M-066 今度の船室は3割増し
12時間ごとに行われる釣りを除けば、アレクの別荘での生活はのんびりしたものだ。
レイバンとカヌーで競争してみたり、ソフィーに泳ぎを教えたりとフレイヤと一緒に楽しんでいる。
ベラスコ達も一緒になって遊んでくれるから、ジェリルとフレイヤは何時も一緒に行動している。
「ジェリルだが、騎士の資格を持っているそうだ。次の航海にはジェリルが加わるぞ」
「機動要塞には2機の戦機がありますから、それを動かそうということなんでしょうね。陸上艦を大きくするのも頷けますが……。まだ手に入れてから日が浅いですよ」
ちょっと泳ぎ疲れてデッキのパラソル付きのテーブルで休憩していると、アレクがワインのグラスを持ってきて隣に座った。
そこで、そんな話が始まったのだが……。どうやら、王族に動きがあったらしい。
「名目上はヴィオラの性能を鑑みて、機動艦隊の輸送船とするらしい。まぁカーゴ区域の設備を撤去すれば大きな空間ができるだろう。それに艦砲もそれなりに揃っているから軍艦に追従することは容易ではあるし、現実的な話でもある。
だからと言って、新造の巡洋艦と交換するというのは裏がありそうだ。休暇が終わって王都の陸港に行っても直ぐには出発できるとは限らないだろうな」
「その時には、王都の観光をしますよ。一度も行ったことが無いんですからね」
「あまり散財はするなよ。だが、時間を潰すには良さそうだな」
ソフィー達にも見せてあげたいけど、イゾルデさん達との約束もあるからね。
次の楽しみにしておいた方が良さそうだな。
「ほらほら、ワインは夜にたっぷり飲めるでしょう? 兄さんに付き合ってると大酒のみになってしまうわよ!」
様子を見に来たフレイヤに腕を引かれて、再び海に入ることになった。連れ去られる俺にアレクが手を振ってくれたけど、少しは助けてくれても良いように思えるんだけどなぁ。
「リオさん。この下に大きな魚がいるのに気が付きましたか?」
「ベラスコも見付けたんだ! あれをアレクは釣りたいらしいんだけど、釣れるものかねぇ……。銛で突こうとしたら、サンドラに止められたんだよ」
「そういうことなら、見逃すしかありませんね。でも貝なら問題ないでしょう?」
先の平たいヘラのような金具を渡してくれた。これでしっかりと岩にへばりついている貝を引き離せと言うことなんだろうか?
ジェリルがベラスコの獲物を見せてくれたんだが、どうやらアワビのような貝が取れるらしい。
「レイバン達があっちで潜ってるんです。夕食までに数を揃えたいですからね」
「なら頑張らないとな」
浮き袋を2つ買い込んでおいたから、それに掴まりながら漁をしているようだな。
カヌーを漕いで近づくと、俺達も潜ってアワビを探す。
最初に見つけたのは、アワビではなくてサザエだった。これだって美味しいからなぁ。
呆れた顔で俺を見ているフレイヤを無視して、次の獲物を探すことにした。
俺達の獲物を見て、お手伝いにきてくれている娘さん達がちょっと驚いていた。
どうやら、漁師達でもこの数を取るのは珍しいとのことのようだ。
場所を教えてあげたから、俺達が帰ったらこの辺りで素潜り漁をするのかもしれないな。
それも、猟師村との付き合いがあればこそなんだろう。
デッキにバーベキュー用のコンロを運んで、炭火でアワビとサザエを焼き始めた。
俺達には加減が分からないけど、娘さん達が火加減を見ながら焼き上げてくれる。
「ほう! これなら俺にも食べられるぞ」
魚嫌いのアレクが嬉しそうな顔をして、ワインを飲みながらサザエを味わっている。
「それも食べられるんですか! リオさんは案外物知りなんですね」
