本拠地突入
背丈を超える大きさの草本植物に、太陽の光を遮断する木本植物。そして角の尖った大きな岩石。
予想していた通り上流部は今までの場所とは比にならないほど動きにくい場所であった。
途中で何回か鼻で深呼吸を行い、芳香の実の香りを確認する。甘い匂いはまだこの先から続いており、敵の本拠地にはまだ距離があることを教えてくれる。
険しい道なき道を進み、匂いを辿っていく事数十分。魔物の群れを上手く掻い潜り、動きの取りにくい場所をくぐり抜け、ようやく匂いの元となる場所にサムとソフィアは辿り着いた。
唸り響く轟音に、霧のように飛び散る水しぶき。まるで近づくものを拒むかのような滝の後ろに、その拠点はあった。
「どうやらあの穴倉が本拠地らしいな。よくもまあこんな隠れ場所を見つけたもんだ」
「そうね。サム、どう動く? まずはあの滝をどうにかしないと中へ入れそうもないみたい」
「ああ、そうだな。……ソフィア、結構でかい滝だがぶった斬れるか? 俺が先に中へ突っ込む。後からゆっくり追いかけてこい」
「分かった。準備する」
ソフィアの二つ返事にサムは滝の側面へと移動し突入の準備を開始する。
盗賊というのはいつも自分達から先制攻撃を仕掛けてくるものだが、今回は逆に先制攻撃を受ける立場になってもらおう。
続いてソフィアも川の中に足を入れ、滝の正面まで移動する。幸いにも膝丈まであるブーツが全部水に浸かる程の水深は無く、上手く刀が振るえないなんて事にはならなそうだ。
互いに準備が整った事を確認すると、サムはソフィアへと向かって合図を出した。
それを目視で確認したソフィアは腰の刀を抜き、刀身を指でなぞりながら呪文を口ずさむ。
「切断力上昇・前方範囲・属性付与・飛衝――――剣纏『風』」
呪文の直後、手に持つ刀が白く輝きを増し始める。まるで力が刀身へと伝わり、何かに目覚めたかのように。
ゆっくりと一息吐くと、滝を真ん中から斬るようにソフィアは刀を振り下ろした。風を切るようにヒュンと縦に一振り。
「――一丁あがり」
彼女がそう口にし刀身を鞘に納めた数秒後、時間差で爆発音のような音が鳴り響く。滝が轟音を立て、真ん中から二つに分離した音だ。
体に当たる水しぶきに冷たさを感じながら、切断箇所を見上げれば虹が出来ている。
そこから少し視線をずらせばサムが中へと突っ込んでいく最中であった。
◆ ◆ ◆
飛び込んだ穴倉の中は薄暗く、湿度が高いせいかジメジメしていた。多分ここは昔、何かの生物の住処だったのかもしれない。
盗賊のアジトという割には驚くほど静かで、ただ真っ直ぐと奥へと一本道が続いている。これは何かの罠なのか、それとも向こうで待ち伏せをしているのか。
「……さてと、こんなところに長くいたら体からキノコでも生えて来ちまいそうだ。さっさと仕事を済ませちまうか」
先へ進もうといっぽ踏み出した途端、後ろでグゴゴゴと穴倉の入り口が塞がっていく音が響き始めた。
「なにっ! どうなってんだこりゃ!? おーい、ソフィア~!」
閉ざされていく入口の岩を必死に押さえつけて抵抗をしてみる。サムは筋肉モリモリでガタイは良い。彼と腕相撲して勝てる奴といったらバラックの町ではダニーくらいだ。
しかしそんな彼でも駄目だ。力でどうにか出来るものではない。岩相手には成す術は無く、滝の入り口は岩によって完全に塞がれてしまう。変に力を入れたせいで、手の平がとても痛い。
少し動揺を見せたいところだが、サムにとってこのような経験は何度かある。
これは本来の入り方とは違った場合に、不法侵入と判断して作動するトラップだ。簡単に言えば玄関の滝をぶち壊して無理やり穴倉に入ってしまった事により、岩塞ぎが作動したと言えば分かりやすいだろう。
よく古代遺跡といったダンジョンに仕掛けられているものと同じだ。
