M-057 機動要塞は見付けたけれど
翌朝は、フレイヤにベッドから蹴りだされて目が覚めた。
しばらくは安全だったんだが、相変わらずの寝相の悪さだ。すでに外は明るいから、このまま起きることにしよう。
タオルを持ってデッキに出る。まだ外に誰もいないからシャワーを浴びても見られることは無いだろう。
【フーター】でお湯を作りシャワーを浴びる。
さっぱりしたところで体を乾かしながら一服を楽しむことにした。
「帰ってきてたんだ。はい、コーヒーよ」
「ありがとう。どうにか見付けたよ。でも利用はどうかな?」
隣の椅子にフレイヤが腰を下ろして、一緒に朝日を見ながらコーヒーを楽しむ。
フレイヤも目が覚めたみたいだが、俺をベッドから蹴りだしたことは全く覚えていないんだろうな。
「私達は一昨日帰ってきたの。3日休んで出掛けるけど、今度は一緒に行けるのかしら?」
「たぶん、行けるんじゃないかな。ところで、桟橋の方は順調なの?」
フレイヤの話しでは、桟橋建築を行っている元騎士団員の住居を優先しているらしい。
俺達が船を下りて桟橋の部屋を貰えるのはまだまだ先になりそうだ。
8時を過ぎたところで、朝食を取ろうとテントに向かう。
ベラスコの手を振る姿を見て、朝食のトレイを受け取り皆の待つテーブルへと向かった。
アレクが手を振って迎えてくれる。
空いている席にフレイヤと座ると、直ぐに質問が飛んできた。
「お宝は見つかったのか?」
「見付けました……」
テーブルに座っていた全員の顔が俺を向く。ローザ達もいたんだな。気が付かなかった。
「ドラゴンは?」
「いなかったよ。見付けはしたけど、それが探していたものかどうかを、カテリナさん達に判断してもらうつもりで報告書を作っているんだけど」
「まあ、案外そんな物かもしれないぞ。伝説や神話には元ネタがあるんだろうが、色々と付け加えられていくようだからな。それでも見付けたんだからたいしたものだ」
「フェダーン様は、見付けた者が島を手にすると言うておった。近くに行くことがあれば我も見せてもらいたいのう」
興味はあるけど、使えないならどうでも良いという感じだな。
2人とも現実主義的なところがあるからそれでも良いんだけど、サンドラとリンダは目をキラキラと輝かせている。夢見るお年頃は過ぎていると思うんだけど……。
「やはりこの場所みたいに草木が生え茂った島なのかしら?」
「未知の物質で出来た四角錐形の建造物。大きさは一偏が400スタム(600m)で高さは200スタム(300m)以上というところですね。水面下は良く分からないからもう少し大きいかもしれない」
「そんなに大きいの!」
「島と言うだけのことはあるな。だがそんな代物なら陸上艦は接岸できんだろう? 調査を継続するのは、その中のお宝が目当てかもしれないぞ」
そんな会話で盛り上がる。
朝食を終えても、誰もテーブルを離れようとしない。コーヒーを飲みながらの話が続く。
「それで、狩りの方は順調なんですか?」
「今のところは問題ない。ベラスコもだいぶ様になってきたし、何と言ってもローザ様の戦姫は強力だ」
うんうんとローザ様が頷いているから、フレイヤ達が笑みを浮かべている。
「さすがにチラノの突進には腰が抜けましたけど、ローザ様が魔撃槍の一撃で救ってくれたんです。本当に感謝してますよ」
「同じ騎士同士、助け合わねばならん。まして同じ船の仲間じゃからのう。それに、こっちに来てから不思議と戦姫の動きが良いようじゃ」
カテリナさんが何かしたのかな? ちょっと不安になってきた。
隠匿空間内でピクニックをしたり、桟橋の工事を手伝ったりで1日が終わってしまった。
調査から帰って2日目に、ヴィオラ騎士団は魔獣を求めて隠匿空間を後にする。
今度は俺も一緒だから、外に出たところで周囲の偵察を行う。
今度は東に向うらしい。
150kmの範囲にいたのは2つの群れだった。1つは肉食のイグナッソス。もう1つはトリケラなんだろうけど真ん中の角があまり目立たない巨獣だ。
帰還してドミニクに状況を報告した後に、アレク達にも伝えるのもいつものことだ。
「トリケラ種ではあるんだが、ディケラ呼ばれている巨獣だな。トリケラより一回り小さいが気は荒いと聞いている。狩るのは初めてだが、トリケラを相手にすると思えば十分だろう」
「走る速さがトリケラ以上みたい。リオも囮をする時には気を付けるのよ」
サンドラが図鑑を広げて教えてくれた。ローザとベラスコは初めての相手だということで目を輝かせている。
そんな姿をワインを飲みながら呆れた表情をしているのはカリオンだ。寡黙な騎士という感じなんだけど、奥さんが3人で苦労しているらしい。
狩りが始まったのは3時間後だった。
何時ものように囮を務めたんだが、確かに敏捷な巨獣だ。トリケラと思っていたら怪我では済まないんじゃないか?
