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鉛弾はキスの味  作者: G4
第二章 Equation to victory
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ハイウェイロード

 バラックの町を出発してから数時間後。

 三人の乗ったオープンカーは、土系舗装されていた道からコンクリート舗装された道路に移り、交通量の多いハイウェイロードと呼ばれる道を進んでいた。

 ここまでくると田舎のようなバラック地域の景色はもうない。視界に移るのはハイテクな建物や工場。それががずらりと横を過ぎていく。


「イエー! 気持ち良いなぁ! 下道を走っているより全然いいぜ」

「本当です! オープンカーってこんなにも気持ちが良いんですね!」


 自動車に乗りながら男二人がテンション高く声を上げる。頬を撫でる風が気持ち良く、その感覚をさらに味わおうとサムのアクセルを踏む足に力が入る。

 ハイウェイロードとは、いわゆる速度が出せる乗り物だけが走行できる車道である。

 この道の平均速度は時速約120キロ。そのため最低でも時速100キロまで出せる自動車か馬車が必要となって来る。


「あっ、すごい。見てサム! あの馬車を牽引している生物ってラプタードラゴンじゃない?!」

「おっ、やっぱり馬車がこの道を通ってると迫力があるな」

「うわぁ! で、でかいっ!」


 轟々と足音と車輪音を響かせながら横を過ぎていく巨影。自分たちの乗るオープンカーを軽々と追い越していくラプタードラゴンが牽引する馬車を見ながら、三人はその迫力に驚愕する。


 サム達がバラックの町を出る前に、ドワーフの国に行くためには馬車だと時間が掛かると言った。しかし、それは正確に言えば”バラックの町には速い速度で馬車を引っ張る事が出来る生物がいないため”馬車だと時間が掛かるという意味である。

 隣を走っていって行ったラプタードラゴンは全長五メートルもある大型の地竜だ。走り出せば馬車の速度は200キロを超える走力を持つ。馬車を引っ張りつつ、これほどの速度が出せる牽引生物となれば、比例して筋肉量も多い。だからこの道を通っている他の馬車を見ても分かるように、どれもこれも引っ張っているのはガタイの良い生き物ばかりである。

 そのためハイウェイロードのような道路を走れる馬車が隣に並べば圧倒されるのも当たり前と言える。

 きっとこのくらいの速度を出せる生物がバラックの町にいれば、サム達はこんな燃費が悪くコストの高い車には乗らずに、真っ先に馬車をレンタルしていただろう。



 時速140キロでハイウェイロードを駆け抜けていると、やがて黄昏の時間がやって来た。

 バラックの町を出たのは昼過ぎ。今日の予定としては、このまま夜の十一時くらいまで走り続けて、近くで宿をるプランだ。到着予定は明日の昼過ぎになる。


 サムがハンドルを握りながら頭上を見上げると、紅みがかった青空が視界へと入った。

 実はサムはこの黄昏の時間が結構好きである。ゆっくりと儚さを残しながら消えてゆく太陽の光はどこか美しく、そして少年時代の仲間との出来事を思い出せるからだ。


 唸るエンジン音の中、気持ちよさそうに風を浴びている二人に聞こえるようにサムが口を開く。


「ヘイ、今から面白いものが見えるぜ。ソフィア、お前も多分初めて見る景色だろうから目に焼き付けときな」


 楽しげに言うサムにウィントとソフィアは頭上に「?」を浮かべ始める。

 数秒後、太陽の光は一度ハイウェイロードを囲んでいた山の頭に隠れていく。光は一度弱まり、代わりに山でできた影が道を覆う。

 

「面白いものってどんなものなんですか?」

「まぁ待ちなよ親父さん。ほれ、そろそろ見晴らしのいい場所に出るぞ」


 アクセルを踏みエンジンの回転数を上げて加速する。夕方という事もあって、加速すると少し冷たくなった風が三人の肌を撫でていく。だがそんな事なんかよりも、今はサムの言う面白いものがどんなものなのか。それが気になって周りの肌寒さなど二人は微塵も感じることはない。


