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M-068 温故知新


 夕食が終わると、出発の準備が慌ただしく始まった。

 フレイヤは広域監視と火器管制の統括ということだから、色々とあるんだろう。

 ブリッジの最上階にある詰め所に向かったようだ。

 たぶん今夜は帰ってこれないんじゃないかな? 1人でのんびりとしていよう。


 やがてヴィオラが動き出した。

 今回は3隻での航海だ。海賊も寄っては来ないだろうな。同行するのが駆逐艦だから飛行機は無いだろうと思っていたのだが、昔のヴィオラに2機搭載しているらしい。

 舷側砲を撤去しているから、その分の空間を利用したのかもしれないな。


 陸港の広大な広場を抜けると、真っ直ぐに北上する。

 明日の昼前には北の防壁を越えられるということだが、王都の光景をあまり見る機会が無いんだよなぁ。

 シェラカップにクラッシュアイスをたっぷり入れてブランディーを注ぐ。

 しばらくはデッキで王都の夜景を堪能しよう。


 石とガラスで建てられたような10階建ての建物が道幅100mを越す通りの両側に林立している。

 窓の中に人影が見えるから、まだまだ働いている人がいるようだ。

 いや、24時間体制で会社が動いているのかもしれない。

 大通りの両側にある並木通りにも人の姿が結構あるようだ。

 低位緯度だから日中の気温が高く、日差しも強い。

 涼しくなって、強い日差しがなくなったから、人が外に出てきたのかもしれないな。


「やはりここにいたのね」

 

 声に振り向いた先に、カテリナさんが笑みを浮かべている。

 テーブル越しに椅子があるんだけど、俺に抱き着くようにしてベンチに腰を下ろした。


「ちょっと前を見せてくれない?」

 

 首を傾げながらも服の前を開くと、大きな虫メガネのような代物を白衣のポケットから取り出した。

 どう考えてもポケットと道具の大きさが合わない。あのポケット自体が魔法の袋になっているんだろうか?


 カテリナさんが短い詠唱をすると、一瞬虫眼鏡の全体がほんのりと輝いた。

 その魔道具で、俺の体を入念に調べ始めたのだが……。


「はい、診察終了よ。健康そのものだから、何も心配はいらないわよ」

「突然、診察ですか。王都で流行り病でも?」

「定期診断だから、何も起きてないわ。フレイヤもいないし……」


 俺の衣服を脱がせると、白衣の前を開く。

 白衣だけ来てたみたいだな。そのまま俺に抱き着いてきた。


 思わず、周囲に目を向けたのはやましいことだと思っての行動に違いない。

 明かりを消した舷側のデッキなど、誰も気に留めることなど無いはずだ。

 周囲の建物の明かりがたまに俺達を照らすけど、いつの間にか俺も気にしなくなったのはカテリナさんに感化されたのかもしれない。


 ゆっくりとカテリナさんが俺から体を放すと、左手のシャワーブースに白衣を持って入っていった。しばらくするとシャワーの音に混じってハミングが聞こえてくる。

 俺も衣服を整えておこう。

 部屋に戻って、ワインとグラス、それに灰皿を運んでくる。。

 タバコに火を点けて周囲に目を向けると、いつの間にか通りに面した建物の高さが低くなっているようだ。

 石とガラスで作られたような建物が、石造りの建物にガラスの窓を付けたと分かるものになってきている。

 それだけ王都の中心部から離れたということになるんだろうな。

 1時間も過ぎれば、農業区画に変わってしまいそうだ。


「ワインを用意してくれたのね。頂きましょう」

 

 カテリナさんが濡れた髪を拭こうともせずに、タオルだけ体に羽織っている。

 本当に、ウエリントン王国にその人ありと言われた存在なんだろうか?


