博打師
運命の輪――――正式名称”マネー・ホイール”。
場所によってはビッグ6ホイールとも呼ばれるこれは、簡単に言えば自分の勘でどこに当たるかを予測するゲームである。
壁に掛けられた大きな円形パネルを回転させて、真上に位置する針の地点でストップした箇所が当たりとなる。誰でも簡単にできる至ってシンプルなゲームだ。
区画数は計54。ルールや配当倍率といったものはカジノに入った時点で渡された紙に、以上のように書かれている。
大きな円形パネルを前に、運命の輪のゲームテーブルの下へとサム、ソフィア、ウィントが寄る。
いざ正面から見てみれば円形パネルは顔を上げて見なくてはいけないほど大きい。直ぐ近くにはガタイの良い獣人のディーラーが何人も待機している。どうやら彼らがこのパネルを回転させているのだろう。人間には回せそうにないのだから当然といえば当然だ。
さて、ここからもう一稼ぎ。気合を入れてサムがゲームを開始しようとベッティングコインを手に取る。
その矢先、急にサムの動きが止まった。まるで筆記試験中に解けない問題と遭遇してしまった時のようにピタリと。
突然の事に困惑するソフィアとウィント。さっきまでウキウキしていた彼に一体何かあったのか。
サムの表情はいつも頭にかぶるハットに遮られて読み取ることはできない。それでも、今はさっきまでのように無邪気な表情をしていないという事だけは分かる。彼が動きを止める時は、声が出ないほど麗しい女性にであった時か、または予想外な事が起きた時。
ソフィアは最初に前者が頭をよぎったが、周りを見る限り今男しかいない状況で、そうではなさそうと判断する。ならば考えられるのは後者。
そこまで考えた途端、不意に後ろから若々しい声が三人の耳へと入って来た。
「そこのお兄さん、中々景気が良さそうじゃないか。どうかな、俺と勝負してみない?」
ワックスで丁寧に整えられた灰色の髪。ソフィアよりもほんの少し小さい背丈。誰が見ても一瞬で判断できる小人族。三人へと声を掛けた主はドワーフだった。
手には大きなケースを持ち、楽しげな表情を見せながら彼は視線を向ける。
「いいのか? 俺達は二千枚程度しかコインは持ってないぜ。とてもじゃないがアンタに利益があるとは思えないがな」
彼の視線に目を合わせようともせずに、サムがハットに手を触れながら答える。
「フフン」という楽しげな鼻息。ドワーフはサムの返事に笑うように鼻を鳴らす。
「別にコインだけが俺の欲しいものじゃないさ。勝負に勝った暁に欲しいものと言ったら……例えばそのスーツの内に仕舞っている高そうな銃とかね。――さて、改めて聞こう。俺と勝負しないか? 賞金稼ぎのお兄さん」
一瞬だけギラリと光る眼光。
ギャンブラーが見せる瞳の奥の輝きに、この男は博打師だとソフィアが見抜く。
「面白い奴だ。どうやら昔と違って、最近の若い情報屋ってのは自分から賞金稼ぎの前に出てくるようだな。ちょうどコインがたまり次第、顔を見せようと思っていたんだ。相手をしてやるぜ」
「そうこなくちゃ。じゃあ兄さん達が勝ったら、僕の持っているコインを全て君達に差し上げよう。今君達の持つコインと足し合わせれば丁度情報交換が可能な枚数になる筈だ」
「こっちの事情も知っていた訳か……よかろう、その勝負受けてやるさ!」
サムはハットのつばを指先で上げ、笑みをドワーフに向けた。
テーブルに座るのはサムとドワーフの男。ソフィアとウィントは口を出してもいいが、コインをベットするのはサム自身である。
ゲームの数は7回。コイン1000枚からスタートし、ゲーム終了時に手元に多くのベッティングコインがある方が勝ち。両者互いにその事を理解した時点でゲームスタートだ。
コインを手に取ると、すぐさま二人はテーブルの上に積んでいく。
最初にサムが賭けた場所はカラースポット(黄)に200枚、スポット1に100枚。ドワーフはスポット2に400枚、カラースポット(緑)に200枚だ。
「随分最初から多めに賭けてきたな。赤字になるぜ?」
サムは賭け終わった時点で挑発するようにドワーフに言う。だが不気味なほどドワーフの口元が静かに笑う。
ベットが終了した時点で獣人のディーラーたちによってパネルが勢いよく回転を始めた。その様子をゆっくりと机から眺め、サム達は当たりを祈る。
勢いが弱まってきたパネルは徐々に失速していき、やがて回転は停止する。真上の針が指したのは、緑のスポット2。サムの手元からは300枚消失し、ドワーフの手元には2200枚のコインがなだれ込んで来た。にっこりと笑いながらそれを自分の手元に手繰り寄せるドワーフ。1ゲーム目はサムの負けである。
「そっちこそ直ぐに赤字になってしまうよ? もし君が負けた場合に銃が嫌だったら、そこのお嬢さんでもいい。俺のタイプだ」
サムがした挑発のオウム返し。それをサムへ向けて言い放つと、ドワーフはソフィアに向けてウィンクを飛ばす。困った様子でどう返せばいいのか分からないソフィア。
尻目にドワーフの姿を見ながら、なかなかやるじゃないかと言ってやりたいところだが、サムはそれをグッとこらえる。
「そりゃ結構な事だが、この女は扱いが難しいぞ。取り扱い説明書が必要なくらいだ。ソフィアを取るくらいなら無難に俺の銃を選んだ方がいい」
「ハハッ、それは彼女を渡したくないために言うのか、それとも本当に俺の身を案じて言うのか」
