M-006 魔獣の狩り方
今回の礼についてフレイヤが神官に切り出すと、神官は手を小さく振って辞退してくれた。稀有な事例を見せてくれたことで十分に対価となるらしい。教団のライブラリーにも新たな情報が加わったことで十分とのことだった。
それも何か問題になりそうだが、魔方陣の使用は全て教団のライブラリーに登録されるとのことだから、消すわけにはいかないんだろう。
神官に深々とお辞儀をして神殿を去ったのだが、回廊を去りゆく俺達を先程の神官が最後まで見送ってくれた。
「神官に見送られるなんて初めてだわ。やはり珍しい人物ということになるんでしょうね」
「低級魔法ならすべて使えるって言っても、呪文が分からなければ使えないよ」
後で呪文をメモにして書いてくれる、と言ってくれたからちょっと心が軽くなった。
呪文と言っても、効果を示す魔法の名前を唱えるだけで良いらしい。
色々あると言っていたけど、全て覚える必要も無いんじゃないかな。
魔法を買わずに済んだので、フレイヤを昼食に誘うことにした。もっとも、この世界では昼食の習慣がないらしいから、軽く何かをつまむということになるらしい。
当然俺にそんなしゃれた店が分かるはずもないから、フレイヤのお勧めということになる。
「それなら、ちょっと遠いけど『パンジー』が良いわ!」
俺の手を握ると、桟橋を急いで歩き始めた。お店は逃げないから急ぐ必要もないと思うんだけど、フレイヤには逃げてしまうという妄想でもあるのかもしれない。
岸壁に作られた階段を上って、対岸の岸壁に掛かる橋を渡る。きれいなアーチ状の石橋がこの工房都市にはいくつか掛かっている。
橋の途中で立ち止まり下を見ると陸上艦のマストの先端がかなり下に見える。大型の陸上艦が入港しても橋にマストが接触することはなさそうだな。
それにしてもかなりの高さだ。50m以上はあるのかもしれない。岩山に溝を作ったような工房都市だから、橋の上はかなり風が強いけど、俺よりはるかに体重の軽そうなネコ族のお姉さん達が橋を走って通るところを見ると、それなりに安全性はあるということなんだろう。
「ほらほら、桟橋を見たいならパンジーでゆっくりとみられるから!」
フレイヤの小言に下をのぞきこんでいた俺は片手を上げて答えると、すぐに体を反してフレイヤの後を追う。
反対側の岸壁に掘られた通路をしばらく歩くと、目立たない木の看板を下げた店の手前でフレイヤが立ち止まる。
どうやらここらしいけど、あまり客が来ないんじゃないかな?
そんな思いが浮かぶほど、地味な店構えだ。
扉を開いて中に入った時に、思わず目を見開いた。そこは大きなテラスになったお店だったからだ。
俺達がテラスの擁壁近くにある空いたテーブルを見つけて座ると、ネコ族のお姉さんがすぐに注文を取りにやってくる。
「コーヒーをお願い。それと、何かお腹に入るものはない?」
「ハムサンドがあるにゃ。でも蜂蜜トーストもお勧めにゃ」
自信を持って勧められるとどちらも食べたくなる。両者を1皿ずつ頼んでシェアすることにした。
しばらくして運ばれてきたハムサンドのハムは厚切りだし、トーストには蜂蜜がたっぷりと浸み込んでいた。
苦いコーヒーにはちょうど良いらしいが、俺には少し苦すぎる。スプーンで2杯の砂糖をカップに入れて、水を差してコーヒーを薄めるのを見て、フレイヤが驚いた表情で俺を見ていた。
テラスを渡る風が気持ち良い。お腹が膨れたところで擁壁から下を覗き込むと、俺達の陸上艦に相変わらず荷物が運びこまれている。
あんなに運んで、入れるところがあるんだろうか? もっとも例の魔法の袋のような仕組みを倉庫自体に組み込まれているのかもしれない。
まったく、変に魔法が発達した世界としか言いようがないところだ。
しばらく休憩したところで、宿に戻ることにした。
少しきつい性格だけど美人の娘さんと半日を過せたんだから、今日は良い日に違いない。
宿のエントランスでフレイヤと別れると、エントランスのソファーで酒を飲んでいるアレク達のところに向かう。
ソファーの空いている席に座ると、シレインがワインのグラスを俺の前に置いてくれる。小さく頭を下げてさっそく頂いたが、さっぱりとした味だな。
「どうだったの?」
「どうやら、元々魔法が使えたらしいです。記憶喪失で魔法の呪文を忘れてますから、後でフレイヤが教えてくれると言ってくれました」
「寄付金は銀貨5枚と言うところだな。少なくて済んで良かったな」
「その寄付金ですが、向こうから辞退されてしまいました。俺の情報を得ただけで十分だと……」
「何だと!」
黙って俺達の話を聞いていたカリオンが、驚いたような表情で俺に顔を向けた。
「小さな神殿での情報であっても、すべての教団がそれを共有できるそうだ。リオの何が教団の興味を引いたかということになる」