ソフィアと孤立してしまったのは少し痛いが、このままここにいては埒が明かない。一人になろうがやること自体は変わらない。
盗賊が壁に取り付けておいたであろう蝋燭の光を頼りに、サムは奥へと進んでいく。
芳香の実の匂いはこの先から続いており、どんどん匂いは強くなっていく。対峙するのはもうすぐだ。
一本道を数十メートルほど進むと、少し拓けた空間に出た。
そこは先程のように蝋燭が壁に掛けてあるのではなく光石が並べられており、明るい空間を生み出していた。外程の明るさはないが、視界はきちんと確保できる。
そして空間の真ん中にて待ち構える一人の人物。
サムには分かる。この男が夕べ俺にマーキング弾を当た男だと。
「よう、また会ったな」
「…………」
サムは気軽に挨拶がてら声を掛けてみるが、返事らしい言葉は一言も返って来ない。
「どうした? 元気ないな。大人しく捕まってくれるのか?」
なんだかおかしな様子にサムはふと疑問を抱く。すぐさま攻撃を仕掛けてくるかと思いやそうではないらしい。
試しに背を向けている真ん中の人物へと近づき、肩に手を置いてみる。
その途端――――
「――――悪いな、そこにいるのは」
「――――土人形でしたってパターンだろ?」
ホルスターから引き抜かれた拳銃が唸りを上げる。――――僅かな手応えあり。
同時にサムのすぐ後ろで盗賊の一人が倒れた音が聞こえた。
「な……ガハッ…な、なぜ背後が取れないんだ…?? きさま……背中に目でも…ついてるのかっ………!?」
「マーキング弾くらいすぐにあんたらなら気付くと思ってな。夕べの経験から背中は常に警戒していただけだぜ」
真ん中にいたのは、ただの土人形にマーキング弾の匂いがしみ込んだ服を着せただけの子供だまし。盗賊はマーキング弾を当てられたことを逆手に取り、逆に匂いをつけられたことに気付いて無いよう見せかけてサムを騙そうと企んでいたのだ。
背後で倒れた一人の盗賊に体の向きを変えると、何も無かった一本道だというのに、後ろからは大勢の盗賊達が武器を構えてサムを睨み付けていた。たまらず少しだけビックリしてしまう。
「おおこりゃ、一体どっから現れたんだか。まぁいいや、さて親玉はどいつだ?」
九人ほどいる盗賊を目の前に、その中から親玉と思わしき者を探す。
一番ガタイが良さそうな奴。
一番落ち着きを見せている奴。
一番目立とうとしない奴。
様々な見た目の連中からサムは品定めをするように見ていく。
「さっきから余裕ぶっこきやがって、舐めてんじゃねえぞ!」
「お前、こっちの人数分かってるのか? たった一人で何が出来るんだよ!」
余裕を絶やさないサムが気に食わないのか盗賊達から罵声が飛び掛かってくる。
ローブで目元は見えないが相手はどれもこれも背が低い。そしてやたら幼さが残る声。そこで分かった――――彼らはまだ子供だと。
それを踏まえて考えると、ようやく目星となりそうな人物を絞ることが出来た。
だがそこでサムの口から零れるのは「マジかよ」と言いたげな溜め息。加えて、参ったという感情が押し寄せてきた。
「おいおい、どうした? 今になってビビり上がったか? さっきのは空元気だったって訳かぁ??」
突然のサムの表情変化に盗賊達が口角を上げ始める。
「いや、まさかあんた達の親玉がこんな可愛らしい人だとは知らなくてな」
盗賊達の中で一番背が低く、先程から何も喋らない奴に向けてサムが弾丸を発砲する。
威嚇を兼ねての不意打ちは顔を隠していたローブを吹き飛ばし、一人の盗賊の顔をさらけ出させた。
「――!! 頭、大丈夫ですか!?」
盗賊達の中で頭という単語が飛び交う。どうやら目星をつけていた人物が親玉であると的中したようだ。
盗賊達が心配そうに見る中、動揺一つせずに静かに立ち続ける人物。
真っ黒な黒髪に、どこかまだ幼さの残る顔。
サムの威嚇射撃に何一つ怯む様子も無かった少女は視線をサムへと向けてきた。
