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M-079 招待主が現れた


 ウエリントンの陸港に到着すると、王宮から派遣された兵士の指示に従って、自走車や 馬車に乗り込む。

 リストを手に乗り物に案内しているところを見ると、目的地がいくつかあるようだ。

 若い兵士が案内してくれた先にあったのは豪華な4頭立ての馬車だった。


「我もおるし、リオは男爵位を持っておるからのう。貴族送迎用の馬車じゃから気にせずに乗るが良いぞ」


 ローザ様がそんなことを言って、リンダと共に先頭の馬車に乗り込んでいる。

 残った俺達はポカンと口を開けて2人を見るだけだった。


「ほらほら、リオと後ろの3人はこの馬車に乗りなさい。ドミニク達は後ろの馬車ね」


 カテリナさんに押されるようにして馬車に乗り込んだんだけど、馬車の中も豪華そのものだ。

 柔らかなソファーのような座席は、いったいどんな動物の毛皮を使っているのだろう?


「王宮で一番多い馬車よ。それほどの厚遇ではないから、気にしない方が良いわ」

「とは言っても、こんな馬車は初めてですから……」


 俺の隣に座ったフレイヤがうんうんと頷いている。クリスは、呆れた様子で窓から外を眺めているけど、たまに通りを歩く人たちに手を振っている。

 王女様気分でいるのかな? こんな機会はもうないだろうから、楽しむつもりでいるようだ。


 20分も掛からずに、豪華なホテルに到着した。

 エントランスに横付けした馬車に、ボーイ見習いの少年達が駆けつけてくる。


「これを使いなさい。『皆で分けるように』と1枚を渡せば良いわ」


 カテリナさんが数枚の銀貨を握らせてくれた。

 チップということなんだろう。アレクが酒場で握らせているところを何度か見たし、フレイヤと一緒に飲食した時も、銅貨を何枚かトレイに置いたことがあった。

 少し多いと思うんだけど、とりあえずカテリナさんに従っておこう。


 扉を開けてフレイヤ達が下りていく。最後は俺になったんだけど馬車のステップの下に小さな階段が設けられていた。

 少年達が用意してくれたに違いない。御者が下ろした俺達の荷物を数人の少年達がエントランスホールへと運んでいる。

 チップ目当てではないだろうけど、それなりに頑張っているみたいだな。

 最後尾の少年よりも少し前を歩いてエントランスホールに入ると、ドアボーイが俺に頭を下げて、右手に腕を伸ばしてくれた。

 笑みを浮かべて軽く頷く。

 

 エントランスホールのカウンター付近にいるのはローザ達だな。すでに到着していたみたいだ。

 カウンターに歩いて行くと、近くまでトランクを運んでくれた少年を呼び止め、銀貨を1枚与える。

 嬉しそうな表情を見せてお礼を言ってくれると、こっちが恥ずかしくなってしまう。


「ちゃんと出来たようじゃな。リオは貴族。貴族は庶民に振舞わねばならぬ。どんな行為に対してどれほどの金額を落とすかは、幼少から親を見て学のじゃが……。まあ、急に出来るものでもない。後ろ指を指されぬように適当に行うのじゃな」


 ローザ様の教えは、まるで理解できないぞ。そんな面倒な事をするんだったら男爵位を返上したくなってしまう。

 だけど、そんなことをしたら、また面倒に巻き込まれるんだろうな……。


「さて! 集まって頂戴。鍵を渡すわ。これがリオ君の部屋ね。こっちがドミニクで、クリスはこれよ」

「夕食はドレスが基本じゃが、騎士団じゃからのう……、制服ということで十分じゃろう。マントは無用じゃな。武装も騎士であれば問題はない」


 それで荷物が増えてたんだな? 

