M-063 再びご厄介に
王都に入ると、カーゴ区域からアレクの実家に亜空間を使って移動する。
前回は夜だったけど、今回は昼近くに北の防壁を通ったところだから、人目に付くのを避けるためだ。
騎士団が戦姫を持っているということを、一般市民にあえて知らしめる必要はないだろう。
納屋の前に突然現れたけど、ネコ族の人達のお昼寝時間なのも都合が良い。
フレイヤを下ろして、トランクを1つ下ろした。
2人分の衣服を入れても、余裕があるのが良いところだ。この後にアレクの別荘に行くけど、あそこなら一日中水着で過ごせるからねぇ……。
「一応、知らせてはあるんだけど、驚くんじゃないかしら」
「いつもお邪魔したら、迷惑にならないかな?」
「命の恩人を粗末にするような母さんじゃないわ。自分の家だと思って寛いで頂戴」
フレイヤと関係は持ってしまったけど、結婚しているわけではないんだよね。実家と思え、は少し早いんじゃないかな。
フレイヤの後に付いて母屋に向かうと、直ぐに石作の館が見えてくる。
玄関の階段を上って、フレイヤが扉を開けた。
「ただいま! 誰かいる?」
凄い挨拶だと思っていたら、奥から足音が聞こえてきた。
俺達の姿を見て、ちょっと目を丸くしているけど直ぐに近寄ってきて、フレイヤと軽くハグをしている。
「やって来るとは手紙に書いてあったけど……、日時はきちんと書いておくものよ」
「事情があるのよ。今回は10日お願いね。その後は、兄さんの別荘に出掛けるの」
母親なりに、文句は言いたいようだな。
フレイヤから離れたイゾルデさんが、今度は俺をハグしてくれた。
「前回は、御礼もできずに帰してしまいました。今度こそゆっくりと過ごしてくださいね」
「いつもアレクとフレイヤの世話になっていますから、お気になさらずにお願いします。王都に親戚もいませんので、ご厄介になれるだけ幸せに思っています」
もう一度、力強くハグしてくれたところで開放して貰えた。
窓際のソファーに案内してもらい、コーヒーを頂く。
「ソフィー達は畑なの?」
「もうじき帰ってくるんじゃないかしら? レイバンは今日は学校なのよ。帰るのは夕方になるんじゃないかしら」
「あら! お客さんなの?」
もう1人のお母さんであるシエラさんが部屋にやって来ると、フレイヤよりも先に俺をハグしてくれた。
「良くいらっしゃいました。歓迎しますよ」
その後で、「お帰り」とフレイヤをハグしている。
ソフィーも畑仕事を終えて入ってきたから、少し賑やかになってしまったな。
「あれから、ずっと『姉さんがいなければ……』なんて言い続けてるんだから困った娘よねぇ」
シエラさんの言葉にソフィーの顔が途端に赤くなった。
フレイヤが妹に向かってアカンベーをしているのは、少し大人げないと思うんだけどなぁ。
ふと、窓際を見ると前に撮った銀板写真が飾ってった。
全員が笑みを浮かべているから、眺めるだけで温かみが伝わってくるようだ。
まだ昼下がりなんだけど、コーヒーがいつの間にかワインに変わっている。
新たな陸上艦の話をフレイヤがすると、興味深々の表情でイゾルデさん達が聞いていた。
「それにしても短時間で陸上艦を更新するのは凄いわねぇ」
「それだけじゃないの。リオの指を見た? 王家から拝領した男爵位の指輪なのよ」
これなんです。と言って、右手を出した。邪魔にならないように薬指に付けた小さな指輪だけど、見る人が見れば貴族位を示すものだと分かるらしい。
「拝領したということは、それなりの功績を持ったということでしょう? 隠匿空間の話だけではそこまでの話にならないと思うけど?」
「もう1つ、とんでもないものをリオが見つけたの。伝説の『彷徨う島』よ。しかもリオがそれを動かせるとなれば……」
話は続いているけど、御婦人方の視線は俺に向けられたままだ。
小さく頷いているのは、それなら納得ということなんだろうか?
御婦人方にタバコを見せると頷いてくれたから、1本取り出して火を点けた。
話が一段落すると、シエラさんがソフィーを連れて部屋を出ていく。
買い物に出掛けるのかな?
俺達の為に散財させてしまうと思うと、申し訳ない気がしてくる。後でフレイヤと相談した方が良さそうだな。
夕暮れ近くになって、レイバンが帰ってくる。
直ぐにフレイヤに飛びついたのは、やはり男の子だからだろう。
俺に向かって伸ばしてきた手を握って握手をする。これぐらいの挨拶が俺には丁度良い。
「どれぐらいいるの?」
「10日かな。その後は兄さんの別荘に行くのよ」
ちょっと残念そうな顔をしているのは、まだアレクの別荘を見たことがないんだろうか?