「なんでも、俺の体に6個の魔石が入っているようだと話してくれました。その影響で低位魔法でさえブースト効果を持つと言ってました」
今度は全員が目を丸くする。
「本当なのか? 後でフレイヤに確認せねばならないな。
リオ、ここだけの話として聞いてくれ。魔石は生体にとって毒なんだ。俺達も体に魔法陣を刻んでそれに魔石の微細な粉末を塗布する。それが体に馴染むまでは酷い傷を残すのだ。通常の傷薬や治癒魔法は全く効かん……」
それが本当なら、6個も魔石を体に入れたということは、寿命を縮める行為以外の何ものでもない。だけど、特に何も感じないんだよなぁ。
「王都に行くことがあれば詳しく調べて貰った方が良いかもしれんな。それがあの機体を動かす条件かもしれないぞ」
「騎士の資格だけじゃないということかしら? それにしても魔石6個はすごい話ね。おとぎ話の中でも6個は無かったわ」
2、3個なら、何とかなるということなんだろうか? 後でどんなおとぎ話か聞いてみよう。
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のんびりした宿での暮らしが終わって、陸上艦に俺達は乗り込んだ。
船首の部屋に向かう途中で、俺達を追い掛けてきたネコ族の娘さんが、俺に大きな紙包を手渡してくれた。
「革の上下にゃ。それじゃ、頑張ってにゃ」
そう俺に告げると、直ぐに船尾に向かって走って行った。それほど大きな船じゃないんだから歩けば良いと思うんだけど、ネコ族の連中はいつでも全力なんだよね。
一度部屋に戻って、騎士団の制服である革の上下に着替えた。短いブーツも付いていたからこれを履けば良いのだろう。
革製の幅広のベルトの後ろには小さなバッグと魔法の袋が入っている。魔法の袋の中に小型の水筒と携帯食料、それにリボルバーの弾丸を入れておく。上手い具合にリボルバーのホルスターはバッグの後ろに隠すことができる。
背中には女性用の少し短い長剣を背負って、テンガロンハットにサングラスは果たして似合った姿と言えるかどうか疑問ではあるんだが、アレク達が着ると小粋にきまってるんだよな。
「中々似合ってるわよ。年頃の娘さんなら放っておかないんじゃないかしら」
サンドラが微笑みながら褒めてくれたけど、社交辞令と言いうやつじゃないのかな?
何はともあれ、皆と同じ姿になったところで船首のたまり場でワインを飲みながらのんびりと進む陸上艦から景色を楽しむ。
「工房都市からの距離が近いし、狩りに向かう騎士団船を襲う海賊もいないだろう。さて、今度はどこまで出掛けるかだな」
「かなりの食料を積み込んでいたわよ。となれば、このまま北に5日というところじゃないかしら?」
「狙いは中型だな。かなりの稼ぎにはなりそうだ」
4人の話を整理してみると、どうやら北に1000kmほど進むらしい。一面の荒れ地らしいが、わずかな起伏を縫って川も流れているとのことだ。
「子牛ほどの草食獣が群れている。それを狙って魔獣も群れを作るんだ。中型魔獣の大きさは野牛の数倍はあるぞ。爪や牙は戦機の装甲を容易に貫通する。それに尻尾で一撃されれば転倒だけでは済まない。なるべく離れて攻撃するんだ」
「たまに、2本脚が出てくる。そいつらの大きさは戦機の身長を超えるし、敏捷でもある。魔撃槍で腹を狙えば、なんとか退散させることもできるはずだ」
カリオンの話では、場合によってはこっちが狩られそうにも思えるんだが……。
「陸上艦を固定して、こんな感じに落とし穴を掘る。これは獣機の連中の仕事だ。自走車が誘き寄せたところを、ヴィオラの舷側砲が一斉射撃。残った獲物は俺達が引き受ける。魔撃槍をお見舞いすれば狩りは終了だ。
舷側砲の2発目は期待できないし、獣機の持つ銃は口径が小さい。あまり期待はするなよ。
魔撃槍の銃弾は3発。最後は予備の魔撃槍を使って、残った魔獣を倒さねばならん」
準備が大変そうだし、戦機の役割がころころと変わるんだな。
俺1人ということはないだろうから、先任の指示に従っていれば問題はなさそうだ。
「ヴィオラ騎士団の陸上艦に搭載した大砲は前装式だし、獣機の持つ2連装の長銃はカートリッジだが2発撃てばカートリッジを装填しなければならない。両者ともに火薬を使うから威力は魔撃槍よりは低いんだ。
撃ちつくしたら、戦機用の長剣でも、魔撃槍でも何でも使え。だが、絶対に組み敷かれるなよ」
「リオの戦機は私達の長剣が使えるの?」
シレインの問いは、戦機用の長剣ってことなんだろうな。俺の頭の中でアリスが使えると教えてくれたから、頷くことで答えておいた。
かなり物騒な狩になりそうだ。給料が良いのは、その成果が大きいということなんだろう。ハイリスク・ハイリターンの典型かもしれない。