「前に、リオ君が魔道大戦で魔石が作られるようになったと言っていたわよね」

「ええ、言いましたけど……」

「サークルの連中に王宮の文献を調べさせたの。リオ君の考えは当たってたわ。魔道大戦前に作られたと言われている一番古い祈祷書には、どこにも魔法と魔石の言葉が無かったと報告があったの」


 やはり、ということだろう。

 魔気と魔石それに魔獣は人工的に作られたものだ。


「でも、おかしんじゃない? 魔石は後の世で作られるようになったとしたら、魔気を利用した技術は魔道大戦以前から無くては、大帝国を作るなど不可能に思えるけど?」

「魔気を使わない方法なら色々とありますよ。魔気が1つの文明の発展を阻害しているようにも思えます」


 意味深な表情をしながら、カテリナさんがワインを口に含んだ。

 天才か天災なのか分からないけど、頭の良さはアリスに次ぐからなぁ。どんな考えがあの頭の中で行われているのか知りたいところだ。


「魔気も大戦で作られたと?」

「そう考えます。たぶんそれまでの科学を一変した何かがあったんでしょうね。誰かがそれを作り出す方法を見付けたのかもしれません。理論が現実になれば応用は短時間で可能でしょう」


 戦争は科学技術さえ一気に発展するぐらいだ。高度な文明を持った種族が500年以上戦を続けたらしいから、その技術も年を経るに従って発展したに違いない。最後はそれのよって滅びたのは当然かもしれないな。

 後の文明はその一部を使って発展してきたんだろうが、魔法と魔道科学だけの発展に傾いてしまった。

 国土の荒廃でインフラが壊滅したのなら、衣食住を魔法に頼るしかなかったのだろう。

 人間以外の種族も魔道大戦で生まれたのかもしれないな。

 優秀な兵士を遺伝子改造で作りだすぐらいはできたのだろう。

 その考えは、魔石を効率的に作り出す手段としての魔獣の存在を証明しているようにも思える。

 となると、最後の疑問は魔気を作り出す存在になるんだが……。


「リオ君も深く考える時があるのね?」

「えっ……。すみません。ちょっと別なことを考えてました」


「出来れば、聞かせて欲しいんだけど……」

「済みません。今は止めときます。まだ朧げな情報を元に、断片を整理しているようなものですから」


 できれば導師とこの問題を語り合いところだ。

 カテリナさんには、少し荷が重いようにも思えるんだよね。


「アリスが言った言葉を覚えているわ。『相対する魔石を融合させて対消滅を起こす……』私には何の事か分からないけど、リオ君は『核融合』という言葉を使ってアリスに問い掛けていた……。おぼろげな理解ができるようね?」

「理解はできても理論を教えることなどできませんよ。ましてそれを作るとなると、現実には不可能でしょう」


 大規模な広域魔法は未だに形にならないし、将来的にもできないだろう。その威力と制御が可能な理論が抜けてしまっている。理論物理学が滅ぶとともに、泰明期であった魔道科学の貴重な文献も失ってしまったのは、この世界にとって幸いだったのかもしれない。


「魔道科学は、停滞期に入っているの。新たな理論を組み立てられる人物は数えるほどね。このままの状態を維持させるだけなら問題は無いんだろうけど、それでは文明を発展させることができないわ」

「発想の転換が必要になるということですか……。そう言う意味では機動要塞は良いテキストになるかもしれません。『古きを訪ねて新しきを知る』という言葉もありますし、『ルネサンス』という運動もありますよ」


「おもしろい諺ね。それに響きの良い言葉だわ。導師を核にして『ルネサンス』を始めようかしら」


 ワインのグラスを取って、「ルネッサンス!」と2人で言葉を出してグラスを鳴らした。

 悪いことにはならないだろう。自然科学が芽吹いてくれたなら、案外魔法の使用が減るんじゃないかな。

 しかも、それには長い年月が必要だ。騎士団の仕事が直ぐに無くなるということにはならないだろう。


 すでに通りの周囲には全く建物が無くなってしまった。

 いつの間にか農業区画に入っていたようだ。

 タバコをもう1本楽しんだところで部屋に戻ったんだが……。

 再びカテリナさんに囚われてしまった。


「良いことを教えて貰ったんだから、サービスはしないとね」

 

 耳元で囁かれても、ちっとも嬉しくないけど、カテリナさんを抱いてしまうのは男のサガという奴なんだろうな。


 窓の外が明るくなるころに、ようやく解放してくれた。

「またね!」と手を振りながら部屋を出て行ったけど、これでどうにか寝られるのかな?

