M-052 星の海を進む陸上艦
狩りを続けること5日。星の海の北をだいぶ西に進んでいる。
魔石の数は500個を超えているようだから、閉鎖空間への帰還をそろそろドミニク達は考えているようだ。
いつものように夕暮れ前に周囲の探索に出掛けたのだが、星の海方向に何かが動いているのが動態センサーで検出された。
「確認は必要だろうね。沼沢地帯には足を延ばすことは無くとも、脅威の評価はやらなくちゃならない」
『発熱反応が微妙です。水棲動物とも限りません』
水棲動物は体表面温度があまり上がらない。動態センサーで判明しても、赤外センサーによる体表面温度は周辺とあまり変わらないのだが、この物体には明確な発熱反応がある。だが、その温度分布がかなり偏っているのだ。
ヴィオラに、急遽探索方向を変えて、星の海に向かうことを符丁で知らせると、アリスを星の海に向けて滑走させた。
緑地帯の手前で、高度を上げる。高度30m程度であれば10km先を見ることができるし、地上から魔獣の攻撃を受けることもないはずだ。
『移動速度は魔獣並です。相変わらず北東に向かって進んでいます』
「やはり大型の水棲魔獣じゃないか? 湖沼地帯を陸上生物であるトリケラ達にこのスピードは無理だろう」
夕暮れが終わってしまったから、赤外線センサーと動体センサーだけで監視をしている。アリスはサーチライトも持っているようだが、それを使うと俺達の存在がバレてしまう。
西の隣国は星の海さえ自国の版図と主張していらしいから、俺達の存在を知らせるようなことには注意するよう、フェダーン様からも言われてるからな。
「星の海を航海する船は無いと思うんだけどね」
『わかりませんよ? 人工物か、生物か、その可能性は半々です』
可能性がそれほど高いのか?
ウエリントン王国の西にあるガルトス王国が、湖沼地帯を進める船を開発したということなのだろうか?
是非とも確かめる必要がありそうだ。アリスの高度を千mまで上昇させて接近する。優秀なネコ族であっても夜間に上空を監視することはないだろう。危険な湖沼地帯を進むならその目は水面に向けられているはずだ。
「この辺りじゃないか? 確かに何かが動いてるな。水面に水を切る波が立っている」
『やはり人工物です。物体の一部の温度が200℃を超えています』
200℃を超えるとなれば、生物ではありえない。人工物だとすれば船の炊飯用の煙突になるんだろう。
『まってください。下の人工物体に近づくものがあります』
「魔獣なのか?」
『不明ですが、あの位置なら両者は互いを視認しているはずです』
月は出ているが、あいにくと上弦の月だ。それでもネコ族の視力なら500mは優に見通すことができるだろう。両者の距離は300m程度らしい。確かにおかしいな。
「暗視カメラはないのか?」
『仮想スクリーンにカメラ画像を赤外領域に拡張して映します。モノクロ画像ですが拡大も可能です』
目の前に現れた仮想スクリーンに映し出されたものは、やはり陸上艦と見まがう船だ。少し北側から見ているから船の側面が見える。たくさんの車輪が四分の一ほど姿を見せているけど、それが回転して船を進めているようだ。
タイヤが浮力を担保してるんだろう。それにあれだけ水しぶきを上げてるところを見ると側面に水車のようなパドルが付いてるのかもしれない。
『小さい方もよく見てください。あれは半潜水艦とも考えられます。小型ですが機動は大型を超えています。たぶん偵察車と似た運用を考えているものと推測します』
そんな感じだな。南からも同じような形のものが合流しようとしているようだ。
だが、あの陸上艦の大きさはヴィオラよりも大きいぞ。少なくとも二回りはありそうだ。全長150m近いんじゃないかな。
「アリス。あの大型艦と小型艦の画像に大きさが分かる数値を、何かの媒体でドミニク達に伝えることができないか?」
『端末を使用しますか? 私のライブラリ画像や、資料を見ることができますし、仮想スクリーンを使って、他者に伝えることも可能です』
どんなものだろうと考えていると、後ろの保管庫に転送したと答えてくれた。
身を乗り出して保管庫の中を見てみると、水筒ほどの大きさの箱が入っていた。1つの面に小さな突起がある。横に突起をスライドさせると、直径20mmほどのレンズが顔を出した。ここから投影するんだろう。投影角度を変える小さな足も引き出せるようだ。
『上面を指でなぞれば指示を出せます。動作開始はON、終了時はOFFとなぞります。それ以降は音声で指示を出してくだされば、私がその指示に基づいて投影を制御します』
小型プロジェクターという感じだな。良いものをもらった気がする。
「このまま進むんだろうか?」
『少し、動きがありますね。東の方からも小さいのがやってきます』
全部で3隻の半潜水艦を持っているというのか? だが、東の方からやって来た半潜水艦が1kmほどに接近すると、大きく南に進路を変えた。
