M-067 カテリナさんの頼み事
何時もの綿の上下に着替えて、フレイヤとグラスを傾ける。
夕食が迫っているから、小さなグラスで半分ほどの蒸留酒だ。水筒の水で割って飲むのが俺達の飲み方だけど、アレクならストレートになるんだろうな。
「このまま隠匿区間に向かうのかしら?」
「狩りをしながらだと思うんだけどね。これだけの船だ。かなり借金が残っていても不思議じゃないよ」
アレクの話では譲渡されたということだけど、内装までは範疇に無いだろう。少なくない金額を投入しているんじゃないかな。
ドラの音が聞こえたところで、グラスを置いて食事に向かう。
いつもは甲板なんだけど、アレクが何も言ってこないところをみると甲板ということになるんだろうな。
部屋を出ようとして、扉に船内案内図が張ってあることに気が付いた。
食事は前と同じく、天気が良ければ甲板を使い。滅多に降らない雨や風の強い日には第二甲板を使うようだ。
第二甲板は舷側砲が設置された場所だが、真ん中は広く開いているらしい。
「甲板はこの階と同じのようだよ。船首方向に向かえば良いみたいだな」
「早く行きましょう。きっと、ソフィー達もいるはずよ」
扉の鍵はバングルで行うらしい。ドアノブにかざせば良いということらしいけど、やってみたらカチリと音がした。
扉が開かなくなったから、確かに鍵は掛かったようだ。魔道技術はセキュリティにも応用されているみたいだな。
通路を船首方向に歩いて突き当りの扉を開ける。
大きなタープの下で、仲間達が食事を取っていた。
「リオ! こっちだ」
アレクの大きな声が船首の方から聞こえてきた。目を向けると手を振っているアレクの姿が見える。
ネコ族のお姉さんから食事のトレイを受け取ると、ワインのカップを零さないようにアレクの下へ向かう。
ソフィー達もトレイを受け取って一緒に頂いているようだ。
フレイヤが直ぐに、残さないで食べるように言ってる。フレイヤがいまだにキノコを食べないのは黙っていた方が良いだろうな。
「美味しいから、残さないけど……。お代わりはできないんでしょう?」
「残念だが、それだけなんだ。食事は人数分が基本だからな」
「あんにゃ。お代わりが欲しいのかにゃ。なら一緒に来るにゃ!」
アレクとレイバンの会話を、通り掛ったネコ族のお姉さんが耳にしたようだ。レイバンを、食事を盛りつけているお姉さんのところに連れて行くと何やら話をしている。
盛り付けのお姉さんが大きな笑みを浮かべて、シチューのようなスープとパンを1個トレイに乗せている。レイバンが大きな声でお礼を言う声が聞こえてきた。
「お代わりができたんだ!」
「まだ少年だからだろうな。俺達だと追い返されそうだ」
俺とアレクは感心していたけど、当の本人は笑みを浮かべて帰ってくると再び食事を始めた。
呆れた表情のフレイヤだったけど、育ち盛りだからねぇ。今度は文句を言わないみたいだな。
少し気になっていた士官室について聞いてみたら、アレクのところも俺達の部屋とさほど変わらないようだ。というよりも、通路を挟んだ反対側がアレク達の部屋らしい。
「明日の夜に出航する。明日の朝に馬車を頼むつもりだ」
「出発が夜なら、送っていきますが?」
「新しい船だからな。アリスの秘密はなるべく保っていた方が良いだろう」
ベルッド爺さん達も忙しそうだから、あまり無理を言いたくないということなんだろう。
それなら、馬車を頼むしかなさそうだ。朝に出るなら、日が傾く前には農業区画の実家に戻れるだろう。
「明日は、ちゃんと起きるのよ」
フレイヤの言葉に、レイバンが食事を中断して小さく頷いた。
「兄さんに頼めるかしら?」
「サンドラ達に頼んでおいた。馬車の手配ぐらいなら問題はないだろう」
「ちゃんと御者を選ぶからだいじょうぶよ。それに、リオの名前を貸してもらうつもりだから」
サンドラの言葉にフレイヤに顔を向けたんだけど、顔を横に振るばかりだ。
アレクがそんな俺達を見て笑い声を上げる。
「ハハハ……。リオには分からないか。リオの名は既に王国内に触れが出ている。気を利かせた商人なら何とか縁を取り持とうと考えるはずだ。そこを利用する考えらしい」
「リオの肩書ってこと?」
「新たに任じられた男爵など、親父の代でも無かったろう。発布された当時は王都は大騒ぎだったらしいぞ。その上、領地が隠匿空間となれば御用商人に近い連中が動きだしたいってことになる」
取り入ろうってことなのかな?