「……さすが……というべきか。あたしがこの盗賊団の頭だとよく分かったな、サム・ゲイナー・ジェイデン」
「なぁに、人を見る目は自信があるんだ。特に女性に関してはな」
「ほう、噂通り軽口の絶えない男だな。余計な言葉を無くせば少しはモテるだろうに……」
「えっマジ!?」
銃口を向けられながらもサムと同じように余裕の表情を絶やさない少女。どうやらそこらの奴とは一味違うらしい。
「悪いが、あたしの顔を見られた以上お前には死んでもらう。私達にはまだやるべきことが残っているのでね」
「そんな良い顔してるのに”死んでもらう”なんて口にするもんじゃないぜ?」
「チッ、ウザいよアンタ。無駄話は終わりだ。――――おい、出来るだけ苦しませずに殺れ」
少女が指を前へと突き出して合図をすると、一斉に残りの盗賊達がサムへと向かって飛び掛かって来た。
逃げ場を無くすように円陣を組んだ攻撃。見事なまでの陣形だ。
今はたった一挺の拳銃しか握っていないサムにとって、八人の下っ端盗賊を相手にするのは流石に骨が折れる。何よりサムの持つ拳銃の残弾が四発しかないという点で、既に危機的状況だ。再装填している余裕は今はない。
「貴様のすぐ後にソフィア・リエットも送ってやる。安心して死ね」
「おいおい、甘く見て貰っちゃ困るぜガキンチョ。俺はこう見えて逆境には強いんだ」
ベテランはどこんな状況を今までいくつも体験してきた。残弾が少ないのにもかかわらず周りを囲まれている危機的状況。それを覆すにはこうすればいい。
一番自分に近い下っ端盗賊の順でサムが拳銃のシリンダーに納められている四発の銃弾を発射する。
金属音と共に四人の手に持つ刃物等の武器が遠くへと弾かれて飛んで行く。
それをサムは見逃すことなく、武器の無くなった相手の元へと飛び込み自分の拳で殴り倒した。
一人倒せば、後は倒れた奴の足を掴んで他の盗賊を巻き込むようにジャイアントスイングでもすれば、あら簡単。逃げ場をなくすように作った円陣包囲はいとも容易く崩壊だ。
「ぐあっ! バ、馬鹿な! これがサム・ゲイナー・ジェイデンの実力か!?」
下っ端の盗賊が力の差を思い知ったように口走る。
ガンマンは拳銃だけが取り柄ではない。拳という弾丸だって常に持ち合わせている。
「チッ、噂では聞いていたが本当に実力がここまでとは……。――――もういい、私が相手をする。お前たちは私のサポートへと回れ」
「か、頭自ら直接相手ですと!?」
「不服か?」
「い、いえ! 相手は想像以上に厄介者です。実力は頭に匹敵するかと。十分お気を付けください」
「分かっている」
下っ端たちがサムの前からはけると、目の前に頭と言われた少女が立つ。どうやら直接相手をしてくれるようだ。
サムは彼女の鋭い視線を見ると、フッと軽く笑いながら自分の拳を下におろした。相手が男性であるならばともかく、女性である以上、拳は絶対に振るわない。サムが小さい時に心で誓ったルールだ。
少女は片手に短剣を握り、装備はこれといって他の下っ端盗賊とは変わりない。だが雰囲気は明らかに違う。修羅場をくぐって来た覇気というものが伝わる。
サムはニカッと笑うと、拳銃へと弾丸を込め直しながら彼女へ向けて話しかける。
「嬢ちゃんが直接相手か? こりゃ光栄だ」
「こっちとしてはアンタという存在には出会いたくも無かったがな。――――いくぞ」
ゆっくりフラフラっと歩いてきたと思うと、少女は急にサムへと距離を詰めてきて喉元へと短剣を向けてくる。――――速い!
だが決してとらえきれない事はない。短剣を払いのけると、彼女へと向かって銃弾を一発。
「――――ん?」
胸元へと弾丸が直撃したと思いきや、少女の体はばらばらと砂となって崩れ去っていく。また例の土人形だ。どうやら彼らは土属魔法を駆使し相手を攪乱させるのが得意と見ることが出来る。
次はどこからくる?
