M-060 名目だけの貴族
3日間の調査を終えて、隠匿空間へ向かってアリスが荒れ地を滑空していく。
興味の赴くまま、あちこちを見て回った感じだな。大きな厨房を備えた食堂もあったし、トレーニングルームを2つ見付けることができた。
居住区には、ベッドの残骸が残る部屋が続いていた。士官には個室が階級に応じて与えられていたようだ。
アリスの方は、記憶槽を探っていたらしい。
生体電脳の記憶の大部分は3つの記憶槽に情報が蓄えられているらしいのだが、生体電脳には記憶を削除することができるようだ。
3つの記憶槽の情報が異なる場合には、多数決で記憶を正すということらしい。
長い年月の間に、3つの記憶槽の情報が少しずつ乖離しているとアリスが教えてくれた。
とりあえずは記憶の削除を停止させたらしいけど、いくらアリスでも消えた情報は再現できないだろう。
生体電脳の統率下にある現場制御装置にも情報が保存されているらしいから、アリスは機動要塞の各種制御システムのプログラムにまで調査の目を向けているらしい。
「メインの動力炉を稼働状態のままにしておいたけど、良かったかな?」
『自動防衛システムが作動していますから、彷徨う島を探している陸上艦が近づいても安心できます』
警告射撃を事前にするように、アリスがプログラムを変えたらしい。
とは言ってもねぇ……。
ん! ひょっとして。
「いつでもあの機動要塞を動かせるのかい?」
『複雑な動きは無理ですが、ある程度は可能です。古代の帝国は魔道科学よりも自然科学を発展させていたようですね』
魔法は、後の世に発展したというのか?
そうなると、あれほどの科学技術を発達させた帝国では、魔石を何に利用したんだろう。戦機の動力は魔道タービンらしいが、機動要塞のメイン動力は何を使っているんだろう?
待てよ……。魔道大戦とは言われているが、戦の初期は純粋な科学技術で戦ったのかもしれないな。
戦いが長引くにつれて、魔道技術が芽を出したのかもしれない。
『マスターの考えが一番真実に近いかと推測します。機動要塞の構造、設備機器、それにシステムは明らかに科学技術を基本にしているようです。魔道技術はそれほど高度化されてはおりません。ですがその2つが融合すると山さえも動かせる技術になるようです』
確かに山だよなぁ……。
「1つ確認したい。機動要塞の作られた時代と、現在の魔気の割合は同じなんだろうか?」
『3つの記憶槽に納められた情報では、空気中の魔気の濃度は現在の方が遥かに多いようです』
そういうことか……。
魔道大戦によって滅びた文明の生き残りが、現在の世界を再構築したということなんだろう。
魔道大戦の最中に魔気がこの惑星に放出されたとも考えられる。その理由を知ることはできないけど、おそらく人為的なものに違いない。
魔気を作るための設備が暴走した可能性もありそうだ。
今でも暴走を続けているんだろうか?
そうだとしたら、魔石として魔気を体内で固定化する魔獣は生体兵器として作られた可能性もありそうだ。
この世界に住む人達が、魔石の粉末を体に入れて魔法を使えるのも、何らかの遺伝子操作を行ったとも思える。肉体が魔石にアレルギー反応を起こすのも、案外その辺りに原因があるかもしれないな。
「パラケルスの文献と機動要塞の記憶槽から、魔石がいつ頃から使われだしたか、推測できないか? できれば魔石の最初の利用方法も知りたいところだ」
『残念ながら、魔石を利用した年代は不明です。
およそ500年間続いた魔道大戦の後期に、あの機動要塞は作られたようです。当時の魔石はエネルギー源としての利用が主になっているようです。
