M-009 先行偵察
俺達を乗せた陸上船は、さらに北を目指して進んでいく。
最初の魔獣を狩ってから2日目に、今度は十数匹の群れに出会った。魔獣はモノリーズと似た姿だが、前に突き出す角がない。代わりに太い尻尾が生えていた。体長は13m程度だが尻尾の長さだけで5m以上ある。あれを振り回されたら獣機なら数mははじかれてしまいそうだ。
「デールは戦機であれば問題はない。尻尾の一撃でも踏ん張れるぞ。だが、獣機なら1撃で大破だ。中の獣騎士は助からんだろうな」
「それでも、ひるまずに銃撃していましたよ」
「トラ族の連中は、生まれながらの戦士だからだろう。撤退を考えることはあまりない。おかげでドミニク達が苦労している」
逃げることを恥とする種族なのかもしれない。土塁の何カ所かが、尻尾の一撃で形を成していなかった。
獣機の銃は、口径30mmほどの水平2連のショットガンのような代物だ。2発撃つごとにカートリッジを交換しなければならない。それに、少しは魔道技術で強化しているとは言っても、アレクの話では60mほど先の鉄板にかろうじて穴を開けられる程度らしい。
鉄板の厚さを聞いたら、銅貨3枚を重ねたぐらいだと言っていたから5mm程度ということなんだろう。
「獣機の銃は、中型は無理だ。かろうじて目や口から脳に弾丸が達すればどうにかだが、そんなことは滅多にない。中型以上は、陸上船の大砲が頼りだ」
「その大砲が前装式ということが問題だ。後装式の大砲を搭載できる騎士団は数えるほどだからな」
アレクの話では、大砲の値段が1桁違うらしい。陸上艦に搭載する大砲の数が多ければ、資金面で苦しくなるだろうな。
前装式と後装式の大砲の威力は余り違わないらしいから、操作が面倒で事故のリスクが高いとしても前装式を選ぶのは理解できる。
それに、後装式の大砲に駐退器が無ければ、発射した後に元に戻すのが大変そうだ。
戦機の持つ魔撃槍は、魔道技術を使ったレールガンのような代物らしい。それに使う魔石の数はおよそ30個とのことだ。それも中位魔石というから、戦機にどうにか持たせられるということのようだ。
「アリスの武器は今のところは使わんでいい。これまで通りの狩りをする分にはそれほど目立たんはずだ。だが、大型のチラノが群れで来たときには迷わず使ってくれよ」
アレクの言葉に小さく頷いた。他の騎士団や王国からの無用な詮索を防ぐつもりなんだろう。普段は隠しても、騎士団が大きな痛手を受けるようなときには、アレク達の指示が無くとも使うつもりだ。
10日ほど、魔獣を見つけ次第に狩る日々が続く。
「どうだ? 少しは慣れたか」
夕食を終えて騎士達がたむろする船首に向かうと、俺に向かってカップを掲げたアレクが声を掛けて来た。
「少しは……、というところです。北西方向の偵察を行いましたが、静かなものですよ」
周囲の眺めが良いから、俺達騎士達のたまり場に木箱をテーブル代わりにしてワインをいつも飲んでいる。
テーブル越しに小さな木箱に座ると、アレクの隣にいたサンドラがワインの入ったカップを渡してくれた。
ありがたく受け取って、小さく頭を下げる。そんな俺をサンドラとシレインが笑みを浮かべて眺めている。
「リオが北西で、探索車が北東ということか……。どちらも不発だが、ガッカリすることはない。工房都市を北に向かったこの辺りは他の騎士団も狩をするからな」
「リオが北西に向かったとなれば、進路を変えるということになりそうだ」
カリオンがワインのカップを木箱に戻しながら呟いた。戻る途中でパイプを取り出すと、マッチを取り出して火を点けている。
すでに闇が辺りを支配している。それでも俺達を乗せた陸上艦はゆっくりと北に向かって進んでいるのだ。
俺の身長ほどのタイヤが12組も付いた陸上艦は、鉄骨に木を張り合わせたものだ。外周は5mm程の鉄板で補強しているから、装甲艦ということもできるだろう。
装甲板の厚さの違いで、陸上艦を軍艦、貿易船、そして騎士団の使用する装甲艦に区分することもできるらしい。
構造自体はそれほど変わらないが、3つの種類の艦船をさらに大きさで区分することもあるようだ。
俺達の装甲艦は、貿易船を改造したらしいから汎用中型貿易船クラスの装甲艦と呼ばれている。
魔道科学というか、技術というかそんな代物で艦内の内容積が5割増しになっているし、艦自体の重量さえ軽減させているというんだから驚く限りだ。