 影となった道を抜けると、再び夕陽が三人の視力を奪うように輝きを見せ始めた。

 消えゆく一方の太陽の光だと言うのにそれは眩しく、反射的にソフィアとウィントは目蓋を閉じてしまう。


「目を開けてみな。なかなか凄いぞ~」


 サムの言葉の後にソフィアとウィントは眩しさを堪え目を開く。光に順応させて、ゆっくりと。

 そして、覚醒した目で”それ”を見た時、二人はたまらずに声を上げた。


「――わぁっ! ……凄い……なんて綺麗なのだろう……」

「なんと美しい……死んだ妻と一緒に見た夕陽を思い出します……」

「ハイウェイロード名物『海と太陽の微笑み』だ。親父さん、今度は娘さんと一緒に見に来るといい」


 太陽を遮っていた山々の向こうに会ったもの。それは地平線と波を描き、太陽によって色を付けられた美しい海であった。

 夕陽が海に沈みながら波と共に見せる温かい光。その様子からつけられたのがこの『海と太陽の微笑み』だ。

 雲一つない空、温かい気温、魔物の緩和期、この条件が揃っている時に決められた時間の内にハイウェイロードを走ると見ることが出来る。


 サムはソフィアと出会う前に、これを見るためによく一人でハイウェイロードを駆け抜けていた事があった。嫌なことがあった時、失恋した時、依頼に失敗してムカついてるとき。どんな時でもこの場所はそんな悩みを吹き飛ばしてくれていた。


 海岸線を走り、そのまま三人は景色を見ながらドワーフの街へと進む。今見たものを忘れぬように目に焼き付けながら。


 しかし美しい景色は長く持つものではなく、その時間はあっという間に過ぎて、いつしか周りは闇が支配する世界へと移り変わっていった。



 ◆ ◆ ◆


 時刻は九時を回り、三人は車のライトと道端に設置されている光石を頼りにハイウェイロードを進んでいた。街灯のように人工物でない光石は自然の美しさを闇夜に放つ。

 魔物の緩和期である今であれば、それなりに人間側にとっては長く行動が出来る。流石に深夜までとはいかないが、それでも十分賞金稼ぎにとっては有り難い事だ。


「さてと、そろそろ下道に下りないとな。俺もこんなに運転していると疲れるぜ」

「お疲れ様。明日は私が運転するよ」


 助手席で地図を広げながらハイウェイロードを抜ける出口をソフィアは探す。

 ウィントは疲れ切ったように眠っている。この数日間で様々な事があったんだろうから無理もない。


 もう少し進んだ先に下道へ下りる出口がある。そこから一度抜けよう。

 地図を見てソフィアがサムへ向けてそう告げようとした時、


「……何かにつけられているな……」


 サムの表情は昼間と一変し、仕事モードの時と同じものになる。


「……いつから?」


 声のトーンを低くして言うサムに、ソフィアも険しい表情に変えて詳細を聞く。

 裏の世界では、賞金稼ぎであるサムとソフィアを邪魔に思う人間は少なくはない。人のはけた夜に紛れて命を狙われるなんて事もザラだ。

 そのことから今の状況を考えると、後ろからつけている車もそれに関わる者達だという可能性もゼロではない。


「三十分ほど前……少しずつ数が増えてきている」

「……台数と特徴は?」

「数は自動車が十台、でけえ馬車が一台。汚いマフラー音がたくさん聞こえることから、おそらく暴走族だな」


 バックミラーを見ながらサムは親指を後ろに向ける。親指を向けた先にソフィアが振り返れば、そこには沢山のライトが一定の間隔を保ちながらずっと追いかけてきていた。どうやら命を狙ってくるような殺し屋集団ではなさそうだが、まともな頭をした人達でも無さそうだ。殺されはしないにしろ、身ぐるみを剥がれたり、ボコボコにされるのは目に見えている。

