていって案内無しに放り出す。なんて、私の人格…神格疑われちゃうわ。」

胸を張ってそう言う。先程のしおらしい謙虚さは何処に消えたのだろうか?だが、道理ではある。まあ良い。

「それで、エリ殿。貴殿が言う邪な輩は、私の斬るべき相手は何処に居る?」

「それが…」

「解らぬか。そうか、恐らく敵の正体すら解ってないのだろう。ならば良い。」

エリ殿は目を鞠のように丸くし、私を見た。信じられんものを見たような顔だな。

「どうして解ったの?まだ居場所。ううん。正体すら解って無いのを。」

神が驚くか。中々愉快なものを見れた。良い。

「エリ殿はここに来るまでにマホウなる妖術について、ジュウバの国について色々な事を教えてくれた。しかし、貴殿は肝心要の目的たる邪について何も説明しなかった。これは恐らく、敵の正体が掴めていないからだろう。だが、」

エリ殿が顔を曇らせたのを見て、こう言い足す。

「騙した。等と女々しく騒ぐ気等毛頭無い。神を欺く輩と拙者を対峙させてくれるこの機を用意してくれたのだ。感謝する。」

「感謝なんて…こっちの台詞よ…。ありがとう。雨月さん。」

「気にするな、それより…」

 エリ殿との会話を中断し、駆け出す。

別にエリ殿から逃げた訳では無い。ただ、見えたからだ。

今まさに、大きな刀を持った大男が娘に斬りかからんばかりの光景を。

「待たれよぉ!」

最速で二人の元へ向かいつつ、大男の気をこちらに向けるため大声を上げる。

「おぅん?」


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