M-081 水上コテージ
海上を進む船は、陸上艦と比べて振動が無い。ゆっくりとした揺れがあるけれど、何となくゆりかごに寝ている感じだから、朝食に遅れたのは仕方のないことだろう。
俺達だけかと思っていたら、食堂の隅でベラスコが手を振っていた。
アレク達もいるから、俺達と同じように寝ていたに違いない。
「リオ達も起きたところか! 俺達だけかと思っていたんだがなぁ」
「揺れが心地よいのよねぇ。陸上艦もこんなだと良いんだけど」
何時もなら兄貴に小言を言うフレイヤなんだけど、今朝はそうでもないようだ。
船員も遅く起きる客が多いのか、黙って朝食を運んでくれる。
昨夜が宴会だったから、サンドイッチとあっさりしたスープがありがたい。
その後に、マグカップでコーヒーが運ばれてきた。砂糖をたっぷり入れる俺を、ジェリルが目を大きく見開いてみている。
そんなに驚くことかなぁ……。隣のベラスコも砂糖を入れてるんだけど。
「甘党なんですね? 彼もそうですけど、さすがに砂糖3杯は入れませんよ」
「カップが大きいからね。コーヒーは甘いのが上等という先入観があるのかもしれないな」
「『甘いワインは高級品!』なんて言うんだから困ってるの。私が太ったら、その原因はリオになるはずよ」
コーヒーにミルクだけを入れて飲んでいたフレイヤが文句を言っているけど、ヴィオラの船室に用意したワインは全て甘口だ。
少し変わった味のワインを仕入れておこうかな。
コーヒーを飲み終えて船室に戻る。
デッキに出て、周囲を眺めると一面の海原だ。
水平線が丸く見えるのは錯覚らしいが、やはり丸く見えるんだよなぁ。
まだ目的地であるプライベートアイランドは見えてこないけど、昼食前には到着すると聞いている。12時まで2時間も無いけど、反対側のデッキでは見えるんだろうか?
「甲板に出て見ない?」
「そうだね。ここだと海しか見えないんだよなぁ」
フレイヤの提案に頷くと、甲板に上ってみた。
3本マストの帆船なんだけど、帆は畳んだままだ。たぶん陸上艦と同じように魔道機関でスクリューを回しているのだろう。
招待された客の多くが甲板に上っているように見える。アレクはテーブルに着いてグラスを傾けているし、ベラスコ達は右舷で前方を眺めている。
「まだ、その格好なのか? すでに島が見えておる。島には道路が無いから下りる前には着替えておくことじゃ」
ローザ王女とお付きの騎士であるリンダは既に水着姿だ。
アレクも、朝食時とは違ってサーフパンツにシャツを羽織っただけだし、ベラスコ達もすでに着替えを終えているな。革靴を止めてサンダルを履いている。
ツンツンとシャツを引っ張るフレイヤに連れられて、急きょ船室に逆戻り。
急いで着替えることになってしまった。
「日差しが強いんだから、上にそれを着るのよ。帽子はこれで良いでしょうね。装備ベルトはバッグに入れて、これを下げておきなさい。防水だし、コインホルダーを入れてあるわ」
バッグからベッドに次々と品物を投げ出すと、水着を取り出してその場で着替え始めた。
いまさらではあるけど、恥ずかしくはないのかな?
さっさと着替えをするフレイヤの行動は何時も首を傾げてしまう。
ちょっと大きめのつばの広い帽子を被ると、フレイヤの着替えは終わった様だ。
改めて荷物を整えたところで甲板に戻ることになった。
甲板で改めてローザ王女の検閲を受けたけど、今度は頷いてくれたからこれで十分ということらしい。
「1時間も掛からずに到着じゃ。荷物はまとめておろうな? 船員が運んでくれるはずじゃ」
「ちゃんと扉付近に置いてあります。プライベートアイランドは、あれですか?」
「そうじゃ。桟橋は1つだけ。横付けできる船は2隻だけじゃな。利用する客は100人を超えることは無い。王族と王族が招く客だけが利用できる島じゃ」
それだけ自然を大事にしているということなんだろうな?
道路すらないと聞いたけど、宿泊施設はちゃんとしているのだろうか?