『トリケラよりも反応速度が高く、速度は2割増しです。ですが、距離はいつも通りで誘導しましょう』
「リスクが高いなら、安全な距離を取るべきだと思うけど?」
『私にとっては同じレベルです。このままで十分ですよ』
ディケラの目の前を左右に動きながらヴィオラの待つ方向に向かう。
確かにトリケラのような鈍重さが無いんだが、この速度が問題かもしれないぞ。ベラスコ達は無事に狩れるんだろうか?
『ヴィオラのマストが見えてきました。8秒後に左に回頭して右手の土塁に向かいます』
「了解だ。距離1300。そろそろだな……」
距離表示を見ながら450mで左に急カーブを切る。そのまま大きくジャンプしてカリオンの乗る戦機の後方に移動する。
まだ空中にいる時に、下から盛大な砲撃音が聞こえてきた。砲煙で状況が見えないが、何時ものポジションに着くと、戦機が最後の弾丸を放ったところだった。
「全く肝をつぶす勢いだったぞ。2割増しどころか5割増しぐらいはあるんじゃないか? 見ろ、頭が土塁に入ってしまっている」
ヴィオラとガリナムの一斉射撃を1匹がかいくぐった様だ。頭が土塁に完全にめり込んでいる。やはり危険な奴だったようだな。
獣機が巨獣の解体を始めたところで、周囲の偵察に出掛けた。
100km圏内には大きな群れがいないようだ。次は最初のコースに戻ってイグナッソスを狩るのだろう。
群れの動きを見に少し遠出をすると、直ぐにイグナッソスの群れに出会った。
4匹で南に向かっている。
距離は120kmほど離れている。このまま進めば合流するのは夜になってしまう。本日は、明日の早朝に狩れるような場所まで移動することで終わりそうだ。
ドミニクへの報告を終えてアレク達のいるデッキに向かう。
すでに酒を飲んでいるのは何時ものことだ。
「ご苦労さん。次は?」
「一番近い群れまで80ケム(120km)というところです。狩りは明日になりそうですよ」
ベンチに座ると、サンドラがワインのカップを渡してくれた。
一口飲んで、タバコに火を点ける。
「確かイグナッソスだったかしら。ディケラはしばらくごめんだわ」
「確かにすごい速度で突っ込んできたな。あの突撃力なら小さな陸上艦なら真っ二つにされそうだ」
アレクはヴィオラがそうなるかもしれないとは思っていないようだ。
ガリナムと一緒ならヴィオラの安全性はかなり高くなるからだろう。それにローザ様の戦姫も活躍したに違いない。
カップ1杯のワインを飲み終えたところで、早々に部屋に戻ることにした。
すでにアリスの解析は終わっているに違いない。
あの島の全体像を教えて貰えそうだからね。
部屋に戻ると、テーブルに端末を置き壁に画像が投影できるようにする。箱の背を指でなぞり、装置を起動すれば、後の操作はアリスが行ってくれるだろう。
「アリス。どこまで分かった?」
『概要止まりですね。一番面白いと思ったのは……』
「ちょっと待って! 私も聞きたいわ」
扉が開いて、俺を睨んでいるカテリナさんと目が合ってしまった。
2つしかない椅子の片方に座ると、ジロリと再び睨んでくる。
「誘ってくれても良いんじゃないの? スキンシップが足りないのかしら?」
「報告する前に確認しようと思っただけですから他意はありませんよ。でも、よく気が付きましたね」
怖い顔が変化して笑みに変わる。
盗聴器を仕掛けてはいないだろうけど、不思議な女性なんだよねぇ。
