M-088 ハーネスト同盟軍の動き
1458時、午後3時直前に扉が叩かれた。
さすがは軍人だけあって時間に正確だ。フレイヤがフェダーン様と2人の女性を案内してくれた。席を立って3人を出迎えると、テーブル越しのソファーに座って貰う。
フレイヤが奥で飲み物を準備してくれいるから、その前に要件ぐらいは聞いておきたいところだ。
「済まぬな。せっかくの休暇を潰すことになってしまって」
「気にしないでください。休日ですからのんびりとしていたところです」
フレイヤがワインを運んでくれた。冷えたワインだから、グラスが曇っている。
俺の隣にフレイヤが腰を下ろしたところで、皆でグラスを掲げる。
「予定を早めて、我等は王都に戻るつもりだ。リバイアサンの話をハーネスト同盟が知ったらしい。軍もしくは軍閥貴族の中に内通者がいたようだ。
詮議は王宮で行うとしても、何らかの動きが今後生じるであろう。
現在のリバイアサンは誰も乗っておらぬ。ハーネスト同盟に確保される心配はないのであろうな?」
奪いに来るってことか!
だけど、あの装甲板を壊すことなど不可能だし、頂上近くの測距離室でさえも分厚い透明な材質に覆われている。
「入る方法は無いと思いますよ。現在の乗船資格はヴィオラ騎士団とフェダーン様達だけですから。せいぜい周囲を囲むぐらいでしょうね」
「周囲を囲めば、我がものといえるのではないか?」
その対策は……、アリスで直接発着台に降り立つということになりそうだ。
飛行機も使えるだろうけど、多人数では無理だろうな。
当然砲撃を受けてしまうだろうし……。
「そう言うことだ。自ら動かせぬとはいえ、それを確保することで将来性を持つこともできよう。当然、我が軍としても動かざるを得ない状況だ。
場合によってはハーネスト同盟とブラウ同盟の間で戦が始まるやもしれん。
その原因が機動要塞であると知れば、東のコリント同盟軍さえも黙っているわけにはいかぬだろう。
そこで相談だ。練習艦で教育中の士官120名を使って、リバイアサンを動かせないか? 自動操舵ではなく、ある程度敵の動きに合わせた運用が出来るならば、リバイアサンを囲もうなどとは考えぬ筈だ」
「アリス、出来そうか?」
『ある程度の手動操舵と近接防衛は可能だと推測します。攻撃は120mm砲弾になりますが、大急ぎで作れるでしょうか? 数は300ほどを希望します』
「砲弾の図面があれば、10日で仕上げよう」
フェダーン様は即答だ。
すると俺の右手がひとりでに動き出した。
メモ用紙数枚に殴り書きをするような速さで、砲弾の図面が描かれる。
『信管は巡洋艦の240mm砲弾と同じもので問題は無いかと。数は多くありませんが、同じ発射方式に近い大砲で放ちます』
「了解した。問題は兵員輸送だが、早いことに越したことは無い。明日には軍の高速艇が島にやって来る。それで一足先に休暇を終えて貰いたいのだが」
せっかくの休みが3日で終わりになるのは、残念以外の何ものでもない。
だけど、それによって世界大戦が防げるなら諦めることになりそうだな。
「了解しました。俺だけで良いのでしょうか?」
「カテリナは同行するであろうな。隣の娘も一緒に連れて行くべきだろうし、エメラルダ王女も一緒ということになるであろう。
案ずるな、長年王女の侍女をしていた娘を2人付ける。これは陛下の御意志だから給与の心配はないぞ」
「分かりました。それなら足の速い輸送船をお願いします」
「了解だ。砲弾の輸送は後日になるだろうが、10日後に王都を立たせることは約束するぞ」
ワインを飲みながら話を聞くと、練習船に乗る士官候補生は18歳前後らしい。16歳で能力を認められた学園生の中から選ばれるエリートとのことだ。
俺達の指示をちゃんと聞くことができるのだろうか?
ちょっと不安ではあるが、練習艦の先任伍長が一緒だから、その不安は無いと教えてくれた。
叩き上げの下士官らしいけど、俺の方が文句を言われそうだな。
「よろしく頼む」と言い残してフェダーン様が帰っていった。
メモは渡したんだが、あれで使える砲弾が作れるのか少し心配になってきた。
『問題はありません。砲身口径はあのメモよりも少し大きいですから』
「それでは命中精度が出ないんじゃ?」
『砲身内の回転力場を有効に使うためのようです。砲身への接触は仕様にもありません』
それで良いんだろうか? 砲身にはライフルリングが刻まれて、砲弾はそれによって回転するものだと思ってたけど。
でも、ヴィオラ前装式大砲は滑空砲なんだよなぁ。魔撃槍のような大砲モドキもあるぐらいだから、この世界には色々な大砲があるんだろう。
「せっかくの休暇中なんだけど、フレイヤは一緒に来てくれるんだろう?」
「もちろんよ。フェダーン様にも望まれたぐらいだし。それより陸港で買い物はしないといけないでしょうね」
「お小遣いが残ってるから、それを使えば良いんじゃないかな。少なくとも1か月は補給が無いかもしれないよ」
酒にタバコとコーヒーはいるだろう。紅茶も必要かもしれないな。それにお菓子だって必要だろう。
食料も買い込んでおくか。携帯食料3日分ならそれほど荷物にならないだろう。
衣服は何時も同じものとはいかないだろう。活動的な服を何着か買い込む必要がありそうだ。
「ヴィオラから私達のトランクを持ってこれないかしら?」
「どうかな? ダメなら砲弾と一緒に送って貰おう」
生活場所がヴィオラからリバイアサンに移るとなれば、色々と必要になりそうだ。
そう言えば、ベッドも無かったんじゃないか!
