M-080 プライベートアイランドへ
豪華なスイートルームに1泊した翌日は、朝からフレイヤ達の買い物に付き合うことになった。
お小遣いを貰ってるから、皆かなり良い気分で買い物をしてるんだけど、陸上艦暮らしだから荷物が増えるのは困るんじゃないのかな?
それでもバッグに納まるぐらいなら、贅沢なものをと考えてるのかもしれない。
高級そうな店に、入っていくたびにドキリとしてしまうのは俺が貧乏性だからではないはずだ。
「これで水着は3着ね。リオは2着で良いの? シャツも2枚だけだったけど」
「贅沢を言えば切りがないよ。スポーツ用の上下も揃えたし、改まった席ではそれを着れば十分だと思うけどなぁ」
昼を過ぎてレストランで昼食を取りながら、手元のバッグを眺める。
バッグだって、買い込む始末だ。持って来たトランクは全てヴィオラに今朝戻していたからね。
あの船室のクローゼットなら、この2つのバッグぐらいは入るだろう。
「一応、もう1つバッグあるから、帰りのお土産は入るはずよ。残りはお小遣いにしても良いのかしら?」
「それで良いんじゃないか? 帰りに高級なグラスセットを買うつもりなんだけどね」
うんうんとフレイヤが頷いている。
フレイヤの場合は、残金の半分ぐらいを母親に仕送りするのかもしれないな。アレクは酒を買うに違いない。
夕食は、王宮が用意してくれたクルーズ船で頂くことになっている。
たぶん、昨夜と同じようなコース料理に違いないから、この後はバッグに入るだけお菓子を買うのだとフレイヤが言っていた。
お菓子というより、食料が欲しいところだ。
フレイヤと一緒に店を回って、間食用の調理品を見てみよう。お湯を入れて少し待てば簡単にリゾットモドキのような物が出来るとカテリナさんが教えてくれた。
そんな店回りを日暮れまで行ったところで、通りで馬車を拾う。
港までは30分も掛からないらしい。
「どの桟橋に行くのかのう?」
「ミゼラブルという名のクルーズ船なんだけど……」
「ほう! 王宮の船じゃな。場所は何時もの通りじゃろうから、だいじょうぶじゃよ。アンタらで2回目じゃ。貴族様は辻馬車等使わんからな」
ハハハ……、と軽い笑い声を上げている。
確かに、辻馬車は使わないだろうけど、俺達は王都での交通手段を持ってないからね。
「御褒美ということらしいよ。俺達も初めてだからね」
「そうじゃろうな。庶民もたまに招待されることがあるようじゃ。前の客も王都の学院を首席で卒業した若者じゃったよ。30年以上も前の話じゃから、今ではどこまで登りついたやら想像もできんわい」
なるほど、必ずしも貴族を招くだけではないということか。
王侯貴族と民衆の乖離を嫌っての政策かもしれない。
それを考えると、リバイアサンや隠匿空間についてもある程度他者の利用を考えねばなるまい。
「あれじゃよ。優雅じゃろう? 帆船を模してはいるが魔道機関で航行する船じゃよ」
御者が腕を伸ばした先には、真っ白な帆船が停泊していた。
巡洋艦より少し大きいぐらいに見えるが、武装は無いだろうからそれだけ船室を大きく使うことが出来るに違いない。
しばらく馬車が進むと、桟橋を警備兵達が封鎖している姿が見えた。
「王族がすでに乗り込んでいるようじゃな。封鎖点から先は歩くことになるようじゃ」
「厳重なんですね。歩くのは慣れてますからだいじょうぶですよ」
封鎖地点に到着すると、直ぐに警備兵がやってきた。
ここは身分の確認ということになるのだろう。騎士団員だから、右手のブレスレットを見せれば良いのだが、確認に来た警備兵は一目見て直ぐに馬車のステップから下りた。
「失礼しました! 直ちに阻止具を移動しますから、ここでお待ちください」
騎士の礼を俺達に取ると、急いで部下に指示を出し阻止具を移動する。
「お忍びという訳でもないのじゃろうが、だいぶ慌てておったな」
「騎士団の騎士なんです。騎士は貴族と同一という話ですかねぇ……」
「それだけでもあるまいが……」
やがて、白い帆船の直ぐ側に馬車が到着した。
帆船と比べると、馬車は民衆が乗るようなものだから、ちょっとみすぼらしく見えてしまいそうだ。
御者の爺さんにお礼を言って、銀貨を握らせる。
ちょっと驚いてるのは、何倍かの料金になるのだろう。
俺達に手を振って帰って行ったけど、嬉しそうな表情をしていたから途中で一杯を楽しむつもりなのかもしれないな。
「失礼ですが、お名前を……」
「ヴィオラ騎士団所属の騎士、リオだ。こちらは同じ騎士団のフレイヤになる」
近寄ってきた兵士は、桟橋の入り口を警備していた兵士よりも位が上のようだ。いくつかの略章を胸に付け、拳銃のホルスターもかなり良い品を使っている。
若い仕官ということなのかな?