案外、リゾート開発の進んだ島のホテルの方が便利かもしれないぞ。
船員達は、半ズボンに縞の半そでシャツ。帽子に布製の靴という姿だ。粋に着こなしてるのが見て取れる。
ある意味、客を呼ぶための船でもあるから、着こなしもそれなりに注意しているのだろう。
帆船が大きく進路を変える。
信号弾が2つ、青空に上っていく。接岸を知らせる合図なのかな?
いよいよ接岸作業が始まるのだろう。邪魔にならないように後部にある露天操舵櫓の手前に移動して、船長の指示に従って船員が動く様子を眺めることにした。
「動力フリー、反転準備急げ!」
伝声管に向かって士官が叫ぶ声が聞こえてくる。
それなりに大きな船だから、動力を停止しても惰性で動く。スクリューを反転させて相殺させるということだろう。
手慣れてはいるが、接岸はそれなりに注意がいるということだな。
その分、陸上艦はブレーキが付いているし、動力を停止すれば惰性で動く距離は20mも無い。
桟橋に接岸すると、数本の舫綱が桟橋に投げられ、船が固定される。
錨を下すだけでは駄目なようだ。
船員が長い板を甲板から桟橋に渡して、板の両側に手すりを取り付ける。
「王女様、到着いたしました。合図を送りましたので、直ぐに宿泊施設に移動できます」
「御苦労。それで、母様達のことを聞いておるか?」
「今日、王都を出航すると聞いております。相変わらずのお忙しさの様ですぞ」
「王族に休日は無いからのう。この島に来るとしても仕事をいくつか持ってくるはずじゃ」
そんなに忙しいのなら、俺達を呼び出した方が早いんじゃないかな?
だけど俺達は休暇を過ごしに来たんだから、あまり気にせずに過ごすことにしよう。
砂浜を横幅の広いタイヤを付けた自走車が数台やって来るのが見える。
あれに乗って、宿泊施設まで移動するのだろう。後ろにベンチを設けた荷車を曳いているのが見えた。
「さて、上陸じゃ! 2カ所に分散するから、リンダの指示に従うように!」
ローザ王女が大声を上げている。王女様なんだから、他の者に頼めばいいと思うんだけどねぇ……。
荷物が無いから、手早く下りられる。
板の橋を渡った先には、バインダーにリストを挟んだリンダが立っていた。
「リオ様は右ですね。フレイヤさんも一緒です」
ドミニクやクリス達も一緒のようだ。左手を見るとアレクやベラスコ達がいる。
宿泊施設の収容人員で区分けしてるのかな?
「我もこっちじゃ。アレク達は交渉には参加せぬからのう。それに、宿泊所の目の前が良い釣り場でもあるし、小型のトローリングボートもあるのじゃ」
「俺達もそっちの方が良いように思えますけど?」
「母様の指示じゃから、従う外なかろう? それに、海を満喫できる場所じゃ」
ヒルダ様の差しがねと言うことか。
無料で宿泊できる上にお小遣いまで貰ってるからなぁ……。どんな難題を出してくるんだろう?
「さぁ、乗り込むぞ。ここから30分は掛からぬ筈じゃ」
さっさとローザ王女とリンダが自走車の後席に乗り込んだのを見て、俺達も荷車のベンチにっ座ることにした。左右にベンチが付いているから8人は乗れそうだ。俺を含めて5人だからゆったりとしている。ベンチのクッションもそれほど悪くはないな。
さらに後ろに小さな荷車が連結してあるのだが、それには俺達のバッグが積まれていた。
「出発するにゃ!」
ネコ族のお姉さんが、声を出して教えてくれる。
ゆっくりと俺達を乗せた自走車が動き出したんだが、歩くぐらいの速度だ。
あまり速度を上げると、落ちるからかもしれない。結構揺れるんだよなぁ。
渚近くを走っているんだが、微妙な高低差があるようだ。
「もう直ぐじゃ。あれが今日からの宿になるぞ!」
王女様が身を乗り出して教えてくれた方に目を向けると、海の上に小さな家があった。
1部屋ごとに作っているんだろうか? それほど大きくは見えないし、木材や竹を多用しているから、アレクの別荘の方が立派に見えるくらいだ。
「素敵ね。海上に作ったコテージなんて、夢だったのよ」
「10戸程度なのは、それだけプライベートを大事にしてるんでしょうね。王都のツアーで、水上コテージに宿泊するのはかなりの人気よ。それに、100個近いコテージだったはず」
あんなコテージが人気だというんだから、世の中は分からないことばかりだな。
だんだんと全容が見えてくる。
砂浜の一角から木製の桟橋が沖に張り出して、その途中にコテージがあるようだ。
真ん中近くに、他のコテージの2倍ほどのコテージがある。
船室程度の大きさかと思っていたけど、1つ1つがかなり大きい。15m四方はありそうだし、桟橋の反対側には大きなデッキを備えていた。
あのデッキから海に飛び込めるんじゃないかな?
