刃と鉛弾
「おいおい、どうなってんだ!? あのマスターめ、俺達をハメやがったな!」
「うるさい! 叫んでる暇があったら一匹でも多くの敵を仕留めなさい!」
集会酒場のマスター、ダニー・マーカスの頼みでバラックの森へと山菜取りにやって来たサムとソフィア。仕事が入っていない今日はのんびりと山菜取りを行い、夕飯に天ぷらをつくるはずであった。
しかし現在二人はというと、ゴブリンとトロールの集団に囲まれている現況だ。
――何が山菜取りだ、ふざけやがって。これじゃモンスター討伐と変わりないじゃねぇか!
怒りと焦りの表情をつくりながらサムは心の中で悪態をつく。
実はこうなってしまったのは理由があった。
サムとソフィア達が住む世界の一年の周期は15カ月。三十日で一月が過ぎ去るというものである。
人間に活動が活発になる時期があるように、モンスターにも活動が盛んになる時期というものは存在する。大体それは一月に一回。
不運にも今がまさにその時。サムとソフィアがゴブリンとトロールに囲まれているのは、丁度モンスターの活発期に森へと足を踏み入れてしまったからだ。
「いいかソフィア、せっかく取った山菜だけはしっかり守れ。それがこいつらに食われたりでもしたら今日の苦労が全て水の泡だ」
「そんな事分かってる! 一度態勢を整えるから援護をお願い!」
先程からサムよりも数メートル前で敵を引き付けていたソフィアが後ろへと下がってくる。
サムはそれを確認しながら拳銃の銃口をゴブリン達に合わせて引き金を引いていく。
火薬の炸裂音がするのと同時に弾丸はそれぞれの眉間へと命中し、「ギャウッ!」という短い断末魔と共にゴブリンやトロールが倒れていった。
「やべぇ、弾がもう無ぇ! ソフィア、残りは何とかしてくれ」
「了解、斬る」
丁度最後の弾丸をトロールの眉間へと撃ち込んだところで態勢を整え直したソフィアが再び前に出る。
一瞬にして残り少ないゴブリンとトロールの群れまで距離をつめると、モンスターが攻撃を仕掛ける前に一斬りで胴体を真っ二つに切り裂いていく。飛び散る青い血液が体に付着する度に不快感が押し寄せるが、もうそんなものは慣れっこだ。サムが弾丸を当てていくのとは違い、刀を操るソフィアの場合では敵が断末魔を上げる暇も無く絶命していく。
青い返り血を浴びながらソフィアがその場にいる魔物を全滅させると、ようやく二人は安堵の息を口から漏らした。
「危なかった、まさかこんな事になるなんてな。仕事でバラック地域を出ると、戻ってきた時に活発時期が分からなくなるから困るぜ」
「だからあれ程、森の情報調べなくていいのかって聞いたのに」
「ダニーがあんな軽く言うもんだから何も危険なんてないと思ってたよ…」
「今朝ギルドに入った時、周りの冒険者はいつも以上に装備を整えていたでしょ。しっかりしてよ、もう」
「そう言うお前だって”天ぷら楽しみだな~”なんてご機嫌で、今回まともに道具持って来て無いじゃないか」
「うっ……それは……」
予期せぬ事態を考えていなかったという事で、お互いに未熟であるというボロがたくさん出てくる。
普通、冒険者であればこのような事も予測し対処するのが当たり前だ。もし今回出現したのがゴブリンとトロールのような低ランクの魔物ではなく、もっと危険度の高い生物であれば危なかったであろう。
これがフィールドワークにおける専門家と賞金稼ぎの違いだ。
「ハァ……とりあえず目的は達成した事だ。帰ろう」
討伐した魔物へと手を合わせ二人は黙とうを捧げる。相手も明日を生きようとするために襲ってきたのだ。その命を軽率に見るなんて事は出来ない。いや、見てはいけない。
横たわる死体に祈りを捧げおわると、ダニーの元へと戻るために進んできた道を引き返していく。
――今度はその帰路での出来事であった。森を出ようと歩みを進めていた時に冒険者に遭遇したのだ。
「やぁ、キャンディバレッドのお二人さん。こんなところで会うなんて珍しい。もしかして冒険者用の依頼でも受注したのかい?」
「ようツルギ、それとイザベラ。俺もお前達がこんなところにいるなんて思ってもいなかったぜ。俺達は酒場のダニーに頼まれて山菜取りに来ていただけだ」
「その割に君の相棒は随分と血まみれだね。もしかして今が魔物の活発期だって知らないまま来たとか?」
