M-072 観測室を見付けた
カテリナさんの腕が俺を放してくれたところで、急いで毛布から抜け出した。
衣服を整えながら、カテリナさんの寝姿を見ることにも慣れた感じがする。装備ベルトを締めたところで、カテリナさんを起こすと駐機区域へと歩き出した。
「今日は?」
「ガネーシャ達に、制御室とドックを見せることにするわ。その後は、コクーンを解くのを任せるつもり。私は……、最上階を見てみようと思ってるんだけど」
49階と50階はプライベート区画だが、その上に2つのフロアがある。
確かに気になるな。俺も付いて行ってみよう。
ガネーシャ達と合流したところで、離着陸デッキを展開して朝食を一緒に取る。
自動走行状態だから、景色を眺めながらの食事になるんだが、生憎と砂の海だからねぇ……。ゆったりとした荒れ地の起伏がどこまでも続いているのが見られるだけだ。
「周囲の警戒もせずに、砂の海の中で朝食が取れるとは思いませんでした」
「ここなら安全よ。強いて言うなら大型の猛禽類や飛行魔獣が厄介なんだけど、今まで一度も姿を見せないのよね」
ガネーシャが連れてきた魔導士の呟きを聞いたカテリナさんが説明しているけど、それもおかしな話ではある。
鳥達が忌避する未知のエナルギーを放射しているのだろうか?
「これからドックに案内するわ。夕食はここで取れるように行動して頂戴」
「小型の魔道通信機を持ってきました。カテリナさんに1台渡しておきます」
ガネーシャが魔法の袋から、ショルダーバックほどの大きさの通信機を取り出してカテリナさんに渡している。
「迷子にならないようにしてね。それと、むやみにスイッチ類には触れないように! どんな魔法が作動するか分からない状態であることを、胸に刻んでおいて頂戴」
「それぐらいは分かっています。興味はありますが、この中で試すことは致しません」
「我等に、調査の機会を与えてくださったことを感謝しております。自制心を失うことなく、進めていきます」
ガネーシャ達の返答に一々カテリナさんが頷きながら聞いている。
ちゃんと約束をしておけば、破った時は追い出せそうだ。カテリナさんとの付き合いが長いから、弟子もかなり感化されているんじゃないかと心配だったんだよなぁ。
朝食を終えると、先ずはガネーシャ達をドックに案内する。
広大な空間にガネーシャ達が目を見開いていた。
「魔方陣はこんな場所に隠されてるの。あちこち開いて確認してみると良いわ。でも、ちゃんと閉じて頂戴ね」
カテリナさんが桟橋を少し下りた位置で、壁面の金属板を外して教えている。
隠すことは無いと思うんだけどねぇ。この機動要塞を作った連中は、奥ゆかしい連中ばかりだったのかもしれない。
「あの奥に見えるのがコクーンよ。戦闘艦が入っていると思うんだけど」
「解凍してよろしいのでしょうか?」
「お願い。その後は、カーゴ区域の戦機もよ」
機動要塞内の魔方陣の調査の見返りが、コクーンの解凍ということなんだろう。
新たな魔方陣というよりは、初期の魔方陣になるはずだ。魔方陣の原点を探ることで、新たな魔方陣の構築を図ろうと考えているに違いない。
「夕食時には、カーゴ区画に戻ってね!」
再度カテリナさんが念を押したところで、俺達はドックを後にした。
アリスによれば監視用の区画になるらしいのだが、最上階は一辺が30mほどの1部屋だけなんだよなぁ。テーブルを並べて展望レストランのような運用をしてたんだろうか?
