決着
アタシは一体何をされた? 何故洞窟の天井を向いている? 分からない、なにも……。
ノアは体を動かそうにも思うように出来ない。利き腕である右肩から下に掛けては感覚すらない。銃声の耳鳴りで周りの音は聞こえず、ただハッキリと分かるのは自分が仰向けで地面に倒れてしまっていた事だけだった。
「よっ、生きてるか~? ものすごい痛かっただろう?」
次第に耳鳴りは止んでいき、ようやく意識がはっきりしてきたところでノアは声の方向に視界を移す。
そこで彼女は見た。サムが手にしていた黒い物体を。
今までの白とは違い、黒く、それも数段大きな拳銃がサムの手にはあった。
「……もうひとつ銃を持っていたのか」
「ああ、俺がピンチの時の為にとっておいた隠し玉さ」
黒き拳銃。それはサムの隠し玉と言われる大型自動拳銃。白き拳銃が白鳥、黒き拳銃は黒鳥と呼ばれ対を成している。
白鳥は様々な弾に対応できるリボルバータイプではあるが、黒鳥は火力は凄まじく高いが弾の応用が利かないオートマチックタイプである。せいぜい打てる弾と言えば殺傷弾か、ゴム弾くらいだ。今回使用したのは後者の弾であるが、それでもノアの肩を封じるにはオーバー過ぎる威力だった。
「さてどうする、まだ続けるか? 急所は外しておいたとはいえその肩じゃもうまともに戦えないはずだ」
「……まだ続けるかだって? 当たり前じゃないか。私が死ぬかお前が死ぬか、戦いの決着はそれだけだ」
意識がいくらハッキリし、体が感覚を取り戻してきても右肩から下だけは動かすことが出来ない。むしろ激痛が走る。それでもノアは逆上しながら立ち上がった。
利き腕が使えないのなら黒短剣はもう握れない。しかし、だからと言ってそれが敗北へとは繋がらない。 ノアにはまだ手段があった。己の肩から流れる血を地面の土上に垂らし、呪文を口ずさむ。
「魔力全消費、最大耐久力、最大攻撃力、――――――クリエイティング・土人形!」
自分の血液を媒介にし、直接魔力を土に注ぎ込む。ノアが息を切らしながら魔法を発動させた暁には、今までの比ではない大きな人間の形の土人形がそこに現れた。
のっぺらぼうのような顔で、岩石や光石を体中に取り込んでおり、大きさは十メートル近くある。まさにノアがこの場にあるものすべてを練り混ぜて作り上げた戦闘特化の土人形と言っていいだろう。
「……殺せ、奴を……」
ノアの掛け声とともに、巨人とも言える土人形が動き出す。丸太以上に太い腕は上に振り上げただけで影が出来る。その腕をもって、今まさにサムという人物を粉砕しようと高く持ち上げた腕を振り下ろしてきた。
「いいねぇ! 土人形が相手なら嬢ちゃんを撃つのよりは全然心が痛まないね。オーケー、ショータイムだ。本当の銃さばきを見せてやるぜ」
絶体絶命と言ってもおかしくないこの状況にもかかわらず、土人形に向けてサムは笑みを飛ばした。同時に先程ノアに弾きとばされた白鳥を地面から拾い上げると、シリンダーを開けて即座に弾丸の再装填。
拳銃の中の空の薬莢を捨て、身に着けているポンチョの中から取り出した六発の弾丸を込め始める。
ノアはこの瞬間に今までにない何か不思議なものを感じ取った。
サムが拳銃に一発弾を込めるたびに青い火花のようなものがバチッ、バチッと光り輝いていたからだ。
今までノアは数々の敵と戦い、邪魔するものは蹴散らしてきた。しかし、数多く戦ってきた彼女でも銃使いにこんな不思議な動きをする者を見たのは初めてだった。
だが、どこかで話だけは聞いた事がある。火花を散らしながら銃に弾を込める者達。その疑問をめぐり、記憶の引き出しを探す。