温和な口調でサムへと喋りかけるこの男。名前はツルギ・リューマと言う名の冒険者である。ソフィアと同じように腰に刃物を差し、白銀の甲冑に身を包んだイケメンだ。
冒険者であるゆえ顔だけでなく腕も確かであり、冒険者ランクも上位クラス。その腕っぷしの良さとイケメンフェイスからは、バレッタの町の冒険者人気ランキング男性編では毎年一位を独走している。因みに余談ではあるが、賞金稼ぎ人気ランキング男性編にてサムの順位は十人中、十位の堂々最下位。賞金稼ぎは冒険者に比べ圧倒的に数が少ないとはいえこの様だ。ツルギに対し”少しモテるからって調子に乗るんじゃねーぞ”、というのがサムの本音である。
そしてもう一人ツルギの隣にいる金髪の女性。同じように白銀の甲冑を身に着ける彼女はイザベラ・クロリアといい、ツルギのパートナーである。ツルギをイケメンと表現するならば、イザベラは凜とした雰囲気を持つ長髪の女性騎士と言うべきであろうか。二人を傍から見れば誰もが美男美女と認める冒険者チームである。
「ええ、全くどこの誰だかが森の情報をまともに調べてくれなかったおかげで、ゴブリンとトロール退治をする羽目になったわ」
「フッ、そういう抜けてるところが随分とサムらしいな。なぁ? ツルギ」
「ふふっ、そうだね」
「おいコラ、賞金稼ぎを冒険者と一緒にするな」
不貞腐れた様子でサムが腕を組みながら三人を見る。ソフィアお前も人のことを言えないからなと、声に出して言ってやりたいが失態をこれ以上見せる訳にもいかない。
冒険者たちと少し言葉を交わし合っていると、真上にいた太陽が大分傾いていたのをサムは思い出す。もう天空は燃えるようなオレンジ色だ。順調にいけば昼頃には町に戻っている筈だったのだが、ゴブリン達との無駄な時間によってこれだ。
ツルギとイザベラの冒険者チームは白き双栄剣といい、サムとは昔からの腐れ縁である。久しぶりに会ったという事もありもう少し話していたいというのが本音であるが、そろそろ戻らなくてはいけない。
「じゃあ俺達はそろそろ行くぜ、依頼頑張れよ」
「ああ、ありがとう。ダニーに宜しく頼むよ」
サムとツルギが最後に言葉を交わし、甘ったるい弾丸と白き双栄剣は別々の方向へと歩き出した。
◆ ◆ ◆
「ハッハッハー!! やっぱり魔物と交戦なんて事になったか!」
「ハッハッハー!! じゃねぇよ、このハゲ! 魔物の活発期なら行く前に教えてくれよ。この前まで俺達は仕事でバラック地域を出ていて周辺の情報なんて何も知らなかったんだぞ!」
集会酒場に戻り、今日の山菜取りの出来事を懸命に話す。たかが山菜取りだっていうのに酷い目にあってしまったと。
サムは怒りを露わにしてダニーに訴えかけるが、返ってくるのは豪快な笑い声だけ。どうやら向こうは最初からこうなる事を予測して楽しんでいるようだった。おかげで自然と手に握りこぶしが出来上がってしまう。
「いやぁ悪いなぁ! ちょっとだけ賭けををしていたんだ。”そろそろあの二人が帰ってきます。ダニーさん、魔物の活発期である今、彼らがバラックの森に入ったらどうなるか予測してみませんか”ってな」
「そんな事を言い出した奴はどこのどいつだ!?」
「お前たちの良く知る奴だよ。旅好きで、変な物ばかりやたら持ってくる奴さ」
「あのクソ商人か!」
「――――それは酷い言い方ですねサム君」
ダニーへとサムが食らいついている後ろから物やさしげな声が掛かってくる。一体誰だと振り返ればそこには見た事のある顔。知的なメガネに、旅用のローブ。そして大きなリュックを背負い、小さな赤髪の少女を連れたサムと同じ年程の男がそこに立っていた。
「マネッジさん、それにシェリーちゃん。いつの間にそこに」
「やあソフィアさん、しばらくぶりですね。サム君も元気そうで何よりです」
マネッジと呼ばれた男はニッコリとサムとソフィアへ向けて微笑む。
眼鏡をキラリと光らせ知的溢れるこの男はマネッジ・ボイラーという商人である。数々の場所を旅し、その都度珍しいものを仕入れてくる事で有名な男だ。彼は人間とエルフの間に生まれたハーフエルフと言う種族であり、人間と比較すると耳が尖っていたりする。
赤髪の少女シェリーを連れており、通称:子連れ商人とも呼ばれている。その通り名と合わせて、初めて彼と会った人からは少女を連れまわす危ない奴とみられる事もあるそうだ。