「聞きかじりだよ。俺はこっちの方が良いんだけどね」
感心しているベラスコに、ナイフで一口サイズに切り取ったアワビを摘まんで見せる。
「まさか別荘で頂けるとは思ってませんでした。これ1つが浜値で8ビーナはするんですよ」
売れるのは10セム(15cm)以上の大きさらしい。半島の先端付近で漁師達は獲るのだそうだ。
新しい漁場ができたということになるんだろう。
俺達が食べる分ぐらいの収穫は認めて欲しいところだけど、村の漁業ギルドの取り決めもあるかもしれない。
騎士ともなれば、気前よく漁場を渡して漁師からアワビを買うことが望まれそうだけどね。
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10日間の別荘滞在は、瞬く間に過ぎていく。
ソフィー達もアレクの別荘が気に入ったようだから、アレクもたまに同行させてあげると言ってレイバンを喜ばせていた。
「さて、忘れ物は無いだろうな? ソフィー達もドミニクに訳を話せば陸上艦で一泊させてくれるだろう。それじゃ、乗り込むぞ!」
クロネルさんの部署からやってきた2台の偵察車が曳く荷車に乗り込むと、偵察車がゆっくりと道を進み始めた。
案外狭い道だけど、前にやってきた時よりも別荘が増えている感じだ。そろそろ道を広げても良さそうに思えるな。
海を見下ろしながら進むから、ソフィーとレイバンが身を乗り出すようにして眺めている。
農業区画ではこんな風景は先ず見ることが出来ないからだろう。
フレイヤが注意しているようだけど、当人たちの耳には雑音ぐらいの感じじゃないかな。
漁村近くまで来ると急に道が広くなる。
少し速度を上げた感じだが、それでも時速30kmには達していないようだ。
昼近くなったところで、道沿いの茶店でコーヒーとサンドイッチを頂く。
このまま進めば、日が傾くころには王都に到着するとアレクが教えてくれた。
「たまにソフィー達にも、こんな楽しみを持たせられると良いんだけど」
「資金は俺が出すぞ。次も連れ出してやればいい」
太っ腹なアレクの言葉だけど、それぐらい自分で! とフレイヤが文句を言っている。
まあ、何時もの光景だな。
アレクも軽く妹の追及をかわしている。
王都に入る。さすがに荷台に乗っているような連中はいないけれど、俺達は気にもしない。
大通りの商店街を眺めながら時を過ごしていると、フレイヤが立ち上がってレイバンに通りの先を見るように促している。
「大きいでしょう。あれが陸港なの。陸上艦が10隻以上停泊できるのよ」
「姉さん達のヴィオラもあの中にあるの?」
「そうなんだけど、まだどれが新しいヴィオラなのか分からないのよね」
陸上艦にはいろんな種類があるからなぁ。騎士団の多くが貨物運搬に使う陸上艦を改造して使っている。
俺を拾ってくれた時のヴィオラは、そんな船だった。
最近まで乗っていた船は前の船より大きくなって、士官室を貰ったんだけど、今度の船は更に大きいらしい。
陸上艦を停泊させた桟橋をいくつか通り過ぎて偵察車が向かった先は、ほとんど桟橋の端だった。
そこに一際大きな陸上艦が停泊している。
思わずフレイヤと顔を見合わせてしまったけど、後部にある大きなブリッジの舷側側にヴィオラ騎士団のロゴマークが描かれていた。
間違いなく、この陸上艦がそうなんだろう。
「フレイヤ。ドミニクと話を付けて来るからここでソフィー達と待っててくれないか?」
「良いわよ。あそこのコーナーでコーヒーを飲んでるわ」
ベラスコはジェリルを連れてアレクに同行していった。
新たな隊員になるからだろう。2人をアレクが連れて行くようだけど、この船の間取りを知っているのだろうか?