互いにウイン・ウインの関係なら協力したいところだけどね。
「そんなわけだから、リオの縁者の用立てということにすれば、馬車の利用なんて直ぐにできそうよ。リオが直接乗るとなれば4頭立ての馬車すら直ぐに用意してくれるんじゃないかしら」
シレインが、おもしろそうな顔をして話してくれた。
「名前の利用は構いませんが、ほどほどにしてくださいね。それと相手を後で教えてください。会う機会があれば御礼を言わねばなりません」
「任せといて。だいじょうぶだから」
ちっともだいじょうぶには思えないんだけど、ソフィー達を安心して実家に戻せるなら名前の使用ぐらいは諦めねばなるまい。
「お店でも値引きして貰えそうね?」
「たぶんね。でも、そんなことをすると後が怖いわよ」
フレイヤの思い付きを、サンドラが注意してくれたけど、俺もそんなことを考えていたんだよな。
新男爵なんだから、あまり注目されるようなことは避けねばなるまい。
食事を終えたところで部屋に戻る。
明日はのんびりと寝ているつもりだから、ソフィー達とはここでお別れになるのかな? また遊びに行くと伝えると目を輝かせてくれた。
「それじゃあ、次の休みにまた行くからね。リオも連れて行くから母さん達にも伝えて頂戴。それと……、お小遣いよ。本が欲しかったんでしょう?」
2人とも嬉しそうな表情で小さな紙包を受け取っている。
良い姉さんなんだろうな。ちょっと小言が多いけどね。
「良かったな。俺の分は後で渡すよ」
兄さんの辛いところだ。アレクが忘れていてもサンドラ達が渡してくれるに違いない。
ソフィー達に手を振ると、食器を返して部屋に戻った。
食事前に飲んでいたグラスに再び酒を注ぎ足して飲み始めた。
そんな時、扉を叩く音がする。
フレイヤが扉を開けると、ドミニクとカテリナさんが入ってきた。
「帰ったと聞いたから、早めに伝えにきたの。ヴィオラで北上する時に、機動要塞を動かして欲しいんだけど」
とりあえず2人に座って貰った。
フレイヤが新たにグラスを取り出して、少し上等のブランディーを取り出す。
俺の隣に腰を下ろして皆のグラスにブランディーを注いでくれた。
「移動できるとアリスは言っていましたから、可能だとは思いますが……、どこに固定するんですか?」
「詳細な調査が必要でしょう。そうなると入り口近くが理想だわ。前回の打ち合わせ通り、入り口から南西に2カム(3km)なら目印に丁度良さそうね」
周囲は荒地だから問題はないか……。
「陸上の移動速度を最初から出せるとは思えません。少し遅れての到着になりそうです」
「それは問題ないでしょう? 直ぐに狩りを始めるんじゃないんだから」
「荷物を下したり、桟橋工事の状況確認もあるから、3日は休むことになるでしょうね」
カテリナさんの言葉にドミニクが答えているけど、直ぐに出発するんじゃないかと思っていたんだけどなぁ。
「機動要塞に出掛ける時に、私を同行させてくれない? 詳しく調査をするにしてもやはり専門的な先行調査は必要だわ」
そんなことを言っているけど、実際は手に入れたおもちゃで早く遊びたいって顔をしてるんだよなぁ。
ドミニクに視線を向けると、困った表情をしている。
特に危険は無さそうなんだが、やはりカテリナさんの目で見れば、色々と気が付くことがあるのだろう。
「同行して頂けるなら助かります。一応、野営用具に5日分の食料を持参してください」
「了解よ。フレイヤには申し訳ないけど、しばらくリオ君を借りるわね」
「しょうがありませんね。でも新たな騎士団の船ということですから、協力します」
俺の行動はフレイヤの許可がいるのだろうか?
