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M-005 魔法は使えるようだ

 

 ホテルに帰ってくると、エントランスにあるソファーでアレク達がたむろしている。俺に気が付いたのか、手を上げて俺の名を呼んでいる。


「早速、買い込んできたのか? まあ、あると色々と便利に使える。ところで、魔法は持っているんだろうな?」

「魔法ですか?」


 この世界が剣と魔法の世界であることはアリスが教えてくれたけど、実際には初歩的な銃もあるようだ。アレクが俺に問いかけるということは、騎士であればいくつかの魔法が使えるということになるのだろうか?


「あいにくと、俺は魔法を知らないんです。ヴィオラの船医に『工房都市に着いたら神殿を訪ねるように』と言われてはいるんですけど……」


 俺の答えにアレク達が目を丸くしている。やはりこの世界では魔法が使えるのは当然ということになるのだろう。


「【クリーネ】と【シュトロー】余裕があれば【メル】を覚えた方が良いな。浄化と温水それに火炎弾だ。体の汚れも落とせるし、衣類の洗濯も不要だぞ。

 温水はぬるま湯だが、シャワーにも使える。火炎弾は戦闘用だな。俺達は戦機で戦うが、場合によっては白兵戦もこなさねばならん」


 詳しく聞くと、【クリーネ】と【シュトロー】の対価は銀貨3枚らしい。【メル】は10枚になるそうだが、攻撃に使えるとなれば民生用に多用される魔法と異なり値段が高いのだろう。

 体に魔方陣をナイフで刻み、そこに魔法の発動を誘引するために対応する魔石の粉末を刷り込むという、聞いただけでも体が震えることを行うことで魔法を使うことができるらしい。

 金銭的な心配はないけど、かなり痛そうだから少し考えてしまう。


「魔法を持たなくとも、生活部の連中が今まで通り面倒は見てくれるだろう。だが、ネコ族の連中の魔法の使用回数は少ないんだ。そのしわ寄せがどこかに出ないとも限らない」

「はあ、人に頼むのも考えものですね。でも、俺にも使えるんでしょうか?」


「使えない人間はいないが、回数の制限がある。とりあえず荷物を置いてこい。誰かを一緒に行かせるから」


 諦める外なさそうだ。すぐに階段に向かって部屋へと急ぐ。まだ、銀貨が70枚以上残っているから、買えることは間違いないんだけど。

 再びアレク達のところに戻ると、見知らぬ女性が座っていた。

 キツイ口調でアレクに迫っているけど、どこ吹く風というようにアレクは聞き流している。


「……とりあえずは問題なかったけど、万が一ってこともあるんだからね! 次は兄さんも一緒に帰るのよ」

「熱中症だろう? 夏の昼下がりに畑に出ればそうなるさ。心配するなと連絡も入っていたんだ。お前のように駆けつければ、かえって連絡してこなくなるぞ」


 どうやら、アレクの妹さんらしい。家族が倒れたと聞いて一時騎士団から離れていたようだ。それにしても兄貴に容赦なしだな。かなりキツイ性格なんだろうか?


「戻ったか。フレイヤ、こいつがリオだ。ヴィオラ騎士団の新たな騎士になる」


 少し離れて、成り行きをうかがっていた俺に気が付いたアレクが妹さんに紹介してくれた。

 2人に近づいて簡単な自己紹介をしたんだけれど、当然相手も答えてくれると思ったのだが、彼女の言葉は少し予想と違ってた。


「変ねぇ。ヴィオラ騎士団が新たな戦機を発掘したとは聞いていないけど?」

「途中で拾ったのさ。荒野は何があるかわからん良い例だ」


「ふ~ん……。私はフレイヤ、火器管制を担当してるわ。普段は広域探索部署にいるの。よろしくね」


 かなり胡散臭い目で俺を見てるけど、最低限の礼儀はわきまえているみたいだ。

 アレクの隣で、シレイン達が口に手を当てて笑い声を押し殺している。


「それでだ。リオを神殿に連れて行ってくれないか? 魔法を1つも持っていないらしい。万が一の場合もあるからな」

「それぐらい構わないけど……。ちょっと、おかしな話ね。騎士なら少なくとも3つは持ってるんじゃなくて?」


「色々とあるようだ。昔の記憶がないのが影響してるいるのかもしれん。持っているにも関わらず、本人が忘れているということもありそうだ」


 どうなんだろう? 俺にはそんな記憶もないし、アリスが何も言わなかったところを見ると、現時点では使えないということになるんじゃないかな。

 フレイヤがしぶしぶ頷いているから、どうやら神殿というところに連れて行ってもらえそうだ。うまくいけば、今日から俺も魔法使いの仲間入りということになるんだろうか?


