M-075 フェダーン様の提案
作業台のようなラダーでドッグの桟橋に到着した。
桟橋の大きさに軍の連中が驚いている。これぐらいで驚いているようでは困るんだけどねぇ。
「かなりの大きさだ。戦艦は無理と聞いたが、左右の桟橋を使わねば十分に入ることはできそうだな」
「これが2つあると聞きました。機動要塞を中核とした艦隊を構成していたのかもしれませんね」
フェダーン様と副官の話声が聞こえてくる。
一応、俺の物らしいけど、軍への賃貸も考えた方が良さそうだ。
「皆、揃ってるわね。今度は31階に向かうわよ」
カテリナさんの声を聞いて、カテリナさんの周りに調査隊の面々が集まり始めた。
早く調査を開始したいのだろうが、一応順を追って始めるべきだろう。
ドックを出て、エレベータに乗り込む。10人程度と考えていたが、もっと乗れそうだな。
2つのエレベーターに分かれて乗り込み、駐機区画のある階層へと向かう。
エレベーターホールで人数を確認して、駐機区画へと歩き始めた。
「大きいにゃ! お掃除が大変にゃ」
「2個分隊で足りるかにゃ?」
「小隊規模で集めるにゃ!」
ネコ族のお姉さん達はお掃除をどうするかで話し合ってるみたいだ。
通路の埃が、お姉さん達には許せないんだろうな。
最初から比べると、通路に足跡が付かなくなっているんだが、ネコ族のお姉さんにはまだまだ掃除が足りないと映っているに違いない。
【クリーネ】で除去できる範囲はどれぐらいなんだろう? その辺りはお姉さん達の調査ってことになるのかな。
「この扉を入ると大きな駐機場になるの。目的地は駐機場に隣接してるのよ」
カテリナさんが扉を開けると、駆逐艦を横に並べられるほどの大きな部屋が現れる。
今は戦機が2機と飛行機が2機、コクーンの解凍が半ばまで進んだ状態で置かれている。
飛行機の大きさに目を見開いている連中を、駐機場の横壁にある扉へとカテリナさんが案内する。
「後でゆっくりと見られるでしょう。先ずはこっちに来て頂戴」
足を止めがちな調査隊の連中に、カテリナさんが注意しているけど、やはり2回りほど大きな飛行機に目が向いてしまうようだ。
駐機場から奥に延びる通路を歩き、途中の扉をカテリナさんが開いた。
どうやら目的地に到着できたようだ。
「さあ、入って。荷物は適当に置いて、あの階段に座って頂戴。クッションは無くなったけどね」
「これに座るにゃ!」
ネコ族のお姉さんが素早く皆に配り始めたのは、シュラフの下に敷く簡易なマットだった。4つ折りで畳まれているから、少し厚めのクッションになりそうだ。
「座ったわね。それじゃあ、簡単に説明するわ。アリス、画像をよろしくね」
『了解しました。カテリナ様の言葉を追って用意します』
アリスの言葉は頭の中でなく、天井から聞こえてきた。リバイアサンの通信システムに介入できるようだ。
「さて……、この機動要塞は、リオ君が見つけてウエリントン王国に届けたことで、リオ君の所有が認められたわ。リオ君は、この機動要塞をリバイアサンと名付け、ヴィオラ騎士団の旗艦とした。ここまでは、皆も知ってるわよね。
最初にリオ君が調査した報告書を皆が読んでいると思うから、概略仕様は省くわよ。
次に中間報告書は私が書きあげて昨日皆に配布した通りなんだけど、かなりの部分がブラックボックスであり、見たことも無いような代物があちこちにあるから、その機械がどんな働きをするかが分かるまで触れることを禁じます。解体など言語同断。リバイアサンが暴走したらどんなことになるか想像すらできないの。
見ることと、撮影記録は自由。でも絶対にその場にある機器に手を触れないで頂戴。
現在、リオ君の従者が懸命に調査しているわ。先ほど乗ってきた作業台のような代物も彼女が動かしてくれたの。彼女が許可しない限り動かすことを禁じます。これはリオ男爵の厳命だから、守れなかったらリバイアサンから追放します」
