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鉛弾はキスの味  作者: G4
第一章 Bad Children's
12/28

光を秘めた原石は明日を照らす

 上流部から下流部のキャンプへと戻ってくると、そこにはツルギとイザベラは一足早く撤収の後片付けを行っていた。どうやら向こうも仕事は完了らしい。


 拠点に着くと、サムとソフィアは腰を下ろしてようやく一息つく。

 今回の仕事はノア達とのいざこざで大変なものであった。だが甘ったるい弾丸キャンディバレットがノア達と戦っている間に、白の双栄剣プラチナ・メエーチも十分苦労があった事がうかがえる。いつもの白銀の甲冑が大量の魔物の血で汚れているのが何よりの証拠だ。


「ただいま。今戻ったよ」


 二人の下へと歩み寄り、ソフィアが無事に戻ってきたことを告げる。


「やぁ、お帰り。どうやらその顔を見る限り無事に仕事は達成したようだね」

「ええ、おかげさまでね。そっちもバラックドラゴンの討伐お疲れ様」

「あ、もしかして見ていたのかい?」

「一段落着いた後に滝の上で少しだけね。あのドラゴン相手に凄い立ち回りだったわ」


 サムとソフィアが仕事を上手く完遂できたのと同じように、ツルギとイザベラも必要以上のデータを集めることが出来ていたようだ。

 後はもうここですることは何もない。バラックの町に戻りゆっくり体を休めよう。

 馬車へと荷物を詰め込み、男は運転台、女は荷台側へ。そして忘れ物が無いか確認するとツルギが馬の手綱を握る。その時、ふとイザベラがサムに向かって質問をしてきた。


「そういえば盗賊達はどうしたんだ? 姿がどこにも見えないが」

「ああ、奴等なら一人残らず始末してきた」


 間髪置かずにサムは返事を返す。

 始末という言葉を聞いたイザベラは一言「へぇ……」と小さく呟くと、何かを察したように納得した様子を見せる。

 返り血さえも浴びずに始末なんて出来るか。二人の事だから今回も別な方法で上手く済ませたのだろう。

 イザベラとツルギは口に出さず心の中で理解する。二人は分かっているのだ。

 彼らは善悪の判断はしっかりしている。もし本当に相手が悪い奴なら体を真っ赤に染めながら二人は戻ってくる筈だ。血の臭いもさせずに「始末をしてきた」と口にする時があれば、それは大体何か深い事情があり、敵を殺さずに戻って来た時なのだと。

 だからそれ以上の野暮な事は聞かずにイザベラとツルギもそこで納得してみせた。


 運転台にサムとツルギは座り、三日間の仕事を行ったバラック山岳地帯を馬車の上から眺めた後、ゆっくりと馬車を走らせる。

 現在の時間は午後三時。バラックの町には日没と同時刻くらいになるだろう。

 それまでこの数日間の出来事について、四人はお互い花を咲かせながら盛り上がった。




 ◆ ◆ ◆


 ――日没から数時間後。

 バラックの町ギルドにて、数時間前に依頼から戻ったサム達は、報酬の話をするために受付嬢のラピスの元へと赴いていた。


「コイツが今回の盗賊から押収したナイフだ。おっと、気を付けてくれよラピちゃん。君の綺麗な手に傷がついてしまっては大変だからな」


 サムは布に包んだレーヴェン盗賊団のナイフをカウンターに置き、依頼の報告を行っている。なにせ今回は拘束ではなく”始末”であるため、それなりの現場の証拠となるものを提示しなくてはいけない。

 ラピスはそれをまじまじと見ながら写真を撮ったり、ノートに記録を残していっている。


「――――はい、確かに被害が出ていた盗賊の所持物で間違いなさそうです。お疲れ様でした。でもまさかレーヴェン盗賊団が相手だったとは……彼らって被害件数も多かった恐ろしい組織ですよね」

「そうだな。でも、もう大丈夫さ。レーヴェン盗賊団が現れることは二度とない、それは俺が保証するさ」


 ニカッと笑顔を見せながら報告をするサムに、ラピスも「さすが甘ったるい弾丸キャンディバレットだ」と頼もしいという表情を返した。

 

 報告を終え、晴れて仕事は終了となるとサムはラピスから報酬の銀貨三十枚を受け取る。

 今月だけで砂蛇団にレーヴェン盗賊団、その他諸々の仕事をこなしただけあって、今月はもう安泰だ。懐の中は温かい。

 

「さて、この後ディナーでもどうだい? 俺に奢らせてくれ。疲れきったこの体を君との二人の時間で癒したいんだ」


 受け取った銀貨を指で弾きながら、サムは声のトーンを低くし、口角を上げながらラピスに視線を合わせる。――またいつものナンパだ。サムは仕事が終わる度に毎度ラピスを口説こうと精一杯カッコつける。

