M-054 導師の関心先
休日2日目は、閉鎖空間内を散歩することにした。
桟橋の木組みが終わって、基礎部分の石組が始まったのが我等ヴィオラ騎士団専用桟橋の状況だ。商会ギルドの桟橋のように長くすることも考えたようだけど、今のところはガリナム傭兵団の陸上艦と俺達のヴィオラの2隻だけだからねぇ。300mほどの長さがあれば十分らしい。
それでも、200m程の余裕を持ちたいということで、少し長めに作っているようだ。
「まだまだ先になるわね。でも元騎士団員のお爺さん達が頑張ってくれてるわ」
「怪我でもしたら大変なんじゃないのか?」
フレイヤの話に思わず大声を上げてしまった。まさか、工事を老人に任せてるなんて思わなかった。
「獣機に乗っているから大丈夫よ。それにお婆さん達の料理も美味しいでしょう。ネコ族の人達が味付けを覚えようと大変な賑わいよ」
帰って来た時の夕食が、あれほど美味しかったのはそういうわけなんだ。塩加減が絶妙だったからね。隠し味を何か追加したんじゃないかと思ってたんだが、長い年月で培った腕を披露してくれたんだろう。
「でも、本人達の前で、老人扱いをしたら機嫌を損ねるからね。気を付けなさいよ」
「確か魔法で老化を止められるんだったね。かなりの若作りってことなの?」
「そんな若作りはしてないけど、ベルッド爺さんよりははるかに若い姿よ」
想像できないんだよな。後でアレクに教えてもらおう。少なくともアレクより年上に見えないと問題だろう。
少し遠いけど、商会の作り始めた桟橋を眺めに行くことにした。
さすがは商会だけあって、金の力で何でもできるんだと感心するほど形作られている。獣機も40機以上が活動しているんだから凄いな。
そんな桟橋の状況ではあるんだが、片隅にあるログハウスでお店を開いているらしい。ちゃんと看板が出ているし、店の前にある数個のテーブルセットにはお客が飲み物を楽しんでいる。
「行ってみようか?」
「リオの奢りなんでしょう」
コーヒーぐらいなら何とでもなる。
ログハウスの中の品揃えを一通り確認したところで、大きなおパラソルが付いたテーブルセットに腰を下ろした。
「何がいいかにゃ?」
ネコ族のお姉さんがメニュー片手に注文を取りに来た。
フレイヤが渡されたメニューを見ながら注文を出してるんだけど、いったい何を頼んだんだろう。
しばらくしてから運ばれてきたのは、氷を浮かべた果実酒だった。まだ昼なんだけどねぇ。
でも、発泡酒らしくほのかな甘みがあるのが中々だな。できれば1本欲しいところだ。
店の近くでテーブルの様子を見ていたお姉さんを呼んで、酒の名前と教えてもらい、ついでに灰皿を用意してもらった。
「このお酒を買うの?」
「口当たりもいいし、たまに飲みたいからね」
「そうなると、このグラスも欲しいわね」
大ぶりのグラスだから、氷をたくさん入れられそうだ。形を覚えてカタログで発注しておこう。
「まだお店が1つだけど、次の狩りが終わったらもういくつか増えていそうだね」
「軍の兵隊さんが大勢だし、商会の桟橋ができたら小さな工房都市になりそうよ。
私達の方では、農場から3家族が畑を作りにやってくると、兄さんが教えてくれたわ」
少しは自給できそうだ。農場用の貯水池を作って魚を放てばアレクと釣りを楽しめそうだな。
兵隊達が2個分隊ほどやってくるのが見えたところで、テーブルにチップの銅貨を置いて席を立つ。
次はどこに行こうか?
辺りを眺めていると、4人乗りの自走車がこちらに近づいてくる。どうやら運転してるのはカテリナさんのようだ。
俺達のすぐ近くで車を止めると、手招きしている。早く乗れってことかな?
「こんにちは。俺達に用があるんでしょうか?」
「そうよ。直ぐに乗って頂戴!」
言われるままに後部座席に乗り込んだ途端に、猛スピードで車を発進させた。びっくりしてフレイヤと一緒に偵察車のフレームにしがみ付く。草原を一直線に向かった先は石作りの館だ。
何か見付けたんだろうか?
俺達に脅威となるなら、アリスが警告してくれると思うんだけど。
石作りの館近くに偵察車を止めると、案内してくれたのはレンガ作りの長屋だった。これって、カテリナさん達の研究所じゃないのか?
「入って頂戴。あっちの観測所には小部屋が無いのが問題よねぇ。ここを会議室に使ってるの」
カテリナさんが扉を開けると、10人程が利用できそうなテーブルが真ん中に置いてある。導師がすでに席について、俺達を待っていたようだ。
「座って待っててね。ドミニク達がフェダーン王妃を連れて来るわ」
フレイヤと席に着いたところで周囲を見渡す。
外から見るとレンガ作りだけど、家の中はログハウス風に作られている。丸太がむき出しだから、何となく落ち着くな。
部屋をながめていたら、壁の1つに大きな黒板が設けられていた。弟子達とこの会議室で議論をすることもあるんだろう。
『以前に話してくれた空を飛ぶ船じゃが、何とかなるやもしれんぞ』
「空気より軽い気体で安全な物は1つしかありません。それを抽出することができると?」
導師の言葉に驚いて聞き返してしまった。フレイヤが俺達をポカンとした表情で見ているけど、フレイヤには想像もできないことに違いない。
それより、今日は声を出している。
少しくぐもった声なのはフルフェイスのヘルメットに何か仕掛けを付けたのかもしれない。アリスがカテリナさんのバングルで話しかけるのと似ているけど、原理はまるで違うんだろうな。
『いや、どちらかというと前にリオ殿が話してくれた後者の方じゃ。紙袋を焚き火の上に乗せると高く上がる。リオ殿はそれを応用することを考えたのじゃろう?』
「はい。熱した空気は周囲の空気よりも軽くなりますが、大きく作るには限度がありますし、中の空気を常に熱する必要が出てきます。それほど大きなものは作れないかと」
俺の話を聞いて、小さな笑い声をヘルメットから漏らしている。解決策があるというんだろうか?
