M-053 星の海を彷徨う島
帰投のために大きく進路を変えてから4日目に、俺達は閉鎖空間の中に作られた拠点に到着した。
すでに2度目の輸送が終わったようで、閉鎖空間の中には3隻の輸送艦が停泊しているだけだ。
ヴィオラ騎士団がチャーターした輸送艦はすでに帰投したらしく、輸送艦3隻は軍の区画に1隻、商会の区画に2隻が停泊していた。
「ヴィオラ騎士団の補給品はクロネルさんが頼んであると言ってたけど、ちゃんと頼んでくれたんだろうか?」
「要求書を出したのなら大丈夫よ。私も頼んであるけど、給料から天引きすると言ってたわ」
この地にいる限り無駄使いはしないで済むかもしれないな。商会が店を構えたら、少しは現金も必要になるかもしれない。
フレイヤと一緒にデッキから周囲の景色を眺める。
20日も離れていなかったんだけど、やはり建設工事が急ピッチで進められているのが分かる。
2度目の輸送艦隊を警護するために軍艦が5隻も派遣されたみたいで、それらが搭載した獣機が大きな石材を積み上げている。
あの石材の出所も興味があるな。近くまで軍艦で出掛けて積み込んできたとしか思えない。それぐらいに石材が山になっていた。
「軍の桟橋の建設は急ピッチね。私達の桟橋は木造みたいだけど、仮組が終われば外壁を石で飾るんでしょうね」
「見せ掛けってこと? そんなんで持つのかな」
「そこは魔方陣で強化するのよ。幸いにもカテリナ博士がいるでしょう」
そういえば、この世界は魔法の世界だった。あまり意識してないんだけど、たまに驚かされる。
「俺達の住居も作るんだろうか?」
「クロネルさん達が計画してるみたいよ。中々ドミニクの了承が得られないと、ネコ族の友人が教えてくれたわ」
まさか家族単位の一軒家というわけではないだろう。となると、個室の大きさか、共用空間にダメ出しでもしたんだろうか?
「住居は桟橋の中に作ると聞いてるわ。東にもう1つ桟橋を作る計画もあるみたい」
「将来を見込んでの話なんだろうね。桟橋の大きさにもよるけど、それだと数隻を停泊できそうだ」
「商会の桟橋は1つだけど、長さが1カム(1.5km)もあるから片舷だけで3隻は停船できそうだし、軍の方でも簡易桟橋をさらに1つ考えているらしいわよ」
常時10隻は桟橋に停泊できそうだ。空き地に停泊するならさらに数を増やせるに違いない。
商会の区画付近に人の姿が見えるから、先行部隊がやってきているのかもしれないな。
桟橋の運用と騎士団への補給、それに魔石の買取と仕事が多岐にわたるから、いくつかの商会が参加しているはずだ。
夕食を終えると、フレイヤは石作りの館に向かった。あの館を自分達の部署にしたいんだろうが、カテリナさん達も狙ってるし、ドミニクの話では軍も何人かの兵士を送りたいと打診があったそうだ。
ちょっと珍しい仕掛けだからね。周囲を壁一面に投影しているのは魔法の力なんだろうけど、単純に魔方陣を描くだけではないらしい。
久しぶりに部屋でのんびりできそうだ。ミカンの絵が描かれた蒸留酒を、小さなグラスで飲みながら読書を楽しむ。
雑貨屋でネコ族のお姉さんに「中身の重い本」と言ったら、店の奥から運んでくれた本なんだけど、5kgはありそうな本だった。辞書ではなくて、誰かがまとめた博物誌らしい。イラストがたくさん入ってるから見ているだけでも楽しくなる本だ。
誰かが扉を叩いている。
フレイヤが帰って来たんだろうか? 空いてますよ! と声を上げると、笑顔のカテリナさんが入って来た。
とりあえず、テーブル席に案内して棚からグラスを持ち出した。
ボトルの酒をグラスに注ぎ、俺のグラスにも注ぎ足すと、1つをカテリナさんに渡す。
カチン! とグラスを鳴らしたところで、カテリナさんの顔を見つめる。
「何か面白そうなものを見たと、ドミニクが言ってたけど?」
「湖沼地帯を進む陸上艦ですね。これなんですけど……」
アリスに貰った端末を使って壁に画像を投影した。
持ち出した端末に少し興味を持った感じにも見えたけど、映し出された陸上艦にかなり驚いている。
「水陸両用というわけね。この小さな艦は、陸上でも進めるかどうか分からないけど」
「アリスは何かを探しているようだと?」
俺の言葉にカテリナさんはグラスをテーブルに戻した。
ジッと俺の顔を見ていたが、しばらくすると小さなつぶやきを漏らす。
「彼らが捜すとなれば、可能性が2つあるわ。1つは、パラケルスの隠れ家、もう1つは星の海を移動する島というところでしょうね。
パラケルスの方はアリスが破壊しているからすでにどこにも存在しないけど、後者の方は伝説として伝わっているわ」
確か最初に買った本にそんな話があったな。星の海を彷徨う島にはドラゴンが大きな魔石を守っている。昔から何度も勇者達がその島を見付けに出掛けたけど、誰も帰ってこなかった、という落ちが付いていた。
「単なる伝説じゃないんですか?」
