M-085 食材は自分達で
「呆れた……。リオ君の言う通りね。リオ君、何かしたの?」
「したと言えば、したんでしょうけど……」
「まあ、若い二人でのことなんでしょうから、それ以外は何もしてないってことね?」
うんうんと頷くばかりだけど、知ってて聞くのはどうかと思うな。
とりあえず、エミーにはサングラスを掛けさせて、太陽を見ることを禁じたんだけど、何が太陽なのかを分からせるのにカテリナさんが苦労していたようだ。
「アリスはどう考えてるかしら?」
『マスターのナノマシンによるエミー様の肉体的変化、視神経に関与したものと推測します』
「さらに改善する可能性はあると?」
『マスター次第でしょう。将来的には通常の視力まで到達できると推測します』
フムフムと、バングル越しのアリスの言葉にカテリナさんが頷いている。
俺とフレイヤは少し離れて成り行きを見守るばかりだ。
だけど、目が良くなることは良いことだと思うな。
扉が叩かれ、朝食をネコ族のお姉さんが知らせてくれた。
色々と朝からあったから、お腹も空いてるんだよね。
エミーを抱くようにして桟橋を歩くと、後ろからローザが走って来てエミーの手を握る。
「リオと一緒じゃから、まだ寝てると思ったのじゃ」
「6時に起きましたよ。ひと泳ぎしたところです」
「姉さまも今日は一緒じゃな!」
嬉しそうな顔を朝から見せてくれるから、こっちも笑みがこぼれてしまう。
エミーをローザに託すと、フレイヤが腕を絡めてきた。
「本当に仲が良いのね。エミーの降嫁を一番喜んでるのはローザじゃないかしら」
「ローザも心配だったんだろうね。さて、今日はヒルダ様達も交渉を持ちかけてこないだろうな」
言い負かされそうだからなぁ。交渉術ではお妃様達には敵わない。
食堂に入ると、テーブルが3つ作られている。俺達用に、お妃様達、それと数人の少年少女達だ。ローザの学友ということだったけど、いずれも有力貴族の子供達なんだろう。
席に着いて、フルーツサンドを食べている時だった。突然椅子の倒れる音がしたので振り返ると、ヒルダ様がカテリナさんに掴みかかっているところだった。
ケンカでもするんだろうか?
あんなヒルダ様の顔なんて見たことが無いぞ。いつも穏やかな笑みを浮かべている御人だからねぇ。
「本当なの!」
「本当よ。直ぐではないけど、視力を得ることはできそうね」
「でも、貴方でさえ、出来なかったことよ!」
「リオ君は別みたい。治療という訳ではないんでしょうけど……、一晩で明暗の区別が出来るまでになった。後は日数次第ということなんでしょうね」
まだ席にエミーが来てないのは、ヒルダ様達に掴まったからなのかな?
御妃様達のところで朝食を取っているようだ。
「でも一晩でなんて……」
「神の祝福でしょう。エメラルダ様の降嫁を祝福して頂けたのかもしれません」
他国のご婦人もそんな話をしているようだ。
カテリナさんから離れたヒルダ様が俺の傍にやって来ると、涙を流しながら「娘をよろしく」と言ってくれた。
娘であるエミーの視力に希望が持てたことが嬉しいのだろう。実の母親だからなんだろうな。
俺には、両親の記憶が全くないんだが、アリスは俺は人間から生まれたと言っている以上、両親がいたはずだ。
それが記憶に無いのが、辛いところだ。
朝食を終えると、ローザ達が元気に食堂を出て行った。
早速、漁を始めるのだろう。
皆が出て行ったところで、ネコ族のお姉さんにタバコを見せると灰皿を運んできてくれた。
「この辺りでも、魚を突けるのかい?」
「腕に寄るにゃ。ちょっと待って欲しいにゃ……」
何だろうと思って待っていると、図鑑を持って御姉さんがやってきた。
「これが美味しいにゃ。これは串に刺して焼くと美味しく頂けるにゃ。こっちは、香草を上に乗せて鉄板で焼くにゃ。鍋の蓋を乗せるのがお約束にゃ。味は絶品にゃ!」
延々と美味しい魚の食べ方をレクチャーしてくれた。
どれを獲っても美味しく頂けるのが分かったけど、魚の名前は教えてくれなかったんだよね。
「デッキの下から少し離れると、大きいのがいるにゃ。後でカヌーで獲物を引き取りに行くにゃ!」
「頑張って来るよ!」
俺の答えに笑みを浮かべて、食堂から出ていく俺を見送ってくれた。
とは言え、本当かな?
昨日のローザの話では、たくさんいるみたいだが、それを突くのは至難の技だと思うんだけどねぇ……。
コテージに入ると、皆の準備が終わっている。
すでにフィンまで履いているし、全員が俺達のコテージにいるのはおかしくないんだろうか?
「ようやく帰ってきたわね。リオの道具はテーブルに出してあるわ。さすがにエミーは一緒に潜れないでしょうから、ヒルダ様達とデッキで日光浴をするみたい」
「食べられる魚を聞いてきたんだ。この辺りの魚は全部食べられるそうだから、フレイヤも頑張ってくれよ。獲物はお姉さん達がカヌーで引き取りに来るらしい」
アレク達も釣りを始めたんだろうか?
一緒にいるベラスコよりも数を上げないと、筆頭の名が廃るんじゃないかな?
