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鉛弾はキスの味  作者: G4
第一章 Bad Children's
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押し殺した思い

 金持ちには金持ちの生き方というものがある。

 逆に貧しい者には貧しいなりの生き方というものがある。

 金持ちがいくら貧しい者の気持ちを知ろうとしても、その立場になって見なくては分からない。

 たとえ、一時的にその立場に立ったとしても気持ちを知る前にこう思うだろう。


 ――――こんな思いだけはしたくはない、こんな生き方だけはしたくはない、と。


 挙句の果てに本当に手を差し伸べてきた者は限りなく少なく、逆にもう二度と関わるまいと距離を取っていった人すらいる。


 明日をどうやって過ごそうかと考える者。

 今日をどうやって生き延びようかと考える者。


 生き方そのものが根本的に違う者同士、気持ちが完全に通じ合うという事は非常に難しいものだ。


 貧困者にとって憎い存在であり、そして何としても手中に収めたい”金”というものがこの世にある。

 裕福な者の間では一日中動き回り、逆に貧困に苦しむ者の間ではまるで姿を見せない不思議な物だ。


 空腹はつらい――。

 暖かい布団で寝たい――。

 綺麗な服を着たい――。

 幸せに明日を生きる自分が欲しい――。


 こういったものを満たすためには金が必要だ。


 どうせまともな職に就こうとしても雇ってくれる場所なんてない。だったらこのまま貧困の世界を死ぬまで這いずり回るのか? ――――そうじゃないだろう。

 金が有り余っている奴がいれば少し奪えばいい。少し奪ったところで奴らの明日が無くなる訳でない。

 手段はいくらでもある。幸福を掴むためなら落ちるところまで落ちてやる。今を生きるためになんだってする。


 ――――だからあたしは、盗賊にまで身を落としてまでこんな事を続けているのだ。



 ◆ ◆ ◆


「くっ! ソフィア・リエット……! まさか無理やり穴をこじ開けてここまで来るとは! 一体何なんだ、お前たちは!?」

「何だ、今さらそんな事を聞くのか? 俺達はただの賞金稼ぎさ」


 ソフィアが加入してきた事で、少女の表情が曇り始める。あのダイナミック突入は盗賊達には効果があったようだ。


「頭! さすがに彼ら二人を一度に相手するのは無謀過ぎます!」

「そんな事分かっている! だが、あたし達はこんなところで終わる訳にはいかないんだ!」


 下っ端である盗賊の声に、少女は怒声で返す。


「お前たちだけでも逃げろ。あたしが時間を稼ぐ! 二人が相手なら持っても数秒が限界だ。行け!」

「しかし、それでは頭が!!」

「早くしろ! ここで全員やられたいのか?!」


 少女の言葉にその場にいる残りの盗賊達が一目散に散っていく。サムが逃がすまいと目で追うがやはり盗賊というだけあって素早い。狙いを絞ろうにも簡単にはさせてはくれず、弾の無駄になることを避けるため一度引き金から指を外した。


 凄腕の賞金稼ぎを目の前に少女は思う。犠牲は一人だけで良い、これでよかったんだ、と。

 ――――頼む、あたし達の意思を絶やさないでくれ。

 去っていく仲間へと向けて少女は胸の中で叫ぶように強く祈った。


「さて、悪いがあんた達の相手はアタシだ。少し付き合ってもらおう」

「嬢ちゃん、中々良い覚悟をしているじゃないか。良かったら名前を聞かせて貰ってもいいか?」

「……ノアだ。ノア・オーサラン」

「ノアか、良い名前じゃないか。覚えておこう」


 頭である少女、ノアが自分の名を名乗ると空気が一気に張り詰める。

 彼女からすれば相手がサム一人だけなら先程の経験から戦えない事はないだろう。しかしソフィアが加勢してきた以上、今度はそうはいかない。

 サムは中距離から遠距離を得意とするスタイルだが、ソフィアは近距離での戦闘スタイルだ。サムのように距離を詰めたところで相手の苦手の位置に潜り込める事とは訳が違う。むしろ逆に危険領域ゾーンに突っ込むことになる。

 出し惜しみなんてしていられない。やらねばやられる。それが彼女の考えだった。


 ノアは張り詰めた空気の中で、懐からもう一つ別の短剣を取り出した。鞘を抜くと刀身はドス黒く、闇に染まったように漆黒の色をしている。それを構えると、今度はゆっくりと呪文を口ずさみ始めた。


「身体強化、呪文効果最大持続、重ね呪文、――――――速度威力上昇リミッターカット五感覚醒センスアップ斬撃耐性付与スラッシングトレランス


 呪文を終えると、先程までとは明らかに違う雰囲気が彼女から発せられる。ゆっくりと獲物の様子をうかがっていた猛獣が、いよいよ牙を向けて戦闘態勢に入った時の感覚によく似ている。