すると、小さい時に父親が小さい時に一度だけ話していた事がノアの脳内でフラッシュバックした。
――ヒートリロード。
装填時に、銃と弾丸へと魔力を注ぎ込むことで火薬の威力を激増させるというテクニック。ただの拳銃の弾丸でさえ、使用者によってはライフル以上の貫通力を生み出すことが可能となるとか。
その反面、魔力の量を間違えれば弾が勝手に薬莢から飛び出したり破裂することもある。または銃そのものが発射と同時に壊れてしまったりも。普通に考えて非常に危険極まりない装填方法ではある。
本当に長年銃と共にしたものしかできない、超高度な技術。プロでも数百人に数人しか出来ないと言われるのがその証拠だという。
装填を終えたサムが、白鳥の銃口を土人形の振りかぶった腕へと合わせ引き金を引いた。
「ベイビー、氷は好きか?」
放たれた弾丸は腕に命中すると、そこから波紋が広がるように一気に腕を凍り付かせる。バリバリという音と共に、凍り付いた場所からは冷気が湯気のように立ち上がった。
加えてもう片腕、両足、胴体へと弾丸を撃ちこみ、土人形を凍結させ完全に動きを封じ込める。
サムが用いたのは瞬間凍結弾。マネッジが遥か北の国から取って来た、摂氏マイナス273度まで近づく絶対氷雪をサムが加工してつくりあげた弾丸だ。もし先程のヒートリロードが失敗して破裂でもしたら、自分自身が凍り付き、サムの氷像が出来上がってしまう。それくらい危険な弾丸である。
動きを封じた事を確認すると、今度は黒鳥にヒートリロードで弾倉を装填する。今度はゴム弾なんて生やさしいものではない。完全なる殺傷弾だ。大型自動拳銃という事もあって、装填時の火花は白鳥よりも遥かに大きい。
そのままゆっくりと装填を終えた黒鳥は、銃口という矛先をを土人形に向けた。
「永久凍土になった感想を聞かせてくれ」
今までの発砲音よりも数倍も響く爆発音が黒鳥が上げる。
それと殆どの誤差無く弾丸は胴体へと着弾すると、光石を含んだ大きな土人形の体は、まるでクリスタルがはじけるように粉々となって飛び散った。
たったこれだけの短い時間だというのに、一部始終を見ていたノアは軽く空いた口が塞がらなかった。
自分の全部の魔力を消費して作り上げた土人形。今まで誰にも破壊されることなんてなかった秘密兵器。それがたった数発の弾丸で木っ端微塵になった事。
まるでハトが豆鉄砲を喰らったように、ノアは目を丸くしてサムを見つめる事しかできなかった。
「う、嘘だ……アタシの魔力を全部消費してつくりあげた土人形がこんな簡単に……」
先程と戦っていた時とはまるで力の次元が違う姿に、ノアの戦意は完全に消え去ろうとしていた。
「最初からアタシには手加減していたのか?」
「まさか! こんなところで今みたいな威力がでかい弾をバンバン撃ちまくってりゃここが壊れちまう。嬢ちゃんと戦うにはゴム弾が最適だったって事さ」
サムのゴム弾という言葉を聞いてノアは生唾を飲み込んだ。
もし自分に当たったのがゴム弾ではなく殺傷弾だったなら今頃自分はどうなっていたのだろうか。あの土人形が粉々になるくらいなら、自分の右半身は消し飛んでいたのかもしれない。そう考えるだけでノアの背筋には冷たい汗が伝わった。
魔力が枯渇し、ノアの体から黒短剣のオーラが消失する。直後彼女は反動によって「ぜぇー、ぜぇー」と苦しそうな息を吐き始めた。もはや立ってはいられない。膝が地面へと着いてしまう。
魔法による身体強化の重ね掛け、そして黒短剣による魔力増加はそれほど大きな負荷をノアへと与えていたのだ。魔力が無くなった証拠に真っ黒だった髪は白く変色している。
「――――どうやら、仕事自体はこれで片付いたね」
