ドワーフの街
スピーカ越しに野太い悲鳴が響き渡る。
ソフィアが放った弾丸はリーゼントを貫通すると、男の座る運転台のすぐ真上、馬車の荷台へと直撃した。
運転台にて馬車を操縦していたピアスの男は後ろの荷台へと転がり落ち、ワナワナと表情を強張らせながらこっちに視線を送る。
自慢のヘアスタイルは崩れ去り、例えるなら回転する機会に髪の毛を持って行かれたような状態だ。その独特、いや斬新な頭にソフィアはたまらずクスッと笑ってしまう。
『俺の髪がッ!?? な、何だあの女! 涼しい顔で弾いてきやがった!」
自分の頭を何度も触り、自慢の髪を吹き飛ばされた事にたじろくピアス男。それに向かって「眉間に穴開けられなかっただけ有り難いと思え」とソフィアが腰に手を当てながら呟いた。
冷たい視線を相手に向ける彼女に、相変わらずおっかないぜとサムは苦笑いを見せながら運転する。ウィントも同じ感想だ。
普段優しく温厚な姿を見せているソフィアが、「害虫、弱者」等といった言葉を息を吐くように言う姿は、それだけ衝撃が大きかった。
『おいお前ら何ボーっと見てやがる! 向こうが撃って来たならこっちだって撃ち返しやがれ!』
やられたままでは終われないと、ピアスの男はスピーカー越しに派手な車を運転する仲間達へと指示を出す。
すると、周りにいた自動車のドアが開き、拳銃を手にした男達が姿を見せた。彼らの様子は完全に頭に血が上っているようで「よくも頭をコケにしてくれたな! 生きて返さねぇ」と猛獣のような気迫だ。
「ひい~、あれ拳銃だ! 助けてくれ、サムさん、ソフィアさん~!!」
親に攻撃を加えれば、子はスズメバチのように襲い掛かって来る。勿論そうなることは想定済みだ。いや、ソフィアは”こうなる事を狙っていた”といった方が正しいかもしれない。
今の世の中、こういったギャング共は誰もが拳銃を持ち歩いているといっても過言ではない。護身用ではなく、気に食わない奴を力でねじ伏せるために。
「私の得物」
「はいよ~」
短い言葉の掛け合いで、ソフィアはサムから自分の愛刀を受け取ると、ウィントに今持っていた拳銃を手渡す。
ずっしりと手にかかる金属の重さ。初めて手に持った実銃に驚いているウィントを置いておき、ソフィアは黒い鞘から刃を抜き出すと、空いた手の指で掛かって来いと挑発して見せた。
勿論そんなものを見せられれば向こうは黙ってなんていられない。たかが女一人に舐められてたまるかと。
風切り音に混じる罵声と共に、四方を囲む車から引き金を引いた音が鳴り始める。
「そんな拳銃で私を止められる訳ないでしょ」
口角を上げながらソフィアは笑うと、銃弾の発砲音に混じって金属音が鳴り始める。
その直後「ぐわっ!」「げぇっ!?」と品の無い声と共に、周りを囲んでいた車の動きに変化が現れ始めた。
タイヤの部分からは火花が散り始め、全車の速度は落ち、真っ直ぐ走ることさえ困難な状態に陥りだす。
『な、何だ!? どうしたんだお前ら! 一体何が起きたんだ!?』
スピーカーで指示を出していた男が不思議そうに声を上げた。
「ハハハハッ! 銃弾を弾き返してタイヤを破裂させるとはな。いっそ大道芸人にでもなった方がいいんじゃないのか?」
目の前をフラフラしながら失速していく車を抜き去ると、サムは笑いながらソフィアに投げ掛ける。
拳銃を持つ奴がたくさんいるならそれを利用してしまえばいい。一発一発引き金を相手に合わせて引くよりもこっちの方が手っ取り早く効率的だ。だからソフィアは最初に親玉であるピアスの男を狙ったのだ。
一方ウィントは、そんなふざけた様な光景を目の当たりにして目をぱちくりさせていた。
「銃弾を弾き返しただって……!? 馬鹿な、そんなことが出来るんですか!?」
「やり方教えましょうかウィントさん?」
冗談を言いながらウィントにニッコリと微笑みかけるソフィア。その表情はさっきまで向こうの連中に向けていたような冷たいものではなく、いつもどうりの温厚な表情だった。