さて、装備を付けたし俺も頑張ってみるか。
デッキに出たところで、防水バッグをテーブルに置いておく。御妃様達に軽く頭を下げると、銛を持って下を眺めた。
誰もデッキの下にはいないようだ。少し離れたところに浮き輪を掴んで海の中を見ているクリスがいる。たぶんあの辺りに皆がいるんだろう。
マスクを付けて海に飛び込む。
数mの水深だから、海底に足が着くことは無い。そのまま泳いで獲物を探すことにした。
数匹を着いたところで、一休み。
お姉さんが漕いできたカヌーはカタマランだから、エミーを乗せてあげても良さそうだ。
銛を預かってもらい、一度デッキに上がることにした。
「あら、まだ漁をするんでしょう?」
「ええ、でも、エミーをカヌーに連れて行こうと思いまして」
連れて行くという言葉に嬉しそうな表情を浮かべている。
やはり御妃様達との会話に退屈していたのかもしれないな。
その前に、ここに来たんだから一服を楽しもう。カヌーの上ではさすがに難しそうだ。
「あのカヌーなら、私達も乗れそうね。あまり日焼けをするのも考えものだわ」
カテリナさんがデッキの端から戻ってきた。
一緒に騒ごうとしてるに違いない。
「それも一興ね。カヌーに乗るなんて、何年振りかしら」
御婦人方が立ち上がったところで、エミーを抱きあげてデッキの端に進む。
「今朝と同じだ。これを持って、ちょっと息を止めといてくれ!」
エミーに防水バッグを渡すと、小さく頷いてくれた。ちょっと不安そうな顔をしているけど、俺がしっかりと抱いていれば問題はないはずだ。
デッキの下に誰もいないことを確認したところで、ダイブする。
大きな水音が水中まで聞こえたけど、特に体に異常はない。水面まで上がったところで、カヌーに向かって泳いでいく。
力を抜けば人間は浮かぶようにできているんだけど、エミーにとって水は恐怖でしかないらしい。
しっかりと体を抱いて安心させながらカヌーへと泳ぐ。
「王女様を連れてきたにゃ。こっちにハシゴがあるにゃ」
ネコ族のお姉さんが小さな階段を教えてくれた。これがあるだけで乗船が楽になる。
カヌーに上がったエミーも、ホッとした表情を見せてくれた。
「これを腕に付けると、浮んでられるにゃ」
エミーにお姉さんが付けてくれたのは腕に付けるフロートだった。潜れなくとも、海に浮かんでいるだけで楽しそうだな。
「最初からここで日光浴が出来たんじゃなくて?」
「明日はここにしましょう。私だって、銛は使えるんだから」
少し遅れてやってきた御妃様達もカヌーに乗り込んできた。
カテリナさんが、ネコ族のお姉さんの隣にある大きな木箱を覗き込んでいる。
「ちょっと少ないわね。リオ君。今夜の料理は貴方次第になりそうよ」
「それなら頑張らないといけませんね。行ってきます!」
再び銛を掴んで水中へとダイブする。
サンゴの裏に隠れた魚を突くたびに、カヌーに戻るのは面倒だな。
数匹を突いたところで、カヌーの甲板でコーヒーを頂くことにした。
「俺達と一緒にやってきた連中も楽しんでるんでしょうか?」
「昨日は大きな魚を釣ってきたにゃ! それより大きいのを釣るって言ってたにゃ」
カヌーを漕いできたネコ族のお姉さんが教えてくれた。
アレク達も休暇を満喫しているようだ。
今夜は浜辺でバーベキューと言ってたけど、アレクの魚嫌いは少しは改善してるんだろうか?
「まだまだ日が高いにゃ!」
「そうだね。もう少し突いて来るよ」
お姉さんの声援に送られて、再び海にダイブした。
たくさん獲れれば、お姉さん達もご相伴にあずかれるということかな? それなら期待に応えるのが騎士ってことになりそうだ。
3匹追加したところで、素潜りを終わることにした。
海から上がったクリスが木箱を開けて、獲物を見ている。
泳げないからねぇ。ちょっと残念そうな表情だったけど、バシャ! と魚が暴れたようで、びっくりしたのかしりもちをついている。
「そろそろ終わりですね。まだ頑張ってる連中も、戻り次第カヌーに上げましょう」
「結構獲れたんじゃない? あの大きなエビを焼いたら美味しそうね」
カテリナさん達は何を食べるか考えてるみたいだ。
エミーが甲板の端に座って、片手で海水の感触を楽しんでいた。
エミーを後ろから抱いて立たせると、「飛び込むよ!」と告げて、海にダイブする。
慌てているのは仕方がないけど、直ぐに体の力を抜いたから上手く浮くことができたようだ。
「直ぐに泳げるようになるんじゃないか?」
「その時には、教えてくれますね」
しばらく海に浮かんでいたが、フレイヤの呼ぶ声でカヌーへとエミーを連れて行く。
「リオ達で全員ね。だいぶ獲れたから、兄さん達が不漁でも海辺のパーティが出来そうよ」
「エビがいたけど、フレイヤが獲ったの?」
「後ろから、そ~っと近付いて手で掴む。簡単だったわ」
魚よりも美味しいらしい。少しは俺にも回ってくるかな?
俺達を乗せたカヌーは食堂のあるコテージへと向かうようだ。
食堂のあるコテージに近付いて、その理由が分かった。
ハシゴではなく、小さな桟橋と階段がある。これなら安心して上陸できる。できれば俺達の泊っているコテージにも欲しいところだ。
まだ濡れた体のまま食堂に入ると、お姉さんがジュースを運んできてくれた。
どうやら、ここで休憩したところで会場へと向かうらしい。