「出掛けるわよ!」


 フレイヤが俺の側に来て声をかけてきたかと思と、俺の手首をがっしりと握り通りに向かって歩き出した。

 引きずられるように宿を出る俺を、アレク達が笑いながら手を振っているのが印象的だ。同じ騎士仲間なら同情してくれるんじゃないのか?


「神殿は桟橋に一旦出てからじゃないと行けないの。俗世間から離れたいということなんでしょうけど、私達の信仰にも係るから大きな町なら必ず神殿が作られてるわ」


 性格はあれだけど、世話好きなのかもしれないな。町の様子を色々と教えてくれる。

 桟橋に出ると、俺達の乗っていた陸上艦に荷物が次々と運び込まれていた。魔石狩りは儲かるのだろうか? ちょっと疑問が出てきたな。


 桟橋を南に歩いていくと、岩山に彫りこまれた神殿が現れた。数本の列柱は岩をくり抜いて作ったものらしい。

 数段の階段を上り、奥に続く回廊を進む。回廊の両側には白く光る光球が列柱数本おきに輝いていた。

 どんな道具で作ったかは解らないけど、かなり繊細な装飾も施されているようだ。


「ようこそ、土の神殿へ。ご用件はどのような?」


 俺達の前に1人の神官が現れた。白い法衣を着て、深く頭巾をかぶっているから顔が見えないが、声は若い男性のものだ。


「魔法を授けて頂こうかと……」

「分かりました。ご案内いたしましょう」


 親切な神官だな。フレイヤも神殿のどこに行けばいいか分からなかったようで、少しほっとした表情を見せている。

 奥に少し歩いたところで、四つ角を右に曲がった。回廊の突き当りに大きな扉がある。


 扉を開けて中に入ると、1辺が30m程もある四角な部屋があった。天井も奥行きと同じぐらいに高い。

 光球が数個、天井をゆっくりと漂っている。その明りに照らされて、天井まで続く壁面の緻密な彫刻が時折姿を見せてくれる。

 正面に鎮座しているのが神像なのだろう。女性と蛇が合体したような姿をしている。薄絹をまとったような姿なんだが、下半身が蛇だから台座から床にまで尾が伸びている。

 端正な女性の表情は慈悲深さを表しているのだろうが、キリリと結ばれた唇が意思の強さを表しているようにも思える。

 

「立派な神像でしょう。土の教団の中でも指折りの作と自負しております。彫刻家ダビンジェラ後期の作、ラミーネス神像ですよ」


 案内してくれた神官が、ぽかんと口を開けて魅入っていた俺に教えてくれた。著名な彫刻家なんだろうな……。今にも動き出しそうだ。両眼には宝石が入っているのだろう、深い碧の眼差しを俺に向けているようにも思える。


「先客がおられるようですね。あのように、神像の前にある床の魔方陣の中心に立っていただければ、後は私にお任せください」

「【クリーネ】と【シュトロー】、それに【メル】をお願いしたいのですが、騎士とは言うものの、記憶が定かではないようなんです。ひょっとして、魔法を使えるのに忘れているのかもしれません」


 フレイヤの言葉に神官が頷いているけど、そういうこともあるんだろうな。

 先客達が神官に頭を下げて部屋を出ていくのを見て、案内してくれた神官が俺に魔方陣の中に入るよう言葉を掛けてくれた。


 言われるままに魔法陣の中に足を踏み入れ中心に立った。

 魔方陣は3つの同心円に2つの三角形を逆にして描かれた区画に、周囲の壁と同じく繊細な図形や装飾された文字が描かれている。三角形の6つの頂点に埋め込まれている宝玉が魔石ということになるんだろう。


