M-050 王女様と一緒
ヴィオラが門に向かって動き出したところで、俺達は部屋を出るとそれぞれに分かれて歩き出した。フレイヤは操船楼の最上階に向かい、俺は4階のデッキに向かう。
ベンチにはアレク達がすでに座っていたが、見慣れない金髪が2つあった。
「遅い出勤じゃな。すでに陸上艦は動いておる。動き出す前に来るものじゃ」
俺に向かって嫌味を投げかけるのは、王女様じゃないか? そういえば騎士団に預けるようなことをフェダーン様が言っていたけど、早速やって来たようだ。
隣の娘さんはフレイヤよりも少し年上に見えるが、サンドラ達よりは若いように見える。くすくすと小さな笑い声が漏れてるのが気になるところだ。
「まあ、俺もそう思うが、お前の仕事は特別だから文句は言わん。軍からしばらくヴィオラに移籍することになったローデリア王女と側近の騎士リンダ嬢だ。
戦機はヴィオラに搭載してあるから、狩りの時にはヴィオラの舷側で獣機を守護してくれるはずだ」
アレクの紹介に、王女様がベンチで反り返るような姿勢で頷いているから、サンドラ達が噴き出す寸前の表情をしているぞ。
ここは俺も改めて挨拶しておこう。
「少し遅れましたが、騎士のリオです。わけあって何時も囮を仰せつかってますから狩りにはあまり参加できそうもありません。ヴィオラの守りをよろしくお願いします」
「うむ。任されたぞ。我の駆るデイジーは戦姫じゃ。いかな魔獣でも我の前を通れるとは思えぬ」
戦姫とはそれほどのものなんだろうか? 確かにアリスは容易にチラノの群れを刈り取ったんだが、この世界の戦姫もそんな性能だとしたら少し問題があるようにも思えるな。
「とはいえ、あまり動けんことも確かじゃ。他の戦機並みに動けるなら我も率先して魔獣を狩ることになるのじゃが……。それでも、魔撃槍は戦艦並じゃ。それに連射ができるからのう」
ん? この世界の戦姫はレールガンではないのか。一度使えばアリスが性能評価をしてくれるだろうから、それを聞いてみよう。
「そろそろ門に近くなったな。リオには門を出たら南の群れを探れ、とドミニクから指示が出ている。一服してから向かってくれ」
「了解です。となると狩るのはトリケラからになりますね。少し大型ですよ」
俺の言葉に周囲の連中がにこりと笑顔を見せる。しばらく狩りをしてなかったから、獲物としては十分だと思っているに違いない。
「そうじゃ! リオの戦機に一度同行した方が良いとフェダーン王妃が言っておったぞ。できれば我も付いていきたいのじゃが」
「構いませんが、せいぜい2時間も掛かりませんよ」
「周囲10ケム(15km)程度の偵察であれば問題はあるまい。フェダーン王妃も『リオ殿と一緒なら安全です』と言っておられた」
「私からもお願いします。かなり変わった戦機だと言っておられました。フェダーン王妃は元騎士。安全と念を押す以上、軍と騎士団間に問題は発生しません」
確かに王女様に何かあれば一大事だ。それを考えるとよくもフェダーン様がアリスに同行したもんだな。
戦姫に乗る王女には、本来の機動を取れる戦姫に一度乗らせてあげたいということもあるんだろう。狩りではなく先行偵察ならリスクはかなり低いこともある。早めに連れて行ってあげた方が良さそうだ。
「それじゃあ、出掛けますか。生憎と一人乗りですから、俺の膝の上になりますけど、よろしいですか?」
「仕方あるまい。フェダーン王妃はシートの後ろに立ったと聞いたが、我がそれをやると前が全く見えないからのう」
そんなことを言いながら、ベンチから腰を上げてリンダに装備を預けているようだ。俺より少し短い長剣も邪魔になるだけだ。
準備ができたところで俺の前にやって来たので、俺もベンチから立ち上がると王女様を先導するようにデッキを後にした。
「試作巡洋艦を転用しただけあって、内部構造は似ておるのう。この先がカーゴ区域じゃな」
ともすれば俺より前になって進もうとするから困ったものだ。性格はフレイヤ並みなんだろう。将来のお相手は苦労するだろうな。
なんとなく、互いに愚痴をこぼしながら酒を飲めそうな気もしてきた。
「ほう、たくさん獣機が並んでおるのう。今度は戦機じゃな。あれが戦鬼! 大きいのう」
巡洋艦にだって戦機は積んであるはずなんだが、獣機はそれほどでもないのかもしれないな。
あちこちと物珍し気に頭を動かして歩いていた王女が、突然足を止めた。
王女様の目の前にあったのはアリスだ。
「戦姫じゃと! なぜに騎士団が……。いや、その前に」
王女様が首を回して後ろの俺を見上げた。
「動くのじゃな?」
「動きます。ですから先行偵察と囮を安全に行えるんです」
「ほらほら、もう過ぐ門を出るぞ! 早めに周囲を偵察せんと進路が定まらん」
アリスの前で立ち尽くしていた俺達にベルッド爺さんが声を掛けてきた。
「乗り込みますよ。先に俺が乗りますから、王女様はその後にコクピットに入ってください」
「フェダーン王妃が推薦するわけじゃな。了解じゃ!」
タラップを上ってコクピットのシートに着くと、直ぐに王女様がコクピットに入って来た。
よいしょっと王女様を抱えて膝の上に乗せる。意外と軽いんだな。ちゃんと食事をしてるんだろうか?
