幸福の掴み方
銃声が止み、耳の中でこだましていた強烈な耳鳴りが止むと視界を明るい光が包み込んだ。
ここはあの世なのだろうかとノアが思っていると、次第に視界は晴れていき声のようなものが聞こえ始る。
心配そうにノアを呼ぶ仲間の声。
彼女はいつの間にか流していた大粒の涙を指で払いのけると、仰向けになっている自分をのぞき込むように仲間達が寄って来ていたのに気が付いた。
自分にも仲間にも先程付けられていた目隠しなどはもうついていない。それを確かめ全員の顔を見るとノアは皆殺されてしまったという答えが頭をよぎる。
命ある者は死ぬ、遅かれ早かれいずれは死ぬ。しかし、分かっていてもそれは受け入れ難いものだ。
だが、間髪入れずにノアの耳にはそれを否定する声が届いた。
「頭! よく見てください、私達は誰一人として死んではいません!」
「俺達生きているんですよ! ほら、足だってしっかりある」
仲間たちの声に「え?」と消え去りそうな声を出しながら、ノアが涙でぼやけていた視界のピントを合わせる。天井を見れば光石が輝いており、仲間は誰一人欠けることなくその場にいる。
これは現実かと驚きながら顔を少し横へとずらすと、そこに銃と剣を納めたサムとソフィアの姿が視界に映った。
なぜ彼らは武器をしまっているんだ??
自分達を殺そうとしていた二人が戦闘態勢を解き、あくびや背伸びをしている。その光景がノアの頭を混乱させる。
大あくびをしていたサムはようやく口を閉じると、不思議そうな顔をしている彼女に近づき帽子を取った。
「――嬢ちゃん達……いや、レーヴェン盗賊団は全員ここで死んだ。今俺達の目の前にいるのは故郷の為に必死に生きてる素晴らしい人間達だ。ビビらせる真似して悪かった」
申し訳なさそうな表情を見せながらサムは頭を下げる。習うように隣でもソフィアが「驚かすような真似をして、ごめんなさい」と口にした。
直後ノアの目が大きく見開かれる。この二人が今自分達に向けて言った言葉が信じられずに。
「な、なぜ?? どうして殺さなかったの? アタシはアンタ達を恨んでいて、それで憎悪をもってまで殺そうたのに!」
「俺達はレーヴェン盗賊団を始末しに来たんだ。別にあんたらの命を本気で奪おうとする気なんてさらさらなかったよ」
「意味が分からない! 私達そのものがレーヴェン盗賊団だ。殺しに来て殺さないって、それはアタシ等に喧嘩売って遊んでたって事!?」
「違う違う。”盗賊”として生き続けている嬢ちゃん達に終止符を打ちに来たって事さ」
そう、あくまで殺すのは”盗賊団としてのノア達”。”故郷の仲間を助けようとしているノア達”を殺そうだなんてサム達は最初から考えていなかった。
賞金首は世に蔓延る賞金首(無法者)を仕留めて金を稼ぐという職種であるが、人の命を守るという使命もある。
もし今本当に彼らを殺していれば、別の人の命が守れたかもしれない。しかし、それでは逆に故郷で待つ人々とやらが死んでしまう。でも殺さずにみすみす戦いもせずに逃していたら、彼女らはまた多くの者達に危害を加えていただろう。
故にサムとソフィアはレーヴェン盗賊団として生きる彼女らを殺さなくてはいけなかったのだ。
ソフィアはボロボロの姿となったノア達のもとに寄ると一つの布きれを差し出した。
土にまみれて茶色く変色した布きれ。カサカサとなって紙切れにさえ劣りそうな布に、それは描かれていた。力強く動く鼓動もとにしてつくられた、ハートの形をしたレーヴェン盗賊団の紋章が。
「サムが初日に悪魔鰐と交戦した後で見つけてきたこの布。貴方達のお父さん、レーヴェン・オーサランがつくった紋章だよね。実は彼、数年前に私達の事務所に顔を出したことがあるの。『俺はもうじき死ぬ、一つだけ頼みを聞いてはくれぬか』ってね」
「アタシのお父さんが!?」