何とかしないと床に毛布を引いて寝ることになってしまう。
夕食は、皆と一緒ということになるけど、ドミニク達はこの知らせを知っているのだろうか?
ローザ達が最後まで残ってしまうけど、友人達が一緒なら楽しく過ごせるに違いない。
夕食の席は、同盟国間の戦争の話で大賑わいになってしまった。
ヒルダ様が申し訳なさそうな顔をして、皆に状況説明をしてくれたんだけど、ローザはかなり興奮して戦機1個中隊を率いて攻撃することを力説している。
フェダーン様もなだめるのに苦労しているけど、顔には笑みを浮かべてるんだよなぁ。その時は巡洋艦に乗って参戦するつもりなんだろう。
「そんな事態だから、リオ殿とエミー、フレイヤの3人は士官候補生を指揮して、ハーネスト同盟にその威容を示して欲しいの。
すでに動き、かつ攻撃可能な機動要塞を相手にできるとは思えないわ。軍を引くしかないでしょうね」
「国難に対処できるとなれば、陛下もそれなりの恩賞を与えることができる。リバイアサンの調度を強請るのにも都合が良いのでは?」
フェダーン様の笑顔に惑わされないようにしよう。だけど、ちょっと食指が動くな。
倉庫を荒らしても文句を言われないなら、ローザとフレイヤに頼めそうだ。
「リバイアサンに衣食住の設備が何も無いことは、私も知っている。ドックにそのまま輸送艦を収容すれば士官候補生達の衣食住は確保できよう。リオ殿には別途支給するつもりだ」
思わず首を捻ってしまう。いったい何を貰えるんだろう。
フェダーン様の次の言葉は、「ベッド」と「ソファーセット」それに調理器具1式だった。
エミーに長年仕えてきた侍女が食事を作ってくれるらしい。
ありがたいような話だけど、衣食住の内、食と住は何とかなりそうだ。
陸港での買い物も、それを考えて行うことになりそうだな。
「出発は、王都に到着した翌日になるのかしら?」
「2日後になる。買い物もあるのではないか? しばらくはリバイアサンでの暮らしになるぞ」
俺に向かってカテリナさんが笑みを浮かべている。
何かよからぬことを考えてるのかな? 気になってしまう。
解散すると、コテージに戻ってカテリナさんを交えて必要な品の確認を行う。
やはり長期になるのが問題ということだ。
それに、砲弾を受け取るタイミングもある。場合によっては西の同盟軍が先になるかもしれないらしい。
「なるようにしかならないわ。飛行機で砲弾輸送という事態も考えないといけないわよ」
「砲弾は残ってますけど、使えるとは思えませんからね」
『炸裂弾としては使えませんが、炸裂しなくともそれなりの威力は期待できます』
「その手があったわね。別に炸裂する必要はないわ。高速弾なら舷側に穴が空くわよ」
アリスのレールガンみたいな感じだな。
1辺に2連装砲塔が18基も設置されているんだから、散布界を利用した攻撃も可能だろう。一度見せてやれば近寄ってこないかもしれない。
「ベッドを頂けると聞きましたけど……」
「フェダーンがベッドと言った以上、ベッドに必要な一式は付いて来るわ。シーツなどを揃える必要は無いわよ。衣服は……、制服でも良いでしょうけど堅苦しいのは嫌いでしょう? 私が用意してあげるわ。普段着はリオ君達で用意しなさい」
どんな衣服を揃えるんだろう?
カテリナさんの感性もあるからなぁ……。さらに心配が増えてくる。
「明日は余り動けないわね。駆逐艦はいつやって来るか分からないから、起きたら直ぐに出発の準備をしときなさい」
それは理解するんだけど、俺の手を引いてどこに連れて行くつもりだ?
「フレイヤ、エミーを連れてきて。大きいジャグジーなんだから、皆で入れるわよ」
呆気に取られていたフレイヤが立ち上がるとエミーの手を取った。
皆で一緒に入らなくても良いんじゃないか?
まだまだ夜は長いと思うんだどなぁ……。
翌朝は、久しぶりにフレイヤの蹴りを受けて目が覚めた。
この寝相の悪さは何とかならないものかな?
隣に目を向けるとカテリナさんの寝顔がある。起きようとして、俺の胸にエミーが顔を埋めているのに気が付いた。
このまま起きだしたら、フレイヤ以外の2人を起こしてしまいそうだな。
ゆっくりと体をずらして、エミーの体を置き換えるようにして体を起こす。
裸のままリビング出ると、とりあえずシャワーを浴びることにした。
冷たい水が気持ち良い。
タオルを巻いて、冷蔵庫のような箱から冷たいワインをカップに注ぎ、デッキへと向かった。
まだ日の出前みたいだ。一服を楽しみながら日の出を拝むとするか……。