M-069 リバイアサンの内部構成
王都を出て4日後の早朝。
カーゴ区域にはベルッド爺さんだけが俺達を待っていた。
「出掛けるのか? 早く見たいものじゃな。冥途の土産話としては最高じゃろう」
「まだ寿命は半分あるじゃない。私の方が先に行くわ」
凄い挨拶をしてるけど、ベルッド爺さん達の種族は長命ということなんだろう。
エルフ族もいるのかな? まだ会ったことがないけど、その内に出会えるかもしれない。
「カテリナさんが先にのってください。荷物はそのトランク2つですか?」
「そうよ。場合によっては長くなりそうでしょう?」
その時は、アリスに乗って帰れば良いと思うんだけどねぇ……。
アリスのコクピットに乗り込むと、ベルッド爺さんがカーゴ区域に誰もいないことを確認しているのが見えた。
アリスに向かって片手で丸を描くと、カーゴ区域の光景がぐにゃりと歪む。
次の瞬間。大きな空間の中央に、アリスが具現化する。
「ここがそうなのね……。だいぶ明るいのは、主動力炉を動かしたということなんでしょうけど」
「最初は薄暗かったですよ。あのコクーンが戦機だと思うんですが」
「そうね。間違いないわ。あっちのひし形が飛行機なんでしょうね。なるほど、二回りは大きいわ」
コクピットから下りると、先ずは制御室に向かう。今度はエレベーターが使えるから、楽な移動だな。
エアロックのような区画の先の扉を開けた瞬間、カテリナさんが感嘆の声を上げた。
「ワァオ! ……なにこれ?」
『リバイアサンの制御室です。各部署に分散配置された制御装置を個々で統括できます』
「ここが壊れた場合でも各部署の制御装置は個別に動かせるのかしら?」
『独立分散制御システムの基本構想を踏襲しています』
「後で詳しく教えてね」
カテリナさんにも理解できないシステムということなんだろうが、俺には少し理解できるな。
要するに制御システムの階層化を図ったものだろう。
この制御室は1つしかないけど、リバイアサンの各現場にその場所を統括できる制御装置があるということに違いない。
航行区画の制御卓と舵輪でリバイアサンを動かせるが、どこか別の場所に操舵室があるのかもしれないな。
たとえ制御室が破壊されても、リバイアサンを動かせるということに違いない。
「ここがリオ君の座る位置ね。操舵装置は舵輪があるから私にも分かるけど、5つの区画は何かを専用に扱うようね」
『現在マスター達のいる区画が指揮区画、その左右が通信と航行の区画です。前方の3つは左から火器、運行、機関と桟橋の区画になります』
「リバイアサンを動かすには、航行区画にある舵輪を使う必要があるのかしら?」
『基本的な動きだけなら、現在の場所で可能です。細かな機動を行うには、前方の航行区画で制御を行う必要があります』
カテリナさんがふんふんと相槌を打ちながら、バングルから聞こえてくるアリスの話を聞いている。
直ぐに動かすつもりなんだろうか?
「この区画を使った基本制御では、どれぐらいの速度が出せるのかしら?」
『時速10カム(15km)程度と推測します』
「アリス単独で動かせる? やはりリオ君の手が必要かしら」
『生体電脳に指示を出すことで運行は可能です。どこに向かいますか?』
アリスの問いに、カテリナさんが俺に顔を向けて首を傾げながら考え込んでいる。
「隠匿空間の手前に移動するという話でしたよ。リバイアサンの調査をするためにも近場が一番です」
「そうね……。隠匿空間の2カム(3km)南西にお願いできる?」
『了解しました。最終到達座標の入力終了。移動速度を毎時10カムに設定。高度制御を自動に設定……。生体電脳が指示受信を確認。……リバイアサン、起動します!』
アリスの言葉が終わると同時に足元から低い振動が伝わってきた。
正面の3面のスクリーンが周囲の光景を映し出す。
瞬く間に霧が拡散していった。
湖に波紋が広がりはじめ、やがて同心円状に波が幾重にも広がっていく。
「浮上した?」
「さすがにタイヤで動くわけではないようね。半重力の魔方陣を使っているのかもしれないわ。10スタム(15m)ほど浮上して移動するんでしょうね。どんな魔方陣なのか楽しみだわ」
『現在地上5スタム(7.5m)で北北東に移動中。現在の速度は毎時3ケム(4.5km)徐々に上昇しています』
「主動力炉の出力は?」
『12%前後です』
まだまだ余裕ということか……。残りの出力は何に使用するのだろう?