最初に、出来ることとできないことを明確にしたってことかな。
その後は、入室禁止区画の説明が始まった。
49階以上とドッグの底から下の階が入室禁止区画とするようだ。
プライベート区画に動力区画。確かにあまり入域させたくない場所だ。
「扉は取っ手のある位置にある金属板に触れると開きます。エレベーターは20階程度を繋いでいるようだから、3つを乗り継げば最低階から最上階に行けるけど、先ほどの禁止事項の触れないように。
調査は、午前9時から午後6時までの期間とします。昼食は携帯食を利用することになるけど、朝晩は3人のヴィオラ団員に作って貰えるから遅れないようにして頂戴。
3人のヴィオラ騎士団員はリオ君のプライベート区画の調査をしてね。家具の数や寸法もある程度調べておかないと調達することは不可能だもの」
「9時から18時までの9時間は自由に艦内を歩けるのだな?」
「入域禁止区域は立ち入らないで頂戴。それと、2時間ごとに現在地を報告してくれないかしら。魔石通信機がリバイアサンの中では使えるわよ」
「朝食は既に済んでいる。直ぐに調査を始めても良さそうだが?」
「そうね……。それじゃあ、各階の部屋の配置図を配るわ。それを見ながらもう1度部屋の説明をすれば、それほど迷わないと思う。……配ってくれたかしら? 始めるわよ」
各階のあらましをカテリナさんが説明し始めた。
それそれ興味のある区画はあるのだろう。それなりに熱心に聞いている。
説明が終わると、軍人とカテリナさん達が2つに分かれて調査をどこから進めるかを話し合っている。
ネコ族のお姉さんが配ってくれたお茶を飲み終えたところで、2つのチームが部屋を出て行った。
「さて、貴方達はプライベート区画に向かって頂戴。全ての扉は先ほど言ったように手をかざせば開くはずよ。何か分からない時には通信機を使ってね」
「了解にゃ! 専用のエレベーターがあるなんてすごいにゃ」
荷物を置くと小さなバッグを背負って走って行ったけど、だいじょうぶかな? ちょっと心配になってきた。
『さて、我等は制御室に向かうのじゃな?』
「各チームの状況が分かりますし、生体電脳という記録と制御を行う人工頭脳が私達の疑問に答えてくれるでしょう。分からない部分はアリスが補足してくれます」
『さても頼もしい人物じゃな。フェダーン殿、そろそろ出掛けようぞ』
俺達は40階の制御室へと向かう。
エレベーターで40階に移動して、通路をしばらく歩くことになるんだが、この移動距離が問題だな。
人数が多ければ、役割分担もできるんだろうけどね。
制御室に入った途端、2人の目が見開いた。
どうやら陸上艦のブリッジを想像していたようだが、リバイアサンの制御室は完全に密閉された建物の中心位置にある。
「外を、あの映像で見るということか……」
「出掛けた連中も、あのように見ることができるのであれば、変な動きをすれば直ぐに分かるということじゃな。なるほど、この場所で全てを統括できるということが良く理解できる」
「それに、ここならリバイアサンの生態電脳とアリスを通して会話ができるのが一番ね。アリス、よろしくお願いするわ」
『了解しました。ガネーシャ様はドックに向かわれたようです。戦闘艦の解凍を継続するのでしょう。フェダーン様の副官達は21階にある砲塔群に向かっているようです。生活部からの3人はホールの扉を呆気に取られて見ているようですね』
「あれはヒルダも欲しがってたけど、リオ君のだからと言っておいたわ。残念そうだったけど、その内にやって来るんじゃないかしら」
「ヒルダも欲しがるとは、一度見ておきたいものだ」
「ここからでも見れるわよ。アリスお願いできる?」
『了解しました。中央のスクリーンをご覧ください……』
アリスが解説を交えて、エレベーターホールにある青銅の大扉を映し出した。