サンドラ達もトランクを3つ押してヴィオラに入っていく。
「とりあえず待ってましょう。許可が下りないと、ホテルを探してあげなくちゃならないわ」
「それぐらいの面倒は見てあげないとね」
2人を連れて、軽食を提供しているコーナーに向かう。
ネコ族のお姉さんのお勧めで、3人はアイスクリームにしたようだ。俺は初心貫徹でコーヒーを頼む。
一服しながらコーヒーを飲んでいると、アレクが俺達に片手を上げて近付いてきた。
笑みを浮かべているから、交渉成立ということなんだろう。
「士官室を提供してくれたぞ。それを食べ終えたら、案内するからな」
「ところで、俺達の部屋は?」
「前と同じ位置にある。301号室だ。4階が操舵室兼指揮所になる。ドミニク達部屋と会議室もあるようだ。明日にでも船内を確認して、俺達の待機場所も決めねばならん」
前と同じで後部デッキになるんじゃないかな?
ソフィー達が食べ終えたところで、アレクの案内でヴィオラへと向かった。
「兄さん。戦機がたくさんあるんでしょう?」
「ああ、あるぞ。それに獣機もだ。大砲だってレイバンの想像する以上かもしれないな。夕食が終わったら案内してあげよう」
レイバン達が嬉しそうにアレクを見上げている。
良い土産話にもなるし、きちんと説明すればイゾルデさん達も安心するだろう。
桟橋からヴィオラに渡された橋を歩いて船の中に入った。
入り口の小さな広間の壁に2Fと大きく書かれていたから、現在位置が2階になるのだろう。少し奥に向かった場所にある船内通路は十字に通路が延びている。通り過ぎると直ぐに階段が上下に伸びている。
階段を上ると踊り場に3Fと書かれていた。通路に出たところで、アレクと別れることにした。
「それじゃあ、部屋を見てきます。夕食時に会いましょう」
「あんまり兄さんを困らせないようにするのよ。あちこち触っても駄目だからね!」
フレイヤの注意にソフィー達が頷いているけど、アレクは笑みを浮かべたままだ。何にでも興味を持つ年頃だからなぁ。フレイヤだってかつてはいたずらを散々したんじゃないかと思ってしまう。
トランクを押しながら部屋に向かった。301号室は前と同じく船尾の部屋だ。
扉の番号を確認して中に入る。
思わず目を見開いてしまった。
部屋の広さが3割増しだ。前は奥にベッドだけだったんだけど、今度はベッドの頭の横に机が置いてあった。棚まであるから、勉強しろと言うことなんだろうか?
クローゼットも広い。トランクを横にすれば3つは入るだろうし、横棒に吊るされたハンガーが5つもある。その横に引き出しが4つもあるから衣服を入れるには十分だろう。
「ちょっとしたリビングね。ベッドの手前には……、カーテンがあるみたい。友人を呼ぶこともできそうだわ」
ベンチシートが2つ。その間に小さなテーブルまで置いてあった。
入り口横にはカウンターがあり、カウンターの上でコーヒーぐらいは作れそうだ。カウンターの上の棚にはグラスやボトルを入れる穴付きの板が付けられている。
「やはりデッキがあるみたいだね」
前の扉より一回り大きくなった感じだ。
開いてみると、奥行き2mほどのデッキがあった。部屋の横幅だけの長さもあるし、右手の壁には扉がある。
開けて見ると、トイレがあった。今度はトイレ掃除もしないといけなくなりそうだが、前は通路を歩いて行かなくちゃならないことを考えれば、ありがたい設備と思わなければなるまい。
一番端は半分ほど板で覆ってある。
プライバシーを考慮してのシャワーブースということなんだろう。
「少しは暮らしやすくなる感じかな。着替えた後で乾杯しましょう」
「『だいぶ』になるんじゃないか? 他の士官室も同じなんだろうか」
フレイヤも首をひねっている。
俺達だけ待遇が良くなるのも考えものだ。皆が同じでないなら不平だって出てくるだろうからね。
士気の低下が起きるようなら、狩りの連携に差し障りが出ないとも限らない。