M-089 それぞれに役目があるようだ
「ローザ達とはしばらくはお別れね」
「申し訳ないが、これも王国のためじゃ。償いはしっかりと母様にお願いしておくぞ」
王国のためと聞くと、ローザは言うことを聞くみたいだな。
一緒に出掛けると言っていたけど、戦姫を移動するのは無理ということで諦めてくれたんだが……。
「ドミニク達はまだしばらくここで休めるんじゃないか?」
「リバイアサンの乗員や隠匿空間の住民も探さないといけないでしょう? 今度のことで選択の条件が1つ増えたからその分の日数を考えたの。それより母さんをお願いね」
お願いされてもなぁ……。勝手気ままな人なんだよね。
すでに着替えを済ませて食堂にバッグを運んであるから、駆逐艦がやってきたらすぐに移動できる状況だ。
朝食を終えたローザ達は友人達と食堂を出ていく。手を振って別れたけど、次に会えるのは何時になるのやら。
食堂のデッキに出て一服を始めると、カテリナさんが隣に座って俺のタバコを1本引き抜いた。ライターで火を点けてあげると、笑みを返してくれる。
「とんだ災難だけど、良いこともあるわ。リオ君のハーレムを皆で考えられるわよ」
「別にハーレムを望んでるわけじゃないんですけど……」
「男の子なんだから、それぐらいの考えは持った方が良いわよ。だいじょうぶ、ちゃんと私が考えてあげるから」
余計なお世話以外の何ものでもない。
皆で楽しく暮らせるようにあの区画を作って欲しいところだ。
「やってきたみたいね。かなりの速度を出しているみたい」
カテリナさんと、沖合に姿を現した船を見ていると、デッキの扉が開いてフレイヤが顔を出した。
「出発の用意ができたみたい。バッグを運んでもらってるわ!」
「了解、直ぐに行くよ」
タバコを灰皿に入れて、ベンチから腰を上げた。直ぐに俺の腕にカテリナさんが自分の腕を絡んでくる。寄り添うような形で食堂に入ったんだが、フレイヤ達は既に桟橋に出たようだ。
「迷惑を掛けてしまったね」
入り口近くで頭を下げたネコ族のお姉さんに銀貨を渡す。
バッグを運んでくれた少年達には、自走車に乗る前で良いだろう。
急にカテリナさんが絡めた腕を放した。
先行したフレイヤ達の目が気になったんだろう。
やってきた自走車に少年達がバッグを乗せてくれた。帰ろうとする少年に、銀貨を握らせる。
数枚ポケットに残っているから、しばらくはだいじょうぶだろう。
「全員乗ったかにゃ? 出発するにゃ」
自走車がゆっくりと渚を進む。
来た時よりも振動がするのは、それだけ速度を上げているのだろう。とはいえ、歩く速度より少し速い程度なんだけどね。
港が見えた時は、丁度駆逐艦が桟橋の接岸作業を始めるところだった。
俺達を見付けたのだろう。兵士が数名、桟橋をこちらに走って来る。
止まった自走車に兵士が駆け寄り、バッグを運び始めた。
俺達を確認したのはその後になってるけど、順番が逆じゃないのかな?