俺には理解すらできないが、触媒となる魔石と空気中に含まれる魔気を魔方陣とも呼ばれる術式を描くことによって制御できるようだ。
その上、錬金術のような技術さえ存在している。
獣機を動かしているのは、意識のないホムンクルスらしい。搭乗者の意識を使って自分の手足のように動かせるとのことだ。
戦機も似たような話だが、中身はホムンクルスというよりもゴーレムのようなものだとアリスが教えてくれた。
有機質か無機質かの違いなんだろうが、ゴーレムを作れる技術がかなり昔に失われたらしい。おかげで現存する戦機の数は限られたものになっている。
たまに、地中から発掘されているようだ。とはいえ、その数は年に1、2機らしい。
「王都を出て、すでに1か月が過ぎている。今度の狩りが終われば休みが取れるぞ」
「はあ……、とはいっても、する当てもありませんが?」
「何も無ければ俺の実家で過ごせば良い。フレイヤに案内させよう」
にこりとアレクが笑っているのが、何かありそうで怖い感じがする。
都市というからにはお店もあるんだろうから、給料を頂いてそんな店を巡っても良さそうな気もするけどね。
夜が更けてきたところで、船室に戻って自分のハンモックに潜り込んだ。
振動があるからベッドで寝るなんて出来そうもないが、ハンモックなら両端に付けたスプリングが振動を軽減してくれる。
船のきしむ音や、小さな振動音が聞こえてくるけど、慣れれば子守歌にも聞こえてくるらしい。俺にはまだ無理だけど、昼間の疲れとワインの酔いが眠りを誘ってくれた。
翌朝。目が覚めたところで、甲板に向かいオケに魔法で水を満たす。魔法で取り出した水は、なぜか飲食に使われないようだ。毎日の洗面用と、1日おきに使えるシャワー用に供される
100人を超える乗組員の食事と飲料の為に、2㎥の貯水槽2つを積んでいるのだ。水場が少ない広大な荒地では魔法が無ければシャワーも使えないだろう。
汚れを落とす魔法もあるのだが、朝はやっぱり水で顔を洗いたい。さっぱりしたところで、甲板に向かい朝食を貰う。
平たいパンが1枚に、野菜スープが朝食になる。晴れた日は問題ないけれど、雨が降れば監視用のマストと操船櫓の間にロープを張って簡単なテントを作るから、その中での食事になってしまう。
2番甲板と呼ばれる下の階もあるんだが、たとえ雨でも周りを眺めながらの食事は、俺のお気に入りだ。
季節が夏だから良いようなものの、冬は震えながらの食事になりそうだな。
「ここにいたのね。今日も北西を探って頂戴。ラゼール川を渡河する時には浅瀬を渡るのよ。深みには魔獣もいると聞いたことがあるから」
「了解です。合図は、信号銃で良いんですよね?」
俺の傍にあったベンチに腰を下ろして頷いたのは、騎士団長のドミニクと副官のレイドラだ。
きめの細かな鎖帷子を着ているからちょっと目の毒なドミニクとレイドラは、サンドラ達より若く見える。
魔道科学の発展は錬金術にも及んでいるようだ。その恩恵で、この世界では肉体年齢を固定化することができる。
この2人の本当の年齢を知る者は騎士団の中でも限られているだろう。
「ラゼール河をヴィオラが渡れる場所は限られているわ。西の河原がこの近くでは唯一になるの。向こう岸の状況は特に入念にね」
「了解です。危険があれば赤、無ければ白の信号弾を使います」
俺の答えに、肩をポンと叩いて船首から甲板に下りて行った。
「ラザール河に近付いてるのか。となると、いよいよリオに大型魔獣を見せられそうだな」
「見たら、逃げる。で良いんですよね?」
「その前に、留まっているのか、移動してるのかぐらいは確認するんだぞ。場合によってはヴィオラの進行方向を変える必要が出てくるからな」
カリオンの注意に頷いたところで木箱から腰を上げると、カーゴ区域に向かう。舷側の扉が開かれ探索車が次々にヴィオラを離れていく。
「いつもご苦労さんだな。じゃが、戦姫で先行偵察をするのはヴィオラだけの特権じゃわい。よろしく頼むぞ」
「いつも銃の整備を済みません。弾種は?」
「そっちじゃなく、こっちを持っていけ。口径が大きいからヴィオラから離れても信号を送れるぞ。弾はそれになる」
50㎜短砲身砲にも見える代物だが、これは大砲とは分類されないらしい。装薬量とバレルの長さで区分されてるのかな?