ちょっと首を傾げてしまう。
「機動要塞に接近するのは出航して4日目になるわ。夜半に出発して頂戴」
「それじゃあ、リオ君はデッキで一服してきなさい。ちょっとフレイヤと話があるから、ドミニクは戻ってもだいじょうぶよ」
何か追い出された感じだけど、グラスを持ってデッキに向かう。
隣のデッキから嬌声が聞こえてきた。サンドラかな? アレク達とデッキで飲んでいるのかもしれない。
下の方からも、大きな笑い声が聞こえてきた。トラ族の隊員達だろう。ネコ族の人達はデッキが無いらしいから、甲板を自由に使ってるんじゃないかな。
2本目のタバコが終わるころに、フレイヤがデッキに出てきた。
どうやら話が終わったらしい。衣服を直しながらなのが気になるところだ。
「一緒に浴びる?」
「そうだね。この高さだから桟橋からは見えないだろうし」
【フーター】で桶一杯のお湯を作ってバケツのような容器にお湯を移す。これを滑車で上に持ち上げ、容器の下のコックを捻ればお湯のシャワーができる。
故障しらずと言うより、故障する要因がない仕掛けだ。
途中でお湯を追加して、ゆっくりとシャワーを浴びると、大きなタオルで一緒に体を包んだ。
「俺達で実家から連れてきたけど、明日はサンドラ達に頼んで良かったのかな?」
「兄さんの顔もあるんでしょう。サンドラ達のことだから、兄さんに任せるより安心できるわ」
そんなものなんだろうか?
フレイヤが納得しているならそれで良いんだけど……。
フレイヤの髪が乾いたところで部屋に入る。そのままベッドに入ると、フレイヤを抱きしめた。
休暇中の漁師暮らしに疲れてたんだろうな。直ぐに睡魔が襲ってくる。
いつの間にか腕の中のフレイヤは寝息を立てていた。
翌日。床の上で目が覚めた。
フレイヤは窓際で丸くなっているから、俺も寝相が悪いってことになるんだろうか?
とりあえずベッドに戻ると、フレイヤが抱き着いてくる。
俺を抱き枕と思ってるのかな?
外は薄暗いから、まだ夜明けにはなっていないんだろう。
次に目を覚ましたのは、フレイヤに体を揺すられたからだ。
目をこすりながら体を起こすと、すでに室内が明るくなっている。
「もう、10時を過ぎてるのよ。朝食は終わってるから、これで我慢して頂戴」
フレイヤが丸いパンを1個、皿に乗せてテーブルに出してくれた。
バターが塗ってありそうだな。
その前に……、着替えを済ませてデッキで顔を洗う。
少しすっきりしたところで部屋に入ると、マグカップにコーヒーが入っていた。
「ソフィー達が挨拶にきたけど、まだ寝ていると言ったら、残念そうな顔をしてたわよ。『また来てください』と伝言を頼まれた」
「できたら行きたいね。また誘ってくれる?」
「もちろんよ。アレクは諦めてるみたいだけど、リオを母さん達も気に入ってくれたみたいだから」
アレクにも言っておこう。たまには帰らないと存在価値がなくなりそうだ。
食後は、船内を巡ってみた。
今夜の出航に合わせえて荷物の搬入作業が続いているようだ。カーゴ区画は荷物がたくさん積みこまれているし、甲板にも木箱が積まれていた。
これじゃあ、途中で狩りができないよなぁ……。
「まっすぐに隠匿空間に向かうらしいわ。軍の駆逐艦と前のヴィオラが一緒よ。やはりカーゴ区域を広くして輸送艦にしたみたい」
「さすがにロゴは消したんだろうね」
「軍のナンバーに塗り替えられてたわ。舷側砲は半分にして後装式に換えたみたい」
乗員も減ったに違いない。狩りをしないならば三分の一程度になるんじゃないか?
それだけ乗組員の部屋も大きくできるだろう。
出発が今夜なら、お土産を買い足しておくか。
フレイヤと一緒に、陸港の売店に向かうことにした。
56話から旧作品と乖離した形で物語が進んでいましたので、違和感に悩まされたことと思います。
どうやら乖離した旧作品を全て削除できましたので、これからは話の乖離に首を傾げることが無くなると思います。新たな物語を引き続きお楽しみください。