「リオ男爵閣下ですね。ご案内いたします」
兵士の後に付いて桟橋を歩き、士官室へと案内された。
「夕刻には王都の港に到着いたします。宿泊ホテルは陸港に準備いたしました。何分駆逐艦ですから昼食はご期待に沿えませんことをお詫びします」
「陸上艦暮らしが長いから、気にしないで良いよ。それより輸送艦の出発が速まることは無いのかな?」
「明後日の朝と聞いております。輸送船への積み込みに時間が必要とのことでした」
案内してくれた士官と話をしていると、軽い振動が床下から伝わってくる。
どうやら出港したらしい。
仕官が去ったところで船室を眺めた。士官室と言うより士官達の休憩所じゃないのかな。
3つのテーブルと、カウンターがある。
カウンターにコーヒーセットが置かれていたので、フレイヤが全員にコーヒーを配ってくれた。
夕刻まで、海を眺めるしかなさそうだ。
カテリナさんはエミーの診断を隣のテーブルで行っている。
「リオに説得して貰おうかと思ってたんだけど、私達で説得してみるわ」
「クリスの姉さん達? お願いするよ。それと文系の人が欲しいね。給与配分や資材の調達等の仕事を騎士団で出来るのはクロネルさん達だけだもの。隠匿空間は任せられてもリバイアサンは手に負えないと思うな」
「文系で良ければ、私の友人でもよろしいでしょうか?」
診断が終わったんだろう、エミーが問い掛けてきた。
「当てがあるの?」
「学園の友人です。いつも私に親切に接してくれました。下級貴族の次女と三女ですから、就職先を今頃は探しているのではないかと……」
好都合だ。エミーをその部署の長に置くことも出来るんじゃないかな。
「お願いするよ。でも急な話だから、次の輸送船に乗ってきてもらうことになるかもしれないよ」
「ホテルに着いたら、確認してみます。きっと喜ぶと思いますよ」
騎士団の給与に満足してくれるかどうかだな。条件を最初に提示してあげないといけないだろう。
レイドラに顔を向けると、無言で頷いてくれた。
口数は少ないんだけど、ちゃんと相手の心を読んでくれるんだよね。
「エミーの視力は確実に上昇してるわよ。今のところは深い霧の中にいる感じかしら。おぼろげに私達の存在を目でも確認できるみたい」
「そう言えば、エミーは目が不自由と聞きましたけど、障害物を上手く避けるんです。魔法を使っているんでしょうか?」
「気が付いた? 人間は常時魔法を使うことはできないの。それが可能なのは魔方陣なんだけど、私とアリスの会話を聞いたことがあるでしょう?」
確か3つ魔方陣があるようなことを言ってたけど……。
首を傾げている俺に、笑みを浮かべたカテリナさんが説明をしてくれた。
カテリナさんがエミーの頭蓋骨に魔方陣を描いたらしい。
物を確認する手段は目以外にもあるとの事で、聴覚を改善したらしい。
エミーは音で世界を見ていたようだ。
「でもそれ以外に2つの魔方陣が作られた。アリスの推測ではリオ君のナノマシンと言っていたけど、私には意味不明の言葉だわ。その働きで作られたらしいの」
「自然にですか?」
「リオ君の意思とアリスは言ってたわ。リバイアサンに着いたらじっくりとアリスに講義してもらうつもりよ」
カテリナさんが早めにリバイアサンに来るのは、アリス目当てだということかな?
アリスには大変でも、付き合って上げるように言っておかねばならないな。
士官室の小さなデッキでタバコが楽しめるようだ。
椅子は無いんだけど、小さなテーブルに灰皿が乗せられていた。
たまに楽しむなら、これでも良いだろう。一々甲板に出るのは面倒だ。
「それにしても、練習艦の先任伍長を同伴させてくれるとはフェダーンも思い切ったわね」
「話には聞く存在ですけど……」
先任伍長は、船長にも意見を述べることができるらしい。
士官は階級が上がっていくが、下士官は伍長止まりだ。
その伍長の中で特別優秀な者を、各艦に1人ずつ付けているらしい。士官はある意味坊ちゃん育ち、現場を熟知しているとは言えないらしい。
そんな士官達を横目で見ながら、現状の最適化を具申できる存在なのだそうだ。
「艦長が攻撃を命じても、先任伍長が撤退を具申した場合は艦長は従うでしょうね。具申を無視して攻撃した場合は成功しても功績無し。失敗したなら査問委員会が待ってるわ」
「フェダーン様が煙たがりそうですね?」
「その逆よ。先任伍長はフェダーンの配下でもあるの」
軍隊暮らしでなくて良かった気がする。
騎士団では団長であるドミニクに、誰でも文句や要望を言えるからね。