「アリス。周囲の監視をしてくれ。高度が低いから他の騎士団と衝突しないとも限らない」
『了解です。……自動回避機能をコントロールに追加。リバイアサンへ20カム(30km)以内に接近する物体が現れた場合は警報を出します』
うんうんとカテリナさんが頷いている。
「それなら、リオ君と探検できそうね。アリス、状況に変化が生じたら教えてくれない?」
『了解しました。探検でしたら、左舷ドックを確認してください。どうやら大型のコクーンが存在するようです』
「何かしら?」
「見れば分かるでしょう。場所は……、ここですね。地図が無いと迷子になってしまいそうです」
腕先に仮想スクリーンを作って、リバイアサンのナビをアリスに表示して貰った。
矢印の通りに進めば良いだけだから、便利に使えるな。
エレベーターに向かって歩き、途中で一度エレベーターを乗り換える。
どうやら最下階から最上階に至るエレベーターはないらしい。20階層ほどを1つの単位としている。
エレベーターを下りて回廊をしばらく歩くと、細長い区画に出る扉があった。
この先がドックということになるんだろうな。
3m四方ほどもある扉の金属板に手をかざすと扉が横にスライドした。
目の前に巨大な桟橋が現れる。
桟橋の長さは300mを越えてるんじゃないかな? 幅も15mはありそうだ。
天井照明と壁の照明で真昼のような明るさがある。
「凄いわね。王国軍の巡洋艦なら1つの桟橋に2隻停泊できそうだわ」
「それより、あれを見て下さい。アリスが言っていたコクーンは、戦機じゃなくて戦闘艦のようですよ」
コクーン化されているから詳しくは分からないが、少なくとも駆逐艦よりは小型に見える。
傍に寄ってみると、全長は80m近くありそうだ。
「古代帝国の2つ目の遺産になるのかしら? これがドラゴンの正体かも知れなくてよ」
「アリス。どうやら戦闘艦のようだ。記憶槽に仕様が残っていないか確認してくれ」
『確認しました。小型支援艦の大きさと一致しています。最大時速45km、主砲は90mm連装砲塔が2基船首に搭載されています。副砲は30mm単装機関砲塔が両舷に各2基。多目的戦闘艦のようです』
かなりの重武装に思える。
「口径6スタムの連装砲を持っているようです。2スタムの砲が4門あるようですが対空用かもしれません」
上階に向かう前に、端末を使ってリバイアサンの階層を再度確認する。
大規模な施設だから、ある程度事前に確認してから向かった方が手戻りが少ないだろう。
機動要塞は、階高6mを基準にしておよそ50階あるのだが、それを10個の区画で分けているようだ。
ピラミッドの底面には駆動区画があるようだが、完全にノー・メンテナンスを前提に作られたらしく、内部からでも入ることができない。
その直上に設けられた4階層の動力区画の底面がリバイアサンの1階になるらしい。
もっとも、3階までは低濃度酸素区域らしく、換気を行わない限り人が入ることはできないようだ。
ドック区画は5階から14階までの区画だ。
9階層分を持つのは、巡洋艦クラスを停泊させるためなんだろう。
余剰空間が無いほど、たくさんの倉庫や、小さな工作場があるようだ。
戦闘区画は15階から24階になる。
120mm連装砲塔72基、30mm連装速射砲塔40基が備えられている。弾薬庫も倉庫群の中心部にあるようだ。
フロア配置図に空白部分が多いのもこの区画の特徴だ。たぶん、まだ知られていない武器が隠されているのかもしれない。
25階から30階までが兵員区画ということになるのだろう。
兵士達の部屋以外に、食堂、体育館、売店、演劇ホールまで作られている。
駐機区画は31階から38階を占有している。
2つの駐機場に各々中隊規模の戦機と飛行機が収容できるようだ。修理や改造が可能な工作場も隣接しているし、小さな弾薬庫も持っている。
39階から43階も兵員区画のようだが、こちらは兵員室が小さいようだ。士官用の個室ということになるのだろう。
部屋数が多いのは、来客用の部屋として利用することを考えていたのかもしれない。
プールまで作られているんだから、軍用施設としてはかなり贅沢なんだろうな。
制御区画は44階から47階までを占有している。
44階は封印区画だ。どこにも扉が存在しない。
たぶん生体電脳が収められているのだろう。記憶槽もこの部屋にあるのかもしれないな。
制御室は45階と46階の吹き抜け構造だ。天井が高いし、ひな壇のような制御区画を持っているためなんだろう。
47階は部屋がたくさんあるようだ。当直室や休憩所が作れてていたのかもしれない。
「一番の興味はこれなのよね」
カテリナさんが制御区画の上の3階層を見て呟いた。
47階までの階層とは全く異なる構造が部屋配置に示されている。
とはいえ、47階は多分倉庫になるんだろう。同じ大きさの部屋が整然と並んでいる。
だが、49階と50階は中央直径20mほどのの丸いコアを中心に回廊のような空間が作られており、外壁に面していくつかの部屋があるようだ。
「王都の美術館がこんな部屋の配置をしていたわ」
「機動要塞ですよ。さすがに美術館を作ることはないでしょう」
「だとすれば、もう1つ考えられるのは、貴族舘ということになるんでしょうね。
帝国と言われるくらいだから貴族達がたくさんいたはずよ。当然、勢を凝らした部屋を作るんじゃないかしら」
「ウエリントン王国の貴族もそうなんですか?」
「かなりのものよ。もしそうならなら、リオ君に丁度良いわ」
できれば小さな部屋が良いんだけどねぇ。大きいと落ち着かないんだよな。
カテリナさんが嬉しそうに立ち上がると、俺の手を引いて近くのエレベーターに向かっていく。
早く見たいということなのかな?