「よお、俺達のいない間に随分と粋な事を考えてくれたな。おかげで酷い目にあったぜ、このロリコン野郎」
「ほほう、その反応から察するに賭けは私の勝ちだったようですねダニーさん。それとサム君、何度も言いますが私はロリコンではありません」
眼鏡をクイッとあげながらマネッジが言う。
彼が本当にロリコンかどうかは誰も知らない。その真実を知る者と言えばいつも一緒にいるシェリーくらいであろうが、何せ彼女は非常に無口なため、彼女から本当の事を聞き出すことは難しいだろう。
「マネッジさん、今日はどんな用で来たのですか? 貴方の事ですから、ただ私達をからかいに来たわけじゃないですよね」
「フフ、さすがソフィアさんですね。今日はふと面白い情報が入ったので届けに来たんですよ」
シェリーがソフィアへと一枚の紙を手渡す。
それを見てみると、ソフィアは「ふ~ん」と声を漏らした。
「何だソフィア、俺にも見せてみろ」
「俺も見たい」
サムとダニーも顔を出してその一枚の紙をのぞき込んでくる。
その一枚に書かれていた内容はこうであった。
◆賞金首
黒ずくめの盗賊団
依頼遂行中の冒険者を狙った窃盗、恐喝
盗賊団は十人程で構成、バレッタ山岳地帯にて目撃情報あり
懸賞金:銀貨30枚
「ほほ~仕事の情報か。また面白いもの持ってきたな」
「ターゲットは盗賊団ね。十人とはまた厄介な人数だわ」
「フ、何を言いますか。つい昨日、砂蛇団を捕らえたばかりではないですか。今回も期待していますよ、何せ私達の商売にも彼らのような存在は邪魔でしかありませんからね」
一瞬ではあるが眼鏡の奥にあるマネッジの瞳がギラリと光る。
お前普段温厚に話しているくせに、今みたいに優男らしからぬ怖い言葉吐くよな。
サムがマネッジを見ながら胸の中で呟く。
だがマネッジがせっかく仕事を探してきてくれたものを断るわけにはいかない。一応は日頃世話にもなっているのだ。
どうせここで保留にしても他の賞金稼ぎに先を越されてしまっては意味がない。手の空いている今なら早めに行動に移して報酬を手にした方がいいだろう。
「という事で、二人とも今回の一件はよろしくお願いします。――――ではダニーさん、山菜の天ぷらをここにいる私達の人数分お願いします」
「お、おい。一体どういう風の吹き回しだ?」
「なに、仕事をキッチリこなしてもらうためにも、二人には栄養をしっかり取ってもらわないと困りますからね。おっと、代金は不要ですよ? ダニーさんと賭けをした時点で、私が勝ったら好きなだけ料理をタダで食べさせてくれると約束していましたからね」
その言葉を聞いて、ダニーは”やれやれ参ったぜ”といった表情を見せた後に厨房の中へと入って行く。ただ、その表情の中に”二人は今日しっかり頑張ってくれたんだし、奮発してやらねぇとな”と、少なからず嬉しさも混じっていた。
天ぷらと言うのは火力の調節が非常に肝心だ。集会酒場のようにそれなりの調理器具が置いて無いと、味の良い物を作り上げるのは難しい。
本来ならばこの後宿に戻り、自分達で火力を調節して、時間を掛けて天ぷらをつくるのがサムとソフィアの予定だった。だが、マネッジのおかげで調理の手間が省け、短い時間で美味しく出来上がった山菜の天ぷらを食べることが出来る。しかもタダで!
それは二人にとっては願ってもいないほど嬉しいものであった。
「わぁ、マネッジさんありがとうございます! 血まみれになりながらも魔物退治をして良かった~」
「おいおい、嬉しい事してくれるじゃねぇか! ありがとよ、ロリコン野郎!」
「私はロリコンではありません」
夜の集会酒場に並ぶ山菜の天ぷら料理。ゴシアブラ、ダラノメ、ノヒルなどが食欲を誘うように香りをたてる。
それを食べながら全員で談笑し、今日という一日はあっという間に過ぎて行った。
※食べ物の名前について。
「ゴシアブラ」「ダラノメ」「ノヒル」は現実にある「コシアブラ」「タラの芽」「ノビル」をもとにして考えた山菜です。
お気づきかもしれませんが、一話に登場した「コーチャ」「ミールク」「ホットトック」「スグランプルエック」も「紅茶」「ミルク」「ホットドック」「スクランブルエッグ」をもとに同じ要領で考えたものです。