それを取り合うかどうかは、ドミニク本人の意思なんだけど、話が大きくなれば関係する人物を集めて会議をするだけの技量を持っている。
指揮命令系統がしっかりした軍隊ならではの存在が、先任伍長ということになりそうだ。
だけど、リバイアサンは多人数が有機的に働かねば動かない機動要塞だ。
軍の組織を見習って指揮命令系統をあらかじめ作っておいた方が良いのかもしれないな。
リバイアサンに到着する前までに考えねばなるまい。
昼食はコーヒーにサンドイッチだ。
朝もサンドイッチだったけど、騎士団の食事も似たようなものだから誰も文句は言わない。
エミーには気の毒だけど、少しずつ慣れて貰おう。
夕暮れ前に港に着岸すると、すでに迎えの馬車が待っていてくれた。
荷物を積み込んでもらい、陸港のホテルへと直行する。
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翌日は、ホテルの朝食を軽く済ませたところで、ドミニク達は王都の居住区に向かって馬車を走らせた。
カテリナさんはエミーを連れて王宮に向かうらしい。
侍女を連れて来るというのは理解できるんだけど、ベッドを貰ってくるとも言ってたんだよね。
どうやって運ぶつもりなんだろう? それに輸送船で運ぶには梱包だってしっかりしないといけないように思えるんだけどなぁ……。
フレイヤとホテルのエントランスで手を振って見送ったけど、首を傾げるばかりだ。
「私達も出掛けるわよ。先ずはかばん屋さんに行って、大きなトランクと魔法の袋を買いましょう」
「ヴィオラにもトランクがあるんだけど、買い足すの?」
「色々と買うものがあるでしょう? 運ぶことを考えると、先ずはトランクよ」
ここはフレイヤに任せよう。
陸港には教団直営の銀行もある。足りなくなれば手持ちの魔石も交換できそうだ。
かばん屋に行って、前のトランクの3倍は入りそうな大きなトランクを買い込む。トランクの下部に付けられた車輪も一回り大きなものだし、取っ手も付いているから運びやすいのが気に入った。
一緒に購入した魔法の袋の収納能力はトランクの5倍はあるらしい。
2セットの購入費用が銀貨30枚と言うんだから、無駄遣いに思えてしまう。
続いて向かったのが、洋品店。
フレイヤが店員と一緒にカートを動かして次々と衣服を買い込んでいく。
どうやらエミーのサイズをあらかじめ聞いておいたらしい。俺の衣服も合わせて買い込んでくれたけど、フレイヤ達の半分の量だ。
まあ、あまり衣服にはこだわらないから、良いんだけど……。
洋品店を出た時には昼近い時刻だった。
近くのレストランで軽食を取り、コーヒーを飲む。
「コーヒーセットにワイングラス。小さなものも欲しいわね」
「雑貨屋?」
「専門店があるはずよ。もちろん雑貨屋にも寄るけどね」
目的地が増えたってことか? 疲れが増してきた感じだ。
フレイヤの方は、メモをチェックして忘れ物が無いことを再確認している。まだまだ元気なんだよなぁ。
ゴロゴロ音を立ててトランクを曳きながらホテルに帰った時には、すっかり日が暮れていた。
夕食を済ませているし、トランクの取っ手に乗せた布製のバッグには大量の食料が入っている。夜食に少し頂いても問題は無いだろう。
「エミー達はもう帰っているかしら?」
「実家に帰ったんだからゆっくりしてるんじゃないかな。出発までに戻ればいいはずだよ」
うんうんと頷きながらフレイヤとエレベーターに乗り込み、スイートルームへと向かった。
鍵を受け取る際に、カウンターのお姉さんが荷物の量に驚いてたけどね。
大きなトランクだからなぁ。だけどそれほど重くは無いんだよね。さすがは魔道科学の発展した世界だと感心してしまう。
荷物を部屋の隅に置いたところで、フレイヤとバスルームに向かった。
気候的には熱帯だからだろう。一日動いただけで、じっとりと衣服が汗ばんでしまうほどだ。
風呂を出ると、買い込んできた衣服に着替えることにした。
王国軍の下士官の作業服を模したものらしく、ツナギなんだよね。半袖、半ズボンのツナギってあるんだ、と見た時には感心してしまったほどだ。
それを着て、サンダルを履く。
風の海に近付いたら、通常のツナギにしよう。
「軍は全て統一色らしいけど、これは黒と赤だから区別できるでしょう? 装備ベルトを付けても違和感はないはずよ」
「まあ、そうだけどねぇ……。でも似合ってるよ」
笑みを浮かべて頬にキスしてくれた。
ハミングしながらコーヒーを準備してくれているから、その間にベランダで一服を楽しもう。