高さ300mほどまで上がって信号色を放つらしいけど、魔獣に使っても良さそうに思える。
アリスに搭乗したところで、アリスが棚の上にある10個ほどの信号弾を掴むと亜空間に移送したようだ。最後に銃を手に取って舷側の斜路を下りると、西に向かって進んでいく。
少しずつ速度を増す。マストの上の監視員はネコ族の連中だから、数Km先まで見通せるに違いない。
不信感を持たせないように、完全にマストが見えなくなったところで一気に滑空モードに移った。
荒れ地を時速80kmほどの速度で疾走する。これ以上に速度を上げると舞い上がる砂埃が尋常でではないからね。
これぐらいの速度でなら、他の騎士団に見つかっても怪しまれずに済むだろう。
『信号銃を格納しました。周囲10km以内に動態反応はありません』
「河までまだ先なのかな?」
『一度、上空に移動しますか? 周囲の地形を照合することも容易になります』
航空写真から地図を作るようなものかもしれない。
俺が小さく頷いた途端、アリスが上空に急上昇を始めた。
高度5千mまで上昇すると、水平飛行に移る。この速度も半端じゃない。
「かなり飛ばしてるな?」
『マッハ1.5で地上を撮影しています。30分程度このまま飛行します』
上空から眺める地上の光景は、荒れ地と大河それに湖が点在しているのが分かる。あれほど日数をかけても、アリスの30分に満たない移動距離なんだよな。
アリスが再び地上を滑空し始めた時には、周囲1000kmほどの範囲が明確になった後だった。
おかげで西の大河の目標が明確になったが、ドミニクが心配する理由も良くわかった。荒れ地を流れる大河の両岸は幅が5kmほどのグリーンベルトと呼ばれる緑地帯を育てる。所々の灌木は、まるで林のように育っているようだ。
当然のごとく、草食獣が群れをなしているし、至る所に大型の肉食獣が潜んでいるようだ。
とはいえ、通常の獣なら大型でも体長10mを超えることはない。数が多ければちょっと問題なのかもしれないけど、その中に混じる魔獣の方が厄介な存在だ。
『水深5mもあれば、あの魔獣がやってこないとも限りません』
アリスが作った大型の仮想スクリーン中に丸い輪を点滅させながら、手前にもう一つの仮想スクリーンを作ってくれた。仮想スクリーンの中に姿を現したのは、長い首を持った魔獣のようだ。首長竜の一種にも見えなくもないが、胴体がどこにあるのかまるでわからない。
魔獣は恐竜の一種だと思っていたが、かなり違っているのかもしれないな。
「浅瀬を渡ることになるようだ。となれば、この辺りにならないか?」
大型の仮想スクリーンは上空から撮影した画像が映し出されている。水面が白いから浅瀬になっているのだろう。川幅も少し広がっている。
『それであれば、この草食獣を狙っている、この魔獣の群れが問題でしょうね』
小型の2本脚歩行をする魔獣だな。チラノタイプの小型種ということになるんだろうか?
「ヴィオラがこの辺りにやってくるのは?」
『明日の正午前後ということになるでしょう。現在150kmほど東北東の位置を進んでいます』
さて、どうする?
一度ヴィオラに引き返して状況を説明した方が良さそうだな。
渡河地点の周辺をもう一度確認したところで、アリスを東に向かって滑空させる。