M-099 ショートパス
俺達がリバイアサンに乗船して10日目。
補給船が2隻、巡洋艦と駆逐艦2隻に護衛を受けてやってきた。
エミーの学友が2人に、ブラウ同盟の退役した士官が3人、同じく退役した下士官を含めた兵士が15人。更には、商会から6人が食堂経営と店を開く準備と称して乗船してきた。
先行してきた退役軍人には士官候補生達の見学をして貰い、商会の方は食堂の1つと隣接した2部屋をあてがっておけば良いだろう。
エミーの友人には、リバイアサンの収支予測を調べて貰うことにした。
魔獣を狩ることで魔石を得れば、赤字の解消もできるだろうし、王宮からの支援金もあるからね。
手元にある魔石は100個を超えている。
魔石を2人に与えて、考えて貰うことにした。
嬉しいことに、椅子やソファー、テーブルが揃い始めた。
カテリナさんはカーペットも欲しいようなことを言っていたけど、とりあえず床に座って食事をすることからは解放された。
とは言っても、王宮の倉庫から持ち出したような品だから、座るのに躊躇してしまうんだよなぁ……。上に掛けるカバーが欲しいくらいだ。
荷物の搬入で1日が潰れてしまった。士官候補生達も制御室や兵員室への荷物の移動を手伝っている。
俺達も手伝おうとしたんだが、ロベルに止められてしまった。
確かに指揮官自ら荷物運びを行うような軍隊は余り無いだろうな。
新たな乗船者に対して全体ブリーフィングを行い、個別に分かれて状況と関連する部屋を案内したりで午前中は潰れたし、マリアン達への説明は自分でも何を言っているか分からなかったけど、アリスから教えられたことをそのまま話したところ、2人とも納得してくれたのがありがたかった。
たぶん後で質問の山が出来そうだけど、現状で俺が理解していることはそれほど多くは無い。
疲れた体をソファーに下ろしたら、マイネさんがあったかなコーヒーを持って来てくれた。
砂糖をたっぷり入れて疲れを取ろう。
「マリアンにラズリーは使えそうね。王立学園の成績はどちらも10指に入ってるわよ」
テーブル越しにソファーに座ったカテリナさんが話をはじめる。
「問題は人間性ですが、エミーの推薦ですからそれもだいじょうぶでしょう。プライベート区域の下階にある客室を使ってもらいます。将来は士官室に移動すれば問題は無いでしょう」
士官室の住人が現在いないからなぁ……。退役軍人達の到着待ちの状態だ。
「すでに終結を終えた同盟軍は西北へと進んでいるそうよ。ウエリントン王国の西にも機動艦隊がいるから、これでどうにか間に合った感じね。まだ夜間に航行は行わないの?」
そう言われてもなぁ……。当直人員が足りないと思うんだけど。
「アリスが介在した自動航行なら無人でも動かせるのよ。航行と周辺監視だけなら問題は無いんじゃない?」
「数人で十分ということですか? まあ、それはそうですね」
観測室に5人、運行班が3人もいれば問題はないだろう。決められた航路を進むだけだし、障害物があれば舵輪を動かしての緊急回避も可能だろうし、その場で停止しても構わない。
夜間航行を行うならフェダーン様達の艦隊と会合する時期も早まりそうだ。
「荷物の搬入が終わり次第、リバイアサンを動かせるようロベルと調整しましょう。
とは言え、2隻目が先ほどドックに入ったところですから、動きだすのは夜遅くになりそうです」
「それにしても、色々と運んできたわねぇ」
倉庫の棚卸でもしたんじゃないかな?
明らかに場にそぐわないものも、梱包されて運ばれてきた。
大理石の彫像なんて、どこに飾れば良いんだろう?