サムが苦しそうにしているノアの正面に立っていると、ふと後ろからソフィアの声が空間に響いた。周りには意識が戻った下っ端の残りの盗賊達を縄で拘束したまま全員引き連れて来ている。どうやら無事に全員確保してくれたようだった。
「――! 頭! そんな頭! 大丈夫ですか!?」
盗賊達がノアの肩の傷や、白く変色してしまった髪を見ながら心配そうに彼女の周りへと近づいていく。逃げ切る事の出来なかった部下達を見てノアは「ああ、ここまでか」と小さく呟いた。
甘ったるい弾丸。……戦う相手が悪かった。初めから勝てるような相手ではなかったんだ。
全てを諦めたようにノアは悟った表情でサムを見つめた。
「ゲームオーバーだ。念仏は唱え終わったか?」
「――――頼む少しだけ話を聞いてくれ……」
縄でノアの腕を縛っているサムと向けて彼女はゆっくりと口を動かし始める。
「あたし達の故郷は食料も無ければ医者だっていない。作物だって育たない。でもみんな生きようと必死に頑張っている。――――でも今あたし達が援助している金が無くなってしまえば、あんな小さな故郷なんて一月も持たずに消えてしまう……」
「…………最初に言ったはずだぜ。同情を求められても俺達もこれは仕事だからな」
「タダでとは言わない。アタシの命をお前たちにやる。……だから他の者は見逃してやってくれ」
ノアがそう口にしたところでその場にいる盗賊達は「噓だろ!?」「そんなの駄目だ、やめてくれ」と声を上げ始める。
交換条件。自分の命で他の者は見逃せ。映画や小説なんかでもよくある展開だ。
下っ端盗賊はサムとソフィアに近づき「悪魔」「世界を知らないクズ」だの好き放題の事を吐き始める。 そんな中、サムはノアと同じ位置までしゃがんで視線を合わせると、
「……そりゃ無理な相談だ。他の奴を見逃せばまた新しい頭をつくって窃盗や恐喝を行うんだろう? それに嬢ちゃん一人を殺ったところで、俺は恨みを買っちまう。仇討ちなんて言われて夜中盗賊に睡眠妨害されるのは勘弁だ。だったら、――――殺すのはここにいるの全員だ」
ドスの聞かせた声がノアの耳に届くと、彼女の表情は一瞬にして凍り付き、血の気が引いたように青白いものへと変色した。
賞金首に敗れた者に待つのは、このまま収容所にぶち込まれるか、またはその場で死。裏の世界ではそんな言葉が存在する。
いくら相手が子供たちといえど賞金稼ぎにとってはこれが仕事。賞金首となってしまった以上はサムとソフィアも見逃す事なんて出来なかった。これは映画や小説の様な世界では無いのだから。
途中ノアはサムへ向けて「仲間にはそんな事はもうさせない」と説得するように言うが、サムは聞く耳を持たずに白鳥へと弾を込めていく。
ヒートリロードで火花を散らせているその姿に、この男は本気だと、ノアはついに恐怖を覚え始めた。
一方でソフィアは残りの盗賊に布で目隠しと口を塞いでいき、一人ずつ抵抗の出来ない姿を取らせる。
やめろ、やめてくれと恐怖で涙する者。
恨んでやると憎しみを燃やす者。
故郷の家族の名前を唱える者。
そして恐怖で歪んだ顔のノアもソフィアによって視界を奪われた。
変に暴れ出すことが出来ない姿勢を取らせたことを確認するとサムは拳銃の引き金に指を掛ける。銃口を急所の後頭部に当てれば、そのまま何のためらいもなく彼は片っ端から引いていった。
火薬の炸裂音がするたびにノアの耳元でキーンという音が嫌というほど鳴り響く。少しずつ自分の番が近づいてくる事、それと同じように死への恐怖がピークに達する。だが、その恐怖よりも、彼女は人生史上一番の憎しみと怒りをサムとソフィアに抱いた。