M-087 コテージに居残り
ふと目が覚めた。
隣のエミーはまだ夢の中にいるようだ。今朝も早起きしてシーツを上げ下げしてるかと心配だったのだが。
サーフパンツ姿で寝室を出るとフレイヤとカテリナさんがソファーでお茶を飲んでいた。
「あら? 起こしちゃったかな。顔を洗ってらっしゃい。コーヒーを用意しておくわ」
フレイヤが立ち上がって、ポットに向かった。
「おはよう」と挨拶して、言われるままにジャグジールームに向かう。
洗面台で顔を洗いタオルで拭き取る。
水があればこそだな。【クリーネ】で我慢することを考えればこれも贅沢と言わざるを得ない。
「抱いてあげたの?」
カテリナさんが小さな声で問い掛けてくる。
頷きながらソファーに腰を下ろすと、笑みを浮かべたカテリナさんが俺を見ていた。
「はい。ちゃんと砂糖を2杯入れたからね」
「ありがとう。朝は甘いコーヒーが一番だ」
しょうがないという表情で、フレイヤが隣に腰を下ろす。
「今日の予定は?」
「ローザ達が決めてくれるんじゃないかな? できればここで昼寝を楽しみたいところだけどね」
「昼寝なら帰りに一日中できるでしょう。せっかく来たんだから楽しまないと損じゃない?」
滅多に来られない場所だからねぇ。だけど遊べる施設も無いというのも問題のような気がするな。
王族ならば、何もしない静かな時の流れをここで楽しめるのかもしれないけど、庶民派の俺達には少し物足りないことも確かだ。
半分ほどコーヒーを飲んだところで、タバコを持ってデッキに向かう。
残りのコーヒーはここで楽しもう。
まだそれほど暑くは無いが、直ぐに尽き差すような太陽の光が降り注ぐに違いない。
涼しい風が気もち良い。一服をするには最高のシチエーションだ。
ゆっくりとコーヒーを楽しんだところで部屋に戻ると、エミーをカテリナさんが診察していた。
エミーの目の前に指を立てて、ゆっくりと近付けたり遠ざけたりしている。それが終わると指を2本にして同じ動作を繰り返す。
何をしてるのか分からないけど、昨日よりも改善しているなら良いんだけどねぇ。
「……なるほどねぇ。フレイヤ、しばらくリオ君をエミーに預けて欲しいの。そうねぇ、この島にいる間で良いんだけど」
「夜だけで良いでしょう? それぐらいならだいじょうぶよ」
「ありがとう。陛下も喜びそうね。かなり改善しているわ」
かなり改善? そんなに急激に変わるものなのだろうか?
「アリス。私が彫った魔方陣以外にもう2つ出来てるんだけど、アリスは気が付いたかしら?」
『眼窩上部の魔方陣の事でしょうか? それは昨日形成されたものです。原因はマスターのナノマシンの働きと推測していますが、今朝の確認で確実と判断しました』
「何の働きをするのかしら?」
『刻印された古代文字を推測しますと、「伝達」、「拡大」、「領域拡張」それに光属性の魔法印が続いています』
「アリスが刻印したものではないのね?」
『マスターの潜在意識によりナノマシンが働いたものと推測します』
バングル越しの問答が終わると、カテリナさんが考え込んでしまった。
「やはり、リバイアサンの古代魔方陣を全て確認しないといけないわね。アリスという辞典があるんだから、分類も速やかにできそうだわ」
ぶつぶつと呟いてるのが不気味に思える。美人だから、ちょっとしたしぐさが全て倍加されてしまうのかもしれないな。
「今日の診察は、これで終わり。ローザ達と一緒に過ごしなさい。少しずつ良くなっているわ」
「ありがとうございます。やはり世界一の名医ですね」
「後で薬を届けるわ。リオ君も飲むのよ」
俺もか? 思わず自分の胸に指差してしまった。
俺はどこも悪いところは無いはずなんだけどなぁ……。
「アリスもそう思うわよねぇ……」
『薬品と分量を、カテリナさんのバングルに送信しました』
「ねっ! アリスだって、必要だと判断してくれたわ」
嬉しそうなカテリナさんを見ると、何となく怪しく思えるんだよなぁ。
とりあえず飲んではみるけど、俺って何か分からない病気を持ってたんだろうか?
ちょっと心配になってきたけど、アリスの勧める薬なら害はないだろう。
朝食時に、ローザが発表してくれた本日の予定はカヌーでの島巡りらしい。
途中で素潜りを楽しむらしいが、その場所はアレク達の釣り場ということだ。ちょっと邪魔をしてやろうという魂胆なんだろうけど、クロネルさんが困るんじゃないかな?
「それほど近づかぬから、釣果に影響はないじゃろう。釣れねばアレク達の腕が悪いのじゃ」
そんな事を言ってるけど、ドミニク達も頷いているんだよね。
「私も、同行するわ。エミーと一緒なら良いでしょう? リオ君とフレイヤはお留守番ね。来客があるはずよ」
「残念じゃのう……。途中で昼食をとるから、兄様達はここで適当に取れば良いぞ」
「良いぞ」と言われてもねぇ……。サンドイッチでも通って貰ってコテージに持って行こうかな。
「よろしくね~」と言いながらドミニク達が食堂を出ていく。
来客なら、俺じゃなくてドミニクが適任じゃないのかな?