一番嬉しかったのは、小回りが利く自走車だった。運転手以外に3人が乗れるし、エレベーターにもそのまま入っていける。
これで移動が格段に早くなったし、疲れることも無くなった。
「プライベート区画の上階なんだけど、ドミニクとレイドラの部屋も与えて欲しいの。団長だから、色々と外が煩くなってきてるわ」
「元々そのつもりでしたし、エミー達やカテリナさんも独立した部屋を持っていただきますよ。今の状況では来客が来たら困りますからね」
「良いわよ」と言って笑いかえてきたけど、間違ってはいないよな。フェダーン様達から変な目で見られるのは未然に防ぎたいところだ。
それに、ローザだってやって来るに違いない。思春期なんだから気を付けないとね。
「すでにベッドは運んであるわ。自分達の部屋なら装飾は自由でしょう? そうそう、ローザ達も考えないといけないでしょうね。一応、下階は客室として統一するつもりだからリオ君は心配しないでだいじょうぶよ」
その言葉を聞いて、心配になるんだよなぁ……。
「ガネーシャ達は、まだ合流しないんですか?」
「このごたごたが収まってからでしょうね。ベルッドも準備を始めたらしいけど、弟がまだやってこないらしいわ」
士官室の住人のリストも作らないといけないみたいだ。
100室はありそうだから、足りなくなることは無いだろう。
「ところでエミー達は?」
「エミーはマリアン達と女子会してるわ。フレイヤはマイネ達とドックで梱包の確認をしてるみたい。だから、今はリオ君と私だけになるわ……」
獲物を見付けたネコのようなしぐさで俺の腕を捉えると、寝室に歩き始めた。
全く困った人だな。
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それにしても、誰も帰ってこないんだよなぁ。時計を見ると16時を過ぎている。
夕食は19時だから、まだ時間があると思っているのだろう。
「ワインで良いかしら?」
「そうですね。デッキ側のソファーに移動します!」
外を眺めながらの一服だ。カテリナさんと俺が一服を楽しむ分には煙がこもることも無い。
甘いワインが一緒だから、至福の時でもある。
グラスのワインを飲み終える頃にフレイヤたちが戻ってきた。直ぐにマイネさん達が夕食の準備に取り掛かる。
フレイヤが疲れた表情で俺の隣に座ると、俺のグラスにワインを注いで飲み始めた。
「いろいろ送ってくれたみたい。とりあえずは桟橋に並べて表示をしておいたわ。大きな絵画がいくつもあったのよ。どこに飾ろうか、レイアウトの見直しをしなくちゃいけないわ」
そのまま倉庫に入れとこう、とは考えないみたいだ。
「それと、船長さんがこの箱を渡してくれたの。ヒルダ様から頼まれたらしいんだけど、リオへの手紙が着いてたの」
「これよ!」と言って渡された手紙を読む。
なるほどね。確かにエミーには必要だろう。
「何が書いたあったの?」
「読んでもだいじょうぶだよ。俺を通しての頼みだけど、ある意味母親のやさしさなんだろうね」
箱の中身は、かつてヒルダ様が愛用していた拳銃だった。装備ベルトも入っているということだから、かつては騎士だったんじゃないかな。
指揮官なんだから拳銃ぐらいは持つべきだろう。目が不自由では使えない物だが、視力が俺達と変わらないのであれば持たせてあげるのが一番に違いない。
豪華なテーブルに夕食の準備が整い始めた。ミイネさんが下の階に下りて行ったのは3人に夕食を知らせに行ったんだろう。
「実家の部屋より大きいのに驚きました。将来は、下階の士官室に部屋を頂けるんですよね?」
「申し訳ないが、そうして欲しい。女性もかなりいるはずだ」
「そろそろ実家を出なければ、と思っていましたから十分です。給与の額を聞いて驚きました。衣食住込みですから、実質王都の5割増しですよ」
実家は貴族だと言ってたけど、いつまでも親元で暮らせないらしい。
王都で職を探すことになるんだったら……、とエミーの話に乗ってくれたんだろうな。
「危険手当込み。と言うことになるのかな。騎士団所属になるから護身銃はこちらで準備するよ。休暇で王都に向かう時には、自室に置いてくれれば問題ない」