 面倒な事になったと考えていると、少年が近寄ってくる。何だろうと思って周囲を見ると、ローザ様が少年に鍵を渡している。

 少年に鍵を渡すことで、荷物を運んでもらえるということなんだろう。

 俺達のトランクを持った少年達の後ろを歩く。

 エレベーターホールに向かい、エレベーターに乗ると、少年が最上階のボタンを押した。

 ホテルは上の階程料金が高いと聞いたことがあるけど、王宮から支払われると教えてくれなかったら、心配するところだな。


 少年が扉の前で立ち止まる。

 どうやら俺の部屋がここになるらしい。

 少年が鍵を使って扉を開けて、俺達を部屋に入れてくれた。部屋の中に数歩歩いて少年がトランクを置く。

 部屋の中にある小さなライティングデスクの上に鍵を置いた少年が、俺達に頭を下げる。

 たぶんそれが、1つのサインになるんだろう。

 カテリナさんに教えられたとおりに、再度銀貨を1枚与えた。

 嬉しそうな表情で頭を下げる少年に軽く手を上げて答えると、再度頭を下げて部屋を出て行った。


「全く面倒だな。銀貨を沢山用意しておかないといけないみたいだ」

「それだけ、高級なホテルということなんでしょうね。あの子達だって、身元がしっかりした少年達に違いないわ」


 フレイヤが奥の窓辺から外を眺めながら呟いた。

 何か見えるのかな? 興味が出たので窓辺に行ってみると、窓の外に見えたのは広大な森だった。


「森の中に王宮があるみたい。ずっと奥に白い建物が見えるでしょう? あれが政務局の宮殿なんでしょうね。王様が住んでいるのは更に奥だと聞いたことがあるわ」

「王宮に近いということが、このホテルの売りなんだろうね。それだけ品格が高いということか」


 このホテルからなら、これが見えるって奴だな。そのキャッチコピーに釣られる客もいるのだろう。

 王宮に用事のある連中が利用する宿なのかもしれない。


「このホテルはある程度客を選ぶみたい。最低限が騎士もしくは、商会の手代以上ということらしいわ」

「それだとフレイヤは利用できなくなるけど?」

「リオがいるでしょう。男爵の寵姫ということになるのかしら?」


 案外曖昧な選別だな。本音と建前を使い分けているのかもしれない。

 騎士は貴族と同格だと、何時もアレクが言ってたから男爵位を拝命しなくともフレイヤを連れて来れたかもしれないな。


「それより、休暇中に制服とはねぇ……」

「あまり着ないんだから、虫干しも兼ねてるんでしょうね。だけど、汚さないでよ」


 かなり無理な注文だと思ってしまう。

 俺よりも兄であるアレクを心配した方が良いんじゃないかな?


「アレク達が見えないんだけど?」

「兄さん達は別のホテルみたい。筆頭騎士なんだけど、あれではねぇ……。リオに任せると言ってたわ!」


 怒っているから、本来はこっちのホテルということなんだろう。

 だけど、アレクの危機管理能力は見習うべきかもしれないな。アレクの泊るホテルでは制服を着るようなことは無いんじゃないか?

 王宮の招待だと言って、何時もより上等の酒で酒宴をすでに開いていそうだ。

 だが、ローザ様が特に何も言わないところを見ると、このホテルの利用者はこれで良いのだろう。

 騎士団長と副官、傭兵団長、それに新任の男爵と寵姫? にカテリナさん……。

 ひょっとして!


「フレイヤ、着飾っておいた方が良いのかもしれないぞ。場合によっては滅多にみられない人が夕食にやって来るかもしれない」

「それって?」

「俺達の招待主または、その代理ということだろうな」


 時計を見ると夕食には2時間程の間がある。

 早速、部屋のジャグジーを利用してさっぱりと汗を流し、制服に着替えることにした。

 黒いシャツに黒の上下。綿だけど荒野で生活する俺達にはこれで十分だ。マントも黒なんだが、騎士団のエンブレムが刺繍してある。

 ヴィオラの花なんだけど、俺のマントはネコ族のお姉さん達が遊び心を持ったらしく、小さな妖精が隣にいるんだよなぁ……。これが俺の紋章になるのだろうか?