 まだ何か仕掛けてくる気配はないが、ソフィアが後ろを向いた事にあっちも気付いたのか強烈なパッシングとクラクションが鳴らされた。

 そのおかげで疲れ切って熟睡していたウィントも目を覚ますことになった。


「な、何ですか一体!?」


 覚醒しきっていない目を擦りながら、ウィントが慌てて身の回りで何が起きているのか確認する。


「タチの悪いファンクラブが追いかけてきている。シートベルトはしっかり締めてるか? ちょいと飛ばすぞ」

「えぇっ!? ――――ッうわぁ!!」


 アクセルを踏み込んだ急加速で全員の体にGが掛かる。

 加速をしながらサムは道端を見ると、そこには幅員増加を示す標識。それを見つけたサムはソフィアへと指示を出す。


「そろそろ向こうが動く。邪魔をして来たらコイツで迎撃しろ。弾は後ろにある」

「分かった。運転は任せる」


 サムがポンチョの内側から取り出した白鳥をソフィアが受け取ると、彼女は後部座席に移動してウィントの足元へと手を伸ばす。

「ちょっとゴメンなさい」と口に出しながら手にしたのは銃弾が詰め込められた弾薬ケース。中には大きい入銃弾から小さい銃弾まで様々なものが入っている。そこからソフィアはごく一般的な銃弾を取り出し、一発だけシリンダーの中へと込めた。


「それが実銃!? 初めて見た……」

「使ってみますか?」

「い、いえそんな物騒な……」


 今までの道は走行車線と追い越し車線の二つしかなかった。しかしここからは今走っている場所が第二車線となり、左に第一車線が追加される。道幅は広くなり、そうなれば後ろの連中は間違いなく数を活かして何かを仕掛けてくるだろう。それが勝負開始の合図だ。

 

「さて、下道の出口まであと十キロといった所か。ソフィア、そろそろ向こうが動くぞ。頼む」


 サムがそう告げたところで第一車線が左に現れる。するとサムが予測してい通り、その瞬間を待っていたと言わんばかりに後ろでエンジンの爆音が鳴り響いた。

 狩の時間だ。暴走族たちはこの瞬間を待っていたと、まるで獲物を群れで襲うように三人の乗る自動車を囲み始める。中にはハイテンションで罵声を飛ばしながら身を乗り出している者もいる。


「ひ、ひい~~!! 何なんですか彼らは!? どうにかしてください!」

「落ち着けって。喧嘩売って来てる奴の顔がよく見えない」


 こんな状況だというのに相手の顔を見るなんて本気で言っているのかこの人達は。ウィントは内心焦り出す。

 周りを囲まれて逃げ道はもう無い状況だというのに、余裕表情の二人の正気を疑ってしまう。いや、サムは余裕を通り越して楽しそうな表情をしている。だが、とにかく今は彼らに任せるしかない。恐怖で震える体を無理やり抑えつけながらウィントは前を向きながらそう思った。


 ハイウェイロード出口まで丁度十キロをきったところで、後ろの馬車からスピーカーで声が聞こえてきた。


『よう、夜のハイウェイロードは俺達の縄張りだ。なに我が物面しながら勝手に走ってるんだ?」


 夜のハイウェイロードに響く野太い声。それににこだまするように、周りを囲む自動車も煽って来る。

 声の主の方向を見てみれば昼間見たのよりも更にに大きなラプタードラゴン。それを馬車の運転台から操る、リーゼント頭にピアスだらけの顔。いかにも悪に走った顔の男がそこにいた。

 彼は、スピーカーのマイクを片手に、俺達の縄張りに足を入れたからには覚悟は出来ているんだろうなという形相でサム達を睨み付けてくる。


『夜のハイウェイロードは強い奴がルールなんだよ。てめえらみたいな小虫が走っていい道路じゃねぇ。――野郎共、あの馬鹿にルールを教えてやれ!』


 スピーカーで拡散した声が響くと、周りを囲む自動車が車間距離をどんどん詰めてくる。

 時速は百キロを超えている。車体に攻撃でもされて事故でも起こせば大怪我はまぬがれないだろう。そうと決まれば先手必勝。やられる前にやればいい。

 サムはソフィアへと向けて、指示を出す。


「ソフィア、やれ。危険運転をしたものがどんな目に合うか思い知らせてやれ」

「了解。それじゃ体で味わってもらおうか」


 ソフィアは後部座席から立ち上がると、ガンスピンをしながらペロリと唇を舐める。

 にやけ面を見せながらオープンカーが潰れていく様をヘラヘラと眺めようとしているリーゼント頭。まったく見ているだけで気に食わない。

 そんな男に銃口を向けると、


「強い奴がルール? だったら道を開けるのは弱者である貴様らだ、害虫共」


 ソフィアがそう口にした直後にハイウェイロードに空になった薬莢が転がり落ちる。

 殆ど誤差無く、同じようなタイミングでコッペバンのようなリーゼントの髪は宙を舞い、やがて闇の中へ消えていくように散っていった。


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