『アリス。まだアレク達はヴィオラの艦内にいるんだろう?』
『王都の陸港の到着は明日の朝早くになりそうです』
『カテリナ博士に連絡して、アレクへの伝言を頼んでもらえないか? アレクの別荘にソフィーとレイバンを連れて行きたいんだけど、了承が欲しいんだ』
『了解しました。確認次第連絡します』
上手く行けば、兄弟揃っての休暇が楽しめるんじゃないかな。
夕食は、豪華な食事だった。
テーブルの上が料理を盛った皿で一杯になってしまった。
レイバンでさえ目を丸くしているから、滅多にないご馳走なんだろう。
大きなステーキは鹿肉のようだし、前に頂いたウサギのパイも乗っている。
パエリア風の海鮮料理に、果物中心のサラダ……。
イゾルデさんに取り分けられる皿を受け取りながら、久しぶりにお腹が一杯になるまで食べてしまった。
食後のワインを飲んでいると、アリスから連絡が入った。連れてきて欲しいとのことだから、後はお母さん達の了解次第ということなんだろう。
「ところで、ソフィーとレイバンを10日後にアレクの別荘に一緒に連れて行ってもよろしいですか? 向こうで10日間を過ごしたところで、ここに送り届けますから」
「でも、ここからだとかなり遠いのよ?」
「アリスで向かうのね? ならそれほど時間が掛からないわよ。リオの戦機の性能は皆も驚くほどなんだから!」
フレイヤも、レイバン達を連れて行きたいようだ。
イゾルデさんが困った表情でシエラさんと顔を見合わせていたけど、小さく頷いたところで俺に顔を向ける。
「行きたいと言っていたことも確かです。2人ともこの区画以上に足を延ばしたことはありませんから、良い機会と言えるかもしれません。よろしくお願いします」
レイバンとソフィーが、互いに顔を見合わせて嬉しそうに笑みを浮かべている。
あの大きな市場に出掛けて2人の買い物をすれば良いだろう。
誘った以上、それぐらいのことはしてあげたい。
「レイバン! リオさんのお荷物を客室に運んでくれないかしら?」
「良いよ。兄さん、釣りをするなら納屋の釣竿を使って良いからね」
「ありがとう。使わせてもらうよ。でも、釣りは10日後にたっぷりとできるからね」
たっぷりどころではなく、嫌と言うほどなんだけどね。
アレクのことだから、戦力が増えると今頃は喜んでいるかもしれないな。
フレイヤがソフィー達と一緒に付いて行ったから、お土産を渡すのかもしれない。家族思いのところがあるから、俺にはもったいない存在だ。
「それにしても驚きました。貴族の仲間入りということですか。今後は殿を付けてお呼びしないといけませんね」
「止してください。当の本人が、貴族の自覚も無い人間です。機動要塞の大砲の口径が大きいことからの世間体のようなものです。名目は貴族でも王侯貴族の行事には一切かかわることがありません」
「それでも、貴族には違いありませんよ。貴族の紋章指輪を持つことは、それなりの意味があるのです。とはいえ、この農場にいる間は貴族という御身分を忘れてお過ごしくださいな」
そんなものなのかな?
あまり面倒な事になったら、フェダーン様にお返しした方が良いのかもしれない。
部屋に戻ってきたフレイヤが加わったところで、ワインを新たに注いで貰う。
あまり飲んだら、明日の朝に起きられなくなりそうだ。
一服を一緒に楽しんだところで、客室に向かうことにした。
「リオ、1人ということじゃないから客室になったみたい。昔の部屋に戻るのは1人で帰宅する時だけよ」
「ちょっと寂しい気もするね」
石の館の奥の通路を左に向かった先にあるのが客室らしい。
扉を開けると、立派なソファーセットが目に付いた。
その奥にあるのがベッドなんだが、クイーンサイズの大きさだ。
服を脱いで、【クリーネ】を服と体に掛ける。
シャワーはあるんだろうけど、前回来た時も場所が分からなかったんだよなぁ。明日にでも教えて貰おう。
ベッドに入ったところで、フレイヤを抱き寄せる。
しっかりと抱いておけば蹴りだされることは無い。
翌日。床に体を打ちつけて目が覚めた。
フレイヤの寝相の悪さは中々治らないな。少し良くなったかと思っていたんだけどね。
トランクからグルカショーツとTシャツを取り出して、装備ベルトを腰に巻く。
前回は長剣を背負っていたんだが、銃があれば問題はないだろう。サバイバルナイフが代用品だな。
部屋を出る前にフライヤを見ると、まだぐっすりと寝ているようだ。開けたシーツを直してあげたところで部屋を出る。
冷たい水で顔を洗おうと、裏庭に出るとソフィーが長剣の練習をしていた。
互いに「おはよう」と挨拶を交わしたところで、井戸の水で顔を洗う。
やはり冷たい水は気分が良いな。もやもやしていた頭がすっきりしてくるのが分かる。
「長剣の練習かい?」
「シエラ母さんが教えてくれるんです。少しでも使えれば……」
「農園もそれなりに危険はあるんだろうね。右手は軽く握った方が良いよ。その方が、とっさの動きがしやすいんだ」
しっかりと長剣を両手で握りしめていたからなぁ。強く握れば握るほど腕の筋肉が硬直してしまう。
俺は左手だけで剣を使うことが多いようだ。でも軽く握っているから、横から剣を弾かれたら落としてしまいそうなくらいだ。
フレイヤが御礼の言葉を言ってくれたけど、片手を振ってその場を離れる。
リビングに向かうと、笑みを浮かべたシエラさんが俺にコーヒーを持って来てくれた。
「ありがとう。初心者だからどうしても握ってしまうのよ。さすがはファルコの首を落とすだけの腕があると感心してしまったわ」
「力を入れるタイミングを覚えるのはしばらく掛かるでしょうね。でも素質はあると思いますよ」
「後で教えてあげるわ。私の教え子達も1度リオさんを見たがっているの。その内に訊ねて来るかもしれないわね」
俺の剣術は自己流なんだろうか?
案外すんなりと体が動くんだよなぁ。
一服を楽しみながら、シエラさんと長剣の使い方で盛り上がってしまった。