桟橋の端に、数人の少年が俺達を待っているようだ。
自走車が停まると、荷物を持って桟橋を歩いて行く。すでに俺達の宿泊するコテージが決まっているのだろう。
「やっと付いたな。リオとフレイヤは一番奥のコテージじゃ。その隣がドミニク達3人になる。我は奥から3番目じゃな。
昼食は、係の者が知らせてくれるはずじゃ。先ずはのんびりと海を眺めておれば良いぞ」
一方的な話を終えると、ローザ王女が桟橋を歩いて行く。
俺達は呆気に取られていたけど、互いに顔を見合わせて小さく頷き、桟橋を歩き始めた。
ここまで来たら、なるようにしかならないからね。
王族達も、別に俺達に危害を加えようとは思っていないはずだ。
10mも桟橋を歩くと、海の上になる。
遠浅の砂浜のようだが、コテージの辺りはどうなんだろう? 陸地から100m以上離れているんだよなぁ。
「ここが食堂兼集会場じゃ。食事はほとんどここで取ることになるぞ。パーティも行うのじゃが……、今回は未定のようじゃ」
未定のままでいて欲しい。
面倒な事は嫌いだし、俺が踊れるとは思えない。
クリスが、桟橋から海を覗き込んでいる。
かなり深くなってるのかな? ちょっと覗いてみたんだが、水底がようやく見えるほどだった。
「ここが、わらわ達のコテージじゃ! 隣がドミニク達じゃぞ」
1軒のコテージの手前で、ローザ王女が立ち止まり、俺達に教えてくれた。
綺麗な木製の扉まで桟橋から板張りの橋で繋がっている。
橋の横幅は2m近くあるから落ちることは無いだろうし、落ちたとしても海の上だ。
途中に何カ所かハシゴが海面に延びていたから、落ちても直ぐに上がれるだろう。
ドミニク達と別れて、一番奥のコテージに向かう。桟橋がそのままコテージの玄関に繋がっていた。
「素敵ね。このプランターのお花だって、今が見ごろなんでしょう? 係の人達が手入れをしてるのかしら」
扉の左右にあるプランターの花を眺めたフレイヤの感想だ。
確かに絵になる光景だ。それなりにデザインして育てているに違いない。
とりあえず、コテージの中に入ってみる。
そこにあったのは、外見からは想像できない代物だった。
外見と中身の大きさが合わない。
少なくとも4倍はあるんじゃないか? コテージに一歩踏み込んだ場所は大きなリビングに見える。籐で作られたソファーとテーブルが置かれているし、いくつかの南洋植物を入れた鉢が部屋にアクセントを作っていた。
奥には、床から天井までの1枚ガラスの窓がありその先にデッキが見えた。
右手に扉が3つ見えるから部屋なんだろう。早速、フレイヤが偵察に出掛けた。
「凄い! 2部屋があるのね。こっちは……、ジャグジーよ」
窓際のソファーセットのテーブルには、冷えたワインが真鍮の小さなバケツに入れられていた。
腰を下ろして、先ずは一杯といこう。
かなりの魔道技術を無駄に使っているように思えるけど、こんな贅沢が出来るのが王侯貴族ということなんだろうな。
ふと扉を見ると、俺達のバッグが置かれていた。
あの少年達にチップを渡せなかったけど、次に会う時に渡してあげよう。