「それは乙女の秘密ということで、アリス、始めてくれない?」
『了解です。彷徨う島の設計者は隠匿空間の設計者と同じと推測します。私にも解読は可能でしたが、一部については現状では不可能です。たぶん兵器類の呼び名だと推測しますがパルケラスの文献にも登場しておりません』
「まるで、ジグラッドそのものね。動くのかしら?」
『彷徨う島は、機動要塞です。現在星の海に埋もれていますが、水陸での運用が可能です。四角錐の一偏の長さは400スタム(600m)、高さ220スタム(330m)で重量は2100万ホタム(4200万t)。
推定した重量より遥かに軽量なのは船殻構造と材質によるものと推測します。
移動速度は、水上で時速10スタム(15km)、陸上は15スタム(23km)になります』
陸上艦より少し速いというところだな。軍の巡洋艦並みかもしれない。
「当然、武装もあるのよねぇ」
『戦機の最大搭載数は40機。飛行機も40機です。機動要塞の周囲に、8セム(120mm)連装カノン砲塔が72基、2セム(30mm)3連装移動砲塔が24基搭載されています。
さらに、機動要塞内に、約300スタム(450m)の桟橋が4本。戦闘艦を数隻収容していたようです』
とんでもない機動要塞だ。
軍事バランスを根底からひっくり返しかねないぞ。
「動力源は何かしら?」
『動力源は正、副、非常用の3つに区分されています。正の動力源は推測不可能。副動力源は戦機と類似した魔道タービンと推測します。非常用は温度差を利用したものと推測します。全ての動力源が2系統化しています』
「休眠中ということだったから、非常用で動いてるのかしら?」
「生体電脳と極一部の設備を駆動するには十分の様です」
フムフムとカテリナさんが顎に拳を当てて頷いている。
考えている内に、コーヒーでも入れてあげようかな。
席を立って、インスタントのコーヒーを作るとテーブルに置いた。
カテリナさんは、何も入れないんだよなぁ。よくもあんなに苦いのが飲めると感心してしまう。
「ありがとう。ところで、あの島の図面はあるの?」
「手に入れました。図面にするには機動要塞に行かねばなりません。端末で表示させるのは可能です」
端末が俺の行ったカーゴ区画のような場所のフロアを映し出す。
かなりの部屋数だ。これが何階層あるんだろう?
『部屋の総数は3千を越えます。階層は50階まで確認できました』
「そうなると、あの島に駐屯する兵士の総数は?」
『3千人以上6千人以下と推測します』
1つの町になるな。ギジェでさえ、それほどいないんじゃないか?
「リオ君に、再び調査をお願いすることになりそうね。私も行きたいけど、現状では考えてしまうわ」
「カテリナさんでも尻込みすることがあるんですか?」
「リオ君と私の一番の違いということかしら? ゆっくり教えてあげたいけど、今度にするわ」
俺に身を乗り出すと両手で頭を押さえられた。キスをすると、笑みを浮かべたまま部屋を出て行ったから、慌てコーヒーカップに顔を映してルージュの跡が残ってないことを確認する。
2杯目のコーヒーをカップに注ぐと、デッキに出てタバコに火を点けた。
部屋の中で楽しみたいところだけど、フレイヤが煩いからね。
ここなら文句を言われることもない。
アレク達はどうなんだろう? サンドラ達は喫煙しないからアレクだけの筈なんだが……。