考えている間もなく背後からの殺気。
「――――こっちだ!」
「そんな事だろうと思ってたぜ」
殺気がほんの一瞬でも背後で感じた瞬間にサムが体を反転させて引き金を引く。
「引っかかったな?」
「なにっ!?」
体を反転して引き金を引いた時、少女の姿は確かにそこにあった。
サムが見たのは弾丸が腹部に命中した瞬間に、彼女の体が霧のように消えていった瞬間だった。それと同時に再び背後で今度は先程よりも強力な殺気が沸き上がるのが感じる。その殺気は下流部で戦った悪魔鰐とは比べ物にならない。
再び後ろへと振り向いた時には少女がサムの頸動脈を切断しようと、短剣を突き出してきた。反撃しようにも距離が詰められすぎていて、サムには回避するしかない。
やべぇ! こりゃ回避だ!
そうサムが思った矢先、足元で違和感を感じる。――足が動かない。
視線を一瞬だけ足元へと送ると、土の塊が足首を覆うように固まっていた。動きにくさを表現するならば、田んぼのぬかるみにはまって身動きが取れなくなった感じにそっくりだ。
下っ端盗賊達にむけ「厄介な事をしやがって」とサムが舌打ちをする。
回避できないならもうアレをするっきゃねぇ!
向かってくる短剣をにらみサムは生唾を飲むと……、
「さらばだ! 死ね!」
「ぬうぅあ!」
ギリギリっと、ナイフが食い込む音が響く。
その手応えの音で、周りの盗賊達が「やった」と声を上げた。ついにあのサム・ゲイナージェイデンを倒したんだ、と。
しかし束の間、この一瞬の戦闘を見ていた盗賊達は何故か違和感を覚え始めた。なぜ頭はサムの喉元に短剣を突き刺したまま動かないのだろうか。
剣を突き刺したままでも良いのだが、剣を抜いたほうが出血量は多くなる。出血多量で相手の意識を直ぐに断ち切ることが出来る。その事を頭が知らない筈は無い。
不思議そうに見ていた盗賊達ではあったが、その答えは直ぐに出た。――――剣は刺さっていないからだ。
「く…この、なんてイレギュラーな奴め……」
「グギガァ…もう、放さねえぞ」
少女が喉元目掛けて突き刺しにいった剣は、あろうことかサムの歯によってしっかり咥えられていた。
サムは回避が間に合わないと知り、刃物を防御できるものが無い今、歯で受け止めるという手段に出たのだ。少女が硬直しているように見えたのは、動こうにも短剣がサムの口から剥がすことが出来ずにいたからである。
少女は諦めたように短剣から手を放し、サムから距離を取った。
「クッ、本当に一筋縄ではいかない奴だ……」
「そりゃこっちのセリフだ。えげつない事しやがって」
首元を狙ってくるとはとんでもない。歯で受け止めたのは良いが、とんでもなく歯が痛い。顎も外れそうになった。
一度お互いに距離を取りふりだしの形に戻る。次はどう動こうかとお互いが考えていると突然天井からパラパラと砂や岩が降り始めてきた。最初は地震かと思ってはいたが揺れ方が違う。等間隔のリズムで小さな揺れが次第に大きくなっていき、天井からボロボロと色々なものが剥がれてくる。
盗賊の秘密兵器かと思いきや、盗賊達の動揺からそうではないらしい。
さらに激しさを増す振動。だがここでサムはこの衝撃があるものだと気付き、ニヤリと口角を上げた。
「な、何だこの揺れは!??」
「どうやら別の場所から来てくれたようだな」
衝撃の発生源らしきものが直ぐ側まで接近すると、この場にいる全員の真上から衝撃波が降り注いだ。化け物でも来たのかと間違えられても仕方がない。だがその場にいる者が目にしたのは、一人の女性が天井から岩を砕いて舞い降りてきた姿だった。
彼女はポンポンと紺のロングコートに着いた砂ホコリを払うと、サムの元へと向き直る。
「どうやら、親玉を見つけられたみたいね。それにしても、入り口にあんな仕掛けがあるなんて知らなかった。面白いトラップだね」
「遅いぜソフィア。俺あと少しで殺されるとこだったぞ」
「その割にピンピンしてるじゃない」
ちょうど良いタイミングでのソフィアの合流により、サムに笑顔が宿る。少しダイナミック過ぎたかもしれないが、相手をビビらせるのには丁度良い。
サムは弾丸を再装填し、ソフィアは刀を構える。そして目の前の盗賊へと向けて覚悟は良いかと合図をして見せた。