『1個分隊を乗せて、王都と閉鎖空間を往復する乗り物は直ぐにもできそうじゃ。
物体の重量軽減魔方陣を描き、火の魔石を使って、常に袋の中の空気を温める。作用効果を高める魔法も役立つじゃろう。
推進方法はリオ殿の発案を使うことになるであろうが、方向転換にも使えそうじゃな』
導師がマントの中から巻紙を取り出してテーブルに広げる。少し形は悪いが飛行船によく似た形だ。浮体と船体をロープでつなぐ方法は、何とかして金属性に変えたいところだ。
魔道エンジンで動くプロペラは船尾と両舷側に付けられている。プロペラの直径は2m近くになるんじゃないかな。
『どうじゃ?』
「もう一回り大きく作りたいですね。船員は5人、乗客を20人以上としたいところです」
『中々厳しい要求じゃな。となると……、ふ~む、少し考える必要がありそうじゃ』
導師がテーブルの絵図面をくるくると丸めてマントの中に仕舞いこんだ。
あのプレートアーマーの下が気になるな。魔石を体に埋め込もうと自分の体で試したらしいが、その結果を知るのは弟子の2人だけだと言っていた。
カテリナさんは知っているということになるのだろうか?
『我が気になるか?』
「俺も魔石を埋め込まれたらしいので……」
『我は3個の魔石を使った。両肩と胸じゃが、今でもそのままの形で残っておる。リオ殿は6つとカテリナから聞いたのじゃが、体中に拡散したようじゃな。
どうやったら拡散するかはパラケルスが死んでおる以上、誰にも分からぬ。じゃが、それを知ったとしてもどうにもならん。ヨロイの下は半分以上ホムンクルスと同じになっておる』
ホムンクルスというと獣機の素体と同じということか?
皮膚の無い筋肉のような体を一度ベルッド爺さんが見せてくれた。ひょっとして導師は強いんじゃないか?
『ははは、兵士を鍛えることはあっても、リオ殿とは構えんよ。瞬時に移動できるとあっては話の外じゃ』
亜空間を使っての瞬間移動をカテリナさんから聞いたんだろうか?
とはいっても、俺だってやりたくないところだ。軍の兵士達と違ってまったく殺気が無い。獣機並みの機動ができるんだろうから、俺が移動する前に長剣で斬るぐらいは簡単じゃないのかな。
「お待たせ! 全員が揃ったわ」
「あのう、私はお邪魔なようですから……」
扉が開くと同時にカテリナさんの元気な声が飛び込んできた。フレイヤがカテリナさんに許可を求めているけど、にこりと笑っただけだから、俺の傍で神妙に小さくなっている。
「詳しい話が聞きたいわ。まさか、西の王国がそんな船を作ったとはね」
フェダーン王妃と一緒に入って来た騎士は、王妃の副官なんだろうか? アレクよりも年長に見えるが、場合によってはずっと上になるのかもしれないな。
俺の隣にドミニクとレイドラが席に着くと、カテリナさんは導師の隣に腰を下ろした。
ネコ族のお姉さんがワインを入れたグラスを運んでくると、フレイヤが慌てて手伝っている。最後にお姉さんと一緒に部屋を出て行ったから、上手くチャンスをものにできたようだ。
「リオ。またあの画像を見せてくれない?」
「了解です」
ドミニクの指示で、端末を使って再び星の海で撮影した画像を壁に投影する。
簡単な解説を始めたのだが、途中から導師とカテリナさんの解説も加わった。やはりこの世界の魔道科学の重鎮だけのことはある。画像を見ただけで、大まかな概要と評価ができるんだから。
「そうなると、この陸上船は星の海の調査を目的としているということね。武装は巡洋艦並と考えればいいかしら?」
『少なくとも、戦機や獣機を持たぬであろう。これほどの湖であれば水深はかなりのものじゃ、戦機が沈んでしまう』
「その為に開発したのが、この小型艦になるんでしょうね。武装は分からないけど」
ある程度の武装はしているということになるんだろう。そうなると目的はやはり彷徨う島の捜索ということになりそうだ。
「でも、本当にあるの?」
『魔道大戦の折に、いくつか作られたようじゃ。東の王国マルトーンの知り合いに聞いたことがある』
1基だけではなかったのか。それにしても島並みに大きな物体を動かせるんだから、今より古代帝国の方が魔道科学が進んでいたんだろうな。
戦による共倒れで、魔道科学が衰退したということも考えられる。だとしたら、現代はルネサンス期を迎えたということにもなりそうだ。
「問題だわ」
「軍事バランスが崩れるということですか?」
俺の言葉にフェダーン王妃が力なく頷いた。
でも、星の海を徘徊してるような島なら、大きな問題にならないと思うんだけどな。カテリナさんは制御すらできないだろうと話してくれた。
「彷徨う島の領有を主張することが、周辺王国へ脅威を与えかねないということかしら?」
「カテリナの話では制御は不可能ということだけど、この閉鎖空間でさえ私達は拠点化しているのよ。いつか誰かが制御方法を知ることも考えなくてはならないわ」
将来性を考えると政治的に無視できないということなんだろう。
そんなことを考えないで済む騎士団暮らしが、俺には一番向いていそうだ。