莫大なエネルギーを得る手段として魔石が生まれたと推測します。魔道大戦の始まりとそれほど年代は離れてはいないかと』
魔石が生まれたことで魔道大戦が始まった可能性もありそうだ。
魔石は、魔法を使うための単なる触媒だと思っていたんだけどなぁ……。
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隠匿空間に到着したが、ヴィオラとガリナムは狩りからまだ帰っていないようだ。
深夜の旗艦になってしまったから、石造りの小屋の中にあったソファーで眠らせてもらった。
隠匿空間の中は初夏の手前という感じだから、毛布1枚あれば寒さに震えずに済む。
翌日の朝は、ネコ族のお姉さん達のおしゃべりで目が覚めた。
小川で顔を洗い、桟橋工事を進めている元騎士団の人達と一緒に朝食をとる。
ヴィオラが帰還するのはまだ先のようだから、桟橋工事を手伝いことにしよう。食事と寝る場所は提供してくれるらしい。
「やはり獣機よりも手先が器用だな。女性型の戦機は初めて見るぞ」
「近くで地図を確かめていたんだろう? この辺りの尾根は複雑だからなぁ。入り口の尾根に灯台を作ってもよさそうじゃ」
爺さん達は機嫌がいい。食事の後は毎晩ワインで酒盛りなんだよなぁ。見た目は30台にしか見えないんだけどね。
小母さん達も爺さん達と同年代にしか見えない。
王都の町中を2人仲良く歩いても、ちっとも奇異には見えないな。
「ドミニクに進言しておきます。確かに灯台は欲しいですね。深夜でも遠くから見えるんですから」
「だろう? 陸上艦がたくさん停泊するんだからなぁ。港と変わらんよ」
爺さん達の話を聞くのもおもしろいんだよね。海賊との闘いや、魔獣との闘いの思い出話で焚き火の周囲は、遅くまで笑い声が絶えることがない。
隠匿空間に戻って日目の夕暮れ時に、ヴィオラとガリナムが帰還した。
俺が帰っていることを知って、早速若者が軍に連絡に向かう。
「ご苦労様。皆待ってるわよ」
ヴィオラのカーゴ区域にアリスを移動して、ドミニクへ軽く報告しておいた。
ドミニクとしても、皆を集めて報告を聞きたいらしい。
他者の意見を聞きたいのだろう。俺もそれには賛成だ。
自分の部屋に戻って、ワインを飲んでいるとフレイヤが入ってきた。
軽くハグしたところで、夕食に出掛ける。
星空の下にテーブルを並べて、仲間と一緒に食事ができるのはそれだけで笑みがこぼれるんだよなぁ。
「魔石200個以上の戦果だ。リオの方は?」
「かなり詳しく調べてきましたが、あの大きさですからねぇ。まだまだ調査が必要だと思います。
会議でそれを調整するんでしょうが、あまりそっちにばかり掛かりきりになるのも考えものです」
「まだ見てないから、大きさの実感がわかないのよねぇ。動くんなら近場に移動すれば良いのに」
それもあるなぁ。明日にでも確認してみるか。
戦闘艦を収容できる入り口があるようなら、そこから皆で入っても良さそうだ。
アレク達と一緒に夕食を取っていると、ネコ族のお姉さんがドミニクの指示を伝えてくれた。カテリナさんの研究所にある会議室に集まるようにとの話だ。
遅れると、色々と文句を言われそうだから、早めに出掛けよう。
「相変わらず忙しいな。次の狩りは3日後らしい。明日はのんびりと過ごすんだな」
「だいぶのんびりとしてたんですけどね。それじゃあ、出掛けてきます」
アレク達に手を振って歩き出した。
俺も聞きたいことがあるから丁度良い。
10分ほどあるくと、なん台かの自走車が停まっているのに気が付いた。
フェダーン様だけではないらしい。どんな人物がやってきたのだろう?