「さあな、決めるのはアンタ次第だ。ま、俺に勝った場合の話だがな」
パネルが回転を始める前に再び二人はコインを詰んでいく。
2ゲーム目。ベット終了と一緒にパネルが回転を始め、先程よりも少し長く回転を続けた後で停止。
続いて口角を上げたのは、またしてもドワーフの男だった。
「悪いね、赤のスポット10だ。コイン2500枚頂くよ」
ドワーフはカラースポット(赤)に500枚、スポット5に500枚ベット。サムはスポット2に200枚、スポット1に100枚のベット。
ドワーフの元にはカラースポットにベットした500枚が5倍の2500枚となって帰って来る。手元の枚数と合わせれば4100枚。
一方でサムは再び手元から300枚消失、手元のコインは早くも残り400枚。相手との差は大きく開いて3700枚、いきなり頭を抱えだしたくなるような数字だ。
「いきなりそんな当たりばかり出してると火傷するぜ?」
「ちょっと、サムさん! 余裕こいてないで、どうにかならないんですか!?」
「悪いな、射撃なら百発百中の自信はあるがゲームばかりはどうしようもねぇ」
後ろで焦り始めるウィントに「未来予知でも練習しておきな」とサムは告げて3ゲーム目をスタートさせる。
今のところ自分に勝利の女神は微笑んでくれそうもない。それどころか見向きもされていないような気がする。そこで、相談と言っては何だが先程からずっと後ろで黙り込んでいるソフィアにサムは声を掛けた。
「お前ならどうする? いっそ大穴狙いでジョーカーかジャックポットにでも賭けてみるか?」
「……少ない枚数を賭けたところで所詮手元に来るのはたかが知れている。私ならスポット2、5、10に100枚ずつ賭けるね」
「よし、その勘に頼らせてもらう」
ソフィアの言う様にサムがテーブルの上にコインを詰み上げる。流石にそろそろ当たりが来てもいい。三連敗となると心身に来るものだ。悪い流れはここで一度打ち切りたいところである。
勝利の女神に祈ってサムはパネルの回転を見守り始めた。
――3ゲーム目の終了。
テーブルの上のコインが移動を開始し始める。
「最近の女神様ってのはちゃんと仕事してんのか? ダイエットに没頭中で微笑む暇が無いってか?」
サムの元から300枚のベットしたコインが全部没収される。
今回の当たりは20+1、それなりに狙いでもしなくては当たりもしない高倍率区画だ。ドワーフも勘が外れてしまったらしく、1100枚のコインを消失。残り枚数が3000枚に減少する。
だが、それ以上にダメージがでかいのはサム達である。もう残りのコインの枚数は100枚。ベットに最低100枚必要であるこの運命の輪では、次に負けてしまえば賭けられるコインが無くなり強制終了。目の前に待つのは敗北、ゲームオーバーだ。
酒でも飲んでなきゃやってられないぜと言いたげに、サムは椅子の背もたれに足を組んで寄りかかる。
「ギャンブラーのソフィアでもこのゲームばかりはどうにもならんか」
「無理ね。麻雀やポーカーなどとは違って、完全運任せである以上手の打ちようがないわ」
「そ、そんな!? 本当に負けちゃったらどうなるんですか!?」
「そりゃ、さっきこの兄ちゃんが言ったように、俺の銃が持って行かれるかソフィアが連れて行かれるかといったところだろうよ。おまけにコインも一から貯め直しというサービス付きだ」
心配そうに後ろから見守るウィントに、幸運の女神さんは何をしてんだろうかと心の中で疑問を抱きながら、サムが最後の100枚のコインを見つめる。
――さてどうしたものか。どうあがいてももう一か所にしか賭けられない。
自分の悪運にサムが唸っていると、一つここである考えに至った。
ウィントに向けて彼の名を呼ぶと、ピンッと親指でサムがコインを弾き渡す。
「選手交代だ。親父さん、アンタの好きなように賭けるといい」
ガタっと席を立ち、椅子を開けると親指で座ってくれとジェスチャーを飛ばす。
最初は戸惑った雰囲気だったウィントだったが、ソフィアとサムの顔を見るなり「分かりました」と言わざるを得なくなる。何せ二人の顔は、賞金稼ぎの方から”頼む”という表情をしていたのだから。
勝っても負けても気にしない、好きなようにやってくれ。椅子に座った瞬間、ウィントの背中にその意思が伝わる。
「ほほう、おじさんが相手か。俺は後ろの二人の賞金稼ぎもそうだが、アンタの事もこの街に入った瞬間からよーく知ってるよ。――――娘さんを探しに来た悲劇のお父さん」
「――――!! 娘のハルの居場所を知っているのか!?」
「さぁ、そりゃどうだか。アンタがそれを知るためには俺に勝たなくちゃ話にならないな」
「……いいだろう。私も娘の為なら一生分の運をここで使い切って見せてもいい」
ウィントは100枚のコインを手に取ると迷わずにテーブルに積む。賭ける場所は既に一択、最初からもうウィントは決めていた。
サムとソフィアから驚きの声が上がる。ドワーフも呆気にとられた表情。
「そこに置いて本当に良いんだな? ベットできる最後の100枚なんだ、よく考えて使った方がいいと思うぞ」
「そうだね、君の言う通りだ。普段の僕なら絶対こんなことしないだろう。――でも、危ない橋を渡らなくちゃ辿り着けない場所もある」
ウィントはドワーフを見つめ、そう口にした時、運命の輪は大きく動き始めた。