お父さんという言葉でノアが無意識に声を上げる。
あの時の言葉をそのままノア達に伝えながらソフィアも当時を思い出す。レーヴェンが土下座をしながら必死に頼み込んできたことを。
「『自分は娘たちに未来の道を踏み外させてしまった。いずれ何処かで指名手配書が出回るかもしれない。そうなった場合、君達の手で娘たちを止めて欲しい。そして伝えてくれ。お前たちは光を秘めた原石だ、道を誤って輝きを放つ前に終わるなと』……そう彼が一言一句言っていたのを私は覚えているよ」
「う、嘘……父さんは死ぬ前にそんな事を……」
「この紋章をサムに見せられた時は驚いたよ。黒ずくめの盗賊団の正体がレーヴェン盗賊団だったなんてね」
夕飯時に自分が驚きながらサムに詰め寄った事がソフィアの中でフラッシュバックする。
「貴方が握っていたその黒短剣。少なくとも彼が名を馳せていた頃は、黒短剣をそんな力を求めるように使ってはいなかったよ。もう自分の身を削るような戦い方はやめなさい」
伝えるべきことを全て言い終え、ソフィアはノアの頭に軽くポンと手を置いた。その隣で「うんうん」とサムも頷いている。
ノア達にとってレーヴェンはかけがえのないたった一人の親であり、盗賊の技術を教えてくれた師でもあった。それに加え唯一の尊敬できる人だった。
彼は病気に侵されながらも、国に貧困を訴え続け生きてきた。だが世の中は甘くはく、彼一人の言葉では中々動くものではなかった。
そこで思った。彼の声に耳を貸さない者達は力で教えてやればいい。力はそのために授けられたのだと。――――それがノア達が道を踏み外す始まりだった。
でも、今ようやくノア達は気が付いた。自分達が大きな間違いをしていた事に。
レーヴェンは盗賊になってもらうために、彼女たちに盗賊の技術を教えたのではない。ノア達と同じ貧困で苦しむ者達に全員で手を組み、共に歩み、共に幸せになる。そのために力を授けたのだと。
それに気付いた時、はじめてノアの体からは、未だかつて感じた事のない脱力感が生まれた。
彼女達に真実を告げたところで、サムは一つの紙切れを差し出す。そこには謎の住所や、連絡先といったものが書かれている。
「最近若手不足の職業だ。身軽に動ける嬢ちゃん達にはもってこいだと思うぜ、探求者は。副業も可だし、なにより探求者は今じゃ年寄りばかりだから、間違いなく盗賊よりも大きな収入が得られるだろうな」
「今だと王都付近の渓流奥地で水晶石が取れるらしいね」
それだけ伝えると、無理やりその紙切れをノアに握らせる。金になりそうな有力な情報は、人脈がたくさんある故にいくらでもサムは出せる。故郷の仲間達の為にどう動くかは、後は彼女たち次第だ。
この洞窟にはもう用はない。サムとソフィアは穴倉の出口へと向かって歩き出す。
元盗賊だった彼女らには十分トラウマになりそうなくらいの死という恐怖を植え付けた。そして父からの伝言も伝えた。もう二度と盗賊に堕ちるような真似はしないだろう。
サムとソフィアには彼らと戦って分かったことがある。
――ノア達は好んで人間を殺すような人達ではない。
いや正確には、恐喝や窃盗はしても人殺しは絶対に好まないと言った方が正解かもしれない。
以前捕まえた砂蛇団からは殺人被害は出ていたが、レーヴェン盗賊団は砂蛇団よりも被害報告が多いというのに死人の情報は限りなく少なかった。
そして部下に対して、初めにサムを苦しまずに殺してやれといった言葉。
もしやむを得ず相手を殺すなら苦痛を与えずに逝かせてやろうという思いがあったのかもしれない。考えられる限り、本当に純粋に殺意を抱いたのはサムに逆上した時くらいだろう。
そう考えながらノア達に背中を向けて歩いていると、後ろから大きな声で呼び止められた。
「待て! ――いや、待ってください!」