 ラピスにとってはいい迷惑なのだが。


「あ~、いや……今日はちょっと……」

「フ、遠慮する必要はない。以前断ったのは照れていたからだろう? 大丈夫、俺にそんな気を使わなくていい」

「いや、ちょっと何を言ってるのか分からないです……。それに私、この後”彼氏”と待ち合わせがありますので……」

「――!? なんと!」


 長い間、口説き落とそうと必死になっていたラピスに彼氏がいたという衝撃の真実。

 ――サムの時間は停止した。

 以前同様に身体が凍結したように動かなり、生き生きしていた目の光が消えてなくなる。初めて知った事実に脳が処理できなくなってしまったのだろう。


「おーい、生きてる~? 相変わらず馬鹿ね。そんな事も知らずに、今までこんな気持ち悪いセクハラもどきのナンパをしてたの?」


 ソフィアが生存確認も含めて、サムへと声を掛ける。

 さっきまで精一杯つくっていたのであろうイケメンフェイスは崩れ去り、涙目へと変貌した表情がソフィアへと向けられた。


「うわああん! 知ってたら言ってくれよー!」


 報酬の入った麻袋を無理やりソフィアへと押し付けると、サムはそのままギルドを飛び出していった。

 どうやら、メンタルブレイクしたらしい。

 ソフィアはラピスに相方が迷惑をかけてしまったことを謝ると、報酬を持って彼の後を追っていく――――のではなく、集会酒場へと足を運ばせた。


 サムがああなるのはいつもの事だ。一人で勝手に思い上がって、勝手に撃沈する。

 仕事仲間になった当初は、サムに対し「何だこいつ」とみていたソフィアだが、今となってはもうどうも思わない。どうせ頭が冷えれば戻って来る。一々気にしていたらキリがない。

 現在ではそうソフィアは捉えるようにしていた。


 集会酒場につけば、そこには白の双栄剣プラチナ・メエーチを含んだいつものメンバーがカウンター席に腰を掛けていた。


「お、やっぱり来たか。待ってたぜ、仕事お疲れさん! 皆もう来てるぞ」


 集会酒場のマスターであるダニーが、ソフィアへと酒を渡しに近づいてくる。マネッジ、シェリー、ツルギ、イザベラもこっちに気付くと手を振って来た。

 仕事が終わった日には大体いつもの連中はここへやって来る。ソフィアも例外ではない、疲れを癒すならやはりここだ。


「ソフィアさん、私の依頼はどうでしたか?」

「ん~、別に手ごわい相手でもなかったし、まぁいつも通りでしたね」


 席に着くと久しぶりのまともな食事を味わいながら、ソフィアはマネッジと会話を始める。今回仕事の情報をくれたのは彼だ。その事に感謝しなくてはいけない。

 彼との会話はいつも些細なものであるが、みんな既に酒で出来上がっていたのか、どんな小さなネタでも会話の花は咲き波紋のように広がっていった。


 久しぶりに飲む酒は最初は苦く、そして後から甘みと温かさが体に伝わる。

 ソフィアは酒を手に取り、酔いが回ってきたところで思う。

 ――今まで苦い経験をしてきたあの少女達の未来に、幸あらんことを、と。


 いつもは酒なんて飲まないソフィアだが、今日だけは手が勝手に酒を口元に運んで行く。普段と変わらない安酒。しかし、それが美味しく感じる。

 なぜだろうか。それはソフィア自身もよく分からなかった。だが今ハッキリと感じることは、いつもの仕事後とは違い、どこかいい気分であった事だ。

 多分、人を殺さずに仕事を済ませたのが久しぶりだったからなのかもしれない。

 