『どうやらこれが原因のようです。詳細は不明ですがガリナムの半分はありそうですよ』
何やら水面に浮かんでいるのが見えた。サーモカメラでぼんやりした画像が移っているだけだから体温は水温とあまり変わらないということだろう。水棲魔獣の一種なんだろうが、こんな奴がいるとはねぇ……。こんな場所を航行しようなんて、よくも考えたものだ。
「これは早く報告した方が良さそうだな。今度の航行では星の海に接近してはいないが、拠点が運用されれば、接触するのは時間の問題だ」
『でも、目的は何でしょう? 魔獣は豊富でしょうが、リスクがありすぎます』
俺達の版図だ! と宣言するにしても、あのような船では脆弱すぎる。魔石狩りということなんだろうが、魔石を得るだけなら星の海の周辺でも十分だろう。
やはり何らかの探索と考えるべきだろうな。
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ヴィオラに到着した時にはすっかり深夜を回っていた。
それでも、ドミニク達は俺を待っていてくれたようだ。アリスから受け取った端末を使って会議室の壁に画像を投影する。
俺達の探索コース、見付けた陸上艦について説明をしたのだが、2人ともジッと仮想スクリーンの画像を眺めるだけだった。
レイドラが入れてくれたコーヒーを飲んで、2人の判断を待つ。
やがてドミニクが溜息をもらして俺に顔を向けた。
「厄介な存在ね。確かに星の海で魔石を狙うには無理があるわ。拠点に戻ったらフェダーン王妃にお知らせすべきでしょうね」
「魔獣の接近で慌てて進路を変える始末です。隣国と争うにしても、本来なら星の海は艦隊運用に向いているとも思えません。となると、彼らの目的は探索ということになります」
レイドラが俺の話に頷いている。やはり湖沼地帯である星の海は、危険な場所と竜神族の伝承にもあるのだろう。
「すでに魔石は600個近く手に入れたから、明日は帰投しましょう。第2陣も到着してるはずだし、母さんに任せておくと勝手に色々始めそうだから」
素直に頷いてしまった。実の娘からも、カテリナさんの評価はあまりよくないんだな。
決して悪い人じゃないんだけどね。
翌日。早朝に進路を変える。朝の探索では魔獣の群れがいくつか見つかったが小さなものだ。狩りを行わずに閉鎖空間へと先を急ぐ。
すでに周辺探索は終えているんだが、4階のデッキでは俺達が後方の監視を続けている。ある意味暇つぶしなんだろうな。普段の革の上下でワイン片手に双眼鏡をたまに覗く。
「それにしても群れを見掛けませんね。昨日まで毎日のように魔獣を狩っていたんですけど」
「魔獣の群れを避けているんだろうな。たまに進路を変えているようだ。それだけリオの先行偵察の精度が高いということになる」
それぐらいしないと仲間外れになりそうだ。俺が狩りに参加しようとするときには、ほとんど狩りが終わってる。
「まぁ、我がいる限りヴィオラは安泰じゃ。リオが参加せずともチラノを倒せたぐらいじゃからな」
「やはり、戦姫の魔撃槍は強力ですね。1発でチラノがその場に倒れました」
ベラスコの言葉に、嬉しそうな表情でうんうんと頷いている。アリスの計測した数値では初速が1.2km/秒ほどあったらしい。ベラスコ達の魔撃槍の2倍あるからその性能も段違いなんだろう。
夕食前に再度前方の偵察を行う。今度は大きな群れを見付けたけど、進路から離れているからなぁ。
帰ってドミニクに報告したけど、やはり無視して先を急ぐらしい。
「夜の航行もあまり速度を落とさずに済むわ。これなら3日も掛からずに拠点に着くわよ」
「とはいえ、魔獣の進路が急に変わることもあり得ますから、あまり急ぐのも問題化かと……」
俺の忠告にレイドラと一緒に微笑んでるから、すでに対策を立てているのだろうか?
マスト上での見張りぐらいしか俺には考えられないけど。
「夜間はヴィオラの前方をガリナムが進んでるの。あの武装だし、身軽に動けるから……」
レイドラの言葉に納得した。ガリナムなら可能だろう。ガリナムが2隻あるなら戦機を使わずに魔獣狩りもできそうだ。
夕食を頂いて、部屋に戻るとフレイヤが雑誌を読んでいる。この世界にも雑誌があったのかと思ったら、カタログらしい。
「戻ったのね。ドミニクからコースの指示と魔獣の位置を伝えて貰えるけど、油断はできないからね。しっかりと今夜の当直にも伝えてあるわ」
確か、周辺監視はマストの上でネコ族の連中がやっているんだったよな。
フレイヤの指示はさぞかし迷惑な話だろう。元々ネコは夜行性だし、目の良さは群を抜いてる。
「少し大きな群れがいたけど、コースからだいぶ離れている。このまま行くなら問題ないよ」
「なら、今夜は楽しめるわね」
そう言って俺をベッドに誘うんだから困ったものだ。ベッドに入る前にデッキでシャワーを浴びる。【クリーネ】という、対象物を綺麗にする便利な魔法もあるんだが、やはりシャワーが一番だと思うな。