 ローザがマントはいらないと言ってくれたことに感謝して、マントをトランクに戻しておく。


 フレイヤは何時も以上に入念なメイクをしているようだ。

 時間が掛かるだろうから、ベランダに出てタバコに火を点ける。

 小さな灰皿がテーブルに置いてあるから、ここで嗜むなら問題はないのだろう。

 眼下に広がる緑を眺めるのは贅沢な話だ。

 これだけの森を維持できるんだろうから、王宮とは凄いところだな。


「終わったわよ。……それにしても綺麗な森ね」

「フレイヤの実家の林だって見事じゃないか。でも、大きな森には憧れるな」

「隠匿空間にネコ族の人達が植林してたわよ。あれが大きくなったら小さな森になるんでしょうね」


 小さな森でも、陸上艦を下りて散歩が出来れば皆がやって来るんじゃないか?

 安全な森は、皆の憧れでもある。

 できればその一角に、小さな家を作って老後を送りたいところだ。


 振り返ったフレイヤは何時もより輝いている。やはりメイクで女性はいくらでも化けられると言ったところだろう。だけど、それは美人だからこそできるものだ。

 いくらメイクしても、下地が悪ければねぇ……。


 フレイヤは火器を統括する立場でもあるから赤い制服だ。小さなバッグと拳銃のホルスターを付けた装備ベルトを巻いている。

 赤に、黒のベルトだから中々のアクセントに見える。

 珍しくイヤリングを付けているけど、それは以前買ってあげた安物なんだろうな。とはいえ、フレイヤが付けるといかにも高級そうな感じが出ている。

 こんな機会がまだあるかもしれないから、少しまともなものを買って上げた方が良いのかもしれない。


 夕食の時間が少し過ぎたところで、フレイヤを伴って食堂に向かう。

 1階に下りると、直ぐに少年が案内してくれる。

 なるほど、チップがたくさん必要になるな。制服のポケットに銀貨と10レムル銅貨を数枚ずつ入れておいた。

 

 エントランスの奥に、東西に延びた回廊があった。目の前に広がる中庭には、大きな花壇が作らている。昼ならさぞかし綺麗に咲き底る花を見られたんだろうが、夜は回廊の明かりに照らされているから奥まで見ることができない。

 それでも、ちょっと妖艶な感じに見えるんだから、さぞかし有能な庭師が手入れしているに違いない。


 いくつかの扉が左右にあるのだが、ホテルで用意した会議室のようだ。

 食堂は回廊の突き当りのようだな。

 扉の前で、案内してくれた少年に銅貨を手渡すと、少年が扉を開けてくれた。


「失礼ですが、お名前を?」

「ヴィオラ騎士団のリオだが」

「リオ男爵閣下ですね。ご案内いたします」


 食堂から一歩足を踏み入れて周囲を眺めていた俺達に、粋な制服を着たイヌ族の青年が先に立って、案内してくれる。

 空いた席に座ろうと思っていたんだが、俺のイメージする食堂とはだいぶ異なるらしい。


「こちらでございます。お飲み物を直ぐに用意させます」


 大きなテーブルは10人程が座れそうだが、その席に付いているのはカテリナさんとドミニクとレイドラ、それにクリスの4人だけだった。

 青年が引いてくれた椅子にフレイヤが座りその隣に俺が座る。俺の隣がカテリナさんだから、カテリナさんの通りにしていれば恥をかかずに済みそうだ。


「あえて長方形ではなく、丸いテーブルなの。意味は分かるわね」

「身分に囚われずに、ということですか? となると、空いている席に座るのは……」

「来たようね。席を立った方が良いわよ」


 俺の言葉をさえぎってカテリナさんが皆に教えてくれた。

 青年が案内してきた数人を見ると、後ろにヒルダ様とフェダーン様がいるようだ。でもその前を歩く壮年の男性2人は見たことも無いし、ヒルダ様の前にも綺麗な女性がいるようだ。

 ひょっとして!