 リビングのベンチを元に戻して、衣服を脱いだ。

 熱いシャワーを浴びて、ベッドに倒れるように寝転ぶ。


 翌朝、目が覚めた時にはフレイヤが隣にいた。

 今朝は蹴飛ばされずに済んだようだ。ベッドを抜け出して衣服を整えると、コーヒーを作る。

 出来上がったコーヒーを持ってデッキに出ると、南の遥か彼方に北の防壁が見えた。

 街道にいつの間にか出ていたようだ。

 左手後方に、かつてのヴィオラが見える。

 2本あった甲板の柱は撤去してあった。艦首部が甲板中央近くまで同じ高さになっているのは、あの中に飛行機を搭載したからなんだろう。


 ところでアレク達はどこにいるんだろう?

 フレイヤが起きたら、教えて貰おうかな。


「あら? もう起きてたの」

「昨夜は飲み過ぎたからね。今朝はすっきりだよ」

「どうにか、ベッドにたどり着いたような感じで寝てたわよ。ベッドに寝かせるのに苦労したんだからね」


 困った奴という感じで見てるんだけど、記憶が全くないんだよなぁ。


「世話を掛けるね」

「兄さんと良い勝負だわ」


 アレクもサンドラ達に迷惑を掛けている、ということなのかな?


「ところで、ヴィオラの騎士達はどこにいるんだろう?」

「上のデッキよ。4階の船尾だから直ぐこの上になるの」

 

 屋根じゃ無かったみたいだ。俺達のいるデッキよりも張り出しているから、前の待機場所よりも大きいのかもしれない。

 朝食を頂いたら出掛けてみよう。


 フレイヤのメイクが終わったところで、甲板に向かう。

 ローザ様が手を振っているから、トレイを受け取ると直ぐに向かった。


「今度の船は一回り大きいのう。重巡はこれより大きいと聞いておるが、動きが今一ということじゃ」

「士官室が大きくて驚きました」

「リオ達の部屋なら上級士官の部屋じゃろう。じゃが、男爵の部屋とは言えぬのう」


 それを言ったら、ローザ様だってそうじゃないか? 少なくとも俺よりは格上の筈だからね。

 サンドイッチとスープに一切れの果物。朝ならこんなものだろうな。

 食後のコーヒーが欲しいところだ。


「さて、今日はリオも一緒だ。前と同じ場所になるが、今度は屋根があるから過ごしやすいぞ」

「俺達のデッキの屋根ってことですよね。かなり張り出してました」


 ぞろぞろと連れ立って4階に上り、船尾の扉を開けてデッキに出る。

 奥行きは10m程あるし、横幅は20m近くある。屋根も5m程張り出しているから、前のデッキの2倍近くありそうだ。

 デッキの柵近くにテーブルとベンチが3カ所あるし、屋根の下にも2つあった。

 俺達だけで使うわけにはいかないだろうけど、一番眺めの良い中央奥のテーブルセットをアレクは自分達のたまり場に決めたようだな。


 テーブルを囲んだ3つのベンチに腰を下ろすと、サンドラがカップを取り出しワインを注ぐ。


「ここまで来てしまったが、遅くはないだろう。新たなヴィオラに、乾杯!」

「「乾杯!」」


 カップを合わせて、ワインを飲む。

 互いに笑みを浮かべているのは、かなり暮らしやすくなったからに違いない。

 

「本来なら狩りをして進みたいところだが、隠匿空間に荷を届けてかららしい。今度の狩りの航海は少し長くなるかもしれんぞ。これだけ待遇を良くしてくれたんだからな」

「舷側砲も前装式ではなくなったんでしょう? 狙い通りに当たれば戦機の役が無くなるんじゃないですか?」

「そうもいくまい。数が減っているし、大きな群れを相手にするかもしれん。リオに期待しているぞ」


 飛行機以上の偵察を行えるからなぁ。アレクも偵察の重要性に気が付いたに違いない。

 今回は先行した駆逐艦がいるから、のんびりと過ごすことになりそうだけどね。


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