「よろしいですかな? まずは使える魔法の種類とその力を確認しましょう」


 神官が魔方陣近くに歩み寄ると、右腕を俺に向けて低く詠唱を始める。

 何が起こるのだろうと見守ることにしたんだが、すぐに何かが俺を押さえつけるような形で体に重さが加わる。

 うずくまりたいが、体が動かない。俺を取り巻く魔方陣が回転しだして、三角形の頂点に埋め込まれた魔石が輝きだした。


 耐えるしかないようだが、ますます体に重さが加わってくる。このままでは膝の関節が壊れてしまいそうだ。

 だんだんと回転を速める魔方陣は、刻まれた文字すら判別できないほどだ。魔石の輝きはすでにこの部屋の光源である光球の明るさを超えている。


 突然、拘束が終わって体の重みがなくなる。力が尽きて、思わず床に両手をついてしまった。

 周囲の異変はすでになく、天井の光球が照らす柔らかな明かりが辺りに満ちていた。


「動けますかな? 被験者に負荷を与えることで、被験者の魔法力を量る魔法なのです。動けるようならば、こちらにお越しください」


 よろよろと立ちあがって、魔方陣から抜け出した。次の客がこの広間に入ってきたのを見て、神官が俺達を別の小部屋に案内してくれる。


「どうぞお座りください。色々と分かりましたので、そのご説明をいたします」


 俺とフレイヤが木製のベンチのような椅子の腰を下ろしたのを見て、神官がテーブル越しの席に座る。


「確か、リオ様でしたね。騎士として十分な素質をお持ちです。あれだけの魔石の共鳴を引き起こすなど、魔石そのものを体に埋め込んでいるかのようです……」


 魔方陣に埋め込まれた魔石は被験者の持つ魔力に反応するらしい。本来ならばほんのりと明暗を繰り返すらしいが、あれほど輝くのを見たのは神官も初めてだったようだ。

 あたかも俺の体に魔石が埋め込まれているような……、と教えてくれた。


 そうなると、俺がいつ魔石を体内に取り入れたかということになる。騎士や騎士団の一部の人間は魔法を使えるものが多いそうだが、適正というものがあって、必ずしもすべての魔法を自由に使えるものではないらしい。


「まあ、まったく使えないということではありません。1日で使える回数に制限が出てくると考えればよいでしょう。

 1日に10回程使える魔法でも、適正がなければ数回以下に減ってしまいますし、高位の魔法は使えません。リオ様の場合は全てに適性を持っていますよ。騎士でなければ、教団に迎えたいところです……」


 俺達に向かってニコリと笑みを浮かべたのは、俺をヘッドハンティングしようということを考えているのかな?

 俺がすでに魔法を覚えているかについては、覚えているという話だった。


「記憶を失った影響でしょう。本人が使う意思を持てば使うことができますよ。試に、【シャイン】を唱えてください。輝く光の球を思い浮かべるのを忘れずにね」


 できるのか? 疑問に思いながらも、先程の広間の天井に揺らいでいた光球を思い浮かべながら、天井を指さして【シャイン】と言葉を発した。

 途端に小部屋の天井に眩しいほどの球体が現れる。思わず目を細めてしまったが、俺にもできたんだな。


「これはまた強烈な光球ですね……。【ウレイク】!」


 神官の言葉とともに、俺の作った光球が消えてしまった。魔法は魔法で消せるということになるのかな?


「神官、魔道士になるのであれば上位の魔法も使えるでしょうが、騎士でしたね……。6柱の神の力は全て可能ですよ」

「それって、6系統の低級魔法ならすべて使えるんですか?」


 神官の言葉に、そんな馬鹿な! という口調でフレイヤが確認してくれた。


「間違いありません。それもかなり強力です。ブースト魔法を自覚せずに使っているようですね。

 問題は、どの教団の誰がリオ様に魔法を授けたかということですが、リオ殿ほど魔石との親和性を持った人物の話は私の記憶にもありません。隠者の誰かということになるのでしょうね」


 俺を誰かが改造したということなんだろうか? 『魔石6個を体に埋め込んでいるかのように……』との言葉も気になるところだ。


「一応、教団のライブラリーに情報が送られましたから、他の教団もリオ様の状態を知ることになります。危険な騎士団で働くよりも教団で民衆を指導して頂きたいものです」

「リオはヴィオラ騎士団所属です。あまり波風を立てないように願います」


 フレイヤの言葉に笑みを浮かべて神官が頷いているけど、さてどう出るかだな。

 俺に俗世間から切り離された生活ができるとは思えないから、このままヴィオラ騎士団の騎士としての生活を続けるつもりだ。


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