小さく、そして先程の戦いでボロボロの体になったノアの声に、サムはハットに手を当てながら視線を向ける。見てみれば応急処置すらもまだせずにノアは立ち上がっていた。
「あまり無理をしない方がいい。体が悲鳴を上げているぞ。今は傷を手当てしてゆっくりと休め」
「そんなの後で十分です! 教えてください、なぜ赤の他人であるアタシ達にそこまで手を差し伸べてくれるんですか!?」
負傷した肩の痛みをこらえながら、ノアはサムに向かって問いかける。
歩をいったん止め、サムは考えるように光石のある天井を見上げると、数秒後にポケットに手を突っ込みカッコをつけながら口を開いた。
「俺の、いや俺達のルールだからさ。人生は一度っきり。不幸なまま終わるなんて勿体ないだろう?」
自然と向けられるサムの笑顔に、ノアはそこで理解した。彼らは自分達のように厄を経験をしてきた人達だと。
同じ貧困の中で共にした父、レーヴェン。悲しみを背負い生きてきた彼と同じ目。笑顔の中から見れるそれが、そう物語っている。
ノアには分かった。彼らはきっと父レーヴェンに頼まれたから助けたのではない。自分達で相手を見極め、そして自分達の意思をもって手を差し伸べてくれたのだと。
口ではなく、笑顔と背中で語るサムとソフィアの思いに気付いた時、ノアは自然と目元へと涙が込み上げてきた。彼女だけでなく、その場にいる元盗賊として金を稼いでいた子供達の中には、頬に大粒の滴を伝わせていく者もいた。
「金がたまって生活が安定したら、今まで盗みや恐喝した人に頭を下げに行くんだ。生きるためとはいえ嬢ちゃん達がやってた事は犯罪だったんだからな。恨みを買う事もあるかもしれないが、向こうも本当の事情を知ればきっと何かしらの心情が芽生えるだろう」
「……はい、そうします。……あたし達、ここまで人に優しくしてもらったの久しぶりでっ……!!」
「おいおい、泣くなって。これから先もっと人の優しさを知ることになるぞ。この程度で泣いていたら体の水分が全部なくなっちまうぜ」
声を震えさせ、泣くまいと押さえていたノアの涙腺はついには崩壊した。必死に止めようとしても、意思に逆らいどんどん溢れ出てくる。
零れ落ちる涙と共に体を震えさせるノアの元へとサムは駆け寄ると、白髪となった髪の上にそっと手を置く。
そこでクシャクシャッと髪を撫でると、ニカッと表情をつくった。
「今まで辛かったな、よく頑張って来た。その涙は大事なものだ、忘れるな。――仕事が上手く合わなかったらいつでも俺の事務所を訪ねてこい。いくらでも金になる仕事先を紹介してやる」
もう言葉が出せないのかノアはうんうんと頷くだけで返事をする。
サムは涙を流す他の者達の下へ寄り、一言ずつ言葉を掛けていくと、やがてソフィアの元へと踵を返した。今度こそこれで仕事は終わりだ。
あのジメジメした一本道を戻り、二人は岩で塞がった入り口を中から無理やりこじ開ける。
太陽の日差しが入り込みソフィアが両断した滝と、まだ残っていた虹がサムとソフィアの視界へと姿を現した。
後は拠点に戻り、ツルギとイザベラと共にバラックの町へと帰る。――――そう一歩を踏み出そうとした時、後ろから再びノアが呼び止めてきた。
今度は何事だ、泣いてるガキンチョの相手は面倒だとサムは心の内で呟く。
だが、そんな心の中のつぶやきは次のノアの言葉で直ぐに消え去ることになった。
「……サムさん、最初に言った事訂正します。――サムさんはお喋りの方がきっとモテます!」
サムとソフィアが声のする方向に振り返れば、涙を拭いたノアが今できる最大限の笑顔を向けていた。
太陽にも負けないような明るい笑顔。もうそれはさっきまで世の中を恨んでいた顔ではなく、一人の少女としての顔だった。