とりあえず、食器を片付けにきたお姉さんにサンドイッチを3人分頼んだ。
出来上がるのを、窓越しに見えたデッキで一服を楽しみながら待つことにする。
「これで良いかにゃ? 果物も入れといたにゃ。カゴから出さなければ来年でも食べられるにゃ」
とんでもないことを言って、お姉さんがバスケットを俺の前に置いてくれた。
たぶん空間魔法の一種である時間停止の魔法がバスケットの中に掛かるようにしてあるのだろう。
冷蔵庫は、保存ではなく冷やすことが要求される機能なんだろうな。
バスケットを受け取って、コテージに向かう。
桟橋からローザ達が数隻のカヌーに乗り込んで、東に向って行くのが見えた。
俺達に気が付いたんだろう、こちらの体を向けて手を振っている。
手を振ってローザ達を見送ったんだけど、フレイヤは残念そうな顔をしているんだよね。
これから打ち合わせだと思うと俺だって気落ちしてくる。
コテージに戻ると、何時ものソファーに腰を下ろした。
誰が来るのかと考えていると、テーブルの上にメモが乗っているのに気が付いた。
『ゆっくり楽しみなさい。15時にフェダーンが向かうはずよ。……カティ』
カティ……、カテリナさんの事か!
時計を見ると9時半にもなっていない。5時間以上暇があるってことじゃないか!
「誰が来るのかしら?」
「フェダーン様とメモに書いてあったけど、来るのが3時らしい」
俺の言葉を聞いた途端、フレイヤの表情が変わった。
テーブル越しのソファーから立ち上がると、俺の隣に来ると体を寄せてきた。
「それなら、ゆっくりと楽しめそうね」
カテリナさんと口調が似てきたんじゃないか?
フレイヤを抱き上げると寝室に向かう。時間はたっぷりあるからね。
フレイヤを抱き起してそのままデッキに出ると、海にダイビング。
周りには誰もいない。昼の最中に裸で泳ぐのも、この島でなら出来ることだ。
海から上がると、ジャグジーで体の海水を洗い流す。
タオルを巻いてソファーに座ったけど、どうやら昼を過ぎた時間だ。
「リオはコーヒーで良いんでしょう?」
「お願いするよ。そうだ、バスケットは俺が運ぶよ。結構重かったんだよなぁ」
テーブルにバスケットを出して中身を取り出す。大皿に乗ったサンドイッチは種類が色々だ。深皿にはカットした果物が乗っている。このままフォークで頂けるようだな。フォークが3本入っていた。
「はい、熱いから気を付けてね」
カップを2つテーブルに置いたフレイヤが隣に腰を下ろす。
まだ髪が濡れているのは仕方がないな。軽くタオルを巻いている。
「カテリナさんも粋な計らいをしてくれたわ。後でお礼を言っとかないと」
「エミーとのことだけど、ヴィオラに戻れば3人暮らしになってしまう。ドミニク達と一緒にカテリナさんも休暇の半分が終われば王都に行くそうだ」
「3人で過ごす、ってことね。そうね。エミーも慣れないといけないわ。でも今は……」
再び俺に体を預けてきた。
ソファーの上でフレイヤを抱くことになってしまったのは仕方がないことなんだろうな。
再びジャグジーで汗を流すと、15時少しになっていた。
急いで身支度を整えると、テーブルの上を片付ける。
食べ残した昼食はバスケットに戻しておく。夜食になるかな?
「コーヒーが残ってるけど?」
「良いね。甘めでお願い」
ポットのコーヒーは何時も淹れ立て状態だ。
この香りがたまらないんだよな。粉末もあるんだけど、味だけだからなぁ。
「フェダーン様の来る目的が分からないわ」
隣の腰を下ろしたフレイヤが呟いた。
確かにヒルダ様を交えた話し合いは終わっている。さらに追加する要求があるんだろうか?
とりあえず、メモだけは用意しておこう。
フレイヤとコーヒーを飲みながら、リバイアサンの俺達の専用区画の話をする。
画像を見せながらその大きさを教えたんだけど、フレイヤにはあまりピンと来ないようだ。
桁外れの区画だからなぁ……。
それでも、調度品を整えることには賛成してくれた。カテリナさんに任せるととんでもない室内になりそうだから、その辺りをフレイヤの感性で押さえて欲しいところだ。
「王宮の倉庫から持ち出すような話をしてたんだ。分相応って言葉もあるぐらいだから、抑えておきたいんだよなぁ」
「でも、あまり庶民的でも問題よ。こっちにカテリナさん達が映ってるけど、小さな公園より大きいんじゃないかしら? 実家の近くにある複合商店では、この部屋に見合った大きさのテーブルは手に入らないんじゃない」
全てオーダーメードとかになる可能性が高いってことかな。
クリス達と狩りの帰りに行う魔石狩りを、ずっと続けることになりそうだ。
案外専用区画に調度を揃えるより先に、ガリナム傭兵団が騎士団御用達の陸上艦を手に入れるのが早いかもしれないな。
「とにかく大きな部屋がいくつもある。その部屋の用途を考えて、調度品を揃えることになるんじゃないかな。カテリナさん達も考えているようだけど、あの性格だからねぇ。足りないものがたくさん出そうな気がするんだ」
「そう言うことなら得意よ。騎士団に入らない時には、住宅のコーディネーターになろうとしてたぐらいだもの」
なろうとして色々と資料は集めたに違いない。少しは力になってくれそうだ。