 無意識にサムは「凄いもんだ」と驚きの表情を向けた。


「おいおい、一気に呪文を三つも発動するなんて何て嬢ちゃんだよ。だが、本当に良いのかそんな事をして」

「魔法による疑似的なビルドアップはそれだけ身体に負荷をかける。私のように刀へ魔法を纏わせるのとは訳が違うのよ?」

「そんな事言われなくても分かっている。だが、あたし達の意思をこんなところで無に還させる訳にはいかないんだ……!!」


 心配するサムとソフィアの言葉に耳を貸さず、ノアが真っ直ぐと二人を見る。

 ――その一瞬の後、先制攻撃を仕掛けにノアが一番に動いた。

 先程サムへと向かって攻撃したスピードとは比にならないほど速く、踏み込みだけでその場に砂ホコリが舞い上がる。

 彼女が手にする黒い短剣が牙を向け襲い掛かる。――一撃で仕留めてやる。

 そう言わんばかりの攻撃は、サムを捉え真っ直ぐと進む……と思いきや――――


「そっちには行かせない!」


 ノアの矛先がサムの目の前に来たところで、急に方向転換。勢いづいたままソフィアへと向けられる。ソフィアが散っていった盗賊達の後を追おうとしていたからだ。 

 彼女の行動はノアにとっては思わぬ誤算であった。呪文により身体強化した状態の今なら、二人同時で先に自分を仕留めにやって来るものだとずっと思っていた。わざわざ自分に注意を向かせるようにしたのに、片っぽが自分に目もくれず仲間の後を追おうというならば先にそちらを対処しなくてはいけない。


 魔法により自分の速度が急上昇しているノアは、一瞬にして数十メートルほどあったソフィアまでの距離を詰める。


「あたしがあんたらの相手をするっていっただろう!」


 先程のサムに行った攻撃よりも更に精密で鋭い一撃がソフィアへと向かって放たれた。このまま刃が肉に食い込めばそこは心臓部。いわゆる急所だ。致命傷はまぬがれない。


「――それはごめんなさい。でも、貴女の相手はサムだけ。私は貴女の仲間を追わせてもらう」


 だが肉が避ける生々しい音ではなく、空間に響いたのは耳に響くような金属音だった。ソフィアの刀とノアの黒短剣がぶつかり合い火花が散る。

 金属の摩擦によって生まれた一瞬の閃光が走り終えると、直後ノアの視界は反転した。


「――――なっ!?? 馬鹿な!?」


 刹那の出来事でノアは困惑してしまう。

 何が起きた? 何をされた?

 逆さまの状態時にノアの視界には口角のあげたソフィアの姿が映る。そのすぐ後に腰から背中にかけての衝撃。自分が体勢を崩して地面へと腰をついているのに気が付いた時には、ソフィアは盗賊達の後を追って光石が照らすこの広い空間から姿を消していた。


「おい大丈夫か? 随分と勢いよく転ばされたもんだな」


 遠くからサムがノアを心配そうに見つめる。

 だが今そんなものはノアの頭の中に入ってこない。たったほんの数秒のやり取りだと言うのに、ソフィアへの攻撃でノアの中では初めて本当の焦りというものが芽吹き始めてきた。

 魔法で身体強化をしているというのに、自分が一体何をされたのか分からない。それどころか渾身の一撃を放ったというのにまるで足止めにもならない。力の差がこんなにも開いているというのかと疑問ばかりがノアに募っていく。

 その事がまだ年端もいかぬ経験の浅いノアの内心を揺さぶり、道を許してしまった自分の無力感が体を駆け巡った。


「スピードと威力を上げても自分が上手く制御できなきゃ、今みたいに簡単に勢いを利用されるだけだぜ。斬撃耐性付与していなかったら真っ二つにされてたな」


 地面に腰をついたまま未だ立ち上がらないノアへと向けてサムが今の行動を指摘するように言う。

 そこでようやくノアもサムに意識を向け始めた。


「――ッ! まだだ、まだこんな所では終われない!」

「何にそんな執念を持っているのかは知らないが、ソフィアの後を追いたければ俺を倒すしかないぜ」


 力強く言うサムに、ノアも理解したように地面から腰を上げる。今は目の前にある障害物サム・ゲイナー・ジェイデンを排除することを最優先にしなくてはいけないと。


 急いでコイツを片付けてソフィアの後を追う。サムだけならば身体強化をしている今なら近接に持ち込めばどうにか出来るかもしれない。

 サムが強い人間だとは知っている。だが、今はそれ以上に自分は上にいる。ノアは自分を奮い立たせるように心の中で言い聞かせる。


 ここにきてようやくサムとノアは本当の一騎打ちという形で二人で向かい合った。


「アタシはお前たちのようなのが大嫌いだ! 食事は好きな物を選べ、金だって腐るほど持っている。ただでさえ幸せな日常を送っているというのに、なぜアタシ等のような存在がいるのに正面から目を向けてくれないんだ! それどころか生きようとしているだけなのに指名手配なんてされて……。お前たちにアタシらの気持ちが分かるか!?」


 向かい合うサムに向かってノアが胸の思いをぶつけるように声を上げた。


「残念だが、嬢ちゃん達のように盗賊に堕ちてみない限り、そんな気持ちなんてこれっぽっちも分からないな。嬢ちゃんはまだガキだから分からんかもしれないが、大人ってのは怖いんだ。そんな事を言われたところで賞金稼ぎは仕事の手を抜いたりなんかしないぜ?」

「……聞く耳さえないというならもういい。予定変更だ、もう楽には殺さない。貴様らの心情が如何に歪んでいるか痛みを持って教えてやる」


 ノアは最後にそう口にすると加速しながらサムの周りを飛び回り始めた。

 意識の攪乱。盗賊の取り得は何と言っても速度だ。もう真っ直ぐ急所を狙いに行ってもサムには見破られる可能性がある。だったらこの速度を利用した攻撃で仕留めるしかない。

 そして父から譲り受けたこの黒短剣。自分自身が窮地に追い込まれれば追い込まれるほど莫大な魔力を自分に与えてくれる。

 これをもって奴の息の根を止める。


 「死ね、サム・ゲイナー・ジェイデン!」


 トリッキーな動きを混ぜながら徐々にノアはサムへと距離を詰めて行き、腕に持つ黒短剣を背中目掛けて突き出した。


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