ソフィアが「えっ!??」と驚いた表情をつくり上げる一方で、ノアの無邪気な笑顔を見て、サムが口角を上げる。
「じゃあ、いつかデートしてくれ。嬢ちゃんがとびっきり美人な大人になった時にな。――――ギルドにはレーヴェン盗賊団は全員始末したと伝えておくぜ。人生はまだ始まったばかりだ、幸福を掴めよ」
最後にそう言葉を交わすと、背中を向け後姿のまま「あばよ」と手で合図をしながら二人はその場を後にしていった。
◆ ◆ ◆
穴倉から離れ、再び酷い地形の上流部をサムとソフィアが進む。
仕事は終わり、後はギルドに戻ってレーヴェン盗賊団の報告をすれば報酬ゲットだ。
町に戻れば美味な食事や温かいベット、シャワーが待っており、二人はハイテンションで帰路につく。それがいつもの甘ったるい弾丸だ。
今日も変わらずそんな様子を二人は見せる――――筈だったのだが、
「おい、ソフィアどうしたんだよ? お前何でそんな不機嫌そうな顔してんだよ」
「……別に。少しほっといてくれる?」
いつもどうりのサムに対し、ソフィアはサムとは顔を合わせることなく不愛想な様子を見せていた。何かに例えるなら喧嘩して機嫌を損なった子供と表現するべきか。
ノア達と別れてからずっとこの様子であるソフィアに、サムは「俺は何かしたっけ?」と困惑する。
顎髭をジョリジョリと指でこすりつつ数分前の記憶をたどると、彼は「ん?」と何か思いついたように声を上げた。
「お前もしかして嫉妬か?」
「――ッ!」
サムの言葉に反応するようにソフィアは言葉を詰まらせる。
「あれだろ? ノアが俺のことモテるって言ったのが衝撃だったんだろう?」
「フン、別に。そんなもの好きなんて少数しかいないだろうにね」
そっぽを向きながらソフィアは返事をすると、サムは足を一度止め「ふうん」と不思議そうな声を上げる。
阿保らしい。何が「ふうん」だ。
呆れた様子でソフィアも足を止め、前を進むサムを見る。
「――――なら」
サムは唸り声をあげた後でソフィアへと近づき、顔を寄せると、
「いつも嫌な顔せずに俺について来てくれるソフィアは、その少数の内の一人か?」
ニヤリと口角を上げ、ソフィアへとサムはグイグイと迫る。
あまりに予想できなかった発言だった。
いつもは自分が一目惚れした人にしか言いそうにない言葉に、ソフィアは目を丸くさせ驚きを見せる。
「――――なっ、何を言ってるの! 馬鹿じゃない?!」
必死になってサムの言葉を否定する。とにかく全力でだ。
「ない、絶対ない!」と続けさまにサムへと向かって否定する姿に、サムは「うおっ!」と声を上げながら身を引っ込める。
「ハハッ! なんてな。――まあ、お前は俺のパートナーだから嫌な顔せずについて来てくれるんだよな。いつもありがとよ、感謝してるぜ相棒」
全力で否定していたせいでソフィアは肩で息をしている。その姿に思わずサムは笑みをこぼすと、ソフィアの頭に手を置き、ノアにした時と同じようにクシャクシャと髪を撫でまわした。
「や、やめろっ! 火薬の臭いが移る! それに急に変な事を口にするな!」
「おおっ、いつもの様子に戻ったな!」
顔を赤くしながらソフィアは頭を撫でるサムの手を振り払う。ミツハチを上げた時とは態度が大違いだ。
チッと彼女は舌打ちをすると、サムを置いて一人で先に歩き出した。
なんだよ、せっかく人が褒めてやったのに。
肩をすぼめながら少し残念そうな顔を一瞬サムは見せると、先を歩くソフィアの後を追う。
予期せぬサムの不意打ち。ソフィアにとっては思いもよらぬことであった。
だが、そのおかげで不機嫌そうにしていた彼女の様子消え去り、まして笑みがこぼれる。
気が付けば、二人はいつも通り仕事終了時のハイテンションな二人に戻り、会話を弾ませていた。
活動報告にて次回更新のお知らせを掲示しておきました。
ご確認ください。