彼女は鞘に刀を納めると、後部座席に腰を掛ける。
「後は任せた。この拳銃、めちゃくちゃ衝撃が強い。一発しか撃ってないのに手がビリビリするよ」
「なんだよ~、大物は俺の仕事か? しょうがねぇな」
ウィントから白鳥を返してもらうと、サムは車のギアを下げてピアス男の操る馬車の傍まで速度を落としていく。囲んでいた車はすべて失速し、まともについて来ている車はもういない。おかげで今のハイウェイロードはデカい馬車と、三人の乗る車の二台だけだ。
大きなラプタードラゴンのすぐ隣まで来ると、ようやく面と向かってご対面と言わんばかりにサムは声を上げた。
「よう、これくらいの距離なら俺の声は聞こえるだろ? どうだドライブの調子は? 楽しんでるか?」
『き、貴様ら~!! よくも俺の舎弟たちを!』
余裕たっぷりな表情を向けるサムに対し、ピアスの男は青筋を立てながら憤怒している。リーゼントは弾け、更にぐちゃぐちゃになった顔は酷いものだ。
サムが面白がって中指を立ててみれば相手は更に逆上し、怒り顔どころかそれはもう顔芸のような表情だ。これ以上怒らせたらどうなるんだろうか。
『許さん! この馬車で蹴散らしてくれる! 死ねぇ!』
ラプタードラゴンの手綱を強く握り、巨大な馬車で蹴散らそうと車体を急接近させる。
車輪が近づくにつれて生じるスリップストーム。運転するサムにはハンドルが吸い込まれていく感覚が走る。これに巻き込まれればこんなオープンカーなど木っ端微塵だろう。なにせ相手はトラック以上に大きい。気を抜けばあっという間にスクラップだ。
しかし、サムは焦らない。賞金稼ぎというのはドライビングテクニックが超一流のプロばかりである。たかが暴走族ごときにやられるなんて事は、絶対にない。
「四発で終わりだ。危険運転が如何に恐ろしいか味わうといい」
白鳥をホルスターに腰のホルスターに納めると、ポンチョの内側から黒鳥を手に取る。その直後、彼の言った通りすぐさま四発の銃声が唸り声をあげた。
『な、なんだ~!? ――うがっ、うわああああああぁぁ!!』
銃声と同時に四方八方へと飛んで行く木片や金属片。ソフィアが上げさせた悲鳴よりも、今度はさらに大きい悲鳴がスピーカ越しに響き渡った。
とはいっても、それは数秒もしないうちに遠くへと置き去りにされていく。
黒鳥の弾丸は大きな車輪に風穴を開け、四つ全てを粉々に粉砕。走る事の出来なくなった荷台は横転し、ラプタードラゴンも巻き込みながら道路の外へと飛び出て行った。
「どうだ? 自転車で転ぶよりずっと痛いだろう?」
黒鳥の銃口から出る煙をフッと口で吹き、ミラーに小さくなりゆく暴走族たちに向けて言い残す。
危険運転はやっぱりよくないなと前を見ながらサムは改めて思うと、ギアを上げて再びアクセルを吹かした。
「あの暴走族を退けた……! すごい、助かったぁ!!」
後部座席にてウィントが声を上げて叫ぶ。さっきまでビビり上がっていた彼も、これで賞金稼ぎの実力を知ることが出来ただろう。
夜のハイウェイロードももうすぐ出口。緑の電光掲示板を通過すると、三人の乗るオープンカーはようやく下道へと入る改札を通過していった。
◆ ◆ ◆
「うわぁ、ここがドワーフの街ですか!」
ドワーフの街ことアリーア。その街門をくぐると、そびえたつ大きな構造物の景色を見ながらウィントが声を上げた。建設中の建物を見れば、体の小さなドワーフたちがせっせと資材を運びながら工事を進めている。
昨晩の暴走族とのゴタゴタの後は適当に宿を見つけ、三人は安物の食事を済ませた後何事も無く就寝。サムが女風呂に侵入してソフィアに顔面をぶん殴られた事以外は大きなトラブルは起こらなかった。
そして今朝、ドライバーがサムからソフィアに変わり、車を走らせてようやく目的地に到着したところである。
「もしかしてウィントさんはこの街に来るのは初めてですか?」