エレベーターを乗りついで、上階へと向かう。
どうやら、指揮官のプライベート階に向かうエレベーターは限定されているらしい。現在乗っているエレベーターには、49、50階に相当する表示が欠落していた。
「一般兵の立ち入りを制限していたみたい。ハーレムみたいな構造だからかしら?」
「俺達で占有しても良いんでしょうか?」
「頑張って、ハーレムを作りなさいな。男の願望でしょう?」
俺で遊んでいるんだから困った人だ。
とは言え、この世界の貴族は一般市民と乖離したような生活をしていることも確かだ。古代帝国ではそれが更に極端だったのかもしれない。
この機動要塞で一般兵が指揮官を見ることはほとんどなかったかもしれないな。
エレベーターが停まって、扉が開く。
エレベーターが3基並んだホールはそれほど大きくはない。左右に伸びた通路の左方向を選んで歩くと直ぐに外周通路に出た。
一定間隔で左右に扉がある。1つずつ開いて中を確認すると、待機所であったり兵員室や小さな食堂まで作られていた。
「この区画だけで、独立してたんでしょうか?」
「勤務シフトが他の兵種と合わなかっただけかもしれないわよ。でも生活区画ばかりね。これなら、下層階の兵士の居住区と変わらない気もするわ」
感想を話し合いながら部屋の確認を進めていくと、今までとは構造の異なる扉が出現した。
ほとんどの部屋が片開だったんだけど、この扉は左右開きで、開放すれば横幅が3mにもなりそうだ。
「ちょっと楽しみね。開けるわよ」
ワクワクした口調でカテリナさんが呟いたと思ったら、すぐに扉を開いた。
扉の開放が、部屋の照明と連動しているのだろうか? 突然真っ暗な室内が明るく照らし出される。
「中心の柱の周囲にスクリーンが並んでますね。あれはテーブルにしては大きいですが、何らかの作業台には違いありません」
「制御室とは異なるようね。でも、周辺の監視はこの場で行える……。やはり、周辺監視と何らかの観測室と考えた方が良さそうね。稼働するのかしら?」
『マスター、左手の指揮者用操作卓に移動してくれませんか? 4面のスクリーンがある操作卓です』
「あれだな! 了解だ」
アリスの指示で操作卓に向かうと、俺の体がロックされた。
俺の意思に関係なく両腕がテーブルに向かい、塵を片手で払うとテーブルの上の文字盤に指が踊り始める。
突然、部屋の中のスクリーンが全て起動した。
周辺部を映し出すものがほとんどだから、やはり監視室というのが正しいのだろう。
『起動しました。マスターの権限で操作をロックしてあります。この部屋で機動要塞の周辺30kmを監視していたようです』
「監視だけかしら?」
カテリナさんも気が付いたみたいだな。監視だけならこんな大げさな装置は必要ないはずだ。
『観測も行っていたようです。中央の柱は上階の測距儀の軸のようですから、機動要塞の艦砲の照準の要でもあります』
「射撃の方法が機械化されていると?」
『方位盤、測距儀、的針的速盤、射撃諸元計算盤の4つの操作卓があります。通常は周辺監視を行い、戦闘時は観測室として機能していたと推測します』
アリスの言葉を聞いて、カテリナさんが俺に顔を向ける。
驚いたという感じを通り越しているんだけど……。
「計算で射撃を行うの? 目標に向かって撃てば良いんじゃなくて?」
「それだけ正確な射撃ができるんじゃないでしょうか? もっとも近接戦闘であれば砲の数が左右しそうに思えますけどね」
上階に行ける階段を部屋の隅に見つけたところで、最上階に向かうことにした。
最上階は、がらんとした部屋だ。床から天井までのガラスが4方向に張られているが、部屋の中央に直径数mの不思議な装置が設置されている。
上下2段に横幅10m近い腕が延ばされており、どうやら大きなレンズが取り付けられていた。
「大型の距離計ね。ウエリントンの戦艦でさえ距離計は兵士が持てる大きさなのよ」
感心してカテリナさんが見上げているけど、それって陸戦用の距離計なんじゃないかな?
遠距離射撃を行わないなら、それでも十分かもしれないけどね。
「壁は全てガラス張りみたいだけど、かなりの厚さがあるみたい。戦闘時には開放部を部分的に閉じるのかしら」
「それだと射撃の計算が出来なくなりますよ。たぶん何らかの力場を構築していたんでしょう」
突然、あることに気が付いてしまった。
ひょっとして、機動要塞の艦砲は俺達が考えていた砲以外にもあるんじゃないか?
俺達の考え付かないような遠方を攻撃する手段で、しかも搭載された砲の数が少ないとなれば、このような精密射撃を考えることになったはずだ。
アリスは周辺30kmを監視対象としていると言っていたけど、もう少し距離が伸ばせるのかもしれないな。
やはり、もう1つまだ見つけられない兵器がどこかにあるように思える。
「ガラス窓近くにテーブルセットを置いても良さそうね。あまり開放はしたくないけど」
「これって精密機械ですよ。できれば出入り禁止としたいところです」
「ん? リオ君は、射撃の制御について分かるのかしら。少し教えて欲しいところだけど時間が無いから、次に行きましょう」
次はどこに行くんだろう?
カテリナさんの後に付いて向かった先は、35階から下に向かっての探索らしい。
「兵装区画のようね。初期の魔撃槍のような大砲や、火薬を使用した大砲まであるみたい」
「全て隠匿された砲塔ですね。外から見たらこの階高になるとは思われないでしょう」
機動要塞の中央部よりやや下になるはずだが、攻撃を受ける側にとってはそれよりも密集した砲弾が飛んでくる方が恐ろしいに違いない。
「これだと、それほど遠くに飛ばないんじゃないかしら? 10カム(15km)程度が良いところよ。最大射程では正確な射撃が出来そうも無いし……」
「軍の戦艦でも、それほど遠距離で会戦するとは思えませんが?」
「そうね……。聞いた話では8カム(12km)程度で撃ちあうらしいわ」
なら、一方的に攻撃できそうだな。砲弾が数十発飛ぶんだから散布界もそれなりに広いはずだ。散布界に数回囚われたら、何発かは命中するだろう。
カテリナさんの興味は中々尽きないなぁ。
このままだと、しばらくはこの要塞で過ごすことになりそうだ。