「父様が『騎士団に入るなら』と、2人とも用意しています。ご心配はありません」
騎士団の話は貴族達に良く知られているに違いない。
ヴィオラ騎士団の評価も気になるところだけど、娘さんを送り出してくれたんだからこちらもありがたく思わねばなるまい。
エミー達の学園暮らしを聞きながら、楽しい夕食が始まる。輸送船が運んできたのだろう、カルパッチョのような新鮮な魚料理をリバイアサンで頂けるとは思わなかった。
食後のワインを楽しんだところで、マリアン達は広間を後にした。
テーブルにフレイヤがプライベート区画の2階層の配置図を広げる。
今晩も、調度品の配置で熱い舌戦が始まるのだろう。
今の内にお風呂にでも入ろう……。
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2回目の補給を受けて、2日が過ぎた。
炸裂弾の試射を移動しながら行ったが、さすがに生体電脳がバックアップを行う照準装置は凄いものだ。12kmほど離れた目標の丘に全弾命中した。
士官候補生達が個別の砲塔を動かして放った時には、目標が100m程ずれていた。リバイアサンの速度を考えていなかったのかもしれない。
時速15kmほどで進行していれば、秒速1.2kmで放たれる砲弾は、1秒間に約4m程前方に動く。目標までの距離が12kmだから、着弾点は40m近くずれてしまうんだよなぁ。
下士官が候補生達にその辺りをきちんと説明しているから、次に撃つ時にはもう少し近づくに違いない。
「ところで、このまま南に進むの?」
「レーデン川手前で進路を変更して西に向かうのでは?」
「それだと、遠回りになるんじゃない?」
運行班の区画で、カテリナさんが俺を手招きしている。カテリナさんの前にあるのは、2m四方ほどのテーブルの上面に映し出された航路図だ。
水性ペンのようなもので、航路を確認していたようだったが……。
カテリナさんが眺めている航路図を見たけど、特に問題も無い気がするんだよなぁ。何かあるのかな?
「これで、良いんじゃない!」
「直行ですか! まぁ、リバイアサンは進めるでしょうけど……」
ハーネスト同盟の艦隊の迎撃地点その場所に、星の海を掠めていく直線航路だ。
大幅に距離を短縮できるだろう。少なくとも三分の一近い短縮だ。
「残り5日が3日になるわよ。それに、星の海からの出現なら驚くでしょうね」
「味方も驚くんじゃないですか? フェダーン様に砲撃されかねませんよ」
「そこは考えがあるわ……」
エミーの席にカテリナさんと一緒に移動する。
エミーの前の仮想スクリーンに航路図を表示して、エミーに判断を仰ぐ。
この間の指揮官はエミーだから、カテリナさんもその辺りについては十分に注意してくれている。
「真っ直ぐに進めるなら、その方が良いと思います。でも、目立ちませんか?」
「陸上を進むより目立たないわよ。リバイアサンを霧で包むの。そんな機能があるのよ。操船は自動で行うことになるけど、無人でも隠匿空間近くに移動できるほどだから問題は無いわ」
霧に包まれて接近するのか……。晴れたら驚くだろうな。
現在の航路はフェダーンに伝えてあるから、リオ君に伝令を頼むころで相手に伝わるし、周辺の状況もつかめるでしょう? フェダーンが喜ぶと思うわ」
「リオ様。行ってくれますか?」
「昼前だから、夕食前には帰れると思う。他に伝えることがありますか?」
カテリナさんに顔を向けると、首を振っているから無いってことだな。
それに、そろそろヴィオラも王都を出港してるんじゃないか? 途中で見つけたら周辺の様子を教えてあげよう。
「第一駐機場からリオ男爵が出撃します。離着陸台の展開を開始してください。なお、出撃連絡があり次第離着陸だの収容並びに装甲板の閉止をお願いします……」
制御室の出入り口に向かって歩く俺の後ろから、エミーの指示が後ろから聞こえてくる。
片道2千kmほどのお使いだ。音速なら2時間も掛からないし、それ以上の速度をアリスは出せる。
しばらく空を飛んでいないから、周辺の魔獣の様子も探っていこう。