「簡単に決めつけるのは良くないわよ。現に幻の楽園である閉鎖空間を、リオ君は探し出したでしょう。伝説の中には何らかの真実があると私は考えてるわ」
そう言って俺に微笑んできた。
「そうね。少しおとぎ話を聞かせてあげても良いでしょう」
席を立つと俺を立たせてベッドに向かう。
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色々とおとぎ話を聞かせて貰ったけど、カテリナさんはその存在を否定してはいないようだ。
服を着たところで、改めてテーブルでコーヒーを飲んでいるんだけど、少し遠い目をしているのは、カテリナさんも何らかの伝説を追い求めているのかもしれない。
「ドミニクはフェダーン王妃に報告していると思うから、後は王国の問題になるでしょうね。とはいえ、万が一にも伝承の通りだとすれば厄介な話になってくるわ」
「ひょっとして、島ではなく大型の軍船とか?」
「軍船というよりは要塞と見るべきでしょうね。唯一の救いは古代帝国の文字や言葉が今では消失していることぐらいかな。リオ君は読めたみたいだけど、たぶんパラケルスの集めた古代文書を読む機会があったんでしょうね。それだけでも凄いことよ。パラケルスはその知識を誰にも伝えなかったの」
「他国でも博士はいるんじゃないですか? 言葉には出来ずとも文字を読み解くのは可能に思えます」
俺の言葉に、カテリナさんが改めて顔をこちらに向けてにこりと微笑んだ。
「そうでもないの。言語形態が異質なのよ。この大陸の南岸にある9つの王国の東と西では少し言葉が違うけど使う文字は一緒だわ。
海を越えた大陸にもいくつか王国があるの。言葉も文字も異なるけど、言語の形式が一緒だから両者が意思を伝えあうのに苦労することはない。……でも古代帝国の言語形態はまるで異なるの」
ん? 確かレイドラは竜神族のはずだ。となれば、かつての帝国の文字だって読めるんじゃないんかな。
「たぶんレイドラの事を考えていたんでしょうけど、竜神族でも今では無理なようね。とはいえ、記憶の共有化で断片的なことは分かるのかもしれないわ。
この閉鎖空間もその記憶から出てきたんでしょう。となれば、ハーネスト同盟を結んでいる西の3王国も、領内に住む竜神族から星の海を彷徨う島の具体的な何かを知ったと考えるべきでしょうね」
竜神族は今では小さな集団で暮らしているらしいが、そんなコミューンがあちこちの王国にあるんだろう。その知識を現代にもたらす時には、何か彼らに啓示でもあるんだろうか?
「ドラゴンというのは超兵器とも考えられますね。周辺諸国の軍事バランスが崩れることになります」
「でも彼らに使えるかしら? リオ君は古代文字を読むことができる上に、それを言葉としても使えるけど、他国でそんなことができる人物は聞いたこともないわ」
「それが、パラケルスを探す理由でしょうか? となれば、見付けたとしても利用価値は無いのでは」
「示威行動には十分すぎる代物よ。例え制御することができなくても、それを得たということは、いつかは制御に繋ぐことも可能だわ」
物さえあればいつかは使える、ということなんだろう。
そうなると、かなり面倒な事態になることは間違いなさそうだ。
俺が悩んでいるのを面白そうに眺めていたカテリナさんだが、時計を見ると慌てて部屋を出て行った。まだ20時を過ぎたばかりだけど何か用事でもあるんだろうな。
グラスとコーヒーカップを纏めると、魔法を使って汚れを落とす。改めてコーヒーを作ったところで、再び重い本を取り出した。
フレイヤが部屋に戻って来たのは22時を回っていたが、カテリナさんが帰ってから20分も経っていない。
フレイヤの勤務時間を確認して俺のところにやってきたんだろう。
全く、困った人だ。
「3者協議になってしまったから、大変だったのよ。導師が折衷案を出してくれなかったら、まだ続いてたんじゃないかしら」
かなり疲れた表情をして、フレイヤが話し合いの結果を説明してくれた。グラスの酒を少しずつ飲んでいる。
石作りの館の監視は軍とヴィオラ騎士団から常時3人を出すことで折り合いが取れたらしい。特に夜間は軍が責任を持ってくれるそうだ。
門の開閉を行えるのは今のところ俺と導師の2人になるのだが、このままの状態を維持するとのことだ。
導師も普段は館にいるらしい。夜はカテリナさん達の研究所の一室で休むとのことだが、緊急時には呼び出しても構わないと言ってくれたそうだ。
「門の出入りを9時から16時までに限定すれば直ぐに対応できるわ。それ以外だと、20分の余裕が欲しいと言ってたわね」
「監視範囲は5ケム(7.5km)位あるから、十分だと思うけどね。夜間や早朝に門を開閉するのは、それほど頻度が高いとも思えないよ」
この拠点を利用する騎士団が増えた時に再度考えればいいだろう。
全てを今すぐ決めずとも、俺達の活動に支障が出なければ問題あるまい。
5日程休むみたいだから、明日はフレイヤと一緒に桟橋の様子を見てみるか。