「はい、獣人の国やエルフの里は行った事があるのですが、ドワーフの街と言われるアリーアに来るのは初めてです」
金属と木材、レンガ等の沢山の素材を巧みに利用して造られた街の姿。すれ違う車や、店に見える電気製品など、技術の街というだけあって最先端の物が豊富だ。これは全部ドワーフと呼ばれる小人が設計し、作り上げたという。
人間自体も遥かに知恵はあるが、なんでもできる技術を持つ訳ではない。エルフが高い魔力を所持し魔法を研究するように、ドワーフは加工技術という力を所持し産業を発展させている。今の時代はそれぞれの種族が長所を生かして文明を築き上げているのだ。人間には人間にできること、ドワーフはドワーフにできること、エルフはエルフにできること、という様に。
車を運転しながら大通りを眺めていると、仕事がうまく終わった暁にはバラックの町に何か買って帰りたいとソフィアは思った。
「そろそろ車を降りたいところですね。ウィントさん、隣に寝ている馬鹿を起こしてもらえませんか?」
後部座席にてウィントの隣でいびきをかきながら眠るサムを指差す。
グー、グーと音を出して寝る姿はまるで歳のとったおじさんだ。これでまだ自分と同じ二十代だと考えると不思議に思える。そうソフィアは言いたい。
言われた通りにウィントはサムの肩を揺らすと、「起きてください」と呼び掛けると不機嫌そうな声が本人から漏れた。
「もう少し寝かせてくれ。昨夜、どっかの誰かさんの顔面パンチのおかげで、鼻血と痛みが止まらず寝られなかったんだ」
日光の眩しい光を遮断するようにハットを深くかぶり、サムは狭いスペースで寝返りを打つ。
その態度にムッと来たのか、ソフィアはサムからハットを取り上げると、
「は? 自業自得でしょ。私の裸を見ようなんて百年早いわ」
「何度も言ってるだろう? お前の裸を見ようとして入ったんじゃないって。一緒の宿にいた可愛子ちゃんの後をついて行っていたら、いつの間にか脱衣所にいたんだ」
「それ完全なる変態じゃない! だからモテないのよ! この尾行男!」
「なんだと!? お前だって裸を見られたら悲鳴を上げるよりも先に顔面にパンチしてきやがって! この暴力女!」
「お、落ち着いてください二人とも! 事故を起こしてしまいます!」
更に白熱していきそうな口喧嘩に、ウィントの制止でようやく「ハッ!?」と二人が我に返る。
一瞬恥ずかしそうな顔を二人見せると、すぐさましまったという様子でウィントへと謝罪の言葉を送る。口喧嘩なんて些細なものかもしれないが、やはり依頼人の目の前で見せてしまうというのは恥ずかしいものだ。
映画の様な面白い返しでもできれば良いが、それが出来ない二十を超えた大人同士の些細な口喧嘩はイメージダウンだ。たとえそれがいくら腕の立つ賞金稼ぎ、甘ったるい弾丸だったとしても。
アリーアでの拠点となる安物ホテルにてチェックインを済ませると、車はもう乗らずに徒歩で三人は行動を開始した。
ドワーフの街に到着してまで、いちいち車に乗っているのでは燃料の消費が半端ではない。あんな燃費の悪い車では銀貨どころか金貨でさえ直ぐになくなってしまう。それを三人は理解しての行動だった。
ウィントの娘、ハルを誘拐した者の乗った車。それがきっとこの街にあるはずだ。実際に自分の目でその車のタイヤ痕がこの街の方角へと真っ直ぐ進んでいたのをソフィアは確認したのだから。
そしてバラック公園付近で見つけたあの鉄屑。ソフィアはサムにそれが何なのか尋ねたところ、彼は興味深そうに即答してくれた。
彼曰く、あれはベッティングコインと呼ばれるチップだという。ある一定の街でのみ使えるもので、この街では賭博施設にて流通するものらしい。ベッティングコイン一枚で銀貨一枚の価値があるらしく、かつてサムも一度だけ遊びに使った事があるそうだ。
ならば考えるまでも無く、行く当ては決まったも同然だった。
そう、この街唯一の賭博場。
――――その名も、アリーア・カジノ・ステージ。
三人はそこへ向かって進み始めた。