まだネコ族のお姉さん達が見上げているから、その扉がいかに大きいかが理解できる。
ここはカテリナさんに任せて、とりあえず一服を楽しもう。
制御室入り口近くの回廊を巡って、外に出る通路の扉を開ける。
直ぐにシステムが動きだして、テラスに通じる通路が現れた。10m程進んで突き当りの扉を開くと、空中に張りだしたようなテラスが出来ている。
タバコに火を点けると、擁壁に体を預けて一服を楽しむ。
贅沢な場所だ。
地上を這う魔獣に対する危険性は全くないし、空を飛ぶ魔獣も何故かリバイアサンには近づかないようだ。
「ほう、ここならタバコが楽しめるのか」
フェダーン様の声に振り返ると、笑みを浮かべて俺を見ている。
あまり良くない雰囲気だな。無理難題を押し付けられそうだ。
「フェダーン様、お1人ですか?」
「まあ、そうだな。カテリナと導師はアリスと一緒に何やら話をしているようだ。私には、皆目見当のつかない話だから……」
バッグから畳まれたシートを取り出すと、その上に座り、今度はスキットルと小さなカップを取り出した。
「一緒に飲まないか?」
カップを俺に差し出して、もう1つを片手に持っている。
ここは受け取るべきなんだろうな。シートの片隅にあぐらをかいて、カップを受け取ると、俺の座り方を珍しそうな表情で見ている。
「変わった座り方だな。とりあえず……。リバイアサンに!」
カップを互いに合わせると、小さなカップの中もを一気に飲み干したんだが、これって蒸留酒じゃないか! 喉が焼けるようだ。
「この座り方なら、直ぐに立てるんですよ。……それにしても強い酒ですね」
「一気に飲むからだ。それより、ヴィオラ騎士団はリバイアサンを動かす人材を確保できるのか?」
空になったカップに、フェダーン様がスキットルを傾けて新たに注いでくれた。
やはり、人材不足を気にしているようだ。
アリスが最初に報告してくれたリバイアサンの乗員は3千人以上5千人未満だったからなぁ……。
ヴィオラ騎士団の旧団員や、ドミニク達の知り合いを搔き集めても100人を超えるかどうか。さらにドックにある戦闘艦だって、100人近い乗員が必要だろう。
操船や火器管制を遠隔操作するとしても、ドックでの艦船収容等にはどうしても現場作業員が必要になってしまう。
「たぶん難しいでしょうね。最低でも1千人は欲しいところですが、100人を集められるかどうかでしょう」
フェダーン様が俺の言葉に笑みを浮かべる。
「そうであろうな。騎士団は案外閉鎖的だ。集めるにしても、一線を去った者達が主流になるであろう。
そこで私からの提案だ。退役軍人を1個中隊引き取って貰えぬか? 退役と言っても、実年齢で40歳前後、肉体年齢は30歳ほどだ。まだまだ活躍できるのだが、軍規では退役年齢となるのだ」
年金暮らしが難しいということなんだろうか?
軍の方で、仕事を斡旋してあげるんだろうけど、求人数が退役者数に満たないということが毎年のように続いているらしい。
「まだま現役を続けられるのだが、軍規を改正する動きが鈍いのだ。平和な時代であることは良いことなのだがな」
「魅力的な話ですが、ドミニクに話すべきではないのですか?」
俺の顔をポカンとした顔で見ていたが、カップの中身をグイッと飲み干して、慢心の笑みを俺に向けてくる。
「リオの考える通りで良いそうだ。私の提案を聞いて副官と顔を見合わせていたぞ。ほっとした表情を浮かべてな」
「少し考えさせてください。中隊規模となると……、駆逐艦2隻分に相当する人数になるんじゃないですか? その給与も考えませんと」
「案ずるな。年金は出るのだ。とはいえ、まだ老人ではない。上乗せ分の給与を準備すれば良かろう。アリスを使えば1日で年間の給与を狩れるはずだ」
魔石狩りをすれば良いってことか?
確かに手ではあるし、俺も考えていたんだけどねぇ。