「そのままで良い。陛下はギスギスした礼儀を好まぬ」

「たぶんとは思っていましたが? やはり来られましたね」


「カテリナに合うのも久しいな。今夜は『お忍び』という奴だ。改まる必要はないぞ。先ずは座ってくれ。ワシも座れんからな」


 カテリナさんが頷くと席に腰を下ろす。俺達も同じように腰を下ろすことにした。

 そんな俺達の仕草を面白そうに眺めながら、国王御一行も席に着く。

 どうやら、夕食は直ぐに始まらないようだな。

 新たなワインが運ばれてくると、陛下がグラスを高く掲げて乾杯となった。


「最終報告書を読ませてもらった。この王国の騎士団が見つけてくれたことを感謝するぞ。あれをハーネスト同盟を組む王国が持つとなれば、連合軍の規模を増やさねばならぬ事態となっていただろう」

「騎士団も臨時徴用の対象となった……、ということだったのですか」


 陛下と隣の壮年の男性が頷いている。

 そんなことになったら、ウエリントン王国と東の2つの王国が作るブラウ同盟の経済活動が混乱してしまうんじゃないか?


「商会ギルドの幹部達が顔を青ざめておりましたわ。それが解決されたことを告げると、功労者へと贈り物を用意する始末。ヒルダが預かっていますから、私達の感謝の品を添えてお渡しします」


 ドミニクが俺に視線を向けて小さく頷いている。ここは「断れ!」ということに違いない。あまり紐付きになるのは騎士団としても問題ということになるのだろう。


「なにぶん平民暮らしでしたから、敬語を上手く使えないことをお詫びします。出来れば、辞退することにしたいのですが……。

 我等は騎士団。自分達の暮らしは自分達で何とかできます。それに、フェダーン様との話し合いで、引退する兵士を1個中隊規模で就職の斡旋をして頂いたことで十分と考える次第」


「まあ、そうかしこまるな。貰えるものは貰っておくのが貴族というものだ。リオは名目ではあるが男爵位。ワシの忠実な僕ではないのかな?

 とは言え、騎士団の矜持もあるのだろう。その辺りの整合は別途図れるようにするつもりだ」


 ちらりとドミニクに顔を向けると、溜息を吐いて下を向いている。隣のカテリナさんが俺の膝をポンと叩く。何か妥協案を持っているんだろうか?


「それなら、ヒルダと調整できそうね。姉様もそれで良いのでしょう?」

「同盟に亀裂を生じることなく、ハーネスト同盟に睨みを効かせられる。それだけで辺境伯の資格は十分でしょう。ヒルダと調整できるなら問題はありませんよ」


 陛下のすぐ隣のお妃様が話をしてくれたけど、その内容よりもカテリナさんのお姉さんが陛下の妃だということの方が驚きだ。

 じろじろ見るわけにはいかないけど、似ている感じがしてたことも確かだ。

 カテリナさんが自由奔放に暮らしているのは、姉さんの地位に関係しているのかも知れない。

 ヒルダ様やフェダーン様にだって敬語を付けないくらいだからね。


「リューネットの言う通りだ。その功績を評価しないわけにもいくまい。ゆるりとプライベートアイランドで過ごすが良いぞ」


 陛下の隣に座る男性が後ろを振り返って合図を送ると、次々と料理が運ばれた来た。

 硬い話はここまでということなんだろう。

 1つ問題があるのは、俺達にきちんとした作法が出来ないということなんだよなぁ。

 カテリナさんの仕草を真似て料理を食べることになったけど、緊張して味わうことが出来なかった。

 

 そんな俺達を哀れんだのか、カテリナさんがリバイアサンの映像を披露してくれたので、俺達のテーブルマナーの悪さをあまり気にもしていないようだ。

 ひょっとして、他の騎士団も俺達と同じような連中が集まっているのかもしれない。

 騎士団なら仕方がない、と思われているに違いない。


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