俺達は調査に来たんであって、興味を満たすために来たんじゃないんだけどねぇ……。
リバイアサンのエレベーターは全フロアを1つで行くことができない。
最大でも30階層ほどだからエレベーターを乗りついで向かったのだが、目的地に到達できるエレベーターは制御区画からの直通だけだった。
エレベータ―を出た時、思わずため息が漏れてしまった。
エレベーターホールだけで直径20mは越えているんじゃないか?
大理石の列柱が周囲を取り囲み、その間には台座に乗った女性の彫像が並んでいた。
真っ直ぐ前にある大きな扉は、金属性のようだが銀色に輝いている。
その表面はち密な彫刻が何かを物語るように彫られていた。
「良いわねぇ。思った通りだった。この区画だけでどれだけの金貨を積むか想像できなくてよ。さあ、行ってみましょう!」
とんでもない代物だ。この先はもっととんでもないものがあるんじゃないか?
立ち止まってしまった俺の腕を引っ張るようにしてカテリナさんが扉に向かって進んでいく。
高さが5mはありそうな扉だ。
開くんだろうか? ちょっと心配しながらも扉に左手をかざすと、ゆっくりと音も無く扉が左右に分かれて開いた。
扉の先は回廊のようだ。飾り棚や絵を飾ったのであろう窪みが、両側の壁にいくつもある。
10m程進むと、左右に扉があった。
開いてみると、片側は円卓を持った会議室のようだ。もう片方は、何もないがらんどうの部屋だった。
「会議室かしら?」
「応接室かもしれませんよ。残骸がいくつかあります」
やがて通路が行き止まりになったところにエレベーターのようなものがあった。箱ではなく、床を上下させる仕組みのようだな。
そのエレベーターの左右には、幅の広い回廊が左右に伸びている。
「客室のようね。この区画は大きなホールになっているわ」
「客室だけで5部屋ですか……。小さな部屋までありますよ」
「メイドルームね。貴族ならメイドも連れてくるはずよ」
無駄の極致ってことかな……。そう思っていたんだが、上階に向かって更なる極致を見てしまった。
何と、回廊の中心にある壁全体がスクリーンなのだ。
熱帯魚が泳ぐ姿を見て、思わず足を止めてしまったくらいだからなぁ。
そのスクリーンの前が体育館ほどの空間になっている。奥にカウンターがあるのは、ミニバーというところだろうか。
いくつか朽ちた残材があるのは、かつてのソファーセットだろう。
回廊とも思えない空間を一回りしてみると、中央の円筒形の壁にはいつも海中の姿が映されていた。
「外側は個室のようね。全部で7部屋だけど、一番大きいのが入り口の反対側になるみたい」
「部屋と言ってもリビングに寝室ですよ。その上、シャワールームまであるんですから、考えてしまいますね」
「そうでもないわよ。この大きな区画がここの指揮官室なんでしょうね。左右の3室は側室の部屋だと思うわ。ここはプライベートエリアということね。
それに……、ここを開けてくれない?」
一番大きな部屋のシャワー室に続く通路の先にあったのは、大きなジャグジーだった。
10m四方はあるんじゃないか? その周りを囲むように残骸があるのは、木製のデッキでもあったんだろうか?
入り口近くに扉とは異なる金属板があるのに気が付いて、手をかざしてみる。
壁の一角が外向きに開いてデッキに変わった。
露天風呂みたいな感じなのかな?
地上300m近いはずだから、誰にも覗かれることは無いだろうけど……。
「早く、内装を整えたいわ」
「小さくした方が良いんじゃありませんか?」
「このままで良いんじゃないかしら? 誰もが羨む男爵の館になりそうね」
そんなことを言ってるけど、安物の内装って分けには行かないんじゃないかな?
それなりの品ってことになりそうだけど、どれぐらい費用が掛かるのか見当もできない。
メイド室にベッドを持ち込めば、十分に暮らせるような気がするんだけど……。