「確認しました。今、案内を呼びます」
後ろを振り返って数人の兵士の中から2人を呼ぶ。
兵士に指示を出すと、兵士が俺達のバッグを持ってくれた。色々と買い込んできたから重いんだよなぁ。
「彼等に案内させます。付いて行ってください。それと、夕食は襟の付いた服と靴を御履き下さい……」
「了解だ。それじゃあ、お役目ご苦労様」
桟橋と帆船にかけた手摺り付きの橋を渡り、帆船に乗り込む。船首の方向に歩いて、中央付近の船室に入った。
外も立派だけど、中も立派だ。
船室は甲板の下だから、階段を下りて通路に出る。アンティックな燭台が通路に等間隔で並んでいる。実際にロウソクを使っているわけではないんだろうけど、燭台を覆う白いガラスの中で炎が踊っているようだ。
横幅2mほどもある通路を船首方向に歩いて行くと、突き当りの左手の扉を開けて兵士がバッグを下して直ぐに出てきた。
「リオ様達の船室はここになります。食事はこの階の下になるんですが、先ほどの階段をさらに1階下に下りた場所になります」
「ありがとう。仲間と飲んでくれ」
銀貨1枚を兵士に握らせる。
こんなこともあるから、大目にお小遣いをくれたに違いない。
少しは貴族らしくしておかないと、騎士団の評判を落としそうだ。
船室はヴィオラの船室の2倍はありそうだ。
バッグを部屋の隅の寄せて、船室を眺めてみる。
「ヴィオラのベッドよりも柔らかそうね。今夜眠れるかな?」
「シャワーまで付いてるよ。それにワインまであるぞ」
まるで冷蔵庫のような箱の中には冷えたワインが入っている。隠匿空間と違ってここは暑いからかな?
今夜はのんびりと味わえそうだ。
テーブルの上を見ると、夕食時間と朝食時間が書かれていた。昼食が無いのが気になるところだが、昼食はプライベートアイランドということになるのかな?
「2時間も無いわよ。ドミニク達はとっくに着いている、ってことかしら?」
「このまま着替えをするしかなさそうだね。あのスポーツウエアで良いんだろう?」
「ローザ王女に確認してるからだいじょうぶな筈よ。早めに着替えないと……」
フライヤがその場で着替えだした。
この後メイクに入るんだから、確かに時間は無いだろうな。俺もさっさと着替えておこう。
バッグから着替えを出して着替えを終えると、新しい靴に履き替える。
革製の短ブーツに近い代物だな。底が少し厚いけど、これでスカッシュに似た球技をするらしい。
着替えを終えると、シャワー室の反対側にある扉を開けた。
やはり思った通りプライベートデッキに出た。小さなテーブルと椅子が2脚。灰皿まで置いてある。
ここで一服を楽しみながらフレイヤの準備が終わるのを待つことにしよう。
船室は桟橋の反対側を用意してくれたようだ。海を向こうにいくつもの船が明かりを落としている。
遠景の王都の明かりと一緒になって少し幻想的な光景になっている。
このままずっと眺めていられそうだ。
「ここにいたの? 綺麗な港ね……。そろそろ行かないとダメよ」
「そんな時間か。それじゃあ、でかけますか」
フレイヤの手を取って船内に入る。
船室の明かりはこのままで良いだろう。テーブルの上のカギをポケットに入れると通路を船尾に向かって歩いて行く。
甲板から下りてきた階段は下の階にも続いているからそのまま下りて行った。
階段を下りた先には扉が1つあるだけだった。
扉近くに2人のイヌ族の若者が立っている。
俺達が近づくと軽く頭を下げると、名前を聞いてきた。
どうやら席が決まっているらしい。俺達の名前に頷くと1人が扉を開けてテーブルに案内してくれた。
「遅かったのう。軽く喉を湿らせるが良い。アレクの場合は湿らせるだけでは足りぬようじゃが……」
ローザ王女の視線の先にいたのは、お代わりをジョッキで頼んでいるアレクがいた。
「まあ、いろんな人がおるから構わぬが、食事は騎士団に配慮したぞ」
「後で少しは控えるように言っておきます」
「良い良い。あれがアレクじゃからのう。少し飲み過ぎることはあっても、魔獣を前にしての策は見事じゃ。人間、1つぐらいは欠点がある方が良いと母様も言っておられたぞ」
船員が王女様の傍にやって来て何やら耳打ちしている。
うんうんと頷いているから、今夜は王女様主催の夕食会ということに違いない。
「集まったようじゃな。それでは始めるぞ。乾杯は別にせずとも良い。料理をどんどん運んでくるのじゃ!」
数台のワゴンを使ってネコ族のお姉さん達が料理を運んでくる。大きな皿に山盛りに乗せられているから、好きなだけ取って食べることになるようだ。
これなら、アレク達も満足するに違いない。
ドミニク達も嬉しそうな表情で、料理を取り分けている。
「出航はもう直ぐじゃ。明日の昼前には目的地に到着するじゃろう。この船を下りる時には水着で良いぞ。何と言ってもプライベートじゃからのう」
「親しき仲にも礼儀は必要に思えますが?」
「それは王都で良い。プライベートアイランドでは地位を忘れて楽しもうぞ」
王族達のストレス発散の場ということかな?
なら、俺達もそれで良いだろう。
王都の桟橋に到着した時に、きちんとした服装をしていれば、他の人達からはいつでもきちんとした暮らしをしていると思ってくれるに違いない。
大きな骨付き肉を被りつきながら、ワインで流し込む。
そんなことをフェダーン様の前でやったら、顰蹙をかうかもしれないけど、俺達は騎士団員だからねぇ。美味しいものを美味しく頂けるならそれでいい。その食べ方に文句を付ける連中はいないからね。
昨夜の夕食の反動もあったのだろう。
何となく山賊の宴会のようになってしまったけど、一緒になってローザ王女も騒いでいるから問題は無いんだろうな。