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屋上  作者: つなかん
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初会話

 


 親友と知り合ったのは、高校三年の始業式の日だった。

 私の高校は、一年生から二年生へあがる時にクラス替えを行うが、二年生から三年生にあがる時はクラス替えを行わず、二年生のクラスがそのまま持ち上がるようになっていた。基本的に担任も変わらずに教室の場所だけが変わる。例に漏れず、私のクラスも一年間共に学校生活を過ごしてきた馴染み深い面子のまま三年生になった。変わったことはと言えば、隣のクラスの担任が何やら重い病気に掛かったようで、しばらく入院することが決まり、副担任が急遽、担任に昇格するのかと思いきや、今年になって他校からやってきた四十歳程のベテラン顔をした先生が新しく担任を持つことに決まったことくらいであった。赴任してきたばかりの先生が一年目でいきなり卒業生の担任を持つことは珍しく感じたが、噂によると赴任前の学校では、何度も卒業生のクラスを担当してきたらしく、顔に相応しいベテラン先生というわけだった。

 私のクラスでは、昨年と変わらない面子に自己紹介をするだけ時間の無駄だという生徒の代弁者である我がクラスの担任の配慮により、軽い挨拶でホームルームを終え、他のクラスより早くに解散をした。

 ホームルームが終わると、クラスメイトにファミリーレストランに行って昼食を済ませた後、ゲームセンターに行かないかと誘われたが、適当な理由を付けて断った。一年間共に学び、昨年の秋に共に過ごした修学旅行、クラスメイトとの間に確実な絆ができていた。しかし、噛み合わない何かが己の中に存在していた。浅く、広く。高校三年生まで生きてきて、幼い頃の記憶はなかったが、物心付いた時から噛み合う誰かに出会ったことがなかった私にとって、十七年間で辿り着いた最善の方法だった。

 クラスメイトの誘いを断った後は、特に急ぐわけでもなく、春休みの間に借りた本を返す為に図書室に向かった。隣クラスでは、自己紹介が行われていて、教卓の奥に立つ赴任してきたばかりのベテラン先生の背中越しの黒板に、廊下からでも見える大きさの小さくはない文字で、誰かの名前が書かれていた。黒板の文字は、始業式で紹介されたばかりの聞き覚えのある名前で、あまり聞かない苗字だったのでよく覚えていた。隣のクラスは一番遅くに帰ることになりそうで、可哀想だ。

 始業式が終わり、各クラスがホームルームの最中であるはずの時間に、誰かが図書室にいることはない。いたとしても、図書室の司書のおばさんくらいだろう。始業式にも出勤しているとは考えづらいが、いつも通りのあの定位置、カウンター席に座っていたら、お疲れ様ですと声でも掛けようと考えながら、誰かの歩幅に合わせることなく、自分のペースで図書館まで歩いた。

 中高一貫校である校舎は、東棟と西棟、南棟と北棟の四つの棟に分かれていた。東棟と西棟は、屋上付きの四階建てになっており、東は高校の教室が、西は中学の教室があり、それぞれの一階に別々の昇降口があった。南棟は、屋上のない三階建てになっており、保健室や図書室、家庭科室、音楽室等の特別教室がある棟で、中学と高校で共同で利用することが多かった。北棟は他の棟より小さく、屋上のない二階建てになっており、一階には事務室や会議室があり、二階に職員室しかなかった。北東、北西、南東、南西、南北の棟の二階にそれぞれ屋根付きガラス張りの渡り廊下があるが、何故か東西の棟には渡り廊下が架けられていなかった。最も、高校生も中学生も互いに用事など普通はないから、特に不便に思うことはなかった。ただ、互いの棟に兄弟や友人のいる生徒は、会いに行くには他の塔を経由するか、一度一階に降りて中学生用の昇降口に回り、そこから教室に行かなければならなく、非常に手間だとよく言っていた。東西南北棟の他にも、体育館と旧校舎があったが、旧校舎はもう何年も立ち入り禁止になっていた。私が高校を入学した時には、既に立ち入り禁止になっていたので、いつから人が誰も立ち入らず使われていない状態なのかは分からなかった。旧校舎には、気味の悪い噂も流れていたので、私自身近付くことも視界に入れることもしないようにしていた。長い間、手付かずで、無人放置されてきた旧校舎がその年の秋に取り壊すことがようやく決まったことは、先程の軽いホームルームで発表されたことだった。

 三年生になり、教室が二階から三階に移動し、南棟の二階の一番端にある図書室が少しだけ遠くなった。授業も部活もない始業式、南棟の二階に誰かがいる気配はなく、とても静かだった。自分の足音しか聞こえない静かな廊下を歩き、昨年より少し時間を掛けて辿り着いた図書室は、いつものように扉が閉まっていた。廊下の雑音を少しでも遠ざけ、学内唯一の心地良い静寂を保ち、勉学や読書を集中させる為だ。職員室が静かなこともあるのだが、あれが心地がいいとは生徒の私にはお世辞でも言えなかった。

 図書室のスライドして開く扉の窓に、綺麗な手書きの文字が書かれてたB5判の紙が貼られていた。内容は、春休みの間の休館日と「4月7日の始業式は休館日です。4月8日から開館致します。」というものであった。特にこれから、用事があるわけではなかったが、南棟までやってきたことは無駄足だったのかと分かると、溜息を吐かずにはいられなかった。一応、取っ手に手を掛けて扉を引いて確認をしてみたところ、やはり扉には鍵が掛かっていた。

 諦めて帰るかと踵を返すと、廊下の奥から誰かがやってくるのが見えた。始業式のホームルーム中の時間に一体誰が。どんなもの好きが、と目を凝らして見ていると、それは高校の制服を着た男子生徒で、上靴のラインの色から私と同じ三年生だとわかった。こちらに向かって歩いてきているようで、近付くにつれて顔がはっきりしてきて、物好きの正体がわかる。クラスメイトの優等生、後の親友となる男だった。その時の親友は、私に見向きもせずにすぐ横を通り過ぎると、図書室の前で立ち止まった。手に握りしめていたらしいタグ付きの鍵を扉の鍵穴に差し込むと、ガチャリと音を鳴らして鍵を開けた。私は大体三歩ほど離れたところで、唖然とそれを見ていた。何処からどうやって鍵を持ってきたのか、どうして図書室に来たのか。気になることはたくさんあった。けれど親友という男とは、あまり話をしたことがなかったうえに、クラスでも誰かと話をしているのを見たことがなく、どこか話しかけづらい雰囲気の取っつきにくい性格であった為、何をなんと声をかければ良いか分からずに迷っていると、図書室の扉を開けた親友が、扉に手をかけたまま突然振り返ったのだ。


「入らないの?」


 なんでもないことのように、躊躇いもなく話しかけてきた親友に、私はなんだか自分が馬鹿馬鹿しくなり、しかしそれでもまだ少し遠慮して答えた。


「……入る。」


 これが私と親友がした初めての会話であり、親友との一番古い記憶である。


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