レンガ作りの平屋建てだが、地下2階まであるのがカテリナさんの研究所だ。1階の入り口近くにある会議室の扉を叩くと、直ぐに扉を開いてくれた。
初めて見る女性はドミニクと同年代に見える。黒い髪を襟元で揃えている。白衣姿だからカテリナさんの研究仲間ということなんだろう。
「リオ君は、こっちよ。まだフェダーンが来てないから、来たら始めるわ」
カテリナさんがおいでおいでをしている。
隣の席はちょっと遠慮したいところだけどね。
言われるままに席に着いた。灰皿があるからここでの喫煙は自由ということなのかな? さっそく1本取り出して火を点ける。
『悩んでおるようじゃな? 我に答えられるやもしれん』
心を読まれたかな? ここは1つ聞いてみるか。
「素朴な疑問で申し訳ない限りですが……。古代帝国でも魔石は利用されていたのでしょうか?」
俺の言葉に、カテリナさんがちょっと驚いている。俺と導師に視線を向けながら首を傾げていた。
『さても、素朴だが奥の深い問いじゃな。カテリナも文献はそれなりに読んだであろう。リオ殿の問いに答えられるか?』
「答えになるかどうか……。古代帝国の魔石の利用は限定的であったように思えます」
『魔道戦争の初期に魔石が突然登場したようじゃ。帝国時代の魔法を調査していた者達は多い。そのごく一部の者は、魔石の登場は唐突であるとまで言っておるぞ』
なるほど、となれば、ますます仮説が正しいように思えるな。
「何を知ったのかしら?」
「知ったというか、ちょっと不思議な感じがしたんです。機動要塞の設備の多くは魔石を使った物がありませんでした。ひょっとして、魔石は魔道大戦の過程で作られたのではと考えてましたので……」
導師の絶句した思考が伝わってきた。カテリナさんは驚いてコーヒーカップを落として、慌ててナプキンで葺き取っている。
『驚くべき推測じゃな。そうなると……、なるほどのう』
「後で教えてくださいね……」
カテリナさんの話は、扉を叩く音で中断されてしまった。どうやら関係者が集まったらしい。
入ってきたのはフェダーン様と初めて見るご婦人だ。ローザ様が一緒で嬉しそうに笑みを浮かべていたから、ローザ様のお姉さんなのかな?
「ヒルダもやってきたの?」
「フェダーンからお願いされたんだけど、元気そうなローザを見ることができただけでも来た甲斐があったわ。それにしても素敵な隠匿空間ね」
カテリナさんが耳元で教えてくれたのは、ヒルダ様はローザの母らしい。いくら魔法で身体年齢を固定できるとしても、少しは考えた方が良いんじゃないかな。まるで姉妹に見えてしまう。
改めてワインが運ばれてきた。
俺の話をじっくりと聞くつもりなんだろう。
テーブルの上に端末を乗せると、端末の上部に『ON』と指先でなぞる。
壁に掛かったシーツはそのままだ。シーツに画像が投影されると、俺の説明に伴って映像が切り替わっていく。
どうにか説明を終えたところで、質問が始まった。
「本当に動かせるの?」
「簡単な動きなら何とかなりそうです。あのままにしておくよりは、この近くに運んでこようかと考えているところです。
なんと言っても部屋数が半端じゃありません。気の向くままに3日間探索してきた次第です」
「かなり湖底に潜っておるように見える。動かすと言ってもどのように?」
「原理は飛行機と同じようです。全体を浮かせて動かすのですから」
「新たなカーゴ区域の画像にあったコクーンは戦機なんでしょうけど、もう1つは飛行機に見えるわ。かなり大きいわね」
「上昇高さ400スタム(600m)、飛行時間は2時間以上と仕様にはありました。飛行機と考えて良さそうです」
『主動力炉を稼働させたと言ったが、魔道タービンでは無さそうじゃな?』
「アリスには理解できたようですが、俺にはさっぱりです。対になる魔石を融合させることで起こる対消滅によるエネルギーの抽出……、そのような原理らしいのですが」
『それで、あの問い掛けに繋がるのじゃな? リオ殿と懇意になれたことがワシの最高の喜びじゃ』
色々と質問があるんだが、全てに答えることは俺には無理だ。途中からアリスが答えてくれたからどうにか治まった感じだな。
「やはり王国には手に余る存在ですね。導師のお考え通りに、リオ殿の持ち物とする方が同盟関係にも良さそうです。動くなら陸上艦と言えそうですからね」
「だが武装が問題だ!」
「国王陛下より預かった書状があります。私の裁可で渡すようにとのことでしたから、ここでお渡しいたします。
ウエリントン王国の男爵位の任命書と家紋入りの指輪です」
隣に座っていたローザ様に金属プレートと指輪を渡すと、恭しくローザ様が受け取って俺のところに持って来てくれた。
「晴れて男爵じゃ。貴族と言っても領地は隠匿空間というところじゃろう。末席の貴族じゃな」
「頂いてよろしいのですか?」
「貰っておきなさい。それで貴族枠の武器が使えるから、機動要塞の大砲を撃ったとしても誰からも問題視されないわ」
カテリナさんの話はどこまで信じていいのか分からないけど、とりあえず貰っておこう。減るものではなさそうだ。
貰った指輪をよく見ると、エメラルドの表面にヴィオラの花が彫刻されていた。これって騎士団のロゴそのものじゃないのか?
後でドミニクに許可を貰っておく必要がありそうだ。