「アリス。王女様が同席する。振動抑制を頼んだぞ」
『了解しました。シートの固定を王女様と一緒に行います』
アリスの声に王女様も辺りをきょろきょろ眺めている。
「今の声は、この戦姫アリスの声です。操縦はシートの両側にあるジョイスティックとアリスとの音声会話で行います」
「我のデイジーは操縦桿で行うのじゃ。綺麗な戦姫じゃと思っておったが、性能にも差があるようじゃな」
コクピットが閉じて、胸部装甲板が降りると同時に全周スクリーンが起動した。周囲を眺められることに王女様が驚いている。やはりアリスは異質な戦姫ということなんだろう。
すでに舷側の扉が開いているようだ。早めに偵察に向かわないと色々と面倒なことになりそうだから、速足で舷側の開口部まで歩くと外に飛び出した。
地上1mほどの高さをヴィオラよりも四顧し速度を上げた状態で滑走する。
「走るわけではないのじゃな? まるで滑るように進んでおるぞ」
「このまま、進んでヴィオラが見えなくなってからが、本当の姿になります」
少しずつヴィオラが小さくなる。それでもマスト上部からは周囲10kmほどが見えるらしいから、まだ速度は上げずにいよう。
仮想スクリーンを展開して、現時点での周囲状況を確認する。一番近い群れが南に30kmほどのところにいるようだ。これが最初に狩るトリケラの群れということだろう。
「昨日と群れの位置は変らないかな?」
『一番近い群れの位置が南東に数km進んでいますね。その他の群れはもう少し先にならなければ確認できません』
15kmほど進んだところで、地上滑走から上空10mほどの高さを取って滑空状態に変更した。
速度を一気に時速100kmほどに上げると、王女様の目が丸くなったのがスクリーンの表面に写って見えた。
「とんでもない速さじゃな。過去の記録ではデイジーの最大速度は戦機の3倍と書かれておったが、こんな速度で動けるのじゃな」
「もっと上げられますよ」
この際だから、少し高機動の練習もしてみようか。
一気に速度を3倍に上げた。地上付近では200km/hが理想的だとアリスが答えてくれたけど、出来ない話ではないということだな。盛大な砂塵が後方に上がっているから、遠くからでも視認できるだろう。
次に高度を1kmほどに上げて音速を越えてみた。あまりの速さに王女様がアームレストを固く握りしめている。
「周囲の状況は?」
問い変えると同時に仮想スクリーンが展開して、周囲100km範囲の群れが映し出された。
『最初の狩りは問題ありませんが、次に狙うイグナッソスの群れが気になります。草食魔獣の群れを追い掛けかねません。となれば、この群れが狩りに適していると推測します』
狩りの目標がいくつか仮想スクリーンで点滅する。場所は……、少し北西に戻ることになるな。これだけ分かれば十分だろう。すでに眼下には星の海の湖沼地帯が広がっている。両足を前に蹴り上げるようにしてアリスが進路をヴィオラに変えた。
ヴィオラ近くに来たところで地上滑走モードにすると、ヴィオラのカーゴ区域に入って行く。戻ると同時に舷側の開口部が閉じられて、アリスの固定が終わったところでタラップが運ばれてきた。
「とんでもない性能じゃな。周囲100カム(150km)の索敵ができるならヴィオラの狩りを邪魔する者はおるまい。少しは我も協力できそうじゃが、アリスを見ると我のデイジーが獣機並みに思えてしまう」
「デイジーが動けば戦機を超えるのは間違いありません。あんな動きなのでドミニクは俺にあまり狩りをさせないようです」
「確かにのう……。他の王国が知ったら横やりが入りそうじゃ」
途中で分かれて、俺だけ会議室に向かう。王女様一人でデッキに向かったが扉が見えてるから道に迷うことはないはずだ。
会議室の扉を開けると、ドミニク達が待っていた。
状況を説明したところで、ドミニクが最初の狩りの決断を下す。やはりトリケラの群れを狙うようだ。
説明が終わったところで、急いでデッキに向かう。今度はアレク達に説明しなければならない。
聞いてるのはいつものメンバーで、王女様は興奮した口調でリンダに先行偵察の様子を伝えている。
「そうなると、最初は計画通りにトリケラが20頭だな。少し前ならトリケラと聞けば逃げ出していたんだが、ガリナムがあって戦鬼がいる。その上、ウエリントン王国軍から戦機と戦姫が出向してるんだから、相手に不足はないだろう」
「いつもと同じですから、俺はカリオンの後方支援に向かいます」
俺の言葉にアレクとカリオンが頷いてくれた。後は出番を待つだけになる。
戦機の出動は落とし穴を掘ってからだからね。ここでしばらくは待機になりそうだ。