 しばらくの時間酒を口に運びながら今日までの出来事を振り返っていると、一つの見覚えのある影が戻って来た。

 彼は涙で腫れ上がった顔をしながら、ソフィアの目の前まで来るとこう口にする。


「腹減ったから戻って来た」


 その言葉に、ソフィアはクスリと笑って応える。


「待ってたよ相棒。さぁ早く私の隣に座れ、私の相手をしろ」

「……お前、珍しく酔ってんじゃねぇか」


 サムが戻ってくると、大量の酒と料理が再びダニーによってカウンターの上に並べられる。それを口に運びながらいつものメンバーも含めて、その場はまた盛り上がり始めた。



 ラピスにフラれた話題を初めとして数時間。夜も遅くなり依頼達成後の打ち上げはお開きとなった。

 集会酒場を後にしたサムとソフィアは、自分達の生活している事務所へ向け夜の道を進む。


「うぅ……気持ち悪い……」

「当たり前だ。あれだけツルギやイザベラと飲み比べしてりゃ、気持ち悪いに決まってる」


 酒に酔って足元がおぼつかないソフィアの肩を支え、無理やりにでも彼女を歩かせる。いい歳した大人がこんな場所で寝てしまえば堪ったものではない。

 だが、酔いが回っているのはサムも同じだ。隣で顔を真っ赤にしている彼女ほどではないが、かなり視界が揺れている。


「もう歩けな~い、私寝たい」


 終いにはソフィアはそんな事を言いながら足を止めてしまった。

 俺だって酔いが回っているのに勘弁してくれ。 

 仕方なくサムは町道脇の壁に手を掛け休憩の姿勢をつくる。外の外気で冷やされた壁の冷たさが、酒で熱を帯びた手に伝わり、それが何とも言えぬ心地よさを感じさせる。

 冷たい壁に触れながら、ふとサムは顔を上げると満天の星空が二人を見下ろすように輝きを放っていた。


「おお……良い空だな」


 酔っているからなのか見上げた星空はいつも以上に輝きを増しているように見える。まるで新しい光り方を知った宝石のように。

 目を奪われたまま動けなくなっていた事に気付くと、サムはいかんいかんと自分の顔を叩いた。こんな場所でボーっと星を見ていれば自分自身も寝かねない。

 何とか隣の酒臭い女を歩かせようと声を掛けようとすれば、早くも彼女は瞼を閉じ掛けようとしていた。


「くそっ、仕方のない奴だ。これはツケだぞ」

「うん……いくらでも払うよ……」


 サムは自分の背中にソフィアを背負うとゆっくり前に歩き出す。こうやってみれば普段そっけなく冷めた視線を向けてくるソフィアでも、随分と可愛らしい女の子だ。そんな彼女を見ると、サムはソフィアと初めて出会った時の事を思い出しそうになる。

 甘ったるい弾丸キャンディバレットの事務所を開いてまだ間もなかった頃。依頼人としてやって来たソフィア。

 そこまで当時の記憶が甦ってきたところで、サムの首にソフィアの腕がきつく巻かれる。

 突然の事でたまらず「キュッ」と変な声をサムは上げてしまった。同時に一瞬だけ呼吸が止まってしまう。


「ゴホッ! ゲホッ! お前、俺を殺したいのか!? 一体何の真似だ!?」

「えー、だって歩くの遅いんだもん。速く走りなさい、この鈍間め」

「やかましいぞ、俺にゲロ吐けってか!?」


 前言撤回だ。随分と可愛らしい女の子と今思ったが、それは間違いだ。人をいいように使ってくる我が儘王女様だとサムは認識する。

 背中に負ぶった途端元気になりだしたソフィアの相手をしながらサムは夜の道を歩き続けた。


 自分達の家である事務所の前まで、あと数百メートルというところまでようやくたどり着くと、背中に背負っているソフィアから先程とは違いまともなトーンで声を掛けられた。


「……ねぇサム、ノア達は探求者トレジャーハンターとして上手くやっていけるかな?」

「ああ、大丈夫だろうな。盗賊時代に比べりゃ今の仕事なんてどれもぬるいくらいだと思うぜ」

「……そっか、きっとサムが言うなら間違いないだろうね……さすが私の相棒パートナー……」

「急にどうした? 今さら俺の凄さに気付いたのか?」

「……そんな事ないよ。だってサムは……私を……あの闇から……」


 そこまで口にしたところで、ソフィアは寝息を立て、とうとう眠りへついてしまった。事務所が目の前に見えた安心感からか、もう起こそうとしても朝までは目が覚めそうにない。

 「せめてベットに入ってから寝てくれ」とサムは口にするが本人には届いているか分からない。


 久しぶりに戻って来た事務所のドアの前に立つと、中に入る前にサムは再び夜空を見上げる。

 ――光りを秘めた原石か。

 かつてレーヴェンがノア達の事をそう例えて言った事をサムは思い出す。

 原石はどれも磨かれるまでは宝石のように美しい光を放つことはない。勿論変な様に磨かれればそれもまた本来の輝きを見せることはない。

 正しい磨き方で、正しく磨かれてこそ最高の美しさと輝きを放つのだ。


「レーヴェンさんよ。ノア達はアンタの言った通り光を秘めていたよ。少しずつだろうが彼女達は誰よりも輝き始めるぜ。そっちでよく見ているといい。光を秘めた原石ノアたちの照らす明日をな」


 サムはこの同じ空を見ているだろうノア達、そしてレーヴェンに向けてそう告げると、事務所のドアノブに手を掛けて中へと入って行った。


 ――――夜風が肌を撫でるようにバラック山岳地帯の方角へと吹いて行く。

 こうして長いようで短かった三日間の仕事は幕を下ろした。


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